一心の国盗りから二十余年

葦名の国は斜陽に在り

狼の忍が全てを失っていた頃

平田の刀匠は生き恥を晒し、賊から一人落ち延びた

1 / 1
SEKIRO 流転ノ章 予告

鉄と炎の匂いに満ちた灯の無い部屋は、夜明け前という暗がりの中でも真っ赤な光に照らされていた。部屋の一角に座して黙々と鉄を打つのは、癖のあるざんばら髪に無精髭を生やした、細身だが締まった体躯の上裸の男。煤を被って黒ずんだ肌は乾き、元来肉付きの乏しい頬は更に痩け、それでも尚瞳だけは強い正気を宿していた。

 

目の前で揺らめく炎と、赤く燃える石炭の熱を瞳に受けながら、男は休むことなく目の前の鉄に向けて金槌を振るう。

 

焼けて赤く光った鉄は、逞しい腕がカンカンと槌を打ち鳴らす度に形を変え、薄く長く引き伸ばされてゆく。

 

焼けた鉄に槌を下ろし始めて十と余年が経った今でも、男は師の言葉を一言たりとも忘れない。嘗て師事した親方が常に口にしていた言葉は今も深く男の脳裏に刻み込まれている。

 

 

『鉄を焼く炎に己の魂を注ぎ、打ち下ろす槌に鉄の命を乗せる』

 

 

それが師の教えであり、男の仕事であり、そして信念でもあった。

 

槌を打ち付けて形を創り、その中身をもひたすらに練り上げる。目の前の鉄が男の納得のいく所に行き着く頃には、男の体は熱気を受け、身体中から玉のような汗を浮かべていた。既に陽の光が遥か山の向こうを染め、東の空が薄く白んでいる。

 

薄ぼんやりと赤く光るソレを、男は予め張っておいた水へ差し込むように沈める。数百度の熱を持った鉄を迎え入れた水は、直ぐにその温度を上げ、水蒸気を吹き上げた。泡が吹き出し、弾ける。近づくだけで肌が焼けそうになる熱気は、さながら伝承に伝えられる釜茹で地獄の様であった。

 

男は熟練の勘で以って鉄が十分に冷えた頃合を見計らうと、水から鉄を引き上げ、様子を確認する。未だに熱を持つ水から引き上げられたそれは既に赤光を失っていたが、代わりに中程まで沈む月の光を受け、薄ぼんやりと煌めいている。それは最早ただの鉄では無く、僅かに反りを持った一振りの打刀であった。嘗てただの鉄であった延べ棒は新たな存在へと生まれ変わり、今まさに産声を上げる。刃を研いでいない為にこのままでは斬ることは叶わないが、それを加味しても、姿は既に名刀の域であった。

 

 

「ふゥむ・・・」

 

 

今まで一言も口を開かなかった男が発した声色は酷く呑気なもので、先程までの鉄を打ち据えていた人間とは思えない。右手に産まれたばかりの刀を持ち、不精髭の生えた顎を左手でひと撫でしながら、陽の光が射し込む部屋の中で、自らが命を吹き込んだ刀をまじまじと眺めていた。

 

鋼が均一に引き伸ばされているか。

 

反りが不自然で無いか。

 

重心が狂っていないか。

 

目だけを動かし、己が培った勘を頼りに、打った刀を見定める。

男には刀鍛冶として麒麟児とも呼べる程の才があり、尚且つ師の繰り出す熟練の技をその身に修める為の努力も一切怠らなかった。師の技を目で学び、肌で感じ、己が手で鍛錬に励んだ。師が病床に伏せ、名を継ぎ、刀を打つようになっても、男は励む事を止めなかった。そうして二十年近い時が経ち、男は今、目の前の一振りを打ち上げた。

 

 

「・・・よかろう」

 

 

そんな素っ気の無い言葉とは裏腹に満足気な笑みを浮かべ、噛み締める様に呟く男。刀鍛冶として一端の達人の域へと足を踏み入れた瞬間であった。

 

 

 

砥石に刀を当て、先程の軽薄さ等すっかり消え失せた顔の男は、一度一度丁寧に刃を研ぎ澄ませる。嫁入り前の女子が化粧を施す様に、細心の注意を払いながら、刃を砥石の上で滑らせる。その見た目に恥じぬ様な、されど刃の鋭さが継ぎ接ぎにならぬ様に。男は心を込めて刃を砥石へと通す。そうして磨き上げられた刃は、先にも増して美しく光を浴びていた。男の笑みが一段と深くなる。若干の白髪を混じえた男のざんばらの髪が、男の感情に応えて盛り上がったかの様に思えた。

 

 

 

刃を磨き上げ、身を清めた男は一人、鍛冶場を出て巨大な岩の前に立っていた。立ち上がった男もそこいらの若者と比べれば随分と長身であるが、目の前の大岩はそれよりも大きい。岩の丈は関取ほどもあろうか。加えて大樹の様な逞しさと石の暗い灰色も相まって、重厚感は一入である。

 

襤褸切れ同然の着流しを身に纏った男の腰には一振の打刀。鍔と柄を取り付け、漆塗りの鞘に収まったそれは、つい先程研ぎ終えたばかりのあの刀である。

 

試し斬りには丁度良いと、刀の柄に手を掛け、鯉口を切って見せたかと思えば、次の瞬間にはそれまでだらりと垂れていただけの男の右手が刀を抜き、岩肌へと刀身を食い込ませる。

 

刀は呆気なく岩肌へ食い込んだかと思えば、そのまま勢いを緩める事なく反対側まで刃を滑らせ、見事大岩を逆袈裟に斬り飛ばす。

 

手首を返し、更に一閃。斬られた岩が滑り落ちるよりも早く、銀閃を空に描きつつ、もう一度袈裟に斬った。

 

刀の斬れ味以外にどれ程の膂力と技量が必要なのだろう。大岩をまるで豆腐の様に斬り裂いたにも関わらず、さも当然と言わんばかりの表情の男は、いつの間にか手にしていた布切れで刀を軽く拭い、刃毀れを起こしていないか確かめると、そのまま刀を鞘に収める。

 

五つに割られ、滑らかな跡を外気に晒す大岩を一瞥し、男は再び鍛冶場へ戻る為、さくりさくりと草履を鳴らしながら、歩を進める。男の打ち上げた刀は間違いなく業物の域に達している。なればこの怪作にいち早く銘を入れるのが、今の男にとって一番重要な事であった。

銘は既に決まっている、何れは岩のみならず鉄を、妖を、国さえも斬らんとする為の一振り。

文字と共に刻まれた念願(おも)いが、刀にまた一つ命を吹き込んだ。

 

月の不死斬り 銘を“流転”

 

男の名は佐村。嘗て葦名の一翼を担った刀匠一門の当代であり、嘗て奪われた主を取り戻さんとする、平田家の郎党である。

 

 

 

此れは歴史には存在し得ない『三本目の不死斬り』の物語である




リハビリも兼ねて超短編を投稿

実はこの話と「101匹わんちゃん(葦名)」と「101匹弦ちゃん」で迷ったのは内緒


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。