RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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途中から視点が変わります


48.ちゆアフター①:再会

「まだかなぁ……」

 

 だだっ広いラウンジで一人寂しくジャーキーを貪り、俺は天井を仰ぎつつ独り呟いた。虚しい言葉に返ってくる声は当然ないが、それでも何か口に出さずには居られなかったのだ。

 

「寂しい……」

 

 5月。ガールズバンドチャレンジの最後にRASのみんなと大舞台に立ってから、もうすでに一年と半年が過ぎた。俺は変わらずちゆのマンションに居座っているが、当のちゆは半年前からかーちゃんとこに行ってらっしゃる。

 

 理由的には、RASと誕生日を祝った翌年……つまり去年12月なんだが、ちゆのかーちゃんが家族で過ごしたいと言って呼び戻したのである。RASの活動もあるために最初は固辞したちゆだったが、インターナショナルスクールの卒業予定を考えると一旦向こうへ渡ったほうが都合が良いらしく、俺に留守を預けて海外へ。

 

 こうしてちゆの好物をそんなに好きでもないのにガジガジ齧る様になるほどちゆ恋しさが募っていた俺だったが、ついに今月ちゆの卒業過程が修了したのである! そんでもって今日帰ってくるのだ!

 

 RASのみんなも誘いはしたんだが、今日は二人で再会を祝って下さいとのことだ。こうした気遣いは恥ずかしいが嬉しいもんだね……まぁ半年程度でなんやねん? って思う人も居そうだけど。習慣のせいで二人分飯作ったり、無人のスタジオについ足が向いたりと脳がバグってる当人としちゃあ笑えない。

 

 既に日本に着いてはいるはずだけど、交通事情なのかはたまた道草食ってんのか。早く帰って来んやろか……。と、思っていたら!

 

 タッタッタッタ……徐々に近づいてくる弾むような足音。来たか!?

 

I'm back(帰ったわ)!!」

Wow(ワーオ)!!」

 

 久しぶりのちゆの姿にテンション爆上げの俺だったが、いきなり流暢な一発をくれるもんだから勢いで変な声上げちまったぜ!

 

「奏! 会いたかった……!」

「俺もだ、ちゆ!!」

 

 すぐに俺へ向かって駆け寄ってきたちゆを受け止め、そのまま腰をホールドしてくるくる回る。あぁ、なんて感動的なシーンだろうか……! 全俺が泣いた。まさかこのまま話す訳にもいかんので二、三回も振り回したらすぐに下ろしたが。

 

「あぅ……。そ、奏って、けっこう情熱的だったのね? こんなに強くギュッとするなんて……」

 

 再び床に足をつけつつも、俺の首に回したままの腕をそのままにちゆが上目遣いで言ってきた。耳まで真っ赤にしつつ照れているようだが、喜びもあってか頬はゆるゆるだ。

 

 しかし言われてみりゃ、今までちゆからアプローチをかけてくることはあっても、俺からというのはそう無かったかもだ。でも……あれだ。人懐っこくすり寄ってくる猫に、やれやれと構ってやっていたら、その姿が急に見えなくなって不安になったみたいな?

 

「俺、ちゆがここを空けてから気づいたんだ。俺ってヤツは、ちゆが傍にいないともうダメなんだって。意識してなかっただけで、それくらいお前のことが好きなんだ、ってさ……」

 

 デコ突き合わせたまま想いを告げれば、ちゆは煙が出そうなほど顔を赤くし。我慢できないと言うように腕に力を込めた。それを俺が拒むことはなく、あれほど焦がれたちゆと俺の影は、あっさりと重なったのだ。

 

「ぷはっ……。わ、私も。大好きよ、奏……」

「ああ、嬉しいよ……。改めて、おかえりちゆ」

 

 うっとりと目尻を下げて微笑むちゆに応えれば、細めていた大きな瞳を閉じて破顔し。ちゆは日本語で言ってくれるのだ。

「うんっ。ただいま! ……ね、奏。ちょっとこっちに来て?」

「……うん?」

 

 しかしその後に続いた展開は、ちょっと予想していなかったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢

 

「ここは……」

 

 私が奏の手を引いて入った部屋は、Mom(マム)が贈ってくれたたくさんの思い出(・・・)。プレゼントの楽器、Competition(コンクール)の記念プレート。……私の歩いてきた道が記されている。

 

 無意識に強く握っていたらしい右手を、さらに強い力で握ってくれる奏。そこから私の心を気遣ってくれているのが痛いくらいに分かって、今までは重かった足が羽みたいに軽くなるのを実感した。

 

「おい……顔色悪いぞ。大丈夫か?」

 

 奏の手を離して、とあるバイオリンを手にしてチューニングしていると、私の考えが読めないらしい彼は、表情を窺うように顔を覗き込んできた。それに笑顔を返せた私は、きっと今までとは違う。そう、思いこむことが出来た。

 

Of course(もちろん)。……奏、今日はとっても素敵な日よ」

 

 急な私の言葉に、奏はやっぱり不思議そうな顔を見せたけど。それならサプライズになると、自分のことには無頓着な彼に少しだけ感謝した。

 

「ね、奏。……最後まで、聞いてね?」

 

 そう言ってバイオリンを構えて、弦に弓を置くと。難しい表情のまま、奏は静かに頷いた。……うん、それでいい。今はただ、聞いて欲しい。

 

 パレオに相談して。――Momに、心を曝け出して。ようやく立てた、たった一人のステージを。あなただけが見てくれれば、それで良いの。

 

 一度深呼吸してメロディを奏で始めた私に、彼は目を丸くした。そうよね、あなたはきっとこの曲を知っている。日本でとってもPopular(有名)な曲だもの。

 

 でも――この曲を選んだのは、それだけが理由じゃない。

 

「――ロマンティック 恋のアンテナは

 嵐で何処かへ飛んでいった

 嘘でしょう 冷たくあしらった

 こしゃくな(エクボ)に ちょっと……心が揺れてる」

 

 初めて会った日を思い出す。怪しげなギタリスト崩れ。目の前から早々に立ち去ろうとした私の足を止めた、楽しそうにピックを躍らせる彼。

 

「ホントは 本気であたしを

 叱ってくれる大事なひと

 ……なんて言ったらアイツは

 得意気になるから もう褒めたりしない」

 

 ただ愛してくれたMomでもDadでもない。今の私があるのは、この広くて寂しい場所にあなたが居たから。口に出すと、あなたは泣きそうになって、それを誤魔化そうと笑っちゃうから。簡単には伝えられないけれど。

 

「タイクツな運命に 飽き飽きしたの

 知らない台詞(コトバ)

 解き放して――ね?」

 

 だから、私は私だけの伝え方で、それを伝えていくべきだと思う。あなたが今まで、そうしてくれたように。それは――間違ってないよね?

 

「ダーリン ダーリン 心の扉を 壊してよ

 たいせつなことは

 ()を見て ()って」

 

 そう――いつか、あなたのことを、そう呼べたなら。ちょっとレトロな表現だけど、あなたに伝えるならきっと分かりやすいほうが良いもの。

 

 小さな世界に閉じこもって、そこから出ようとしなかった私に。何度も手を差し伸べて、そこから連れ出してくれたあなたを。いつか、そんな風に呼べる日が来ると――そう、願いを込めて。

 

「あなたとならば この街を抜け出せる

 今すぐ 連れ出して

 My Sweet Sweet Darling(私の一番 大切な人)――」

 

 ああ――心地いい。楽器を奏でている時間が、こんなに心地いいと感じたのは初めて。誰に認めさせるためでもない。自分が、自分を認めるために。

 

 Momに本心で向き合って、演奏技術を教えてもらった。上達したい、とか。コンクールで優勝したい、とか。そういう曖昧な言葉じゃなく、『あなたの音に近づきたい』と。そう頭を下げて。

 

 初めて私を子供じゃなく、生徒として指導してくれたのは嬉しかったけど、プロのバイオリニストはとっても厳しかった。心が折れそうになることもあった。でも、やっぱり……一人の演奏家として、私と向き合ってくれたことが嬉しかった。

 

「奏――お誕生日、おめでとう」

 

 全部、あなたのおかげ。私の、たった一人のDarling。あなたが居れば、あなたの贈り物があれば。私はいつだって、どんな時だって勇気を出せる。そう、思えるの。

 

「このバイオリンは……私が、自分で奏でることを諦めた日。コンクールで演奏した最後の楽器なの。あの日から一度も、私はこのバイオリンに――ううん。ここにあるどの楽器にも触れてこなかった。けど今は……それが、勿体無かったと思うの」

 

 奏は……泣いていた。なんで泣いてるの? なんて、意地悪に笑ってからかいたい気持ちもあるけど。……私の頬にも、きっと彼と同じくらい、たくさんの雫が流れてると思うから。

 

 だから今は、涙のせいにして。素直な気持ちだけで、彼の誕生日をお祝いしよう。私よりも自分のことに無頓着で、私のことばっかり気に掛けるお人好しに。

 

「……あなたのおかげよ。ただ気持ちを表現するためだけに音を響かせることが。こんなにも幸せなんだって、教えてくれたの。――Happy Birthday、奏。大好き……これからもずっと、よろしくね?」

 

 生まれてきてくれて、本当にありがとう。そう続けるのと、奏が私を抱きしめるのはほとんど同時だった。気持ちが届いて、努力が報われて。RASとは違う形で、私は最高の音楽が表現できたんだって。そう思えた瞬間。

 

 今まで歩いてきた辛い道のりが、天国への階段だったと、そう心から思えた瞬間だった。

 


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