イカちゃんがかり   作:こっくん

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おはよう!元気?


ソフト指し

 一斉予選が終わり、平日学校へ行き、週末は道場に行く生活が続いていた。

 

「藤原さんって、脳内将棋盤って表現聞いたことある?」

 

 そんな突拍子もないことを言い始めたのは小野寺先生。道場にてだ。

 

「脳内将棋盤って、脳内の将棋盤ですか?」

 

 あまりに変なことを聞かれたので、こっちもただ聞き返すような返事をしてしまった。

 

「その様子だと、特に聞いた事ないようね。棋士独特の表現かもしれないけど、思考の中で将棋をする能力のことを言っていて、強い人は何面と同時に思考できるとか。」

 

 ええ……棋士って異能者だったのか……。

 

「えっとー、私はあんまり思考内で将棋を指すのは得意ではないですね。どうしても一部分に意識が集中しちゃうというか、頓死筋が見抜けなかったりします。」

「まあ、そうよね。私もそこまで明確に脳内将棋ができるわけじゃないわ。」

「それにしても、急にどうしたんですか?」

「以前に釈迦堂先生とお話した時に、藤原さんに勧めるべき練習法の一案を聞いてね、それを言う前の準備として聞いただけ。」

「なるほど。では教えて頂けるということですか?」

「そうね。」

 

 腕を使って正座のままずいっと小野寺先生に寄る。

 

「早速教えてください!予選で危ういところも少なくなかったですから、少しでも棋力を伸ばしたいです!」

 

 あらあらと小野寺先生がスイと身を引く。

 

「じゃあまず、将棋ソフトって使ったことある?」

「ソフトですか?市販の将棋ゲームなら大抵勝てますが……。」

「あー、そういうゲームものじゃなくて、研究用の学習機能を備えたソフト。まあそういうのがあるんだけど、それを使ってみるのもいいかなと思って。」

「なるほど。どういう形で使うのでしょうか?」

「簡単に言うと、難しい局面に対するソフトの解を見てそれを参考に新しい定跡を組むってこと。藤原さんの思考能力なら時間はかかってもソフトの指し手を理解できると思うから。」

 

 そう言うと小野寺先生は席を立った。

 

「ちょっとパソコン取ってくるから待ってて!」

 

 パソコンを取ってくるのか。おとなしく待っていることにしよう。

 

「たお、何か新しいのするの?」

 

 イカちゃんがとてとてと定跡書を片手に私の隣に来て正座した。

 

「うん。最近はソフト"が"将棋できるんだって。」

「ソフトが?」

「研究用のでね。その手を参考にしてみるとか。」

「へえー。」

 

 そうとだけ言うと興味を失ったのか、定跡書を読むのに戻ってしまった。

 

「イカちゃんは定跡?」

「うん。こっち序盤に損しすぎるとひっくり返せなくなるから、少なくとも相手の定跡を理解するぐらいしないとねー。」

 

 イカちゃんは中盤終盤の大駒使いの感覚が鋭いし、読みも深いが定跡塗れの序盤に損をしがちだ。だから序盤に損が少ないように定跡の勉強をするようにしている。

 

「でも、定跡通りに指すこと少ないよね?」

「うん。私の方が強いし。」

 

 なんてことない顔して言ってのける。

 

「ほんとにー?」

「うん!こっちのほうが強いさ!」

 

 だから、大丈夫!と言い聞かせるように言う。

 

「わかったわかった。イカちゃんはまた強くなってるからね。今なら釈迦堂先生にも勝てるんじゃない?」

「そう!」

 

 イカちゃんは強くなっている。最近はイカちゃん相手の勝率もめっきり下がってしまった。

 そんな話をしていると、小野寺先生がでっかいパソコンを持ってきた。

 

「よいしょっと!」

「わあ!おっきい!」

「いやー高かったわよ。百万はしたわ。」

「もしかして、私のために……?」

「いや、私も昔ソフト研究してみたくて。結構計算能力食うからたっかいの買わないと時間かかってね。それに、これ見て。」

 

 小野寺先生がパソコンをぐいっと横に回す。その面はクリアガラスになっていて、内部がよく見えるようになっていた。内部は管や機械や基板やファンでゴテゴテしてるし、至る所ピカピカ光ってる。

 

「ほら、カッコよくない?」

 

 自信満々に小野寺先生がこっちを見てくる。でもね

 

「配線とかは機械らしくてよいですが、ここまで光らせる必要は?」

「カッコいいじゃない。」

「光らせるのは成金趣味っぽいです。」

「成金趣味……。」

 

 小野寺先生がっくりうなだれてしまった。『まとまったお金入ったし店員に乗せられたのよ……。』なんて言ってる。

 話を戻そう。

 

「ところで、将棋ソフトってどういうのですか?」

 

言われてハッと面を上げて、パソコン出力をテレビに繋いでカチカチカタカタと操作する。

 

「そうね、これなんてどうかしら。」

 

 見せられたのは中盤の局面だ。悪手はないが、超良手もない。

というかこれって……

 

「これ一斉予選の3局目ですね。私はこう指しましたが、感想戦でこっちの方がいいかなってなりました。」

「そうね、ではソフトの回答はどうかしら。」

 

 小野寺先生が開始をクリックすると、パソコンのファンが大きな音を立て、ポンプも駆動し始める。そして数秒後、ソフトの指し手が表示された。

 

「これは……!」

 

 その指し手には驚きを隠せなかった。

 

「どう?ふたりの棋士が対局後のメタな視点から検証しても、これは出なかったでしょ?」

 

 その通りだ。この指し手は読めなかった。ないと思っていた超良手がそこにはあった。

 

「ここからこっちの攻めに動けるし、対応されても有利な拠点を確保できる......!先生!これ凄いですよ!」

「そうでしょう?こういう常識的に思いつきにくい手をソフトで発見・検証するってわけ。」

「すごい、すごいですよ!」

 

 これを使えば、ひとりで研究するよりもよっぽど早く研究できる。これを使わない手はないだろう。

 

「でもね、ひとつ気をつけて欲しいことはあるの。」

「何でしょうか?」

「ソフトって、悪手を指さない前提で成り立つ手とか玉が薄くなる手を指しがちなのよ。だから、愚直に真似しようとしてもかえって頓死とかしちゃうのよね。例えばこれ。」

 

 別の局面を出してくる。終盤のこちらが不利な状況だ。

 

「これを計算させると、ここを指すのよ。」

 

 ソフトの指し手は逆転狙いの一手。しかし……

 

「うーん?うん?これって成立してるんですか?」

「一応は成立してるわ。これをこうすると、こうなって、こうこうこうこう。」

 

 小野寺先生が自分で操作して相手玉を詰めていく。その攻めは細く細く並のプロ棋士でも難しいだろうと思わせるような攻めだった。

 

「ほらね、詰んだ。」

「……たしかに、これは自分でやれって言われたら無理ですね……。」

「うん。だから下手に真似すればかえって自滅する。だから気をつけてね。じゃあ使い方覚えよっか。最近のパソコンなら時間はかかるけど動かせるから、自分のパソコンにも入れておいてね。」

「はい!」

 

 その日はソフトの使い方、簡単な仕組みとインストール方法を教えて貰って何度か使ってみたのだった。


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