RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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46.高鳴る鼓動

「今日は冷えるなぁ……」

 

 12月23日。あっちゅーまにRASとRoselia、彼女たちが雌雄を決する時が訪れた。この日に至るまで、俺はほとんどRASのバンド活動に関わっていない。パレオちゃんの送迎とか、演奏に直接関係しないところは今までのように手伝ってきたけどね。一人のファンとして、先入観なくライブを楽しませてもらおう、ってな感じだ。

 

「……早く入っちまおう」

 

 学生さん、それも女子が多いように見えるファンの群れ、俺が建物の前で突っ立ってると目立つ。しかも、何故かちゆからライブに使ってたつば長キャップを被って来いと言われてる。可能性は低いと思うけど、目元を隠すように被ってるとSOUを知ってる人間に気づかれるかもしれんので、つばは後ろに向けてるけど。ぶっちゃけちょっと恥ずかしいっす。

 

 視線に意識を向けてみれば注目を集めてるような錯覚すら覚えてきたので、俺はこそこそと武道館へ乗り込んでいった。

 

 ライブ中に催したりしないようトイレを済ませ、チケットに指定された場所に腰を落ち着ける。そこは、まぁ、なんだ。コネで入手した最前列。正規の手段で勝ち取ったであろう方々に申し訳なく感じるが、ご容赦いただきたい。なんせこれはちゆに押し付けられたモノだからだ。

 

 多分、一緒に舞台に上がることは出来ない俺に対する、ちゆの……というかRASのみんなからのプレゼントなんだろう。帽子被って来いってのも多分そう。俺というギタリストが、RASがこの舞台に至るための力の源(source)になったと、そういうメッセージ。

 

 ま、自意識過剰かも知れないけど! そう思わせてもらおう。どんどん埋まっていく会場の中を眺めながら、俺はこれからのステージに期待を膨らませていった。だって、まわりの子たちがみんな言ってるんだ。楽しみだね、どっちが勝つのかな? 新曲らしいよ! どっちも勝ってほしい~! ……改めて、どれほどの人たちがこのイベントを見守ってきたのか実感した。

 

 大ガールズバンド時代、そんな言葉が定着するほど少女たちの活躍を目にする機会が増えた今日この頃。恒久的なものではないが、この日に限ろうとも確実に決まるのだ。その頂点が……!

 

 開幕までの時間はそう遠くない。けれど、この日に至るまでの数日間よりも、たった十数分がとんでもなく長いように思えた。しかし、ついにその瞬間はやってくる。

 

照明が落とされ、真っ暗になったステージ。そこに浮かび上がる五つの灯……Roseliaの登場だ……! 演奏の順番は、おそらくランキング下位からとなっているんだろう。しかし、彼女たちの演出、足取りはイベントの段取りだとか、何を目的としたイベントだとか。そういうものを一切感じさせない。

 

 目の前に、Roseliaが居る。ただそれだけを、強大な存在感でもって観客(おれたち)に伝えてくる……!

 

 荘厳なBGMと共に彼女たちは舞台の中心へ集った。そして……一斉に、小さな灯が吐息と共に闇へ消える。

 

 ――瞬間、照明がステージに立つRoseliaを照らし出した。背中合わせに立った五人が、同じタイミング、同じ歩調で歩み出る。

 

 まるで……薔薇の蕾が、花開くように。

 

『――Roseliaです』

 途端に歓声が武道館に響き渡った! 圧倒的カリスマ。後ろからはすすり泣く声さえ聞こえてくる。ガールズバンドの頂点、その一角。すべての観客が湊さんの、五人の一挙手一投足に注目していた。

 

『この大会に参加することで、大切なものを得られました。今日は、その感謝を込めて。――Avant-garde HISTORY』

 

 ひと際大きな声が観客席から上がると、暗転。次いで会場内はサイリウムが星のように瞬いた。照明演出とリズム隊により演奏の口火が切られると、ついにRoseliaのステージが始まった!

 

 凛としつつも透き通った声音が切なく胸を打つ。自身の想いを歌に乗せ。ただのパフォーマンスと感じさせない動作で、彼女たちが歩んできた道程のカケラを、湊さんが紡いでいく。

 

 生真面目な横顔で。溌溂と破顔して。不安を感じさせない微笑みで。演奏はもちろん、コーラスを重ねて四人が湊さんに続いた。

 

 楽しそうにスティックを振る宇田川さんに、微笑んだ今井さんが寄り添う。泰然と氷川さんがピックを操り、白金さんが淀みなく指を躍らせた。

 

 湊さんが大きく腕を薙ぎ、マントが翻るとステージのボルテージはどんどん加速していく……! 赤いライトが観客の熱狂を表しているように思えたが、次々に切り替わるライトカラーが次の舞台へ俺たちを連れて行く。『ついてこい』、そう手を差し伸べるのだ。

 

 ステージの中心部がせり上がると、そこに一人立つ湊さんが否応なく視線を引き付けた。MCでは大きな感情の変化を見せない彼女が、こぶしを握り。腕を振り。眉根を寄せて語りかけてくる。いくつもの困難な道を超え、Roselia(私たち)はここに至ったのだ、と。

 

 ああ……いつまでも、聞いていたいと思わせる。これまでの彼女たちのライブを振り返りながら、その歴史を歌い上げるRoseliaの在り方に思いを馳せていたいと。最近彼女たちを知った俺でさえそうなのだ、Roseliaを追ってこの武道館に訪れたファンの心境はとんでもないことになっているだろう。

 

 なんせ俺の背後から、女の子なんだろうが野太い嗚咽が聞こえてくるくらいだ。終わってほしくない、そう思うのは無理からぬことだ。そして、そんな風に感じてしまうのは。ステージで歌い、奏でる彼女たちが告げているから。

 

 せり上がっていた舞台の中心が、再び湊さんをメンバーと同じ場所へ連れて行く。それに比して、湊さんは高く腕を振り上げた。あんなにもカラフルに舞台を彩っていたライトが、ただ降り注ぐ白に顔を変えた時。

 

『――ありがとう』

 Roseliaのステージは、その終わりを告げたのだ。

 

「っ……凄かったな」

 意図してそんなしょーもない感想を漏らしたのは、俺が立っている場所を思い出すためだ。ここはRoseliaのワンマンライブじゃない。ガールズバンドチャレンジ、その決勝なのだ。やべーよ……いろいろ持ってかれちまったよ……!

 

 そこかしこから、連れの友人たちと語り合う少女たちの声が聞こえる。最高だった、もっと見ていたい。Roselia大好き、行かないでー……。

 

 ――ありがとう。

 演奏のピリオドに、湊さんが告げた一言。それは決して彼女やRoseliaだけが抱いている気持ちじゃなく、応援してきたファンも同様に捧げたい想いだった。

 

 この場に居られたことを、本当に嬉しく思う。とても尊い時間を共有できたことに。

 

 そして――片時と言えど。それを忘れさせられるほどの存在が、御簾を上げる瞬間に立ち会えることに。

 

「――来た……!」

 思わず口をついた言葉通り。スモークに包まれ、せり上がるステージを五人が歩いてきた。俺も用意していたサイリウムを振ると、それは会場すべてが一体になってスモークをライトブルーに染める。

 

『Bass&Vocal――LAYER!!』

 

 チュチュのMCにステージのパネルが同調し、それを背にレイヤが落ち着き払った様子で一礼した。

 

『Guitar――LOCK!!』

 

 次いでロックも頭を下げると、いつものクセでか眼鏡を直すような仕草。直後のごまかすような笑みが、緊張などしていないことを感じさせた。

 

『Drums――MASKING!!』

 

 左手に握ったスティックを掲げ、観客の声援に応えたのはマスキングだ。その表情は活き活きとしていて……レッテルだけで畏怖された、狂犬の姿はどこにもない。

 

『Keyboard――PAREO!!』

 

 普段のお淑やかで愛想がよいキャラクターからか、客席からは『パレちゃーん!』とフランクに呼びかける声も。笑顔でスカートを摘まむ姿は楚々としていて、やはりステージを楽しんでいるようだ。

 

『DJ――CHU²!』

 

 以前のライブではMCとして一歩引いていたチュチュだったが、レイヤがそれを引き継ぐ形でスポットライトを浴びた。少しポカンとした表情を浮かべていたが、演出か、はたまたチュチュにとってもサプライズだったのか。打合せにも参加していない俺には測りかねるね。

 

 だって、そんなことに考えを巡らせている時間なんてくれやしないんだ。

 

『We are……RAISE A SUILEN!!』

 チュチュの蠱惑的な名乗りに観客が沸き。

 

『聞いてください――Beautiful Birthday』

 レイヤの発したその声に、歓声は引き絞るような興奮へ形を変えた。っていうか、その曲だったのか! ちゆの誕生日を祝うべく、パレオちゃんが主体となって生み出された一曲……!

 

 あの日は俺がリズムギターを担う形だったが、今日はそれが無い代わりにチュチュのDJによってRASの曲へと昇華されるのだろう。

 ……実は、いつかこういう日が来ることを願って、俺は作詞にほとんど関わっていない。パレオちゃんにはもっと意見を出してほしいと言われていたが、やはりRASの曲として発表されるとき。そこに五人以外の影は無い方が良いと考えたのだ。一人のファンとして。

 

 そしてそれは、きっと正しかった。

 

 レイヤの歌声とパレオちゃんのキーボードが先導するメロディラインに、チュチュの舞台演出とラップが起点となって加速する。マスキングのドラムが、行き場を失っていたRoseliaへの余韻をかっさらい。パレオちゃんが激しく打鍵するのを支えるのは、ロックの繊細でありながら激しさを伴うリードギター。

 

 眩しい、と久しぶりに感じた。RASの五人が揃ったばかりの頃は、毎日のように感じていた熱量。その活動を手伝えるのは嬉しかった。でも、手伝うことで俺は、彼女たちのステージ演出を先に知ってしまっていた。けれど……今日は違う。どうしてもチラつく自分の影を感じることなく、ありのままのRAISE A SUILENが、目の前に居るのだ……!

 

 レイヤが祈るように歌う。チュチュのラップに寄り添うようにコーラスが響き渡る。円形のステージ、観客を目の前にした彼女たちには当然、メンバーの姿は見えない。しかし、それぞれが暴れまわる。

 

 声を響かせる。鍵盤を叩く。ピックを躍らせる。ビートを刻む。腕を振り上げる。彼女たちはお互いに合わせましょう、ライブを成功させましょう、なんて考えちゃいない。同じステージ(高み)に立つメンバーが。それぞれの出力した最高(パフォーマンス)が、自然に生まれたその重なりこそがRASの存在意義だと信じて疑わないのだ。

 

 レッテルだとか、風評だとか。誰かが決めたルールに、頭を押さえつけるだけの常識なんて不要だと。

 

 自身が、仲間たちがそれぞれに追い求めた理想こそが。美しい世界を作り上げるのだと、そう確信して舞台に立っている。

 

「あぁ……」

 

 牙を剥いて獰猛に。歌い、奏で、観客なんぞ無視して笑い合う。観客(俺たち)どころか、彼女たちこそが心底実感したんだろう。ここに、RAISE A SUILEN(私たちは生まれたんだ)

 

 チュチュが両手を振り上げ、ドラムが一定のリズムを刻む。誰もがその訪れを感じ、しかし止めることなんて出来ようはずもない。RASの全員が瞳を閉じ、それでも腕を止めることは無い。

 

 激しいライトの明滅に、レイヤが腕を振り上げて――!

 

 ……真っ暗な会場が大歓声に包まれる中で、そのステージは終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『投票時間です。決勝を戦った両バンドのうち、一つを選び、アプリより投票ください』

 

「風情がねぇなぁ……」

 

 ぶーたれてしまうのも仕方ないと思っていただきたい。もう観客席はへとへとだよ? 俺も含めて。そこかしこから息切れが聞こえるし、なんなら泣いてる子も少なくない。後ろの子? 心停止してるんじゃない? 割とマジで。怖いから振り返らないけどね、なーんも聞こえないもん。

 

 まっ、それはそれとして投票だ。決まってるんだけどね! 贔屓目なしに、最高のステージだった……!

 それからしばらくして、集計が終わったのかアナウンスが再開された。

 

『ただいまを()ちまして、投票を締め切らせていただきます。みなさま、大変お待たせしました!』

 

 その言葉に続くように、再度RoseliaとRASがステージの上に並んだ。さぁ、いよいよ結果発表だ! これで正真正銘、ガールズバンドの頂点が決まる……!

 

『それでは! バンドリ、ガールズバンドチャレンジ決勝、結果発表です! ――よろしくお願いします!』

 

 ん? そのまま発表するんじゃないのか? と、思っていたら。一人の女性が杖を突いて歩いてきた。誰だ?

 

「……は? え、このイベントってシセンが運営にいんのか!?」

 

 その正体に気づいた俺と同じ驚き、嬌声は会場の至る所で起こっていた。ただ両バンドの応援に来ただけのファンはキョトンとしていたが。

 

『ミラキュラスカーレット』、通称ミラスカ。ガールズバンドなんて言葉が定着していなかった一昔前の女性四人組バンドだ。特に彼女、シセンはそのギターボーカル。ミラスカのリーダー的存在……!

 

 その知名度は言うまでもないだろう、なんたって世代違いの俺が知ってるくらいだからな。ライブハウスで世話になったスタッフには、ミラスカの全国ツアーに現地組で参加したことを自慢の種にする人がよく居たもんだ。

 

 舞台に立つRoseliaにRASの面々も、これには驚いたようで目を丸くしている。一部興奮してるヤツもいるけどね、マスキングとか!

 

『――みんなの演奏、見せてもらったよ。みんな……見事にやりきったね!』

 

 先達の素直な賞賛に、会場は喝采に沸き。舞台上の彼女らも嬉しそうに笑みを浮かべた。俺も知り合いのシセンファンからインタビュースクラップとか読ませてもらったことあるけど、結構キツイ物言いする人っぽかったからな……。

 

『それじゃあ、結果を発表する。――グランプリは』

 

 驚きと興奮が冷めない中で告げられた言葉に、思わず俺はステージのチュチュへ視線を向けた。そこには、祈るように両手を合わせる姿が。

 

「頼むぞ……!」

 俺も同じように手を合わせ、その続きを待つ。個人的にはRASに軍配が上がったと思うが、人の感性なんて水物だ。その時集まった観客の気分や好みでいくらでも変わっちまう。どうだ……!?

 

『――RAISE A SUILEN!』

 

「よっ!! ……ぉ~し……」

 暗転した会場内でスポットがRASに向けられ、そのバンド名がパネルに表示されたとき。俺は勢いよく『よっしゃぁ!!』と言いそうになり、それを何とか押しとどめた。やべぇ、ハズイハズイ……。まぁ似たようなのはそこかしこにいたし、逆に崩れ去ってるRoseliaファンも居たからそこまでは目立たなかったけど。

 

『やりましたぁ!☆ グランプリですよっ、チュチュ様~♪』

『わ、分かったから! 聞こえてたから落ち着きなさい!』

 

 発表の瞬間には喜色満面だったチュチュだが、忠犬パレオちゃんに抱き着かれてわっぷわっぷしている。その横で『仕方ないやつらだ』と言いたげなマスキングとレイヤも、やはり嬉しそうに微笑んでいた。ロックはポカーンとしている。言っちゃなんだがいつものことである。

 

 Roseliaの五人は残念そうにしていたが、健闘を讃えて拍手してくれていた。ドラムの宇田川さんだけは、しょんぼり具合が群を抜いていたけど。

 

『続いてベストパフォーマンス賞――』

 

 ――は? いやちょっと待て! 賞っていくつあるんだよ!? その獲得数でイベントの優勝が決まるとかじゃないだろうな!! グランプリって普通は最上位だし、それは無いと信じたいけど……!

 

『RAISE A SUILEN!』

 

 これもRASかよ! 脅かすなよ!! ……いや、テレビの企画でよくある、最後に獲得したポイントが一番デカイタイプじゃねぇよなぁっ!?

 

『ベストバンド賞――Roselia!』

 

 これはRoseliaなのかよ! ベストって! 最上位じゃねぇかよ!! 一番いいバンドがRoseliaって言っちゃってんじゃねぇかよ!!

 

『みんな……良いライブだった』

 

 そこで終わんのかよ……。まぁ、厳しい予選をくぐり抜けて大舞台に立った二バンドだ。そこに明確な優劣をつけたくないのかも知れんが……。ぐぬぅ、なんか釈然としないな。

 

 まぁいいさ、大会と言う形式を取った以上、優勝は文字通りグランプリのRASってことになるだろう。賞の数も二つだし。Roseliaファンは『ベストバンドのRoseliaが最強!』って思うかもだけど、運営様からのメッセージかもな。『お前の推しがお前の中のベストだ』みたいなね。

 

 スモークが炊かれ、紙吹雪が舞い散る。それを見て――ついに終わったんだと。観客席の俺たちもそう認識することが出来た。

 

 ん、だ、が……? なんだ? RoseliaはハケてくのにRASは舞台に立ったままだ。シセンが何やらチュチュに言い、Roseliaに続いてステージを去った。そういう段取りか? やっぱグランプリは何かしらあるんだろうか。

 

『――みなさん。今日は足を運んでくれて、本当に……ありがとう』

 

 清々しい微笑みで感謝を述べるチュチュに、会場からは黄色い声が飛んだ。俺もなんか言ったろーかな? なんて考えていたら。

 

『今この瞬間は、私のワガママです。……もしかすると、知っている人もいるかも知れません。RASには――もう一人、大切なメンバーが居ます』

 

 ――ハァ? いや、お前……何しとん!! やべぇよ、何話すつもりだあのちんちくりんは……つーかレイヤ! マスキング! 止めろや!!

 

 ガールズバンドの大会の決勝で、それに白星上げて。そこで言うことがなんで野郎のことなんだよ……。 場合によっちゃ刺されるんじゃないか? 俺が。オイ誰だ、『知ってるー』って言ったヤツ。『動画見たよー』じゃねぇんだよ!! 

 

『その人は男性なのですが……もちろん私たちはガールズバンドなので? マネージャーとして協力を仰いでいます』

 

 ……まぁ、感謝の言葉をくれる、ってことなのかな……。思ったより会場の空気も暖かいし、周りがどう思うかとかより。チュチュが俺に伝えようとしてくれているであろう、言葉の内容に耳を傾けよう。

 

『――ですが、彼は凄腕のギタリストでもあります。彼が女性なら、どんな手を使ってでもRASに引き入れたのに……ロックが加入するまでに、そう思ったことは少なくありません』

 

 やっぱ、君が一番ちょん切りたいって思ってないか? 気のせいか?

 

『彼と同じステージで演奏したい。それは私だけでなく、RAS全員の想いです。なので――私は、決勝進出が決まった時点で。このイベントの運営に一つRequest(要望を出)しました』

 

 ……なんか風向きが怪しいな。っつーか、なんかライブスタッフが人を探してる。最前列付近で。いやまぁ、人探しなら協力するのにやぶさかでないんだが。

 

『それは……グランプリのバンドが。最後に一曲、演奏する権利です。これはRoseliaの皆さんも承諾してくれました。そして、私たちの場合――六人目のメンバーを。今日一度限り、正式なメンバーとして迎え入れるということ――!』

 

「あっ、ソースさんですよねっ!? ささ、どうぞこちらに」

「アッ、ちょっ。待って聞いてないんすけどギター持ってきてないしってなんで用意されてんすかっ!? あっ、ねぇ待って!!」

 

 最前列、つばの長い帽子の男性。その辺りをスタッフに伝えていたんだろう、俺はあれよあれよという間にドナドナされ。円形ステージに至る階段の下に立たされていた。

 

「早く上がってきなさいよ。会場が冷めちゃうでしょ?」

「こんガキャァ……」

 

 ステージで挑発的に笑い、俺を見下ろすチュチュ様。毒づく俺に、人差し指でクイクイとおいでおいで(こっちこいや)した。

 もう何もかも諦めて一段一段、踏みしめるように階段を上がる。

 

 ああ……武道館のステージに上がってってるよ、俺……。いや嬉しいは嬉しいけどさ。雑談程度にだが、俺はあがり症のケがあるとは言ってるハズなんですけどねぇ……。

 

 ちょっとした恨みをジト目に込めて見上げると、舞台に至る数段下でチュチュに頭を押さえつけられた。んだぁ? よくできましたってかぁ……?

 

 そんな考えは露知らず、チュチュは……ぐい、っと。後ろに向いたままだった俺の帽子、そのつばを前に向けて言い放つ。

 

「――うんっ。初めて見たときは、冴えないヤツって思ったけど。……どんなギタリストより、カッコイイわよ」

「っ……。はぁ、そらドーモ」

 

 ――もう、ウダウダ言ってられないよな。こんなお膳立てされて逃げ出すヤツが居たら、そいつはギタリストどころか男ですらない。

 

『紹介するわ――RASのマネージャー! SOURCE!!』

 

 俺がステージに上がりきると同時にチュチュが言い放つと――っ!? お、思ったより歓迎されてるっぽい……! めっちゃ歓声が上がってる!! ……よく考えりゃ、RASが大会で首位に居続けるほど、知名度は上がり続ける。ライブも重ねたし。ファンがネットで調べりゃ、当然RASがゲスト参加した動画に行き着くだろう。つまり――ここにいる人間はほとんど、『弾いてみた動画のソース』を知ってくれてるんだ、多分。

 

 そう思うと、心底ホッとした。ちょっとしたアウェー気分だったが、どころかホームだったらしい。イベントが始まってからは放置気味だったけど、チャンネル作っといて良かったな……。

 

「楽しもうね、ソース」

「……あぁ、せっかくの機会だしな」

 

 この期に及んで疑うべくもないが、みんなしてグルなんだろう。意外な様子は欠片も見せずに言ってのけるレイヤに、苦笑しつつ返すと。

 

「ソースさん……世界一、幸せになりましょう!!」

「っ、お互いにな!」

 

 続いてロックがそんなことを言ってくれた。勢い任せに言ったあの時の言葉、まだ覚えててくれたんだな……。

 

「……最近、ご無沙汰だったんじゃないスか? ここ、アツいっすよ」

「だな……ま、好きにやるさ。俺も(・・)、合わせる気なんてないぜ? マスキング」

 

 ブランクなんて言い訳は許さないと、普段とは打って変わって挑発かましてくるマスキングに返せば。ご満悦らしく獰猛な笑みで応えてくれた。

 

「――お待ちしてましたっ☆」

「パレオちゃん……サンキュな。パレオちゃんが撮影誘ってくんなかったら、多分、これは実現しなかった。……また、一緒に()ってくれるかい?」

「――っ。はいっぜひ!☆」

 

 弾いてみた、歌ってみた動画の件が無けりゃあこんなに観客に受け入れてもらえなかったろうし。チュチュもこれを見越して計画したはずだからな。そう思って礼を言えば、パレオちゃんは……何故か一瞬、くしゃっと泣き出しそうに眉を寄せて。それを誤魔化すようににぱっと笑った。

 

 動画投稿の話は、俺が寂しそうにRASの活動を見ていたから、ってパレオちゃん言ってたしな。今までずっと、俺の気持ちを慮ってくれてたんだろう。本当に、健気と言うか……ありがとう、それだけだ。

 

 メンバー全員と言葉を交わし、自然にそれぞれの持ち場へ移る五人に合わせて俺も歩みだす。いつの間にやら、俺用のスタンドマイクまで設置されているのに何となく笑えた。スタッフさん仕込み万全なのね……。

 

 レイヤから右に、ロック、チュチュ、マスキング、俺を挟んでパレオちゃん。さて、一応RASの曲は全部弾けるつもりだが。ロックとパートが被っちゃ意味ないぞ。それを今更相談しようにも、持ち場についているためにコソコソ確認なんざ出来ない。もう開き直ってマイク越しに聞いてやった。

 

『――それで、チュチュ様。ご命令(オーダー)は?』

 マイクパフォーマンスと受け取ってくれたのか、会場からは割かし黄色い声が上がった。アカン、変に気取らなければよかった。ハズイ……。

 

『貴方が勝手にギターソロ作った曲よ』

 その瞬間、爆発的な歓声が武道館を揺らす。いやみんな知っとるんかいな! ――じゃあ、話は早そうだし、気持ちも分かる。なんてったって、それはRASのデビュー曲であるからだ。

 

『了解。――それじゃあ、俺がMCやるのは絶対おかしいと思いますが、聞いてください』

 

 本当に間違いなく間違ってるハズだが、曲の入りが俺だからこうするしかない。クスクス笑いも聞こえたし、ウケてると思い込もう。

 

『――R・I・O・T』

 


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