ついにこの時が来てしまった・・・
「頑張ってくださいね!ハチさん!!」
「私も応援していますね!」
天使2人に目をキラキラされながら応援されている現在。
ついに俺の出番が来てしまっていたのだ。
正直一ミリもやる気なんかないこのクラウドボールとかいう種目に今から出場しなければならない昨今。ここまでキラキラされながら見られると、そんな事言えない訳で。
「おう、まかせろっつーの!」
そう言ってニコリと微笑むくらいしか出来ない俺。
天使達を利用するという達也の悪魔のような策略により無理矢理出場を決められていたこの種目、姉さんと同じなら楽だろうと思っていた。けどよく考えたら俺と姉さんの魔法特性が違いすぎて何も流用できず、さりとて一般的な魔法だと俺の魔法力的に最後まで戦えないしで、こらもう途中で魔法力ギレで負けましたーって感じにしようかと思っていたのだが。
つい先ほど姉さんの試合が終わってさあ次は俺の番だ、適当にある程度やったらサクッと負けようとしていたのを察したのか、またもや達也と妹様に逃げ道を塞がれてしまった。
アイツら天使2人を使えば俺がなんでもやるとでも思ってんじゃないのか・・・?その通り過ぎて逃げ道が一切ないんすけど?
姉さんとグレイを付けて俺が逃げないようにしてるところに俺の性格をよく理解している事が伺える。うれしくねー。
まぁしょうがない、天使のキラキラを曇らせる訳にはいかないからな、しょうがないのだ。
そう思って俺は天使達が応援しているコートサイドから中央に向かって歩いていく。
チラと視線を向けると一生懸命応援する天使達が、それを見てほんわかして、そして初めて対戦相手に視線を向けると・・・
「や、やぁ・・・いい試合をしようね・・・」
骨と皮しかないようなガリガリな男子が今にも死にそうな顔でそれでも懸命に笑顔を浮かべているような表情で挨拶をしてきた。
「お、おい・・・大丈夫なのか?」
「はは・・・だぁーいじょーぶさぁ・・・」
今にも倒れそうなくらいフラフラしながらそう答える対戦相手。
いやこれ絶対大丈夫じゃないやつー!!さっきからめっちゃプルプルしながら必死に立ってる感じじゃん!
なんでこんなやばげなのが試合に出てるんだ!?
「あのー、あれ絶対やばいと思うんですが?」
俺はそう言って審判にもいってみるが、まったく取り合ってもらえずそのまま試合が始まってしまう。
俺は一旦コートサイドに戻って、天使達の元に歩いていくと、天使達も対戦相手が心配なようだ。
「あの人、随分と体調が悪そうでしたけど、大丈夫でしょうか・・・?」
「わからん、審判にも相手校にも言ったが、そのままやるそうだ」
「ずいぶん震えていますね・・・」
そうして対戦相手を見ていると、何やらエンジニアらしき奴になにやら飲まされている。
「な、なにか飲まされてますね・・・」
「大丈夫でしょうか・・・震えが激しくなっていますね・・・」
「飲まされている液体がどう見てもまともな色合いをしていなな・・・」
「まずそうだね」
「え、え~~と・・・危険な飲み物でしょうか?」
天使2人の言葉に俺もうなずく。姉さんは気楽に、グレイも怪しんでいるようだ。
そうこうしていると試合開始の時間になった。
「とりあえず行ってくる」
天使達と姉さん、グレイの声援を背に、俺はコートに出る。
魔法師には美少女が多いしイケメンも多い。
特に美少女の多さは特筆するものがあり女子の試合には一年だろうとかなりの観客が来るのだが、男子の、それも無名の一年の試合に興味を持つ人などほとんどいないので、観客席はガランとしている。
むしろ試合にでる俺よりもコートサイドにいる天使達美少女軍団の方が圧倒的に注目されているくらいだ。
俺としてはその方が助かるのでかまわないのだが、それよりも対戦相手は大丈夫なのだろうか?
もう白目剥いてプルプルというよりガタガタ震えているのだが・・・?
そんな状況でもかけらも気にしていないのか、審判は無情にも試合開始を告げてしまう。
容赦なくボールが吐き出されてきたので、俺は仕方なく普通にボールを相手コートに飛ばすも、相手はまったく変化なく、というか一切反応せずにガタガタ震えている。
本当に大丈夫なんだろうな・・・?そう思いながら試合をしていると、対戦相手がなにやらブツブツ言っているのが聞こえる。
「オ、オクレにぃさぁ~~ん・・・」
え、なにこれ怖い。
もう試合どころじゃないでしょ?そう思って対戦相手のコートサイドを見るも、向こうはまったく気にしていないようで、ガンガン応援を飛ばしている。
「いけー!キャシャリーーーン!!」
「頑張れー!マッスルボディ2ダッシュプラ―――ス!!!」
薄情すぎないか!?今にも死にそうな仲間に掛ける声じゃないだろ!?あと名前にはつっこまんぞ?
そう思っていると、俺のすぐ目の前で、ものすごい魔力が吹き荒れるのを感じた。
「なん・・・だと・・・!?」
その魔力に驚いて視線を向けると先ほどまで骨と皮しかなかったような対戦相手は筋肉の鎧をまとったような、そこらのプロレスラーやうちの年齢詐欺疑惑のある十文字先輩をはるかに上回るほどに肉体が膨張しているのがわかる。
「いや、誰だよ!?」
さっきまでのが本気出したって言われても信じられないのだが!?どんなドーピングだよ!怪しげなコンソメスープでも飲んだのか!?つかこんなんルール違反だろ!?
そう思って審判を見るも、これまた試合続行の判断をしてらっしゃる。んなバカな!?
仕方なくまたもや飛んできたボールを相手コートに打ち込むと・・・。
ドゴォォォォォォォォン!!!!!
何かが俺の頬のすぐ横を通りぬけたかと思ったら激しい轟音と共にボールがコートに突き刺さっていた。
「・・・・・・は?」
「こぉぉぉぉ・・・・・・」
やたらと吹き荒れる筋肉の圧。
いやこれヤバくね?なんの魔法使ったのかわからんが、パワーだけなら姉さん越えてるんじゃね?
おいおい、初戦から本気出さないとかよ・・・初戦くらい適当にやりたかったんだが?
幸い相手はパワーこそあれだが、スピードはそんなでもないようで、ボールコントロールに気を付ければ何とかなりそうだ。
「それでも、このパワーは脅威だな・・・しょうがない」
初戦くらいは封印解除なしで行こうと思っていたが、それだと天使が悲しむような結果になりそうなので俺は気合を入れ直して(最初から無かったとか言わないで)封印解除しようとすると、相手の気配が急激にしぼんでいくのを感じた。
「おらぁ・・・燃え尽きたよ・・・真っ白な灰にな・・・」
「・・・・・・は?」
対戦相手を見ると、先ほどまでのまるで筋肉の神のような表情で膨大な筋肉の鎧をまとっていた相手が少し前までの骨と皮だけの存在になっていた。いや、むしろ先ほどまでよりも弱っているようにも見える。
「あぁ!?マッスルボディ2ダッシュプラ―――ス!!」
「しまった!漢方マサルダイナミックの効果が!!」
漢方ってレベルの効き方じゃないと思うの。絶対に名前には突っ込まないからな?
結局そのまま相手は対戦不能と判断されて俺の勝利となった。
なんという不完全燃焼なんだ・・・!本気だそうと気合をいれてたからなおさら残念感が半端ないのだが!
「お、おめでとうございます!ハチさん」
「初戦突破、おめでとうございます」
ほら、天使達も微妙な表情じゃんかー。
んで、次の対戦相手ときたら・・・。
「見せてもらおうか、一校の魔法師の実力とやらを」
「あ、はい・・・ヨロシクオネガイシマス?」
開始前のあいさつでいきなりそんな事を言ってくるマスクを付けた対戦相手、シャア(偽)さんって呼んだ方がいいのかしらん?
ご丁寧に髪もパッキンに染めてるようだが、いきなりすぎてちゃんとネタ返せんかったやんけ。
というかさっきの対戦相手もそうだが、なんで新人戦のクラウド男子はこんなネタ野郎ばっかなんだ?本線は普通だったやん?
そう疑問に思う間にも試合は開始され、ボールがとんできたので俺はラケットの摩擦力を増加させる魔法を最小範囲で使用して、ボールにクソほど回転を掛けて相手コートに叩き込む。
「ふっ、魔法力の違いが戦力の決定的差ではない事を教えてやろう」
そう言って打球を変えそうと打ち返してくるが、俺の玉は死ぬほど回転が掛けられているのでこちらに返る事はなくネットに吸い込まれていく。
「・・・・・・‥」
「・・・‥・・・」
お互いに無言になってしまった。
どうしよう、いちガンダムファンとしてはシャアをリスペクトしたいけど、すごい煽りたい。「どう教えてくれるんですかねー?」って言いたいぜ・・・。
そうして葛藤していると、次のボールが今度は相手側に吐き出されてくる。
「当たらなければどうという事は無い」
シャア(偽)がそう言って魔法を使いそれなりの球速で打球を放ってくる。きっと決め球のひとつなのだろう。自信すらうかがえる。
だが、この程度の打球では姉さんの相手をしていた俺には止まって見える。
「ほい」
相手からの打球を次は別の回転を掛けて返球する。
俺の放った打球は相手コートの地面に接した瞬間、弾まずに地面すれすれを走っていく。シャア(偽)は打球が弾むものだと思っていたのかボールの上側をラケットで空振りしていた。
そうだね、当たらないとどうしようもないよね・・・あぶなくそう言いそうになってしまった。
その後も・・・
「ええい!一校の魔法師は化け物か!!」
とか
「ララァ・・・私を導いてくれ・・・」
とか
「見えるぞ、私にも敵が見える!」
とか。
いや、そんな事言ってないでもうちょっと試合に集中した方がいいんじゃないかな・・・。俺が言える事じゃないけど。
いろいろやってるけど、こっちほとんど失点ないからね?
そうこうしている内に試合は進んで、いつの間にかマッチポイントになっていた。
最後も俺の打球に対応しきれずに俺のポイントになり、時間切れのゲームセット、俺の勝利となった。
「ふっ・・・認めたくないものだな、若さゆえの過ちは」
そう言ってクールに去っていくシャア(偽)。なんだろうこの気持ち、すごい釈然としないぜ。
まあ勝てたから良いけど。この不完全燃焼感がすごい。
さっきの試合といい、どうにも試合に集中できなかったよ・・・。
グダグダな気持ちになりながらも、自陣のコートサイドを見ると、天使達が笑顔で手を振ってくれているのが見える。
「うん、まあいっか!」
ハチの第二試合時の生徒会長サイド
「ねえ、ナニアレ・・・?」
ハチの試合を見ていた生徒会長真由美は隣に座る市原に問いかける。
ちなみに、ハチの第一試合の時は違う生徒の試合を見ていて見れなかったのだ。
「ラケットの摩擦力を上げる魔法です。ハチ君は魔法力が乏しいので、持続力を上げ、効果範囲を狭める事で試合に臨んでいるようですね」
その解説を聞いた真由美はコートを見る。
「ねえ、りんちゃん。ボールって、回転を掛けると消えるものかしら?」
真由美の目にはハチの放った打球が地面に触れた瞬間消えるように見えていた。相手がラケットを空振りすると、その後ろにボールが転がっていた。
「私も初めて見ましたが、そのようですね」
練習では使っていなかった技にドン引きする真由美だが、市原は冷静に受け止めていた。理解するのを諦めているとも言える。
残念ながらこの場にテニヌを知るものはいなかったのだ。
その後もなぜか相手の打球がハチの元に必ず飛んで来たり、玉を分裂させたりしているうちに勝利していた。
「もう、あの姉弟は本当に規格外ね・・・」
達也と深雪が聞いていたら心外だと突っ込んでいただろう事を思わずつぶやく真由美であった。