RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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38.温泉回②

「ふぃー……極楽極楽……」

 

 頭にタオルを乗せて露天風呂の(ふち)に背を預けて、年寄りじみたセリフを吐きながら俺は空を見上げた。パレオちゃんを拾ってチュチュのマンションを経由した上での合流だったもんで、日はとっぷりと暮れている。

 

「……良い景色だなぁ」

 

 雲は薄く伸びているが月明りや星の瞬きを遮ることはせず、今頃になって今日が満月であることを知った。月面のクレーターまで見えるんじゃないか……は言い過ぎかもだが、空の底が突き抜けたような夜景。夏目漱石だったかな?

 

 外の風呂に比べれば客室備え付けのこちらは小ぢんまりしているが、それでもひと家族が一緒に浸かるほどのスペースはある。気が大きくなった俺は両腕を縁に乗せ、大きく足を伸ばして絶景を楽しむ。

 

「……寂しい」

 

 いやまぁ、ちょっとだけね? さっきまでRASで集まってワイワイやってたから、その差を感じるってだけで。風呂なんて本来一人で入るもんだし。……でも、この広さに余裕のある露天風呂で一人ってのは、そこまで嬉しいもんじゃないな。……あーやだやだ、こういう時って連中(・・)の顔がよぎって鬱になるんだよな。

 

 感傷に浸るのはやめて、無心で夜空を楽しむとしよう……。

 

 

 ……。

 

 

 …………。

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 カタッ、カラララ……。

 

 ………………。

 

 トッ、とん。ふぁさっ……カタンッ。スー……。

 

『そっ……ソース、入るわよ……?』

「おー……」

 

 スー……カタンッ。

『えっ……と。こ、このSoap(石鹸)使って良いのよね……』

 

「おー……」

 ………………。

 

 キュッ。シャー……。

 

 ………………。

 

 パシャッ、シャー…………キュッ。

『ぉ、OK(よし)。そそ、そっち行くからねソース。こっ、こここっち見るんじゃないわよ?』

 

「おー……」

 ………………あれ? なんかチュチュの声が聞こえたような。

 

 まさかな、と思いつつくるりと首を後ろに向けてみれば。

「なっ!?」

「ちょっ! こ、こっち見ないでって言ったじゃない!!」

 

 何でチュチュがここにいる!? しかも素っ裸で!! いや風呂だし当たり前なんだがそうじゃねぇっ!! 右腕で胸を隠してタオルを身体の前にかけつつ左手は股間を押さえてるから、一応際どいとこは見えてないけどっ……そもそもなんで入ってきた!?

 

「うっ、ううぅ……」

 

 顔を真っ赤にして俺の目を恥ずかしがり、呻きつつチュチュはしゃがみこんだ。気持ちは分かるがそれもマズイっつの……! その膝と膝の隙間を認識しそうになった瞬間、俺はやっとのことで視線を夜景に戻す。あっ、あぶねぇ……!

 

「なんで入って来たんだよっ、張り紙してあったのに……!」

「は、入るって言ったじゃない」

 

「そういう問題じゃねぇっ。理由を聞いてんだよ……!」

 

 わざわざ【男性が入浴中です】って勘違いのしようもない張り紙をしてたっつーのに。そもそもお前らにはここ譲れって言ってあったろ! 全員が風呂入るって部屋出たタイミングで入ったし! お前も一回外出ただろ!

 

「…………」

 俺の問いかけに、チュチュは答えない。だけどゴクリ、と唾をのむ音が聞こえてきた。

 

「とっ、隣。行くから」

「あっ、おい……っ!?」

 

 ようやくかけられた言葉は俺の意思をガン無視したもので、思わず視線を向けそうになり……その途中でまたも無理やり首の動きを中断、俺は顔面を空へ向ける。もう顔の横には一糸まとわぬ細い足が見えていたからだ……!

 

 ちゃぷ……と水面が淡い音を立てて、俺の右隣にチュチュは腰を下ろした。もちろん素っ裸でな!

 チュチュが隣でどういう表情を浮かべているのかは分からない。そっちに視線を向けないようにせざるを得ないからだ。チュチュの顔を見るのはもう裸を見るのとイコールだぞこれ。

 

「…………」

「…………」

 

 チュチュの意図が分からん……。だから俺はチュチュが何かしらアクションを起こすまで黙るしかない。多分用があるんだろうし、俺が先に出ようとすりゃあ止めるだろう。無理矢理追い出すのも論外だ、騒いだら旅館の人やバンドの子らに気付かれる。

 

 それから一分、二分……もう分からん。それなりに時間が経ってから、チュチュが隣で深呼吸。長く細く息を吐いた。

 

「……そ、ソース。こっち見なさいよ」

「はぁ~~~~?」

 

 突拍子の無い言葉に俺は大口開けて疑問の声を上げる。当然お月様に向かってだ。さっきは見るなって言ってたのに今度はなんだ? いや別にさっきも見ようとして見た訳じゃないけど!

 

「わっ、私みたいな年下の裸なんてなんでもないでしょ? ここ、こっち向いたっていい良いじゃない」

「いや俺がどう思うとかの問題じゃないから。公序良俗的なあれだから。それに声が上ずってるから。恥ずかしがってんのバレバレだから」

 

 俺が畳みかけると、チュチュは「ぐっ……」と一言、それからまた沈黙した。なんなんなんなーん?(困惑)

 

 それからまた数分。今度はちょっぴり、比較的神妙な様子でチュチュは口を開いた。

 

「ね、ねぇソース。さっきの話、どうだった? うまく、伝わったと思う……?」

 

 "さっきの話"が何かは、考えるまでもないな。

「……ああ、伝わったさ。俺だって、Roseliaとの話を聞いて、チュチュの想いは伝わったよ。……聞かせてくれて、嬉しかった」

 

 ちゃぷ、とまた水面が揺れる。チュチュが身じろぎしたようだったが、詳細はもちろん分からん。

 

「……あの日。ソースが教えてくれたバンドに、RASはなったわ。私が知りたいと思えて。私のことを知って欲しいと思える仲間になれた」

「そりゃあ……何よりだ」

 

 もっと気の利いた言葉を返したいが、俺も大概テンパってるからそんなことしか言えなかった。だが、チュチュの本題は別にあったらしい。

 

「だから今度は――ソースのことも、知りたいの」

 


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