RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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29.パレオの気持ち

「チュチュ様! 今週末、夏祭りに行ってください!!」

 

 ソースさんがお買い物に出ていらっしゃる隙を見て、パレオはレコーディングスタジオのコントロールルームでRoseliaのライブ映像を見ていらしたチュチュ様に声をかけました。

 

What's that(なんですって)?」

 

 案の定ですが困惑していらっしゃるチュチュ様。ですが時間は限られています! 申し訳ありませんが手短にお伝えしなくては……!

 

「チュチュ様はソースさんがお好きですよね? もちろんLOVEの方です!」

「はぇっ!? なっ、何を言い出すのパレオっ!!」

 

 パレオに食って掛かるチュチュ様ですが、残念ながら反応が分かりやすすぎます。顔は真っ赤ですし目が泳ぎまくっていますよ?

 

 それに最近出来たL〇NEグループですが、一つソースさんのことを伺えば十は答えが返ってくるのがチュチュ様です。レイヤさんも、おそらくまっすーさんもお気づきかと。ロックさんは……多分勘付いていませんけれど。

 

「これは大事な話なのですチュチュ様! どうか誤魔化さずに!」

 

 パレオが縋る様に言えば、未だ状況が分からない様子ながらもチュチュ様は答えてくれました。

 

「ぐっ……。…………そ、そぅだけど……」

 

 とてもとても小さな声でしたが。しかし、チュチュ様が想いを自覚していらっしゃること、そしてそれをパレオに伝えてくれたこと。大事なのはこの二点です!

 

「チュチュ様。チュチュ様は、ソースさんがチュチュ様を恋愛対象として見ているとお思いですか?」

「んなっ……! ……なによパレオ、私をバカにしたかったの? どうせ私は……」

 

 そういってチュチュ様が悲し気に両手を胸元にあてつつ、俯いてしまったのを見て。ようやくパレオは、自分の発言がどう聞こえたのかに思い至りました。

 

「も、申し訳ありませんチュチュ様! 違うんです! チュチュ様はとっても可愛くて魅力的な女の子です!!」

 

 ひったくるようにチュチュ様の両手を掴み、決して蔑むような意図があった訳では無いと弁解します。ああ、パレオはなんてことを……!

 

「……良いわよ、ホントのことだし。背も低くて胸も小さい。ソースはきっと、私なんて相手にしないもの……」

 

 ……普段のチュチュ様からは想像もつかないお姿です。自分を卑下するような言葉も、悲しみに揺れる瞳も。……その様子に胸が締め付けられながらも、パレオはチュチュ様がそれだけソースさんを本気で慕ってらっしゃることに安心しました。

 

「だからこその夏祭りですよ、チュチュ様! 浴衣を着て、ソースさんをデートにお誘いするんですっ♪ 当日ソースさんに予定が無いのは確認済みですし、レイヤさんはハナさんに。ロックさんはクラスのお友達に誘われているみたいです☆ まっすーさんは出店のお手伝いに回るみたいですから、こう言ってはなんですが邪魔は入りません!」

 

What do you mean(どういうこと)?」

「日本にはギャップ萌えという言葉があります! 普段とは違う装いや態度で接して、いつもは目に入らなかった魅力を二人っきりでソースさんに見せつけるんですよ☆」

 

「……それがナツマツリに、浴衣なの?」

「その通りです! あとは出来るだけソースさんに寄り添ったり、柔らかい口調でお話ししましょう♪ パレオの調査によると、ソースさんはそう言ったギャップに弱い傾向にあります!」

 

 パレオがおすすめしたアニメの感想を律義に教えてくれるソースさんですが、ラブコメが主になる物語だと特にそれが顕著でした。

 

「で、でも急にデートなんて……」

「急ではありません! むしろ遅すぎるくらいですっ!」

 

「へっ?」

「お気づきではないかも知れませんが、ソースさんを慕ってらっしゃる方はチュチュ様の他にもいらっしゃるのです。ハナさんもそうですが、『Roselia』のギター担当の方。彼女もそう言った節が見られます!」

 

「サヨ・ヒカワが……?」

「はいっ。ソースさんのバンド『Eternity』の、ひいてはソースさん自身の大ファンであるとの情報もあります。同じギタリストであるお二人とチュチュ様では、おそらくお二人の方が優位と言えるでしょう。なのでチュチュ様は、ソースさんと積み重ねた時間を活かすんですよっ! 同じ時間を過ごした分だけ、普段とのギャップと言うのは大きな威力を発揮します☆」

 

 お二人がソースさんに恋心を抱いているとの確信は持てませんが、憎からず想っているのは間違いありません。お二人に先んじるには、すぐに行動に移す必要があるのです!

 

 パレオの熱弁に一理あると考えてくださったのか、チュチュ様は眉を寄せて難しそうに腕を組みました。それからしばらく時間が経ち、ふとチュチュ様は口を開きます。

 

「……パレオは、どうしてそこまで私の、その……こ。コレ(・・)を応援するの……?」

 

 恋というのを口に出すのはお恥ずかしかったのか、頬を赤らめて言葉を濁しつつも、チュチュ様はパレオに問いかけました。……正直それは、あまり聞かれたくない類の質問です。

 

 ――特に……ちゆには(・・・・)、絶対に言いたくない。

 

 でも、チュチュ様に不審に思われるのは本意ではありません。なので……半分だけ、お伝えすることにしました。

 

「……それはもちろん、チュチュ様のことが大好きだからです☆ チュチュ様がソースさんを慕っていらして、さらに恋人になられたなら……パレオはそれを思うだけで幸せなんです♪ ですので! 他の方に取られる前に、こうしてお話しさせていただきました!」

 

 お二人のことを差し置いても、ソースさんの周りには魅力的な女性がたくさんいらっしゃいます。RASの活動を応援してくださっている中で、他のガールズバンドともさらに接点は増えるでしょうし、早急に最低でもチュチュ様を女の子として意識していただかないと……!

 

「……I got it(わかったわよ)

 

 視線を逸らさず説得する私に折れる形で、ため息を()きつつもチュチュ様は頷いてくださいました。

 

「で、言ったからには手伝ってくれるのよね? 私、浴衣の選び方とか分からないんだけど……」

 

「はいっ☆ パレオにお任せくださいっ♪」

 

 

・・・

 

 そして夏祭り当日! パレオはチュチュ様にも内緒で、影からお二人のデートの様子を窺っていました。ストーカーと謗られても構いませんっ! パレオにはチュチュ様のデートを見守る義務があるのです……!

 

「……さ、さすがですねソースさん」

 

 いざデートが始まってみれば、ソースさんの立ち振る舞いは文字通り紳士的なものでした。チュチュ様の浴衣を初めて目にした時は珍しく慌てた様子だったので、作戦が功を奏したと思ったのですが。

 

 電車を降りて会場に着くころには、いつも通りチュチュ様のお身体を気遣って行動していらっしゃいました。やはり鉄壁でしたね……もしかすると今も緊張はしていらっしゃるかも知れませんが、それを態度に出してはいません。

 

 ……正直、ああやってソースさんにエスコートされるだけでも恋心を抱く女の子は結構居るんじゃないでしょうか? 柔和な表情を浮かべていることが多いので印象は薄いかも知れませんが、ソースさんはかなり整った顔をしていらっしゃいますから。

 

 基本的にはチュチュ様が興味を惹かれた屋台を覗いて、どういうものかをソースさんが教えているようでした。最初こそソースさんがお金を出していましたが、硬貨を持っていないチュチュ様にお渡ししてご自分で買い物が出来るよう促したり。チュチュ様に悟られないように立てて(・・・)いらっしゃいます。

 

 チュチュ様はパレオが進言した内容はさっぱり忘れてしまったと言わんばかりに、ソースさんを引き連れてお祭りを楽しんでいらっしゃいました。……悔しいですが、あのソースさんが相手ですと分が悪いです。あそこまでチュチュ様を気遣いつつ、ご自分も満喫している様子では。面倒なことは忘れて一緒に楽しい時間を過ごした方が良いと思えてしまいますね。

 

 それからもお二人は朗らかに食べ歩きを続けていて。パレオも、これはこれで良かったのかも知れない、などと考えていた矢先に。出店は一通り回ったのか、ソースさんが先導して祭り会場から少し外れた小道に入っていきました。どんどん暗くなっていくそこに、どういう理由で向かうのかと考えていると。何のことは無く、閑散としているベンチが設置されていました。

 

『どうだ? ちょっとは楽しめたか?』

 

 気づかれないようそーっと近づき、会話の内容が聞こえる距離で生垣に身を隠します。盗み聞いて申し訳ありませんが、パレオもここに至っては引けません……!

 

 綺麗に刈り込まれた枝葉の隙間からは、なんとかお二人の表情も見て取ることが出来ました。ここで関係に進展がありそうか測らせてもらいましょう……。

 

『あぁ、楽しかったよ。祭りなんて久々に来たけど、前はそこまでじゃなかった気がするのにな。今日は……うん、めちゃくちゃ楽しかった』

『そ、そうなの。そう…………良かった』

 

 ……ああ、チュチュ様にデートを提案して本当に良かった。

 

 私がこそこそしている間にも会話は続いていて。お二人の顔は幸せそうに緩んでいました。特にチュチュ様は……顔を赤らめつつも、穏やかに微笑んで。私も見たこと無いくらい、等身大の可愛い女の子で。

 

 

 良かった。安心した。この光景を見て良かったと思える自分に安心した(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 ――私は(・・)、ちゆが好き。そして……音無さんが好きだ(・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 きっかけは本当に些細で。そんなことで懸想した自分が恥ずかしくすらあった。

 

『もう遅いし、送ってくよパレオちゃん。もう暗いからね』

『だ、大丈夫ですよ☆ お家近いので♪』

 

『なら尚更だ。散歩がてらさ。こんな時間になるとお家の人も心配してるんじゃない? 一度ご挨拶して、怒られそうなら色々事情も説明するし』

『えっと……ち、近いと言っても電車には乗るんです。さすがにそこまで散歩はどうかなと……』

 

『えぇ? じゃあ車で送るよ、お金もったいない。どの辺?』

『…………です』

 

『え?』

『鴨川、です……』

 

『……車でも一時間以上かかるじゃねぇかっ!!』

『ひぅっ! こっ、このことはチュチュ様にはっ!!』

 

 意地でも送っていくと譲らない音無さんに、折れるように白状し。そんな私を車に無理やり押し込んで、音無さんはどこか不機嫌そうに鴨川へと走らせた。

 

『……はぁ。理由は分かんないけど、チュチュには家の場所、教えてないんだね?』

『……はい』

 

『分かった。黙っとくし、理由も聞かないよ。ただ、送迎はするから。親御さんは? バンドのこと知ってるの?』

『いえ……。帰りが遅くて、私がこの時間に帰宅することも知りません……』

 

 いつもは優しく話してくれるソースさんの怒った顔が、想像以上に怖くて。普段は真面目に過ごしている私には不慣れなその態度に、思わず聞かれたことを正直に話してしまった。

 

『マジか……。悪いけど、親御さんに今度時間作ってもらって。一度直接話したほうが良さそうだ』

『まっ、待ってください。べ、別に育児放棄(ネグレクト)とかそういうものでは……!』

 

 音無さんの口調から、彼が私の親にそういった(・・・・・)文句を言うつもりなのかと考えて、私は思いとどまってくれるよう説得を試みた。……私の考えは、見当違いも甚だしかったけれど。

 

 運転しながらも音無さんは一瞬きょとんとした顔を浮かべ、次いでくつくつと笑い始めた。

 

『安心してよ。っつーか、俺みたいなガキがどうして君の親御さんに偉そうに説教できるんだ? 俺が話したいのは、パレオちゃんがバンドやってるってこと。もし反対されそうなら、説得するのに直接顔を合わせた方が良いだろうってことさ』

 

 その言葉に、今度は私が呆然と口を開いた。

 

『もし補導なんかされて、家や学校に連絡されて。それからバンドが理由って知られたら、間違いなく辞めるよう言われるだろ? パレオちゃんだってそれは望まない筈だ。こういうのは、最初からきっちりしとくもんだぜ。家族のためにも、バンドのためにも……自分のためにも』

 

 ……ああ、私の考えなんて、所詮は中学生が背伸びしてただけなんだ。音無さんに言われて、ようやくそれを実感した。

 

 音無さんに、RASの皆に……ちゆに、迷惑をかけないよう。自分のことは全部自分で背負っていたつもりだったけれど、まったく想像が足りていなかった。

 

 思えば音無さんがさっきまで怒っていたのは、全部私のことを心配してのものだったんだ。あとは、多分……私のことに気づけなかった、音無さん自身に対して。私が気づかれないように立ち回っていただけなのに、この人はそういうところで自分に厳しすぎる。ハナさん……花園さんの文化祭の件でもそうだった。何で気づけなかったんだと、自分を責めてしまう。

 

 音無さんのその優しさに、自分の愚かしさに。思わず頬を濡らして肩を震わせていると。いつものように穏やかな声で話しかけてくれた。

 

『誰だって一回はやることさ。自分はなんだってできる、自分以外は頼れない……そう思い込んで調子に乗る。俺もそうだったし、今でも多分そうだ』

 

 間違いなく私が愚かだった。それでも音無さんは、共感を示してくれる。自分もそうだと。

 

『でも、意識するだけで変わる。これは自分だけの問題か? 話すべき、頼るべき相手が居るんじゃないか? 一回そう考えるだけで随分違ってくる。チュチュには……RASのメンバーには言いづらいだろうけど。俺には頼っておきなよ。俺ほど都合の良い()はいないぞ?』

 

 そんなふうに茶化してくる音無さんの言葉が温かくて、また泣いた。後日、本当にお母さんとお話ししてくれて。私のことを心配するお母さんも安心させるように、普段どういう活動をしてるとか、そういうことを一から説明してくれて。

 

 今ではお母さんも、バンドの活動を応援してくれてる。RASでパフォーマンスをする私を見られるのは、ちょっと恥ずかしいけれど。家族が応援してくれている。その実感があるだけで、まるで羽が生えたように心が軽くなってしまった。自分でも気づいていなかっただけで、私は随分思い悩んでいたらしい。

 

 私の抱えていた荷物を、さらうように背負ってくれて。テーブルに資料を広げながら真剣な表情でお母さんを説得する音無さんの横顔を見て。

 

 ……ああ、素敵な人だなぁ、って……そう思ってしまった。

 

 だから不安だった。ちゆの想いを確信した時……私が音無さんとどうこうなろうなんて考えは無かったけれど。ちゆと音無さんがそう(・・)なった時、私は心から祝福できるだろうか?

 

 そんな不安から、私はこうしてストーカーまがいな奇行に走った。でも……その甲斐は、きっとあった。

 

 いつの間にか上がり始めた花火に淡く照らされた、幸せそうな二人の表情。それはこの世の何よりも尊いものに思えた。最愛の親友と、初恋の男性。その二人が隣り合って笑っている光景を見られることが、心底幸福なことだと思えた。……我ながら歪んでいると思うけれど、誰にも共感されなくて良いし、しないで欲しい。この想いは、()だけのものだ。

 

『…………大好きよ、ソース』

 

 ああ、ちゆは本当に凄い。デートに行くよう提案こそしたけど、ここまで勇気を出すとは思わなかった。音無さんは気付いていないようだけど、ちゆは唇を噛み締めて、泣き出しそうなほど不安げな表情を浮かべている。

 

『俺もチュチュが好きだぜ』

 

 ちゆの顔色を気取(けど)った様子はなく、音無さんはそう返した。……ちゆの、想いが実った。そう認識するのに私は、おそらくちゆも少しばかり時間を要した。

 

『……一緒に、歩いて行こうな』

 

 その言葉を受けたちゆは……これ以上ないくらいに、幸せそうで。音無さん以外には見せないだろう、気の抜けた、最高に可愛い笑顔で。

 

「…………ありがとう」

 

 私は誰にともなく、ぽかぽかとした気持ちを胸に、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 ソースさんとチュチュ様のお気持ちがすれ違っていると知るのは、ほんの少し後のことでした☆

 

 

 


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