RASのマネージャーにされた件【完結】 作:TrueLight
「はぁ……はぁ……」
「花ちゃん、お水」
「ありがとう。んっ……」
花園さんが思わずと言った様子で息を吐くと、レイヤが気遣って飲料水を手渡す。花園さんは微笑んで受け取り、ストローに口をつけた。
場所は例のごとく音楽スタジオ。レコーディングブースにはチュチュと俺以外の四人が揃っており、つい今しがたまでセッションしていた。
これまではレイヤの仕事もあって、本格的なセッションは今回が初。俺はここ数日で、少しだけ花園さんの練習には付き合えたが、活動としてはその程度だ。
「お前……結構やるな」
セッションの余韻に浸っていたらしかったマスキングが、花園さんに向けて口を開く。うん、俺から見ても結構良い感じだった。テストの時に比べれば段違いだろう。
「まっすーさんが褒めるって、凄いですぅ!」
パレオちゃんの驚いたような声に、花園さんは頬を緩めた。バンドのファンだったという俺に対しては割とヨイショしてくれるんだが、このメンバーはあまりお互いを褒め合ったりしない。チュチュのプロデュースの結果か、かなりビジネスライクな関係だ。他のガールズバンドには無い形だろう。良くも悪くも。
「
やはりというか、弛緩しかけた空気を引き締め直すようにチュチュが声をかける。
「パレオ!」
「アテンションプリーッズ☆」
チュチュがパレオちゃんを呼ぶや否や、パレオちゃんは何かしらのリモコンを操作。ブース内の天井からスクリーンが下りてきて、室内灯の光量が自動で下がった。わぁハイテクゥ。
「
無駄に金のかかった設備に目を剥いていると、ブースの扉に手をかけたチュチュに呼ばれた。え、混ぜてくれんの? やったー。(無邪気)
チュチュの後ろをついて行くと、下りきったスクリーンには既に何かが映し出されている。
「
チュチュが言った通り、スクリーンの文字は
「……スイレン? 花の?」
花園さんが聞くと。
「ジャパニーズ
チュチュがそう答えた。マジで睡蓮のことじゃなかったんだな、俺も花の方を想像したわ。簾ねぇ……。
「ああ、
「
するとレイヤが得心したように口を開いた。すまん、逆にそっちは知らんわ。ミス? 簾の事ミスとも言うのね?
「この名前が表す意味は……"
「イェース☆」
チュチュの宣言に腕を振り上げるパレオちゃん。しかしその拍子でリモコンを押してしまったか、室内灯が再び点灯し、スクリーンがするすると昇っていく。
「なぁっ!?」
「ぱーれーお!!」
「はいっ! ご主人様っ!!」
わたわたと慌てふためいた二人だったが、すぐにスクリーンを戻した。なんか緊張感無いな。
しかし再び薄暗くなった部屋の中。スクリーンの中心まで踏み出したチュチュに、雰囲気がヒリついた。……こういうとこだよな。抜けてるとこもあるけど、チュチュのカリスマは本物だと感じる。
「
大仰に見える動作で言葉を続けるチュチュは、ひと際大きく両手を突き上げた。
「
……チュチュのもとで活動するようになって、何度も聞いた言葉だ。別に嘘だと思ってた訳じゃない。でも……心底本気なんだと、この時初めて実感した気がする。チュチュは……自分の音楽で、時代を切り拓こうとしている……!!
「明日から毎日スタジオに入って!
「……最強」
「
オイオイ、もう具体的な日取り決まってんのかよ。っつーか、俺で初耳ってことは全員今聞いただろ。まぁ、みんなチュチュに雇われてる立場だ。別で仕事入れてるってことも無いだろうが……いや。
ふと懸念が脳を過り、その対象へ視線を向けた。それは当然、唯一サポートとして入ってる花園さんだ。彼女は他のバンドと掛け持ちしてるし、ブッキングがあり得るからな。
「っ……」
明らかに何かあるなこりゃ。息を吞んでらっしゃる……おや? レイヤも花園さんの様子に気付いてるっぽい。二人は幼馴染らしいし、大丈夫そうか?
・・・
「んでおぜう様よ。性急過ぎやしませんかね?」
「
スタジオで作業をするチュチュに飲み物とジャーキーを持ってきつつ、俺は問いかけた。
「ライブの話だよ。いつの間に決まったんだっつの」
「ハナゾノが加入した時からよ。他のバンドに比べれば遅すぎるくらいだわ」
マジかよ。チュチュの事だ、ハコの押さえどころか演出からセトリから全部終わらせていると見て良い。どころかまだライブが決まってもいない、他のライブハウスにも手を出してるくさいな。
「はぁ……遅いとかそういう話じゃねぇよ。突っ走り過ぎだぞ、お前」
「……何よ、文句あんの?」
作業の手を止め、不機嫌そうにギロリと睨み上げてくる。それに対し、俺はルーム内の掛け時計を指さす。
「そろそろご就寝のお時間では?」
「分かってるわよ。もう終わるし、続きは……」
「
ため息をつきつつ、俺は苦言申し上げる。
「毎日ここまで夜更かしして、まだ作業が残ってるってのがもうおかしいだろうが。自分で増やしてるんだろうけどさ。なぁ……俺にだって出来る仕事はあるだろ? バンドのリーダーとしてライブハウスと折衝したことなんざ俺にもあるんだ。だから」
「っ、それじゃあダメなの!!」
「!?」
驚いた、そこまで声を上げることか? やっちまった、何か地雷踏んだっぽいな……。
「意見は取り入れる! けど……決めるのは、実行するのは私なの! 私がっ……私がやらないと……! 演奏以外は、私が全部……っ!!」
……理由は、俺には分からない。なぜこんなにも、チュチュが一人でやることに拘るのか。……いや、それは良い。完璧主義者なら、全部自分でやりたがる奴は少なくない。ただ……なんでそんなに
「落ち着け」
息が荒いチュチュの両肩に手を置き、視線を合わせる。……幾分か自分を客観視できたらしいな、呼吸が穏やかになってきた。
……今、残念ながら俺に言えることは無い。聞いたって教えちゃくれないだろうし、どころか同じ轍を踏むだけだ。だからまずは、ファーストライブ。それが成功した後、チュチュがどう舵を取ってくのか。それを見ないと動けない。
俺にできるのは、チュチュが効率よく活動に取り組めるよう。身の回りのことをしてやるくらいだ。
「悪かったよ、軽々しく口出して。RASはお前のバンドだ。お前の好きにすればいいさ。でも、"これくらいなら"って思えることがあったら、面倒ごとは押し付けてくれよ。お飾りでも……俺はマネージャーなんだ」
「あっ……」
出来るだけ優しく語り掛け、俺は立ち上がった。申し訳なさそうに手を伸ばすチュチュに、少し心が温まる。
「んじゃ、俺は部屋に戻るから。時間までには寝ろよ? ……おやすみ」
そうして俺は部屋を出た。
「……
いいのよー。そういうとこが可愛いってお兄ちゃん分かってるから。