RASのマネージャーにされた件【完結】   作:TrueLight

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P5.夏祭りデート②

 

「……えっと……すみません音無(・・)さん、なんだか押し付けてしまったみたいで」

 

 パレオちゃんの同級生の二人と別れてから、俺と彼女は二人して口を開かず、しばらく木陰で立ち尽くしていた。そろそろ沈黙を破るべきかと切り口を探ろうとすれば、同じ考えに至ったのかパレオちゃんの方から話しかけてくれる。

 

 ……まぁ、まだ気持ちが落ち着いていないみたいだったけど。

 

「あの二人のこと? こんなとこで急に会ったからびっくりしたんだろ、気にしないでよ」

 

 パレオちゃんは……いや、あえて言い換えれば令王那ちゃんは、俺の言葉に弱々しく微笑んでみせた。本人曰く、パレオちゃんと令王那ちゃんは別の存在で、今ここにいるのは令王那ちゃんなのだろう。

 

 俺がそれ(・・)を教えてもらったのは、正規メンバーではないにせよ年長者として彼女の家にご挨拶に伺った日のことだ。当時令王那ちゃんは、鴨川からチュチュのマンションまでの往復をひっそりと行っていた。

 

 早朝から活動することが分かっている日にはマンションに泊まることもあったが、そうでない場合は練習の解散後、夜遅い時間に一人で長時間移動することがあったのだ。当然俺は送迎を提案し、その流れで家の場所を知り、そして彼女の心中に触れた。

 

 チュチュや他のメンバーにも自宅の正確な位置を明かしておらず、また家族にも心配をかけまいと、バンド活動のことは話していないのだと。親御さんには説明しておくべきだと説得すれば受け入れてくれ、言葉の責任を負う形で俺も家にお邪魔した。そしたら……パレオちゃんは、令王那ちゃんの姿を見せたのだ。お母さんの前で、パレオちゃんが出てくることはなかった。

 

 RASという場所、チュチュの隣に必要なのはパレオちゃんであり、令王那ちゃんではない。逆に学校や自宅では、人によっては浮ついた行為にも取られるようなバンド活動をしているパレオちゃんは不要で、令王那ちゃんで居る必要があるのだ。そんな感じの内容を話してくれた。

 

 さっきまで、俺の隣を歩いていたのはパレオちゃんだった。しかし不意に同級生と出会ってしまったために、在り方が揺らいだ。なんて言ったっけな……仮面(ペルソナ)? それが取れかかってしまったのだろう。

 

 可愛いRASのキーボード担当パレオちゃん。優等生の令王那ちゃん。俺の隣で儚げな表情を見せている彼女は、その境目で揺れているのだ。

 

 ――ちくり、と。胸に微かな痛みを覚えた。

 

「ごめんなさい、もう少し時間をください。そうすれば、いつものパレオに戻れますから……」

 

 ここで、ただ黙ってそれを待っていて良いのだろうか? 彼女はずっと、その仮面を使い分けて生きていくのだろうか?

 

 それは――イヤだな、と。どの立場から見てんだと思いながらも、そう考えてしまった。

 

「じゃあ――そうだな。ちょっとした小話でもしようか」

「え……?」

 

 これはきっと、俺の独善的な考えだ。パレオちゃんに今のままで居てほしくはないと。TPOという言葉がある通り、状況によって言動を変えるのは大切なことだ。しかし、パレオちゃんが、令王那ちゃんが。

 

 それぞれがそれぞれをある場所にはふさわしくない存在だと、そんな風には思ってほしくなかったのだ。……いや、違うか。多分俺が、そう思いたくないだけなんだろうな。

 

「そうだなぁ……あるところに男の子が居たんだ。小学校低学年ね。物静かで、親の言うことをよく聞くお利口さんだ。きょうだいとも仲が良くて、両親に子供二人、幸せな四人家族だ」

 

「…………」

 

 隣で静かに耳を傾けてくれていることを雰囲気で感じ取り、俺は相槌を待ったりはせずに続けた。

 

「ところがある日、男の子はちょっとした失敗をしたんだ。家族がでかけている間、一人で掃除機を手にとってみた。みんなが居ない間に家を綺麗にしたら喜んでもらえるんじゃないかって、そんな可愛らしい思いつきだった。……でも、まぁ。その途中、お母さんが大事に飾ってた花瓶を割っちまうんだな」

 

「――――っ」

 

 息を呑むような緊迫感を覚え、俺はほんの少し嬉しくなっちまった。話し甲斐あるなーってね。まぁんなことより続きだ。

 

「そりゃもう笑えるくらいバラバラに壊した。掃除機かけてる途中に揺らしちまった棚から転げ落ちて割れたソイツに、びっくりして振り向いたらもちろん掃除機もそっちに向ける。遠心力が乗った掃除機のノズルでトドメ刺して、無事花瓶も掃除機のパーツもお陀仏だ」

 

「……そ、それからどうなったんですか……?」

 

 思いの外食いついてくれたらしく、ハラハラした様子で先を促してくる。うむ、聞かせてしんぜよう!

 

「そらもう男の子はパニックだ。とりあえず花瓶の破片を集めて、花を台所に持ってって。ボウルだかに水溜めながら浸して、タオルで床を拭かにゃならんとバタバタ駆け回った。行動だけ見れば落ち着いて対処してるっぽいが、顔はぐちゃぐちゃ、顔面蒼白だっただろうなぁ(・・・・・・・・)

 

 ごくりと唾を飲む音が聞こえたので、焦らしたりせず先を続ける。だいたい流れは想像できるだろうけど。

 

「そこでお母さんが帰ってきた。びちゃびちゃの床、壁に寄せられた破片。そんで――ぜぇはぁ言いながら何やら走り回ってる自分の息子とご対面だ。……男の子の反応は早かった。状況が分かんなくて棒立ちのお母さんに駆け寄って、ごめんなさいって。大声で何度も言いながら、泣きながら頭を下げたんだ」

 

「……な、なんで。そんなに……」

 

「そうだよな、おかしな話だ。小学生くらいのガキにしちゃ過剰反応だ。……でも、男の子にしちゃ死活問題だった。男の子は――お母さんと血が繋がってなかったんだな」

 

「!?」

 

「親父と再婚した相手。そんで住んでる家ももとの所有者はお母さんの方だった。ちょっと面倒な話なんだが、まずお母さんとその娘さん、そして男の子の父親。三人住んでるところに後から住むようになったのが男の子だった。男の子はその前は、実の母親のもとであんまり幸せじゃない生活を送っていたんだ」

 

「…………」

 

「男の子はこの家に引き取られて幸せだった。少なくとも、それより前までは。……だから、絶対に捨てられたりしないよう必死だったんだ。お母さんの手伝いを頑張った。親父には毎日のように感謝を伝えた。年の近いお姉ちゃんには少しばかり意地悪される事もあったが、気に入られるよう努力した。……毎日毎日、誰かの顔色を窺ってばかりの日々だった」

 

「っ、…………それで、帰ってきたお母さんはどうしたんですか?」

 

「おっとそうだったな。えぇと……まず、男の子を怒鳴りつけたよ。何してんの!! ってな。そりゃそうだ」

 

「そんなっ!」

 

「あぁいや、説教とかじゃない。いや説教かな? 実は――テンパって素手で花瓶の破片を集めた男の子の手のひらは、ズタズタで血だらけだったんだ」

 

「えぇっ!?」

 

「はは、アホだよな。でも痛みにも気づかないほど焦ってたんだ。お母さんはすぐに男の子の腕ひっつかんで洗面所で手ぇ洗わせて。丁寧に消毒してから病院連れてってくれたよ。ぐちゃぐちゃの家の中放り出してな」

 

 そこまで話すと、彼女はホッと胸をなでおろしたようだった。随分男の子に感情移入してくれたらしい。

 

「ま、結果的にはハッピーエンドだ。なんで男の子がそんな怪我をしたのか、家の中が散らかってたのかを聞いたお母さんは家族会議を開いた。男の子の気持ちをちゃんと聞き出して、受け入れて。それから男の子は、少しずつ変わっていった。血の繋がってないお母さんが、自分のことを大切にしてくれているって実感できたから。自分が気に入られるためじゃなくて、家族のためにちゃんと手伝いをするようになって、ちょっとはワガママも言えるようになった。お姉ちゃんと喧嘩することは増えたけどね……そんなこんなあって、男の子は今でも幸せに暮らしてますよ、とさ」

 

「……それは……この、男の子は……」

「そ、俺の話」

 

 予想はしていたろうに、それでも彼女は目を見開いて――そして、申し訳無さそうに俯いた。

 

「……どうして、この話を私に……?」

「俺は……パレオちゃんに。令王那ちゃんに、幸せで居てもらいたいよ」

 

「っ!?」

 

 いつかの自分と重ねて、同情してしまっているのかもしれない。それはきっと、彼女に対する愚弄に等しいだろう。でも、それでも……俺は、自分を幸せだと思い込んでいた頃を思い出すのだ。その先に今の俺があるように。パレオちゃんにも、その先にある幸せを掴んでほしい、と。そう考えてしまう。

 

「パレオちゃん。令王那ちゃん。君にはきっと、どちらも必要な在り方だ。でも――どちらにとっても、気を落ち着けられる居場所ってのは必要だと思うんだ。だから……こんなこと言われても困るかもだけど、聞いてほしかった。なんつーか……意外と、幸せってのは手の届くところにあるってことを。知ってほしかった」

 

「……わ、私が。パレオが、幸せではない、と……。そう、言うんですか……?」

 

「そうは言わないよ! 言い方が悪かったな……つまり、その。パレオちゃんがもし、俺の話を聞いて思うところがあるなら。それはきっと、多分……変わりたいって。そういう想いがどこかにあるってことだと、そう思うんだ」

 

 ……やっぱり、出過ぎた真似だった。普段なら絶対に考えないのに、どうしてこんなことを言い出してしまったんだろうか。パレオちゃんがどう周りに振る舞おうと、俺には直接的に関係はないのに。彼女も、俺の干渉なんざ望んでいないはずなのに。本当に、どうして(・・・・)――。

 

「…………では――」

 

 だけど。そんな俺の、胸中の後悔とは裏腹に。彼女は不安そうな表情ながら、俺を見上げて口を開く。

 

「――ソースさんが。……音無さんが、その居場所になってくれますか?」

 

 その言葉に、頭を殴られたような衝撃を覚えた。顔を徐々に赤らめて、祭りの装飾が煌めかせる瞳を揺らしながら言葉を紡ぐ。

 

「貴方の隣で、パレオは……私は、そう(・・)在っても良いですか……?」

 

 それは多分――告白、のように感じられた。俺の隣であれば、幸せ(そう)だと。そう想ってくれていると、聞こえてしまった。

 

 きっと勘違いだ、という冷めた思考以上に。さっきの自分の中に浮かんだ疑問が解消されてしまった。どうして(・・・・)

 

 誰にも話したことはなかった。つまらん自分語りを、どこか重なる部分があるから、なんて曖昧な理由で聞かせてしまった。彼女に幸せを掴んで欲しいなんて場違いにも程がある願いを抱いてしまった。どうして(・・・・)

 

 健気で、努力家で。気遣い屋で、可愛くて。彼女がいる場所は――いや。隣りにいてくれた時、きっと俺はそう(・・)だったのだ。自分のバンド活動が出来ず。どこか腐っていた俺に、唯一気づいてくれた彼女に。動画投稿という道を示してくれたときから、きっと始まっていた感情。

 

「――――隣に、居てほしい。パレオちゃん……鳰原令王那さん。君が好きだ」

 

 自覚した感情のまま。俺が口にした言葉に、彼女は目を見開いて……くしゃっと。表情を崩した。大粒の涙をこぼした。

 

「俺と、付き合ってください」

 

 とめどなく溢れるソレを指で拭う彼女の手首をそっとつかみ、顔を見せてもらう。唐突にもほどがある俺の告白を、その是非を問う。

 

 目元を歪めたまま、唇を引き結んで。パレオちゃんは……こくこくと頷き。そして――。

 

「……ぐすっ。……わたし、も。パレオも、ソースさんが好きです。音無さんが、大好きです。――――隣に、居させてください……!」

 

 その言葉に耐えきれず、俺は彼女の両手を離した。パレオちゃんも応じるように自由になった腕を広げた。

 

 俺と彼女は、まだ続く祭りの喧騒のなか。暗い木陰のした、人知れず想いを通わせたのだった。

 


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