RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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35.一騎打ち

「――オイ」

 

 少し言葉は荒いが、どこか気遣うようなマスキングの声に俺は意識を取り戻した。会場の盛り上がりを目にしながら神妙な表情を浮かべているチュチュから視線を離し、それが聞こえた方を一瞥する。

 

「大丈夫か?」

「はっ、はい……」

 

 声がかけられたのは俺じゃなくてロックに対してだったが。場所はdubの舞台袖、RASのメンバーがライブ衣装でスタンバっている。俺はもちろんお見送りだ。

 

「――RAISE A SUILEN(レイズ ア スイレン)Roselia(ロゼリア)より上だってことを証明する時が来た……」

 

 そう、今回のライブはRASとRoseliaの一騎打ち。俺が足となって幾度となくライブを重ねたRASは、ぶっちぎりでガールズバンドチャレンジのランキング一位に君臨している。

 その上で現在二位のRoseliaを対バン相手として指名し、勝者の座を揺るぎないモノにしようっつー……建前(・・)だ。

 

「Roseliaをぶっ潰す! そのPower(パワー)がRASにはある! 最強(サイッキョー)Power(パワー)が! ぶちかますわよ……!」

 

 その顔を見て、俺にはチュチュに迷いが生じているのが窺えた。多分気付いてるのは俺だけだ。チュチュが言葉の後に差し出した右腕、他の四人はすぐに意図を悟って駆け寄ったからな。チュチュの顔ばっか見てたのは俺だけだろう。

 

「ソース、何してるの。あなたも来なさい!」

「お、おう」

 

 お誘いの言葉に、ちょっとした心配は霧散して俺も急ぎ足で五人の輪に加わる。……そう、輪だ。円陣である。以前チュチュから、こういう時ってどうすれば良いの? って相談は受けてたんだ。パレオちゃんはパスパレの円陣に憧れがあったらしく、バンドに対する憧れが強かったマスキングも言わずもがな。プロデューサーとしてチュチュはそれを汲んだ訳である。成長したんやなぁ……ちなみに、有り難くも俺が掛け声(スターター)を仰せつかった。

 

「それじゃあ、いつも通り暴れてきてくれ。――御簾(ミス)をぉ――!!」

Raise it(上げろ)!」「上げましょーぅっ!」「上げよう!」「上げろぉっ!!」「上げるでねっ!」

 

 重なった六つの手、俺が頂上から下へ押しつつ言えば、一度下がったそれらは一斉に振りあがり。そして、まるで合わせる気のない声を上げて花のように広がった。

 

 チュチュの集めた暴れ馬のようなバンドメンバー。彼女たちは知ってる。無理に足並みをそろえようとする必要なんざこれっぽっちもない、最強の仲間が隣にいることを。

 それを意識するように……いや、表明するように。RASの円陣はそりゃあもうバラバラなモンになった。

 

 最後にみんなで、不敵な笑みを交わし合って――ロックはフンスと両腕を胸の前で握っていたけど――五人は舞台へ向かって行った。

 さぁ、始まるぞ……チュチュが求めてきた(・・・・・)直接対決だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――みんな。残ってくれてThanks(アリガト)

 

 ……集計が、終わった。演奏の最後にロックが倒れるっつーハプニングはあったが、それも軽い体調不良で良かった。俺は横になって顔にタオルを乗せてるロックにつきつつ、ステージを映したモニターのRASとRoseliaに注目していた。MCを務めるのはチュチュだ。企画者だから当然だぁね。

 

『投票はしてくれたわね? ――それでは。結果発表!』

 

 チュチュの声に歓声が上がり、ステージ上のでかいモニターが投票数の集計を表示する。結果は……Roselia:581、RAS:710……!

 

『おめでとうございまぁす!☆ おめでとうございまぁす!!☆』

 

 RASの勝利を示すモニターに、パレオちゃんが花吹雪を舞わせた。あぁ、片づけ手伝わせてもらわにゃ……いやいや、そんなことは今は良い。

 

 その結果を受けて、チュチュは……何かを噛み締めるように、儚げな視線を握ったマイクに向けていた。しかしそれも数秒のことで、チュチュの様子に気付いたパレオちゃんが言葉を発する前に。チュチュは言葉を続けた。

 

『ユキナ――いいえ、Roseliaの皆さん。今回のライブ、受けてくれたことに心からの感謝を。おかげで――RAS(私たち)最強(サイッキョー)のバンドであると、改めて確信したわ』

 

 挑戦的な言葉だ。Roseliaだけでなく、あらゆるガールズバンドに対して。勝者が敗者にかける言葉としてはこれ以上ないくらい不遜な物言い。

 でも内容とは裏腹に、それを口にしたチュチュの表情は……憑き物が落ちたかのように、清々しいものだった。晴れやかという言葉の意味は、今のチュチュを見れば誰だって理解できるだろう。

 

『そして……ガールズバンドチャレンジ。その決勝は今日この時の再演になると確信しています。また、油断していては足元を掬われるとも』

 

 チュチュは、歩き出す。Roseliaの……ユキナさんの元へ。

 

『……またの共演を楽しみにしています。次は――武道館で!!』

 

 左手のマイクを下ろして右手を差し出す。その意図が分からない人間は居ないだろう。……それでも、今までのチュチュの態度からはやっぱり意外性は拭えなくて。RASとRoseliaの両メンバーは固唾を飲んでチュチュとユキナさんを見守っている。

 

『……今回の件(・・・・)は貸しにしておくわ。そして――近いうちに、取り立てに行くことも約束を。……今日のライブは、私たちにとっても意義のあるものになった。礼は不要よ』

 

 滔々(とうとう)と返して、ユキナさんは……チュチュの、その差し出した右手を取った。言い方は遠回りだったが、チュチュに対する返答だ。再び武道館で対バンをしよう、と――!

 会場が再び。言外に健闘を称え合った二つのバンドへ喝采を送ったのは言うまでもないだろう。

 

 それはもちろん、チュチュのことを見守ってきた俺も。思わず熱を持つ両目を意識しながらも、隣で横になるロックが驚かないように。

 音もなく、二つのバンドがステージから去るまで。俺は手を叩き続けた。

 


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