RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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11.世界一幸せになりたい

「他人の顔色を窺うような音は要らない」

「っ……!」

 

 銭湯の……女将さんかな? が快く朝日さんと番台を代わってくれ、俺はたえちゃんと朝日さんを伴ってチュチュのプライベートスタジオへ戻った。メンバーに軽く紹介を終えた後、すぐに『R・I・O・T』でテストを行ったんだが……チュチュの反応は芳しくなかった。にべもない言葉に、朝日さんは息を呑んでいる。

 

 ……というか俺も、ぶっちゃけ驚いてる。何だ、これ(・・)は? いや、理由は分かってる。正直、実際にセッションをした他のメンバーからの感触は悪くない。総じて『合わせやすい、やり易かった』といった具合だ。そして、それ(・・)が理由。

 

「悪いけど、不合」

「チュチュ、ちょっと待ってくれ」

 

「ソース?」

「朝日さん、ちょっとこっちに。すまんが、皆は俺が戻るまでたえちゃんと合わせててくれ」

 

「あっ、ちょ……たえちゃんってナニ?」

 

 チュチュのデスクに割り込み、マイクで朝日さんを呼び出しつつたえちゃんに視線を送った。彼女が頷くのを確認したら、俺はチュチュの制止は無視して外に出た。

 

 ガチャっ。

 

「あっ、あの……っ」

 

 すぐに朝日さんもついて来てくれる。……うん、中でもセッションを再開してるっぽいな。ありがてぇ。

 

「や、悪いね急に。何か飲む?」

「い、いえ! 大丈夫です。……あの、不合格って」

 

 チュチュが言いかけた言葉だ。朝日さんの演奏が、あいつのお眼鏡に敵わなかったのは間違いない。……だが。

 

「朝日さん。RASの皆と合わせてみて、どうだった?」

「……凄いと思いました。ついていくのが……音を乱さないようにするのが、精一杯で」

 

 やはりそうだ。チュチュの言う通り、周りの顔色を窺った演奏。それはチュチュが求めているような……俺があの時聞いた音じゃない。朝日六花は本当の自分を見せちゃいないんだ。

 

 どうすれば、あの時の朝日さんを引き出せる? 俺が考えるべきはそこだ。

 

「そっか。じゃあ……文化祭の時、『R・I・O・T』を弾いてみて、どうだった? どういう気持ちで、演奏してた?」

「文化祭の時……」

 

 朝日さんは、思い出すように薄暗くなり始めた空を見つめた。

 

「……あの時は、無我夢中で。たえ先輩を迎えに行くって出ていった香澄先輩が……ポピパの皆さんが不安そうにしてるのを見て……! 大好きなポピパの為に、出来ることは無いかって、思ったんです……。そうしたらいつの間にか……ギターを持って、舞台に立ってました」

 

 確かに思い起こせば、あの時の朝日さんは必死な様子だった。自分が応援してるバンド。ポピパの為に時間を稼ごうなんて、その時は考えてもなかったんだろう。種火がそうだっただけで、後は衝動的に。考える余裕なんて無かったんだ。

 

 分からない……今ここに居る朝日さんは、ポピパの為に弾くわけじゃない。かと言って、自分の為に全力で、なんて月並みな言葉で、あの時の演奏を引き出せるなんて思えない。あの時と今。何をどうすれば重なる(・・・)……?

 

 ……そうだ。一つ、あるかも知れない。思い付き程度だが、試す価値はあるはずだ。

 

「……朝日さんさ、文化祭で演奏する時、シュシュと眼鏡外してたよね。何か理由あるの?」

「え、えっと……中学の頃にライブで、緊張してミスしたことがあって……。眼鏡を外すとお客さんは見えませんし、シュシュを外すと集中できる気がするんです。いつもとは違う自分、と言いますか……」

 

「じゃあ、次はそれでやってみない?」

「へっ?」

 

「スポーツ選手なんかのルーティンって知らないかな。プロは本気でプレイする時のスイッチがあって、そのオンオフを自由に切り替えられるって話。それがルーティン」

「噂、くらいは……」

 

「物は試しでさ、次のセッションでやってみて欲しいんだ」

「……わかりました」

 

 朝日さんの表情は懐疑的だ。しゃあないね、俺だって可能性に縋る気持ちだ。これで上手く行って欲しいと思う反面、無理だろうなという気持ちもある。ブース内に視界を埋めるような観客なんて居ないし。

 

「…………」

「…………」

 

 どことなく気まずい雰囲気が流れる中、俺はふと気になることを聞いてみた。なに、バンドやってる人間なら、お互いに何となく質問する類の話だ。

 

「朝日さんは、なんでギター始めたの?」

「……え? えっと……幼い頃、ショーウィンドウのギターを見たのがきっかけで……」

 

「へぇ……なんか、珍しいね」

「そ、そうですか?」

 

「多分ね。聞いたことあるのはモテたいとか、好きな曲を弾けるようになりたいとか……友達に誘われて付き合いでーとか、家族がもともとやってて影響で、とかもあるかな。楽器を見かけたからってのはあんまり聞いたこと無いなぁ。一目惚れ?」

 

「はい……。その時はすごく小さくて、当然買えるようなお金もなくて。だからお年玉だったり、畑仕事を手伝って貰ったお小遣いを貯めて、何年もかけてようやく買えたんです」

 

「そっか。バンドがやりたい、よりもギターが欲しいってのが先にあったんだね」

「もちろん音楽はもともと好きだったんですけど。……そんな、感じです。……その、音無さんは?」

 

 俺? 俺は……。

 

「……ねーちゃんがいてさ。俺の誕生日に、ライブに連れてってくれたんだよ。その時小学生で、ねーちゃんが中学生。別に俺のためとかじゃなかった。自分が好きなバンドのライブに行きたいから、親にねだったんだよ。俺を楽しませたいから二人分のチケット買ってくれってね」

 

「……ふふっ、たくましいお姉さんですね」

「まぁね、尊敬してるよ。真似したくはないけど。……それで、その時に呼ばれたゲストのグループ。主催ライブなんてしたこと無い、無名のバンドだった。でも……衝撃的だったよ。俺の人生が変わった瞬間だった」

 

 今でも鮮明に思い出せる。深く帽子を被って、パッと見は冴えないひょろっとしたバンドマン。そんな彼が……駆けるようにギターを弾いて、心底楽しそうに歌ってた。

 

「なんでそんなに楽しそうなんだ? そう思ったよ。……主催したバンドの、正直おまけで呼ばれたような扱いだった。まともに聞いてる人はあんまり居なかったよ。でも俺は、釘付けだった。帽子で目元が見えなくても、あの人は笑ってる。今世界で一番幸せなのはあの人なんだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)って確信した。……バンドって、そんなに楽しいのかよ、ってさ」

 

「……その人たちは?」

「残念ながら。そのライブが、彼らの最後のライブだった。色々話したけど、全部家に帰ってから調べたことなんだ。また彼らを見たくて必死に探したけど、見つからなかった。でも……忘れられなかった。あの日からずっと、俺の理想はそこにある」

 

 星の数ほどあったバンドの、一つの行く末だ。でも、その光は俺の胸でいつまでも瞬いている。

 

「俺がギターを始めた理由は、憧れた人がいたから。その人になりたい訳じゃない。俺は世界一幸せになりたい(・・・・・・・・・・)と思ったのさ」

 

「世界一、幸せに……」

「ああ。……正直、俺は朝日さんが羨ましいよ」

 

「えっ……?」

「もし可能なら……俺は、RASの皆とバンドを組みたい。あの最高のメンバーと肩を並べて、一緒に会場を沸かせたい。RASでなら、俺は世界一幸せになれるんだ……!」

 

 一度掴みかけた理想は、俺の知らないところで瓦解した。でもすぐに光は現れた。それが、俺にとってのRASだったのだ。

 

 しかし、それは無理な話だ。チュチュの目標はガールズバンド時代の終焉。それが出来るのは、同じガールズバンドだけだ。下から吠えても世界は変わらない。トップが否定するから新しい時代が幕を開ける。男が居れば、それだけで難癖をつけられるだろう。男性が居るから表現の幅が広い。他のガールズバンドが不利だ……。

 

 屁理屈なんていくらでも言える。ガールズバンド関係のイベントにはそもそも参加すらできないしな。同じ土俵に立たなきゃ勝負にならない(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「音無さん……」

「……悪い、口が滑った。俺から言えるのは、君が何をしたいか。それが一番大事ってことさ」

 

 先ほどの朝日さんの演奏を思い浮かべながら、まとまらない言葉を口にする。

 

「さっきのセッション、朝日さんのしたいことが『バンドを整える』ことなら、きっとチュチュは合格にしてたよ。本気ってのがそこに出るから。でも、違うだろ? バンドの味を壊さないよう。朝日さんは慎重に指を動かした。演奏はスムーズだったけど……それだけ(・・・・)だ」

 

「……はい」

 

「ナメないでくれよ、RASってグループを」

「っ……!」

 

「君がどんなに自分勝手に弾こうが、衝動のまま指を動かそうが。RASを壊すのは不可能だ。そういう意図があるならともかくね。一人が暴走したところで、他のメンバーは止められない(・・・・・・・・・・・・・)。それがRASってグループさ」

 

 チュチュの目指す最強の音楽。それを表現できると見初められた、最高のメンバー。

 

「君は……ギターが好きか? バンドで最高の演奏がしたくないか?」

「……したいです」

 

ならしろ(・・・・)。やりたいことがあって、やれる環境があって。よっぽどの理由がなきゃ、棒に振るのは馬鹿がやることだ。そんなやつはギターを握る資格すら無い。……やりたくてもやれないバンドマン志望なんて、世の中には腐るほどいるんだ」

 

「っ……!!」

「だから……ワガママになれ。それが許されるうちは。音楽ってのは、自由なもんさ」

 

 ……説教じみた話になっちまったな。もういい時間だ、中の音も聞こえなくなってる。

 

「すまんね、つき合わせちゃって。……俺は君なら、RASに入れるって信じてるし……君に入って欲しい(・・・・・・・・)と、そう思っているよ」

「……はいっ!!」

 


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