楽園の咎人   作:恋葉 真滅

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十話 晴れのち霧雨

 二階にある何年も使われていなかった子ども部屋。私ではない女の子のにおいが漂っている。高そうな家具や天井つきのベッドに至るまでが、いつ彼女が帰ってきてもいいように綺麗に整頓されている──。

 

《女の子の欲しい》がなんでも揃っている部屋の全てを、私は好きに使ってもよいことになっている。

 

 少女栂子、齢10数で2度目の居候──。

 

 ただでさえ住む家に困っていて当てがなくてのダメ元。

 

 霧雨古道具店の親父さんは了承してくれた。

 

 

 私には罪悪感があった。他人の意思を踏みにじるズル賢さと、弱味に付け入る甘ったるい思考。《自分さえ良ければ良い》と自分の幸福を最優先にし、他人を陥れる無駄な勇気。親父さんなら愛娘の部屋を貸してくれるだろう──と、所在無さげに、或いは飯を乞食する野良猫のように、うるうると頭を下げた。

 

 仲間に頭を下げられた親父さんには選択肢などなかっただろう。唇を刹那に噛み締めて言葉を詰まらせた親父さんに、私はとどめをさした。

 

「で、ですよね……。自分でお金を稼いで長屋くらい借りてきます」

 

 これを言われた親父さんは目元の病的な《赤》を沸騰させたが、私の瞳を見て後ろを向いた。表情を隠しているような仕草だった。

 

「丁度、部屋が1つあります。どうせアイツはもう──。いや、この際ですから……使ってください」

 

「ありがとうございます──ッ」

 

 私はサイテーな人間だ。

 

 親父さんの思い出に私は土足で転がり込んだのだ。転がり込み、(けが)し、荒らし、知らぬふりして。

 

 私って、本当に──。

 

 こうなったからには、馬鹿になって無恥になって部屋を満喫するのが《礼儀》であろう。貸してくれたからには、部屋を部屋として扱うべきなのだろう。

 

 でも私は、いつ霧雨 真理沙が帰ってきてもいいように。

 

 掃除──親父さんの部屋にある大量の酒瓶を捨てることやゴミだらけのリビングを整頓することを含む──を欠かさず、そして部屋の窓だけは観音開きにしておいてある。

 

 

 

 

 

 

 霧雨 魔理沙──魔法使い。

 

 妖怪によって《魔法》に魅せられて以降、家族に反抗的になり家出をした。妖怪退治や《異変解決》に積極的で、しかし妖怪にも非常に友好的。

 

「久しぶりな我が家か──って!? 私の部屋になんかいるんだけどぉ──ッ!?」

 

 

 お転婆娘、霧雨 魔理沙。

 

「はじめまして、私は──」

 

 私はどうしても彼女とつるんでみたかった。

 

 

 

 

 ◆

 

 場所は繁華街一角の甘味屋。霧雨 魔理沙は甘味を食べたいとごねていた。

 

 財布の居所を確認しながら仕方がないと割りきり団子をおごってやるが、存外彼女は腹が空いていたらしく、食いに食って私の肝を冷やしていた。

 

 

 

「団子をおごってくれるなんて良いヤツだなぁお前は」

 

「でもこんなに食べられると財布のあてがね……」

 

「私の部屋を貸して──まぁ親父が勝手に……だが、タダで貸してやっているんだ。そのツケが回ってきたんだよ。ツケがな」

 

「はぁ」

 

 私の溜め息にちらりと反応した魔理沙は流し目で

 

「親父の愛人?」

 

「ちが──ーうッッ!」

 

 私を熱くさせた。

 

「わーってるよ。まっ、ちったぁマシな面できんじゃねえか。堅物かと思ったら」

 

 そうやって団子を乞食する魔理沙は、新しい甘味の群れに眼を輝かせていた。

 

「へ?」

 

「面白いヤツだなっていってんの。……いい加減座りな? 私も流石に恥ずかしいぜ」

 

「あっあぁ……。失礼しました……」

 

 魔理沙は眉をひそめながら

 

「金、ないんだろ?」

 

「そうなんですよ!」

 

 待ってましたと言わんばかりに身を乗り出すと、魔理沙は苦虫を噛み潰したような表情になった。なんだこいつと、金の亡者ではないかと、怪訝な様子で爪楊枝(つまようじ)を使い歯間のゴミを取り除いている。

 

 だが仕方がない。これが私の処世術だから。

 

「割り勘で──どうですか?」

 

 鼻で笑った魔理沙は

 

「あいや、おごるよ。お前なりの挨拶のあとは私なりの()()()()でトントン。あいこだ」

 

「ありがとうございます!」

 

 このときの魔理沙の邪悪な笑みは忘れられそうになかった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「だからといって無銭飲食はダメじゃないですか~~~ッ!?」

 

「バーカ! あんな大金払えるわけねぇだろ! 私に何を期待したんだよ! 私は親父みたいに金持ちじゃあないぜ? 毎日を食い繋ぐことに必死な、いたいけな少女なんだぜ!」

 

 

 遠方からは店主の怒声。私は店主に心のなかで謝りながら、めちゃくちゃな少女に腹をたてていた。

 

 前を走る魔理沙が手をかざすと、何処からともなく(ほうき)が現れた。魔理沙は箒をキャッチしたあと、慣れた動作でまたがり空へと飛んでいく。

 

 人里で空中浮遊なんて行為を働くことは、つまり自らが人外だと知らせる自殺行為なのに。

 

 でも魔理沙の行為は私への問いでもあった。

 

「どうしたよ。飛べるのにいつまで経っても飛ぼうとしない。出来ることを出来ないことにして周りに馴染もうとすんなよな」

 

「でもだってそれじゃあ……」

 

 私は本当に人間じゃなくなるじゃないの。

 

「人里でお前のことを知ってるヤツは何人いるよ? ……お前は私と同じで普通じゃねーんだ。普通じゃない私達が特権行使して何が悪いよ? ……じれってーな、あとはお前次第だ。面白い世界を見せてやるっつってんの。いいから飛べ!」

 

 魔理沙はめちゃくちゃで意味のわからない、人里ではいない人種だった。

 

「私の何を知ってんのよッ!!!」

 

 だからだろうか。私は魔理沙にどこかでギャフンと言わせてやろうと思って、付いていってやることにした。

 

「いいぞ! 来い!」

 

 能力を行使した瞬間に観衆の悲鳴が響き渡る。明日、私はまた同じところを歩けるだろうか。明日、私は人間として人里で暮らせるだろうか。

 

 不安が募る最中に魔理沙を標準に捉えた。

 

 そういえばコイツのせいで私は……踏んだり蹴ったりな目に会って──。

 

「ちょっと──」

 

 私の悪戯心の残滓が1つのところへ集まり《報復》という2文字になった。

 

 悪戯心は行動へ移る。サイコパワーでもぶつけてやろうかと全集中し、手に力を込めた。

 

 両手に宿ったものは念動力というべきものか、なんというものかはわからない。

 

 力の塊は《早くこの場から出たい》と両(てのひら)の中で暴れ、それでも押し込めて凝縮させる。

 

「揉んでやろうかッてねぇッッッ!!!」

 

 一筋の光が瞬きながら一瞬で魔理沙を通過した。無我夢中で放ったものは気弾のような生易しいものではなく、《力の奔流》そのものだった。

 

 光は龍のように体をくねらせながら、天へと翔け昇っていく。

 

 その力は人で非ずであった。

 

 

 私が──こんな力を有しているなんて……! いや、それより──! 

 

 

 

 己の力への驚愕と狼狽。感情はそれよりも人命に気がまわり《心配》と《後悔》が間欠泉から吹き出る水のように沸き上がった。やがてそれらの複雑な感情は、頭の中で文字の羅列として浮き上がった。

 

 魔理沙は一体どうなった!? 

 

 まさか死んでいないよね!? 

 

 これからどうしよう? 私は──

 

 殺人、人殺し。

 

「どうしよう……」

 

 観衆が私に《化物》と(ののし)りながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 

 化物、化物、化物。眼下では地獄絵図が展開されていた。

 

 何よりも嫌悪したことは、私が《魔理沙への心配》より《自身の保身》を一番に気にかけていたことだった。

 

 本当に私はなんてヤツなんだ……! 

 

「───ッ!?」

 

 刹那の内に烏滸(おこ)な私を一蹴(いっしゅう)するような怒声が鳴り響いた。一体何を言っているのか聞き取れなかったが、女の声であることには違いなかった。

 

 

 ──恋符 『マスタースパーク』!!! 

 

 

「──えっ」

 

 それは悪者を退治する(みことのり)だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「──力の差を見せておいてやらないと、と思ってな」

 

 見たことのあるようで、見たことのない木目の天井が映っている。なんというか、自分であるのに自分を俯瞰(ふかん)しているような感覚が離れず、声の主には曖昧な返事をしてしまった。

 

「魔理沙さん……大丈夫でしたか?」

 

「あのなあ」

 

 恐らく彼女は頭を掻いていることだろう。

 

「喧嘩を売っておいて心配するか? フツー」

 

 意識が未だにハッキリとしていないので、自分自身何を話しているのかわからなかった。でも話していた内容は……自分の深層心理というか、誰にも話したことのない《心の闇》だったと思う。

 

 

「喧嘩かぁ……。そういえば私、そんなことしたことなかった。いつも他人の顔色を見てばかりでニコニコしてたらいいやって」

 

「人間の悪いとこだな」

 

 魔理沙は続ける。

 

「そうやって暮らしていたら、いつまで経っても自分だけは幸福にならないぜ?」

 

 ペンを殴る音が聞こえる。机に向かって殴る音が聞こえる。

 

 私は明瞭になってきた意識を割いて、顔を音のほうに向けた。

 

 狭い部屋に勉強机と椅子が押し込まれていて、そこには魔理沙がいた。ボールペンの(から)が花瓶の中に大量に(まと)められている。10──いや20は優に越えている。床にはノートが《鉄の建物》のように積まれていた。

 

「凄い……」

 

 魔理沙は私の言葉を聞いても嬉しがる真似はしなかった。

 

「好きでやっていることに量は関係ないぜ。私にはこれが当たり前なんだ。だから褒められてもなんというか──好きでやっていることだから」

 

「でもその……」

 

「魔理沙でいいぜ」

 

「魔理沙は凄いよ」

 

 ようやく動くペンが止まり、こちらに魔理沙は向き直った。

 

「ありがとう」魔理沙のニカッとはにかむ顔は、照れ隠しとかそういうものじゃなくて、純粋な感謝の気持ちだった。

 純粋な人の感情は、私の闇を徐々に払っていくようで心地が良かった。

 

 魔理沙はそれだけいうと、また机に向き直った。私も体を起こし、深呼吸する。ベッドの上で喋るのは、どこか病人くさかったから。

 

「私、夢があるの。人里の皆で人里の外へ出るって夢が」

 

「難しいな、ソレ」

 

「問題はたくさんあるし、あなたの親父さんや仲間も説得しなくちゃいけないケドね……。やらなくちゃって思うの」

 

「《使命感》ねぇ……。里の意見、妖怪側の意見も加味しなくちゃいけないし……。ま、頑張れ。私はお前の夢を応援するよ。人里に人間が籠るのも、あんまり好きじゃないからな」

 

「ありがとう」

 

 素直な気持ち。不思議とこの少女と話しているときは、気兼ねなく接することができた。

 

「じゃあ魔理沙の夢ってなに?」

 

「宇宙に行って星を見てみたいな──。あ、あとは立派な魔法使いにならないと。結婚もしたいし金持ちにもなりたいしな~。……いっぱいありすぎてよくわかんねぇ!」

 

「なによそれ」

 

 でも魔理沙らしい言葉だし、面白かった。クスクスと笑みを堪えきれないでいると、恥ずかしかったのか魔理沙は「報復だ」と私のズボンを魔法で下ろした。

 

 今度は魔理沙が大笑いした。

 

「ワハハハッ!!! まだガキのパンツはいてんじゃねぇか! 可愛いな、栂子って!」

 

「何よ悪い?」

 

 恥をかかされながらも、《今度は大人の下着を買おう》と決心した。もうこのくらいの歳だとやっぱり、ね。

 

「いやーでも、繊細なんだなお前って」

 

「今までがガサツってこと?」

 

「違う違う」

 

 魔理沙は目を擦りながらようやく息を整えた。

 

「お前って他人には人一倍気を使って自分を傷つけないようにしているよな。昔の私を見ているような──そんな感じがするんだよ」

 

「なにわかったようなこと……」

 

 図星だったけれど、私の口からでたのはそれを認めたくない気持ちや反抗心でいっぱいだった。

 

「そういうとこも含めてな。……よし、外にいくぞ。約束通り面白いものを見せてやる」

 

「でも今って──」

 

「夜だからどうした? 人里の外へいくなら《幻想郷の夜》はどっちみち覚悟しなきゃいけねーぜ?」

 

「……でも」

 

 そんな返答聞いていないと魔理沙は私の肩を強引に組んた。

 

「ワハハ! よし任せろ! この霧雨 魔理沙が面白いものを見せてやるぜ! 弾幕ごっこっていう最高の遊戯をな!」

 

 とまどりつつも私の感情は期待でいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 


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