ティエラフォール・オンライン ―トラウマ少女のゲーム日誌―   作:輪叛 宙

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第八話:森の大陸に到着しました

 入港を伝える汽笛が鳴った。海風の吹く甲板に顔を出せば、ヴァルトフォレスタ大陸の漁港が目に映る。海に出る小型船舶とすれ違う。

 ギルドエンブレムの刻まれた小船は、海魚を釣りに向かうプレイヤーの一団なのだろう。ティエラフォール・オンラインの金策は無数に存在する。

 魚を市場に卸すのもまた小遣い稼ぎにはちょうどよいのだ。小規模ギルドの船を見送り、海鳥の出迎えを受けた船舶は、大陸南東部のウルド港に入港する。

 

 ヴァルドフォレスタ大陸は大陸の八割が湿林地帯だという。いわゆる熱帯雨林、ジャングルに覆われた大陸なのだ。首都は世界樹の街イーセクトゥムル。

 ユグドラシルの樹海を抜けた先、大陸中央部に位置する。ウルド港から樹海に入り、そのまま林道を進むのがよさそうだ。長い船旅も終了。

 船が港に停泊するのを待つ間、ユーナはウルド港の街並みに目を向ける。レンガ造りの民家が多い印象か。海辺の森を開拓し、人が住めるよう手を加えたのだろう。

 

 整地された港町のすぐ後ろに、青々とした木々が生い茂る熱帯雨林がある。船員に聞いた話によれば、時折、集中豪雨に見舞われることもあるのだとか。

 気候は温暖。熱すぎず、寒すぎもしない。過ごしやすい気候なのはいいが、ジメジメと肌にまとわりつく湿気が鬱陶しいか。自然と肌の保湿ができそうである。

 ユーナが選択したのは魚人族、種族の個性として常に肌が潤っているわけだが。余談はさておいて、まずは新たな大陸に踏み込むとしよう。

 

「着いたみたいだね、降りよっか?」

「新天地の望むは、我が宿願に等しき……」

「あー、はいはい。サッサと降りるわよ」

「待ってくれん? ウチの台詞がまだおわっとらんのに!」

 

 波止場に到着した船の甲板に長居するべきではない。足を止め、意味深な決めポーズをしようとしたフォンセの背中を押し、一同はタラップを降りていく。

 移動中にフォンセとのフレンドを終えた。彼女は魔導書使い、新規追加された武器特性。召喚術のアビリティを取得した魔術師のようだった。

 詳しい話を聞こうとしたが、それよりも先に船がウルド港に到着する。続きは移動中にしよう、ということで、一同はヴァルトフォレスタの地に足をつける。

 

 ファルゲン港よりも虫人が多い印象か。甲殻虫のような大柄の男性とすれ違い、少し気後れしてしまう。虫人の背丈に合わせ、港町の民家も大きなイメージがある。

 魚港を出れば、屋台の並ぶ坂道があった。アイスクリームの路上販売。魚肉のハンバーグ。串に刺した肉を売る店まであるではないか。香ばしい匂いが鼻をつく。

 これはいけない、いきなりお腹の虫が鳴りそうだった。すると、好奇心旺盛なセフィーが駆け出し、屋台を見回り始める。

 

「…………」

 

 人指し指を唇に添えたセフィーの瞳が、食べてみたいな、と輝きを放つのがわかった。どうしたものか、わかりやすくおねだりされている気分になる。

 遠くにいかないよう声をかけ、友人らに確認を取ろうとしたところ、ブルブルと震えあがるスージーの姿が目についた。途端にユーナは口をバッテンにしてしまう。

 顔面蒼白になった彼女はブツブツと呟き、港町の活気に毒されていたのだった。

 

「知らない人がいっぱいです。ここは怖すぎます」

「スーちゃん、大丈夫ですわよ? おとろしいことは何もないさかい」

「エリーの言葉は信用できませんです。ここには大きな人が多すぎます」

 

 虫人の男性が苦手なのか。チラリと目を向けられるだけで、エリーゼを生贄に差し出すみたいに彼女の背中を押すのだ。彼女にはハードルが高かったのだろうか。

 見知らぬ地に怯えたスージーは、早くもホームシックにかかるのだった。元気付けたほうがいいのだろうか。ユーナは困り顔を浮かべてしまう。

 一方、ビクつく少女を気にかけたのがセフィーだった。スージーの頭を撫でた彼女は、怖い物よりも美味しい物を見るよう、屋台に指を差す。

 

「あれが永久の契り!? ウチにはなかったもんや」

 

 仲間を思いやる友情の輝き。それを目の当たりにしたフォンセは、自分の過去と照らし合わせ、曇り切った表情で呟く。闇の隠者には友情の光は眩しすぎたというのか。

 目頭を熱くした彼女は、慰め合う二人に拍手を送る。そこに感動するのか、この子は。とユーナは言葉を失ってしまったわけだけれど。

 そんなフォンセだが、パーティはユーナと一緒だ。船室で話し合い、ミオンと自分が彼女とチームを組むことになった。セフィーはエリーゼの側に。

 

 フォンセが魔力と攻撃力強化の召喚獣持ちとのことで、残る二人にセフィーを預けたのだ。妹を取られたような気分だが、そこは我慢しておこう。

 フォンセにパーティ招待の通信を送った時、真顔になった彼女に、どうすれば契約が果たせるのか、と本気で尋ねられ、少し焦ってしまった。

 どうやら彼女が永遠のソロプレイヤーだったのは事実らしい。嬉しかー、と涙まで流され、どう対処するべきなのか、ほとほと困惑したものだ。

 

「…………」

 

 セフィーに袖を引かれる。スージーの手を引く彼女が、アイスクリームの露天を指差したのだ。スージーの気分転換も兼ね、美味しいものでも食べようというのだろう。

 

「まあいっか、みんなも食べる?」

「ええ、構いませんわよ。息抜きも必要やちゃ」

「食べ歩きしましょっか? 除草薬の確保もしたいとこだし」

「戯れの晩餐ね、受けてあげるわ。ウチの憧れたゲームライフばい」

 

 空気女では叶わなかった休日ライフ。隠者に日の光が差したと喜ぶフォンセは、ぜひともガールズトークとやらに混ざりたいと願うのだ。

 恋バナ、ファッション、日常トーク。必死に勉強した彼女だが、遊びに誘われなければ意味がないのだ。ようやく努力が実ったと語った彼女が、ちょっと可哀想になる。

 では早速ということで、一同はアイスクリーム屋の店主に声をかける。アイスクリーム屋の店主は、気のよいオバサンといった雰囲気のある長耳族の女性だった。

 

「すいません、アイスクリーム六つ欲しいのですが?」

「あいよ、お嬢ちゃんたちは旅行者かい?」

「まっ、そんなとこね。おかしいとこでもあったの?」

「いやいや、ただ悪い時期に来ちまったねと思ってさ」

 

 店主が口にしたのは、やはり蔦の異常増殖の話だった。ヴァルトフォレスタ出身という船員の男性も言っていたが、この時期は樹海を通り抜けにくいという。

 

「無駄話が過ぎたね。余計なお節介というやつさ」

 

 仕事を優先しなちゃね、と告げた店主の女性が注文を取る。ユーナはストロベリー味を頼み、ミオンはスカイサワー味という品を注文する。

 青色のアイスクリームだ。単純にソーダ味なのだと思う。スージーはグレープ味を注文し、エリーゼはチョコバナナ味。セフィーはメロン味を注文する。

 フォンセはシンプルにバニラ味だった。闇の隠者を語る少女は、純白の甘いアイスを口にする。チョイスが普通なあたり、地味な性格が出ているような気さえする。

 

「…………!」

 

 初めての食べ歩きにご満悦といったところか。メロン味のアイスをペロリと平らげたセフィーは、次の屋台に狙いを定める。ワッフルの販売店だ。

 店主は厳つい小人の男性。彼を直視したスージーは尻込みする。けれど恐れを知らぬセフィーは店主の男性にコンタクトを取った。言葉を発せないのだけが欠点である。

 ワッフルが欲しいと全身でアピールするセフィーだったが、無邪気な彼女の行動に店主の男性は困惑するばかりだった。

 

「あの、ウチの子がすいません。ワッフルが食べたいみたいで」

「そうだったのか? ワシの店に目をつけるとは目利きのいい小娘だ」

 

 カカッ、と笑った男性の強面が崩れる。職人気質な堅物の印象があるだけで、実は友好的な男性のようだった。自分の店が選ばれたのが嬉しかったのだろう。

 店主の好感度が上昇したのか、金額を落としてくれるまで話が進む。焼きたてのワッフルを受け取ったセフィーは、袋をユーナに手渡す。

 ちゃっかりとワッフルを掴み取り、少女はリスのように頬張るのだ。生地の食べカスを口のまわりにつけ、セフィーは港町の観光を満喫する。

 

 徐々に目的から遠ざかっているような気もしたが、彼女の幸せに満ちた表情を見れば、些細なことだと思える。何のために大陸を渡ったというのか。

 ユーナの記憶が抜け落ちる。まだ食べ足りないと、少女の潤んだ瞳が訴えかけ、もう仕方ないな、と財布の紐を緩めたユーナは洗脳されかけていた。

 可愛い妹のために、とユーナは不要な食費に必要経費を割こうとする。のだが、ついに痺れを切らした親友に肩を掴まれた。

 

「待ちなさい。まだ使うつもりなの?」

「いや、だってセフィーが楽しそうだし」

「こらこら、思考放棄してんじゃないわよ!」

 

 ギュッとミオンがユーナの頬を摘まむ。だが、遊び感覚に陥ったのは自分だけではなく、

 

「セフィー、次はどこ行くですか?」

「わたくしもご一緒しますわ。お金はあるちゃ」

「楽園の誘いは我を友の元に導いたのね」

 

 魔性の屋台坂はお祭り気分に浸った人間の思考を麻痺させる。拠点クエスト達成の目的も忘れ、一同は本当にただの観光客に落ちぶれていた。

 スージーに怯える様子もなくなり、それはそれでよい気分転換にはなったのだろうが、はしゃぎ過ぎだというのが親友の見解だった。

 

「ノリ悪いよ! ミオンもアイスを食べたよね?」

「少しはいいと言ったけど、お金を使い切れとは言ってないでしょ?」

 

 ニコニコと笑うミオンの笑顔が怖かった。家計簿を切り詰める母親のごとき気迫。親友に威圧されたユーナは、少し落ち着こうか? と一同に呼びかける。

 危ないところだった。モンテベルク大陸に帰還するための船代がなくなれば、しばらくヴァルトフォレスタ大陸に拠点を移すことになるではないか。

 仲間の援助を受けたギルド拠点、それを放置するわけにはいかない。クールダウンしたユーナはセフィーを呼び、おふざけ禁止、と念を押すのである。

 しかし彼女が落ち込むことはない。旅自体が楽しいのか、セフィーは素直に従い、じゃあやめる、とユーナに頷くのだった。

 

「やっと次に行けそうね。除草薬のことだけど」

「それならケミー婆のとこに行くのはどうだい?」

「ケミー婆? 店主さんの知り合いなの?」

「まあね。坂の突きあたり、そこに婆やの薬屋があるのさ」

 

 口を挟んだアイスクリーム屋の店主が坂の上を指差す。

 

「あの婆さんなら工房を貸してくれるかもしれんぞ

 

 と、同意したのはワッフル屋の主人だった。どうも有名な薬師がウルド港にはいたらしい。次の目的地は決まったようなものだ。

 二人の店主に礼を言えば、商品を買ってくれたお礼だと返された。ユーナの話術アビリティが上手く作用し、新たな情報を開示してくれる条件が整ったようなのだ。

 

「せっかく情報をもらったわけだし」

「ええ、行ってみませんこと? その方のお店に」

「未知との遭遇というわけね。我に囁く声に従いましょう」

「囁くも何も、思いっきり教えてもらっただけじゃない」

 

 行くわよ、とミオンが号令をかけ、一同は港町の坂を登る。しかし目を閉じていたせいか、決めポーズをしたフォンセだけが出遅れた。

彼女は通りがかった子供に指差され、

 

「ママー、変な人がいるよー!」

「見ちゃダメよ。さあ行きましょう」

 

 ついにNPCの親子にまでおかしな目で見られてしまう。無邪気な子供の言葉は残酷だ。必死に考えたポーズと台詞を否定され、彼女に鋭い言葉のナイフが突き刺さる。

 やがて耐え切れなくなったフォンセは涙目になり、

 

「置いてかんで、ウチも耐えられんとー!」

 

 などと救いを求めるみたいに、ユーナ一行の背を追うのだった。


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