RASのマネージャーにされた件【完結】 作:TrueLight
ピーンポーン――……。
「ん? お客さん?」
体調を崩し、ベッドで横になる私に構っていた日菜の意識がインターホンに向き、誰が訪ねてきたのだろうと訝しみつつも安堵の息を
「さ~よ~さ~ん! ぐすっ、うぅ~~!」
「宇田川さん、ちょっと……落ち着いて」
それがRoseliaのメンバーが来たことを示す合図で、結局のところ静かに養生とはいかないことを暗示していたけれど。
「少し熱が出ただけですから」
心配してくれる仲間にそう言ってみるも、日菜が高熱を出したことを話してしまう。……そう、恥ずかしいことに。dubにおけるRASとの対バンライブを終えて、今日までの練習。私は自己管理を怠り体調を崩して倒れてしまったのだ。
「
「今は身体が大事だよ?」
「紗夜さん、喉渇いてないですか? アイスと果物もありますよ?」
「リンゴ、持ってきたんだ。キッチン借りて良い?」
私としてはしっかりと頭を下げておきたかったけれど。日菜の先導のもと、湊さんを残して流れるようにキッチンへ向かってしまった。……気を遣わせてしまっているな、と申し訳なさが募る。
「……湊さん」
「……?」
「こんな大切な時期に、すみませんでした。……少し、無理をしていたのかも知れません」
体調を崩して気が弱ってしまったのか、私は話さなくても良いことまで湊さんへ口にしてしまう。
「前回のライブのような思いはごめんですから」
大事なフェスが目前に控えていると言うのに、RASの挑戦に乗ってしまった。何故か分からないけれど湊さんも拒否はしなかったので、私が仕切る様にして練習スケジュールも立ててしまったのだ。普通に考えれば、当初ガールズバンドチャレンジへの出場を望んでいなかったはずの湊さんの心変わりに言及し、止めるべき立場だったにも関わらず。
私の……憧れの人。尊敬すべきギタリスト。そんな人がマネージャーを務めているバンドと共演すれば、
そうして蓋を開けてみれば……Roseliaは、RASに敗北を喫してしまったのだ。……会場にいらしていたSOUさんに、情けないところを見られてしまったのではないか、などと考えてしまう始末。
いえ、私たちは最高のパフォーマンスを発揮できた。でも、届かなかった。……もっと高みを目指せたのではないかという後悔に苛まれる自分と、あれ以上の演奏は出来なかったのだからその必要はないと客観視する自分が常に心の内に居て。結局私はずっと気持ちが高ぶったままギターを練習し続けてきた。RASとの共演が終わってからずっと、だ。
それでこの体たらく。あまりの情けなさに穴があったら入ってしまいたい。
「紗夜……」
あまり表情が豊かでない湊さんが私の名を口にする。澄んだ瞳が向けられると邪な想いを見透かされているようで、私は誤魔化すように言葉を続けた。
「今井さんが送ってくれた画像にあったメッセージにも、申し訳なくて……」
「メッセージ……シール?」
「Roseliaのライブを、どれほど心待ちにしてくれていたのか……伝わってきました。……その期待に応えることが出来なかった……っ」
思わず涙が溢れてしまいそうになる。本当に情けない……自分の都合でバンドを振り回しておきながら、泣いて同情を煽るなんて死んでもごめんだ。私はなんとかそれを押し留めて、震える唇をどうにか動かした。
「もっとやれることがあったのではないかと……っ、悔しくて……」
潤んだ瞳を隠すように目を閉じる。すると……湊さんは、私を気遣うような様子は見せなくて。滔々と胸の内を明かしてくれた。
「私は……嬉しかったわ」
「え……?」
「シールのメッセージ、私は嬉しかった」
「湊さんが……?」
「ええ」
追想するように、私に被せられた布団に視線を向ける湊さん。そこに虚飾は見られなかった。
「青葉さん……Afterglowが見せてくれなければ、今も知らないままだった。……それに、知らなかったことは他にもある。まだ見ぬ
「まだ見ぬ
「RAISE A SUILENが、そうだった」
「……プロモーションのことでしょうか」
「そう」
「反省会でそんな話も出ましたが、Roseliaの方向性とは違うという結論に至ったはずです」
「ええ。Roseliaとは、違う……。だから、これもRAISE A SUILENとライブをしなければ分からなかった」
……湊さんも。私と同じように、もっと出来ることがあったのではないかと、悔いる気持ちが……?
「Afterglowや、RAISE A SUILENや……他にも。いろんなバンド、いろんな人がいるから。Roseliaだけでは知り得なかったことも、こんな風に……知って行けるのではないかと。Roseliaが、さらなる高みを目指すために」
「湊さん……」
……今、ようやく分かった気がする。湊さんが、何故RASの……チュチュさんの誘いに乗ったのかを。ガールズバンドチャレンジの頂点に立つ彼女たちから、Roseliaに足りない
「それで、チュチュさんの挑戦を受けたんですね……」
こくりと頷く湊さんに……敵わないな、という想いが芽生える。私がRASとの共演に抱いた望みは独り善がりなものだったというのに。湊さんは、Roseliaがより高みへ至るための道を模索していた。……顔から火が出る思いだ。
「……分かりました」
――私が、これから何をするべきかが。
一言呟いて湊さんへ視線を送れば、彼女も私の覚悟を悟ってくれたように、静かに微笑んでくれた。それからすぐに日菜とRoseliaのメンバーが戻ってきてくれたけれど、緊張の糸が解けた私は眠りに落ちてしまった。
夕方頃に寝てしまった私は、暗い部屋の中で目を覚ました。……眠る直前に胸に抱いた決意は、未だ熱く残っている。
壁に預けていたギターを手に取り、スマートフォンの録音機能を起動して。習慣化したチューニングを手早く終えた。
そして――やることは一つだけ。
「――♪ ――――♪ ――……」
「おねーちゃん……?」
「……ノック。忘れてるわよ」
日菜を起こしてしまったのか……あるいは、起きていてくれたのか。ギターを弾き始めてすぐに部屋を訪れた妹に、お約束のような言葉を返す。
「……ちゃんと寝ないと、また熱が上がっちゃうよ?」
……優しい子。こんな時間まで部屋に来てくれたことを嬉しく思うけれど……やっぱり、今は弾かせて欲しい。
「分かってるわよ。でも……音に残しておきたくて」
――自分でも正体が分からない、疼くような淡い想いに。決別することを誓った、今日この時の音を。いつまでも、忘れてしまわないように――