ありふれたプロローグ集 作:┠゛ら猫
世界が燃えていた。
都を焼き尽くした業火は、天も地も見境なく舐め尽くし、世界で最も美しいとすら言われたその国はもはや、見る影もない。天空に浮かぶ魔法陣に、血を揺るがすような怒号を添える様はまさに、世界の終わりのようだった。
「このような、このようなことが……」
「姉様……」
未だ幼い、二人の少女の声が響く。
似通った煤がついて尚美しく輝く黒髪に黄金の瞳を持った、齢十歳ほどの少女たちだ。輝く瞳に悲嘆と呆然、憤怒の色をそれぞれ乗せて、終わりゆく故郷を眺めていた。
姉様と呼ばれた少女は、感情のままに欄干を握りつぶし、激情を堪えるように歯を噛み締めていた。
憤怒を表す少女とは対称的に、もう一人の少女、彼女の妹であろう少女はただ、呆然と立ち尽くし、この現状に理解が追いついていないのか、手を震わせ嗚咽を抑えることしかできなかった。
「ティオ様、テュカ様……ここは危険です。避難を……」
「ヴェンリ」
現実に追いつかない姉妹を急かすように話しかける従者──ヴェンリに、姉──ティオは一言で制し、小さく首を振った。
「我らはクラルスの娘ぞ。同胞が今この時も戦っているというのに、どこへ逃げろと言うのじゃ? 行くならば……」
そう言って、戦場を睥睨するティオ。その言動にティオの狙いを察したのか、ヴェンリはティオの側によった。
「なりません、姫……」
「分かっておるっ。妾が、妾達が行っても、足手まといにしかならん。しかし──」
──ここに居れるはずがあろうものか。
国も、同胞すらも焼いたこの時に、何もできない己が恨めしい。父にこの場にいろと言われた無力さが憎らしい。ヴェンリや妹──テュカがいなければ、今すぐに駆け出していたであろうほどに。
ティオは激情を必死に抑えながら、己と血を分けた妹、テュカを見やった。その姿はもう、煤に塗れて自分と同じと喜んでいた着物はもう、汚れてしまっていて。それと同調するように、震える手を必死に抑えているのが見て取れた。
テュカは昔から“泣き虫”だった。ティオの影に隠れて、意思疎通すらままならない。同世代の友にもそうなのだ。筋金入りだ。だからこそ、ティオが守ってきた。竜人とはなんなのか。己がなすべきことを教え、導いてきたのだ。だからこそ、ティオは人一倍冷静にテュカを守らなければという想いが強かった。
「ティオ、テュカ!」
「父上っ……!?」
「父様っ!!」
やりきれなさに歯噛みするティオに、竜の翼をもった父──ハルガが、側に降り立った。安堵に息を吐くが──その息は、すぐさま止まる。
ハルガは、満身創痍だった。
最高の防御力を誇り、“移動城塞”とまで呼ばれ畏れられていたはずのハルガの体は所々血に染まり、体から鮮血を垂らし片膝をついた。
そんな尊敬する父親の姿に、テュカだけでなく、冷静を保っていたティオは声を荒げ駆け寄った。
「父上っ!」
「──ティオ、テュカ。どうやら我等は、これまでのようだ」
「そ、そのような、そのようなことっ!」
「今や
「っ……!」
竜人族が世界の守護者と謳われたのもはや昔の話。あらゆる種族と手を取り合い、平和を齎した。しかしそんな功績と敬意は“神”とやらの一言で、全てが無に帰された。
今はもう、種族と手を取り合う夢想など欠片もない。かつて竜人族を称えた口はもう、彼らを罵倒する言葉しか繰り出さなくなった。そして今や、世界規模の連合軍が竜人族という種を滅ぼさんと侵略を開始するほどに、その憎悪は高まっていた。
「ティオっ! しっかりしなさい! お前は次代を担うクラルスの娘だろう!」
「っ……!」
「テュカ! お前もだ! クラルスの娘ならば、前を見て現実を見据えろ!」
「──ぁ」
現実を受け入れられないティオに、そして怯えて言葉も出ないテュカに一喝し、ハルガは二人を抱きしめた。その抱擁は、もう二度と感じることはできない大切なものを、名残惜しむように。
「ふぐぅ」と声を漏らすティオに、少しだけ顔を顰めたテュカを見て、どうやら力を入れすぎたらしいとハルガは苦笑して、その表情を変える。
その顔に、ティオは察する。察してしまった。
「父上……」
「……まったく」
問いただそうとするティオの言葉は、轟音と衝撃と共に掻き消えた。静寂が戻り、厳しい表情で視線を寄越したそこには──
──更地に磔にされた、地を覆うほどの同胞達の姿だった。
その磔の中には──
「母上!」
ティオが悲鳴のような声を上げる。心から敬愛する母──オルナが見るも無残な姿で磔にされるさまを見て、ティオは瞳に黒い炎を灯す──
「ティオッ!」
だが、ハルガの一言とともに強く抱きしめられる。テュカとくっつけられるように抱きしめられたからか、ほおにひんやりとした温かみを感じ、少しばかり心が平静を取り戻していく。
そんなティオに、ハルガは我儘な子どもを窘めるような顔をして、透き通るような声音で語りかける。
「我等、己の存ずる意味を知らず」
その言葉に反応したのは意外、テュカだった。
「この、身はっ。獣か、あるいは人、か!」
涙を堪えるように、恐怖を押し殺すように物心をついた時より教わり、そして昔からテュカに言い続けてきた言葉を絞り出した妹に、ティオは呼吸を落ち着け、続ける。
「世界の全てに意味あるものとするならば、その答えは何処に……」
答えなく幾星霜。なればこそ、人が獣か、我等は決意もて魂を掲げる。
竜の眼は一路の真実を見抜き、欺瞞と猜疑を打ち破る。
竜の爪は鉄の城塞を切り裂き、巣食う悪意を打ち砕く。
竜の牙は己の弱さを嚙み砕き、憎悪と悪意を押し流す。
仁、失いし時、我等はただの獣なり。されど、理性の剣を振るい続ける限り──
「「──我等は竜人である!」」
最後の言葉は姉妹で。強く、優しく、高潔であれと育てられた彼女らは、涙をこぼしそうな“弱さ”を押し殺して、竜人の在り方を曲げぬと決めた言葉を吐き出した。
「ティオ」
「……はい、父上」
「テュカ」
「はいっ……父様っ!」
「よく、聞くんだよ」
ティオは毅然と。テュカは焦燥を浮かべて。返事の言葉すら対称的な愛しの娘達に、ハルガは笑う。そして、伝えなければならないことを告げる。
曰く、真の敵は侵略者ではなく“神”である。
その存在を討滅できず、戦を終わらせるため竜人族は滅びる。真の敵を葬るために、今ここでは、我等は滅びなければならない、と。
「いつの時代も、邪悪が蔓延ることはない。故に、いつか、いつの日か、討つことのできる者が、必ず現れる。だから──」
──生き延びよ。
その言葉に、姉妹は息を呑んだ。だがしかし、ハルガは予想していたように、言い聞かせるように語る。
「竜人族は今日、確かに滅びる。しかしそれは、歴史的にだ。我等は手を拱いているほど甘くはない。もちろん、隠れ里を用意してある。そこからの事は、父上に聞くといい」
「なっ、爺様が!? ……いや、違う。父上は行けないのじゃな」
「──うむ。戦とは王の首を取って終わるもの。この首なくして戦は終わらん。それに……オルナを残してはいけん」
冗談めかして言う父に、ティオとテュカは微笑んだ。ハルガは、愛しい娘達の頭をゆっくりと撫でる。
「ヴェンリ」
「…………はい、ハルガ様」
ヴェンリに二人をつきとばす。最期まで迷惑をかけた従者に、心で精一杯に謝罪する。
荒っぽくしたのは、覚悟を決めるため。心残りを絶つように、自分に叱責するように。驚いて手を伸ばす娘に、惜しむように最期の言葉を贈る。
「ティオ、テュカ。我等の血を受け継ぎしクラルスの誇りよ。お前達の中に生まれた黒き炎と、クラルスの猛き炎を胸に、よく生きよ」
それを最後に、ハルガは空へと飛び立った。向かうは戦場。この戦を終わらせるために。
ビキビキとひび割れるように、鱗が張る音が鳴る。最期の力を振り絞り、戦場へ。磔にされた同胞達の元へと向かう。十中八九、罠であろう。だがそれは予測済みだ。むしろ都合がいい。どうせ死ぬこの命。最後の最期まですり減らし、クラルス此処に在りと吼えてやろう。そう決めて、翼をはためかせる。
だが──やはり、思う。
心残りがいっぱいだ。
最期の言葉があんなに義務的だった事もある。だがそれ以上に、将来嫁に行くであろう愛しの娘達に、不安を感じないでもない。
さて、二人はどうなるのだろう。本当なら、そんじょそこらの奴らじゃあ認めてやる気にもならない。眉目秀麗なら考えてやらんでもない。せめて、一発は殴らせてもらいたいが。
だがしかし、どんな相手だろうと──オルナの娘達だ。とても、いい人を見つけるだろう。ああ、本当に──
──死にたく、ないなぁ。
今際の際にそう、夢想して。咆哮する。
どうせやるなら、遥か高みで嘲笑う
竜人族の誇り、穢せるものなら穢してみよ。
そう口角を上げて、笑ってみせた。
時は同じく、隠れ里に続く洞穴。
散りゆくも雄大な、誇りを胸に立つ父の姿を見て、その娘──テュカ・クラルスは思う。
──ありふれだ、これ。
困惑と驚愕が残る頭で、内心、そうこぼした。
◆◇
いや、びっくりした。まさかありふれに転生しているとは。転生なんてあり得るんだなぁ。
前世の記憶? を思い出した時は本当に驚いた。まさか見知らぬ男の人に抱きしめられてるんだからさ。まあ、一瞬だったけど。
俺の今世の名前はテュカ・クラルス。あの駄竜もとい変態ドラゴン、ティオ・クラルスの妹だ。転生するにしても、性別も変わって、まさかティオの妹に生まれ変わるとは思ってなかったけど。
今はヴェンリ──ヴェンリ母さんに手を引かれ、洞穴の中を走り抜けている途中だ。体が小さいせいか、ものすごいスピードで走ってる気がする。
それにしても、まさかの竜人族。そして竜人族滅びの瞬間て。思い出すにしてもタイミングがいいのか悪いのかわからない。興奮して、あの言葉叫んじゃったし。生のあれはやっぱりかっこいいね。
「ティオ様、テュカ様。こちらです!」
おっと、ぼーっとしているわけにも行かなくなってきた。考え事してるせいで死ぬなんて嫌だ。
パシャパシャと音を立てながら、洞穴を駆け抜ける。ヴェンリ母さんが道を照らしてくれているおかげで、それほど足元には困らない。それにしてもスペック高いな、この体。1メートルくらいの岩なら飛び越えられたぞ……? 子どもでもすごいんだな。
そんなことを考えながら、岩から飛び降り着地する。体が頑丈なおかげか、衝撃を殺す必要もなく楽に着地する。
その時、水が跳ねた。どうやら、足元に水溜りがあったらしい。そして、水溜りに俺の顔が映り込んだ。
……え?
そこには、美少女が映っていた。
短く整えられたふわふわの黒髪に、黄金の瞳。おとなしそうな顔からは、知性を感じさせる。着物もとても合っていて、和服美人を体現していると言ってもいい。
…………どうやら、今世の俺は美少女らしい。
性別変わってるのはわかってたけど、まさかこんな美少女とは。人生が
「テュカ!」
「あっ……すいません、姉様」
おっと、いけないいけない。
姉様に急かされ、足を再び動かし始める。
俺──一応変えよう。私は美少女だ。やっふー。この状況じゃなければ小躍りしたいところだ。
思わず笑いが溢れた。ちょっとだけ、この人生が楽しくなりそうだ……あ。
「……ふふっ」
ここは“ありふれた職業で世界最強”の世界だ。おそらく。だとしたら、今から五百年くらいで“主人公”が来るだろう。しかもここには、魔法も迷宮もケモミミも教会も神もいる、ファンタジーのごった煮世界。
内心で、勢いのまま今世の目標を決める。
──“実はキーパーソン”ムーブを、俺はやる……!
昔から、序盤に出てくるやつがめちゃくちゃ強く、さらに物語の鍵を握ってるっていうキャラクターが大好きだった。知ってるのに黙って物語を眺めてるのって、かっこいいよね。それも、前世では使えなかったあれやこれやが盛り沢山。しかも地球にゃファンタジー真っ青な奇々怪界が盛りだくさん。くふふ、これはまさに実はキーパーソン的なムーブをやる絶好の機会では……?
「あっ……」
その時、姉様が石につまづいていた。水溜りに倒れそうな体を片手で支える。道が割と明るいのに、やっぱり暗いとわかりづらいよね。しょうがないか。
「大丈夫ですか、姉様」
「あ、ああ……すまん、テュカ」
そう言って、
「姉様、気をつけて。もしもの時は私が背負う。ヴェンリ母さんもいるから、あまり無理はしないように」
「……テュカ?」
そう言うと、姉様は驚いたような顔を浮かべて呆然と私の顔を見つめてきた。む、なぜ姉様がそんな顔を? まあいっか。それよりも先へ急がなければ。
姉様の手を引いて、暗闇の道を走る。目指すは竜人族の隠れ里。その間にいろいろ考えないといけないけど……とりあえず、隠れ里に着いてから。ということで。
◎テュカ・クラルス
主人公。性転換オリ主的なもの。
ハジメくんに色々知ってて序盤にアドバイスするキャラをやりたいなーという願望を持つ。なお、どうすれば役に立てるのかわかっていない模様。
◎ティオ
テュカの姉。後のアレ。
◎ハルガ
父親。色々と想像をくっつけた。
◎ヴェンリ
なんか親子の話し合いをずっと見守ってた人。
原作だと何も残していなかったから、最後に気を使うような描写をくっつけた。
久々に書きました。好きなものをとりあえず突っ込んだので雑さが…