元魔法少女の19歳がロリにキスして戦線に復帰する話   作:落元 和泉

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むかーし書いてたやつを発掘したので記念に挙げておくだけです。


引退した元魔法少女の19歳がロリにキスして戦線に復帰する話

 暗い夜道を歩いていた。街灯すらも疎らな郊外は、痛い程の沈黙に包まれている。住宅から漏れる僅かな明かりは、然れど道を照らしてはくれない。

 

 時刻は既に午前1時を回る頃だった。車すらもほとんど通らない。

 

 ときに、知らない方が幸せだった事と言えば何を思い浮かべるだろうか。例えば、友人だと思っていた相手が自分の陰口を言っているのを聞いてしまっただとかその程度の、言ってしまえば些細な想い出が蘇って来たのならばその人はまだ恵まれている方だ。あくまでこの話に関しては、だが。

 

 アスファルトを叩く断続的な足音がさらに間隔を狭める。私は焦燥感に駆られながら歩いていた。ともすれば駆け出したい程だったが、それは流石に留めておいて。

 

 

 知らなければ良かったことは山ほどある。この世界には未だ科学的に解明できていないことが無数にあるのだと、まざまざと思い知らされた。

 

 それはかつての記憶だった。まるでアニメや漫画の世界に入り込んだように空を飛び、魔法を行使し、魔を打ち払ったあの頃の記憶。あの時知ってしまった日常に潜む魔の存在が、どうしようもなく私を脅かす。

 

 

 ──そう、私は魔法少女だった。

 

 少女が夢想するような明るく煌びやかなそれではなかったけれど、私は空を翔け指先から光を放つ御伽の存在だった。

 

 そしてそれ故に、私は知っていた。夜に潜み人間を殺める魔物が、この現代日本社会においてさえ無数に存在することを。

 

 この時間、このような場所にはよく彼らが現れる。ちょうど今の私のようなはぐれ者を貪りに来るのだ。しかし特別で無くなった私には、彼らを滅する手段がない。出逢えば死ぬ脅威に遭遇する可能性が高い状況で呑気にしていられるほど私は能天気でも楽観的でもなかった。

 

 こんな時間にまで大学に残ってさえいなければ。遅くに外出しないようにとあれほど気を使っていたというのに。こんなことなら大学に泊まった方がマシだったかとまで思い始めた時のことだ。右斜め前方、北東の方角にきらりと光るナニカを目撃した。

 

 閃光は瞬きの間に近くの神社の方へと墜落し、後を追って闇の中を黒い影が翔ける。

 

「……ッ!」

 

 思わず悲鳴を上げそうになって、それを必死に飲み込んだ。嗚呼、あれこそはまさに私が最も出逢いたくなかったモノに相違ないのだから。見つかってはならない。抵抗もできずに殺されるかもしれない。

 閃光(魔法少女)の側が劣勢だろうことはすぐに分かった。今でこそ一般人ではあるが、私にも()()であった時期があるのだからそれくらいは分かる。

 

 神社と正反対に向かいかけていた足先が、中途半端に止まる。

 魔法少女と如何に言い繕おうとも、その実態は兵士に過ぎない。ただ少し超科学的なチカラを与えられただけの少女達が、命の危機に晒されながら必死に戦い続けて。そして死んだ際には()()()()()したことになるだけ。誰にも報われず、誰にも顧みられず死んでいくのが魔法少女だ。私のようにほぼ五体満足で生き延びた人間はごく稀にしかいないと()も言っていた。

 

 あの閃光の主は死ぬかもしれない。せいぜいが14歳にも満たないくらいの、もしかすると齢二桁を数えるくらいの少女が、恐ろしい敵に打ちのめされて、痛め付けられて、惨たらしく首に手をかけられるのだ。

 

 まだ恋も知らないような、清純な乙女が。無惨にも異形のものにその生命を散らされるのだ。

 

 嗚呼、どうしたって私には見捨てられるものか。

 

 躊躇して逃げられなくなったつま先は、いつの間にか神社の方向へと向かっていた。

 

 恐ろしくて堪らない。一瞬で私の命を奪ってしまえる敵対者の下に進んで近付こうとしているこの私を、愚か者と言わずなんと言うのか。驍勇は讃えられるべきものなれど、蛮勇は最上級に忌むべき行為である。

 

 脈拍が早くなっているのが測らずとも分かる。

 

 鞄に潜めた自衛用にすらならない心もとない武器モドキに手をやって、私が神社にたどり着いた時。私は早速後悔した。

 

「ああああああああぁぁぁっ!?」

「クキャキャキャキャキャキャ!!!」

 

 暗闇を劈く悲鳴。猿と鴉の鳴き声を混ぜたような笑い声。生々しい殴打の音と血の匂い。躊躇したせいで間に合わなかった。私が救えたと考えるのが傲慢であるとしても、逃すことくらいはできたかもしれないのに。

 

 その影は、神社の裏山と境内の境に居た。倒れ伏すもう一つの影に馬乗りになって、水音を鳴らして死に体の少女をいたぶっていた。辺りは月明かりくらいしかない暗闇のはずなのに、私には何故かはっきりとその惨たらしい所業を目視することができた。

 

 西洋の悪魔、ガーゴイルに猿の特徴を付け加えたような怪物は、少女の顔に指を添わせて──そして眼球を抉りとった。

 

「──っ!!」

 

 声なき悲鳴をあげ、力なく投げ出されていた少女の手が掻き毟るように地面を握りしめる。

 既に彼女には両目がなかった。もう片方の眼も抉られてしまっていたらしい。

 

 あまりの痛ましさに目の奥がちかちかと光って、歯が欠けるくらいに歯を食いしばっていた。深呼吸すらもできない息を潜めた状態で、たとえ手遅れだとしてもやれることはしてあげようといつの間にか心変わりした自分を自覚する。

 

 鞄の中からマイナスドライバーを抜き取った。私の唯一の武器。人を殺めるのにさえ心もとない程の、到底異形の者には通じないだろう玩具。

 慎重派だと自認していた私はしかし、実の所は無謀なタイプの人間なのかもしれなかった。

 

 一切の足音を立てず、私はひっそりと悪魔モドキの背後に回り込んだ。甚振ることに夢中な悪魔モドキは、慢心からか手が届きそうなほどの距離に近付いても気が付かない。

 

 眼のあったはずの空孔から血を流す少女の姿に、一瞬、呼吸が乱れた。

 

 私の存在に気が付きかけた悪魔モドキの耳に指を突き入れて、指を曲げながら思い切り引き抜く。それと同時に右眼に突き入れていたマイナスドライバーを脳まで掻き混ぜるようにぐるりと捻った。この時ばかりは、魔法少女の名残とも言える強化された身体能力がやけに頼もしかった。現役には遥かに劣るものの、だが。

 

「ギャイィィイイ!?」

 

 反射的に振るわれた右腕をすり抜けて、そのまま残った左眼にも指を突き立てた。そのまま顔の骨に指を掛けて相手を投げ飛ばす。一瞬でも立ち直らせたらその時点で私の死が確定する。故に今の刹那の攻防も辛うじて私が命を繋いだだけに過ぎなかった。

 予想が正しければ、数分とかからず悪魔モドキは立て直してくるだろう。

 

「生きてる?」

 

 意識を失っているのか、それとも死んでしまったのかも分からないような状態の少女に話しかけた。微かに指先が動いたのを見とって続ける。

 

「今から貴方の右手を敵の方に向けます。私が撃てと言ったら思い切り撃って」

 

 今度は微かに少女が頷いた。異形を殺すには、大抵の場合身体のほとんどを消し飛ばすしかない。今の私には到底そんなことは不可能であるし、まさか少女を背負って逃げ切れるはずもないから、二人が生き延びるにはここであの悪魔モドキを消し飛ばすしかないのだ。

 少女の魔法を私は知らないが、ほとんど全ての魔法少女はレーザービームのような魔力──便宜上そう呼んでいる──の光線を放てる。それでとどめを刺す算段だ。

 

 少女を助け起こして、彼女の手のひらを藻掻く悪魔モドキに向ける。

 

「撃ちなさい」

 

 言葉と同時に、紅黄の極光が爆ぜた。

 

 

 

 ♦

 

 

 

「お節介は変わっていないのだね、Thorny」

「私はそんな名前じゃないわ。それよりも早くこの子を治療して」

「勿論だとも」

 

 悪魔モドキが無事に消滅し、静けさを取り戻した神社に人の声が響いた。声のした方に目を向けると、見覚えのある黒猫がいた。爛々と夜の闇に黄色の双眼だけを輝かせるこの黒猫は、所謂魔法少女の親でありマスコットである。

 

 黒猫がその尻尾で少女の頬を撫でると、仄かな光が少女の全身を覆う。欠損した眼はそのままだが、既に血は止まり呼吸は落ち着いていた。

 

「会うのは六年と五十七日ぶりだ。私たちは君の事をよく覚えているよ」

「目的を達せたことには感謝しているけど、それはそれとして私は貴方のことが嫌いなの。イライラさせないで」

「ふむ。何がお望みだね?」

「この子の眼の治療もできるんでしょう?」

 

 私はこの黒猫が嫌いだった。実際のところ彼は猫ではなくただその姿をとっているだけらしいが。

 

 彼は魔法少女の生産者である。どこからともなく少女の前に現れ、望みを叶える代わりに異形の者と戦うことを強いるある種の悪魔のような存在。そんなモノを嫌いにならないわけがない。偉業を達成し戦いから離れた今、また会うことになろうとは夢にも思わなかった。

 

「それは不可能だ。私が施す治療というのは、君達が魔力と呼ぶ血液中のナノマシンを操作して応急処置をしているに過ぎない。眼球の再生くらいならば私の所持する技術を用いれば容易いことではあるが、それを君達に施す義理もないのでな」

 

 真っ直ぐにこちらを見つめながら、平坦な声で黒猫が話す。

 

「ならこの子の住居を教えなさい。そこに連れていくから」

 

 眼球を抉られた少女がいると通報したら、きっと私は面倒なことに巻き込まれるに違いない。少女の親元に連れていくのが一番手間の掛からない事のように思われた。

 

 更々と流れる細やかな黒髪をボブにした美少女だった。ボロボロになってなお可憐さを滲ませる少女が、こんなにも悲惨な状況におかれているのが不憫でならない。

 彼女は何を願って魔法少女になったのだろう? 

 

「彼女はホームレスだよ。ついでに言えば戸籍もない。私への願いは【不自由のない一人暮らし】だからね。私が与えた住居はあるが、まさかそこに連れて行ってそれでおしまいにするつもりかね? それこそ彼女は死んでしまうよ」

 

 まさか、身寄りがないのか。しかし私にはどうしようもない。今の私は力のない一般人でしかないのだから、できることなどたかが知れている。

 

「……そう。ならもうどこかへ消えて。この子はもう戦えないわ。脱落よ」

「まさか。彼女にはまだまだ役に立ってもらわなければ。契約は果たされていない」

「戦っても次で死ぬというのに? 頭がおかしくなったの?」

「いや、死ぬならそれで契約は終了だ。しかし彼女はまだ生きているだろう? 何も為していない兵に与える恩赦は存在しないよ」

 

 しばらく会わないうちにすっかり忘れていた。彼はヒトデナシなのだった。彼我の認識のズレの大きさを思い知らされる。

 魔法少女の契約は絶対だ。願いは先払い制なのだから当然とも言えるが、取り立ての主であるこの黒猫は全く融通が効かない。今回初めて知ったが、このレベルの大怪我でも退役を認めないようであるし、基本的に死ぬか相当な功績を上げるまで魔法少女はその責務から逃れられないのだ。

 

 無謀だ。無茶に過ぎる。

 自分が戦っていた頃は当時の精神状態のせいもあってかそうは感じなかったが、他人事として聞けば如何にそれが厳しいことか分かる。

 

 異形を倒すのは魔法少女であっても命懸けで、この少女のように数体倒した時点で戦えなくなることも珍しくない。それどころか初戦闘で命を落とす魔法少女が大半だという。

 異形も馬鹿ではないからこちらを罠に嵌めることもするし、そもそもとしてこちらのスペックを遥かに上回る者もいる。日曜午前のアニメのように都合よく勝てたら誰だって苦労はしないのだ。

 

「無謀だと言う顔だね。その通り、私が設定するノルマは易く乗り越えられるようなものでは無い。以前の君にも言ったと思うが、故にこそ()()()()()()()()君が異常なのだよ。あの頃は実に楽しかった」

「何が言いたいの? まるで私に未練があるような口ぶりね」

「ああ、そうだとも。もう一度君の願いを叶えよう」

 

 ──少女を救いたいならば願えと? 

 

 

 ──またあの戦いの日々に戻れと? 

 

 

「恐れることは無いさ。君はいざ戦いに巻き込まれるまで臆病な程に慎重に動くが、戦いの最中にはあれほど楽しそうに笑っているじゃないか。再び《領域の王》を討ち果たせばいいだけさ」

 

 黒猫に表情はない。けれども彼は確かに笑っていた。期待に目を輝かせる子供のように、意地悪く口角を上げる大人のように。

 

「私たちは君を気に入っている。もう一度戦い給えよ、串刺しの魔法少女」

「断るわ」

「ならば、生身のままで生き延びることだね」

 

 言葉と同時に彼が姿を消した。それと入れ替わりに地が揺れる。轟音を引き連れて、すぐ近くに何かが落ちてきた。

 最大限の警戒を払って巻き上がった砂埃の奥を見透かすと、境内の僅かな明かりに翼の生えたヒトガタのシルエットが浮かび上がる。

 

 またも敵に違いない。彼が言い残した言葉の意味をすぐに理解した。死にたくなければ契約しろと、臆病な私に脅迫じみた駆け引きを持ち掛けてきたのだ。

 背後には守ると決めた少女。正面には明らかに先程の悪魔モドキよりも格上の異形。もう逃げる事は出来ない。

 

 ──殺す。

 

 腹に決めた。戦おう。

 

「快哉、快哉! 見事なり!」

 

 砂塵の中から姿を現したのは、天狗だった。山伏の服装をし、背中から黒い鴉の翼を生やした日本古来の妖である。間違いなく格は上位。どうやったって今の私に敵う相手ではない。

 

「生身で我らを祓うとは! 黒猫めの下僕には見えんが、興味が湧いた!」

 

『どうしても契約したくなったら言うといい。その方が私たちには()()()

 

 くるりとマイナスドライバーを手の中で回した。さっきの悪魔モドキに使った不意打ちは見られているだろう。だとすれば私に取れる対抗手段はほとんどない。三分持てばいい方だろうとなんとなくの予想をつけて、ふと変に笑いが込み上げてきた。

 

 魔法少女をやっていた時は、少なくともこんな敵に苦戦はしなかった。どれほど自分が無力か思い知らされているようで、気分が悪い。勝算がない戦いを挑んでいる自分が愚かしくて、馬鹿げていると嗤ってやりたくなる。

 

 けれど。

 

 そんな自分のことは、それほど嫌いじゃなかった。

 

 鴉天狗が踏み込んだ。ざりっと音を立てて砂利が弾ける。振り抜かれる刀。閃きにドライバーを添えた。

 目で追えない程じゃなかった。ほとんど目視できていないが、経験でカバーできる範囲内。上段の振り下ろしを躱して、たった一撃でガタが来そうなドライバーに舌打ちする。

 

 勝てるものか。自己満足のために私は戦っている。死ぬのが嫌で、それでも生を諦めている。戦っているのは死の大義名分が欲しいから。仕方がなかったのだと納得したいから。

 

 横薙ぎの一太刀を無理矢理にドライバーで逸らすと、とうとう金属部に亀裂が走った。次はもう防げそうにない。横薙ぎの一撃に上から力を加えて最小限の力で逸らしているというのに、手に返ってくる衝撃はとてつもなく重い。

 

 使えなくなったドライバーを鴉天狗の眼に投擲して、その間に2歩後ずさって距離をとった。

 

 一旦冷静になった思考で勝算を練る。盲目の子を使うのは、少し厳しそうだ。隙を作らなければ軽く躱されてそのまま斬られるだろう。

 契約を受け入れるのは、ありと言えばありだ。その場合はあの子の介護もしてあげられる。そこまで身を呈して彼女へ献身する理由が私にあるかは別としてだ。

 

「三合凌いだか……見事。次は本気でゆこう」

 

 鴉天狗が構えを変えた。上段の構えから、中段に構え直す。本気と言うからには、先程よりも速いのだろう。私に見切る術はないし、今度こそ終わりかと心のどこかで諦める。

 

「あ、う、ぅう……」

 

 背後から呻き声が聞こえた。さっきの魔法少女のものに違いない。意識があるにしろないにしろ、私がここで殺されれば共々あの世へと送られることになるだろう。

 

 もう、やけっぱちだった。

 

 シッ、と鋭く吐き出された息を頼りに、ほとんど無意識で鴉天狗の腕を取っていた。刀の間合いの遥か内側にするりと潜り込んだ私の指は、先程の焼き回しのように鴉天狗の眼球を突き刺そうとして──

 

「小癪な──ぬっ!」

 

 それを読んで顔を仰け反らせた天狗の眼に砂をぶちまけた。反射的に振るわれた斬撃を距離をとることで空かして、倒れたままの少女に駆け寄った。

 

 

 巻き込まれに行ったことへの後悔が未だに居座り続ける思考の中、ずっと引っ掛かっていたことがある。それは先程の黒猫の言葉だった。

 

 ──ナノマシン。

 

 私たちが魔力と呼んでいるものは、ナノマシンであると黒猫は言った。ならば、かつてそれを用いて戦いに赴いていた私もそれを得られさえすればある程度の魔法を行使できるのではないか。

 

 あまりにも希望的観測がすぎるが、稼げた時間は十秒もない。一か八かで試して、失敗したら少女共々私は死ぬ。そんな覚悟でやってみるのもいいかもしれない。

 

 少女を助け起こした。何かを話している余裕はない。ナノマシンが血液にあるというのなら血を啜らなければならないが、彼女の流血は眼のそれと吐血だけだ。空っぽの眼孔に口を付けるのは流石に躊躇せられて、まだ幼い彼女に口付けをした。酷い血の味が口の中に広がるが、吐き気を抑えて飲み下す。

 

『ああ、まさか君がそんな行為に及ぶとは。つくづく私たちを楽しませてくれるね、君は』

 

 薄々気が付いていた。私たちの死や苦悩は彼らの娯楽になっているのだと。

 

『最高のエンターテインメントだとも。故に、()()()()()。君に魔力(ナノマシン)の使用を許す』

 

 いつしか、彼が私たちのことをサーガと称していたのを聞いてから、どうせこの残酷な世界の真実なんてそんなものなのだろうと予想していた。

 彼は人類の味方でも正義の使者でもなく、私たちが人形を使ってコマ撮り映画を作るように、人間という名のニンギョウを用いたドキュメンタリープレイを楽しんでいる《上位者》なのだ。

 

 だからといって、そんなことはどうでもいい。生きるか死ぬか、今はそれだけなのだから。

 

 考え過ぎる思考を落ち着ける。黒猫をその気にさせるという賭けには勝った。故に今私には、僅かながら魔力が宿っている。

 

 右手に一本、左手に三本のスピアを顕現させる。これで魔力はすっからかん。ほとんど残っていない絞りカスを視力と身体強化に回して、槍と言うよりも巨大な針というようなスピアを構えた。

 

『最強の魔法少女。私の最高傑作。君が安易な契約を結ばないで本当に良かった。こんな形で君の物語がまた見られるとは、嗚呼、どうしようもなく私は嬉しいのだよ』

「槍使いか。それにしては歪なようだが」

「煩い」

 

 この言葉は、どちらに向けたものだったろう。発すると同時に駆けた。先程とは一転、今度は鴉天狗の動きもしっかりと捉えられる。

 牽制に小針を投げた。それを躱すのに一瞬、意識の空白ができる。

 

 嗚呼、ヒトデナシども。どうか死んでくれ。

 

 以前は造作なく葬っていただろう中位の妖にも、今は命懸けだ。魔力の全能感に囚われそうになりながら、鴉天狗の心臓を貫いた。だが、それだけでコイツらは死んでくれない。そのまま地面に磔にして、左手に確保していた三本でそれぞれ右手左手左足を串刺しにする。それから鴉天狗が持っていた刀を首に添えた。

 

「見事なり」

「どうでもいい」

 

 首を刎ねる。そのまま残った右足を串刺しにして、復活するか否かも分からないから少女を抱き上げて神社を速急に逃げ出した。

 

 夜の町を人に見つからないよう駆ける。身体強化も切れる直前、ギリギリで何とか自分の部屋に駆け込むことができた。少女の血で汚れるのも構わずベッドに彼女を横たえて、血を拭いてやった。それから眼帯代わりに目元に包帯を巻いてやると、私にもどっと疲れが押し寄せてきた。

 

 久方ぶりの生命の危機で、怒涛の展開ばかりだった。流石に疲労も溜まるというものだ。

 

 ベッドの脇に崩れ落ちるように座り込むと、窓の枠に乗ってこちらを見下ろしている黒猫が目に入る。今更驚きはしないが、嫌悪感は抑えられなかった。

 

「君の予測は間違っていないよ、Thorny。私にとってこの世界はゲーム世界のようなものだ。君たちがオープンワールドゲームをするのと同様、この世界を娯楽の場としている」

「それを言って良かったの? 前回はマスコットのように擬態していたのに」

「言った方が君は面白く動く。そう思っただけさ」

 

 言葉と共に解けるように姿を消した黒猫に舌打ちを零した。戦闘中の全能感は消え失せ、何も残っていない私の、弱い後悔が波涛となって押し寄せてくる。

 

 何故見ず知らずの少女を助けてしまったのだろう。今からでも見捨ててしまえるだろうかと考えるも、それは無理だろうと完結する。私にはここから重傷を負った身寄りのない子供を見捨てるなんてできそうにない。それも、確実に死ぬのを知っていてなんて。

 

 窓の外に欠けた月が輝いていた。雲間から覗く月は綺麗で……ぼうっと眺めていると睡魔が押し寄せてくる。

 

 

 

 


 

 

「おねーさん」

 

 目に包帯を巻いた少女に起こされて目が覚めた。一瞬誰か分からなくって、びくりと肩が跳ねた。

 

「まだ、休んでいていいのよ?」

「いいえ、どうしても話がしたくて……」

「そう」

 

 ショートに切りそろえられた黒髪と目元の包帯の組み合わせは、絵になるといえばそうだが、滲む血のせいで酷く痛々しく見える。

 ちらりと窓の外を見ると、ちょうど夜明け頃のようだった。朝焼けが東の空から紅く迫ってきていた。

 

「……まずは、ありがとうございました。おねーさんがきてくれなければわたしは死んでました」

「子供を守るのは年長者の役目なのよ。だから、そんなにかしこまる必要はないわ」

 

 自分のことで精一杯だろうに、礼の言葉を紡ぐ少女が見ていられなくて話を遮った。そもそも私は彼女を助けるのを躊躇するどころか後悔さえするような人間なので、感謝されるいわれはないのだ。

 

 感動したような、驚いたような、そんな表情でこちらを見ている少女にふと疑問を覚える。

 

「もしかして、見えてるの?」

「いえ、魔力が届く3メートル半径くらいを大まかに認識できるだけです」

 

 こともなげに言ってのけるが、恐るべき順応力だ。もしかするとこの子は相当有望な子だったのかもしれない。そうなると余計に間に合わなかったことが悔やまれる。

 

「器用なのね。……それで、話なのだけど」

 

 少女への独りよがりの贖罪をするには、一体どうすれば一番良いか昨日少し考えた。

 私はなるべく異形から離れて生きてゆきたいが、ああやって鴉天狗と関わってしまった以上それも上手くいくとは限らない。現に今回は自分のすぐ近くで戦いが起こったのだ。

 

 あの黒猫が私のことを気に入っているのなら、これからも多くの異形を私にけしかけてくる事だろう。それで、私は何度生き延びられる? せいぜいが一回か二回程度だろうと思う。

 

 だから、この提案には私が自衛手段を手に入れたいという完全なる保身の為の行動でもあるのだった。

 

「一緒に暮らしましょう。私も狩りを手伝うわ」

 

 少女が息を飲んだのがよく分かった。

 

 私は死にたくない。後悔して死にたくない。無様に死にたくない。どうせ死ぬなら納得がいくように。背後からバケモノに襲われて死ぬなんて、それこそ理不尽極まりない死に方はごめんだ。

 

 少女を自己満足の材料にしているだけだという自覚はある。だからあくまで私たちは仕事仲間で、私は救えなかった負い目から彼女に手を差し伸べるのだ。

 

「……わたしは古城かがり。ねぇ、おねーさんの名前はなんていうんですか?」

「ああ、ごめんなさい。高槻朱雨(しゅう)よ。それで、貴方は手を取ってくれるの?」

「……本当は、巻き込みたくなんてないです」

「うん」

「でもわたしは死にたくない」

「うん」

「私は弱いから、このまま目も見えないならすぐに死んでしまうと思います」

「そうだね。だから──」

「だから、助けてください」

 

 血が滲む包帯の向こうには、空っぽになった眼孔があるだけだ。端正に整っていただろう少女のかんばせに、二つ、残酷な空洞が横たわっている。

 けれど私には、燃えるような輝きを放つ一対の眼が視えていた。世の中の理不尽に怒って恨んで妬んで、それでもまだ前を向ける強さが見えた。

 

 なんて子だろう。

 ただ怒って戦っていた私とは違う。前を向くことから逃げていた私とは比べ物にならないくらいに、彼女は強い。

 

 魔法少女に勧誘される子供は、大抵最下層にいる子供だ。育児放棄、児童虐待、ホームレス、そんなのばかりだ。

 だから、その悉くが世の中を憎んでいる。自分を憎んで、周りを憎んで、世界を憎んで、八つ当たりのように戦う。

 

 けど少女はそんな帳を開け放ってしまったようだった。

 

 ──私は納得したい。

 

 彼女ならもしかしたら、私を変えてくれるんじゃないかと。そんなほんの少しの烏滸がましい期待を忍ばせながら、私は彼女をかき抱いた。

 




俺たちの冒険はこれからだ!


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