東方世変物語 〜lay one's own path for the future〜 作:凱奏
時は既に深夜、静寂に包まれた街の中の、その外れにある一件の小屋の戸が叩かれる。
コンコンと小さくて軽い音が三回ほど鳴った後、その小屋の主は戸を開けて応答した。
「は〜い、、って、藍じゃない。随分と遅かったわね?道中で何かあったのかしら?」
小屋の主、八雲紫は戸を開くと、目の前には自身の式の姿が。
背後には大量の荷物が乗っかった台車が置かれている。
「まあ、いいわ。少し遅いけれど、夕飯にしましょう」
紫はそう言って戸を限界まで開ける。
その瞬間、紫の目の前にもう一人の人影が目に入った。
「やあ、紫。夜遅くすまないけど、ちょっとお邪魔していいかな?」
そこには、左腕を赤く染めた友人の姿があった。
「取り敢えず、これでいいでしょうか?」
「ああ、ありがとう」
藍は隼の左腕に、応急処置用の簡素な白い布を巻き付ける。
既に血は止まっているようで、白い布を巻き付けても血が滲むことはなかった。
「大体の流れは理解したわ。・・・それにしても、貴方にそこまでの怪我を負わせるなんて、、随分な手練ね」
紫は居間のちゃぶ台に置かれた菓子をつまみながらそう呟く。
「ああ、正直これから先、彼と戦うのは極力避けたいよ。剣筋があまりに、、っあ痛ッ、、」
隼が体勢を変えようとした瞬間、苦痛の声を上げる。
「・・・その腕、暫くは安静しないと駄目そうね。無理に酷使すると、最悪使い物にならなくなるかもしれないわ」
「・・・ああ、善処するよ、、、」
隼は鋭い痛みが走る左腕を見つめる。
その様子を見た紫は、深くため息を吐いた。
「善処、ねぇ、、。勿論、私に貴方がすることを抑制できるような権利は無いし、欲しいとも思わないわ。
・・・けれどね、出来るなら無理はして欲しくない。自分でも分かっているんでしょ?このままの調子で身体を酷使したら、いつか身体が壊れかねないって、、、」
隼は紫の言うことを流石に聞く。
彼女の意見は全て的確であり、『壊れかねない』というのは完全に図星であった。
以前の西行妖の一件、ここでの戦闘で既に隼は、自身の身体の崩壊を危惧していた。
「身体の動かし方が中々替えられないことは分かっているわ。長年付き合っていた戦闘方法だもの。
だから、早く克服しろなんて言わない。ただ克服できるまで、過度な戦闘は控えて欲しい。これは友人としての頼みよ、隼」
「・・・ああ、分かっているよ。すまないな、心配かけてしまって」
隼は痛む左腕をさすりながら、紫と藍の方を向いて小さく笑みを浮かべた。
「ーーーさ!この話は終わりよ!早く夕飯にしましょう。色々面倒なこと考えていたらお腹空いたわ」
「ええ、そうですね。それでは準備しますので、少しだけ待っていてください」
そう言うと藍は、台車の中からいくつか食材を選び、厨房の方へと持っていった。
「・・・そういえば、、ねえ、何で隼は今日の買い出しに付き合っていたのかしら?」
「・・・あ、、え〜〜っと、、、それはだな、、、」
紫は目を細めて、じぃっと隼の表情を窺う。
「た、たまたま散歩してたら藍と会ってさ、話の流れで手伝うことになったんだよ」
「・・・ふぅ〜ん、、まあ何か隠してるんでしょうけど、そういうことにておいてあげるわ」
『危ない、、誤魔化せてはないけど何とかやり過ごせた、、』
隼は心の中で、ほっと息を吐いた。
それから数十分後、、藍が厨房から鍋を運んでくる。
「鍋を作ってきました。冷める前にいただきましょう。」
「あら、いいじゃない。早く食べましょ」
藍は鍋をちゃぶ台の真ん中に置き、その鍋を三人は取り囲む。
「それじゃあ、いただきます。」
その夜、三人は鍋をつまみに、何気ない談笑を楽しんだ。