逸見エリカと七つの習慣   作:ブネーネ

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逸見エリカの断罪

島田流の一人娘、島田愛里寿。

私は揺り籠ではなく戦車で育った、子守歌は演習場から遠く聞こえる戦車の駆動音、絵本は全て戦車の教本だった。

初めて喋ったのは覚えていないが戦車の名前だったらしい、それについては未だに母は嘆いていているのだが。

人生の何たるかは理解していないが、島田流に生まれた自らの立場は理解しているつもりだ。

だから戦車道以外の学問に対しても勉強に明け暮れ、飛び級もした今では大学選抜の大隊長だ。

なんとつまらない日々をこれからも送り続けるのか、それはただひたすらに空しい、最近思うのはそればかりだ。

結局は空っぽな人間だ、ただ存在価値として与えられた島田流に依存して自分からは何もしないままでいる。

島田流は戦車道の歴史であり、真剣勝負の歴史だ。

勝負が成り立つのは互いに勝利を望んでいる事が前提にある、負ける事を許容しては勝利を超えた先の栄光などあり得ない。

そして相手が余りにも弱すぎれば、勝負により得られた勝利の価値がなくなってしまう。

良き淑女を育成する戦車道に憑りつかれた彼女達はそれ故に強者との真剣勝負を求める、自らの優秀性を示すに相応しい好敵手を求め続けている。

いつしかそれは強者を呼び寄せる為、或いは強者を育成して我が力として喰らう為に強者達は自ら覇を唱えた、それが現在に数多存在する流派の前身であり、島田流や西住流のオリジンである。

勝利こそ誉れ、勝利こそ誇り、勝利こそが正義。

それが常に勝負の上に在り、勝利を原則とする人間の生き方であり、勝利を至上とする流派の鎖である。

 

 

―――戦車道で私は、本気になれない。

 

 

例え相手が校戦車道の中でも優秀な選手を集めて作り上げた選抜チームだとしてもだ。

実際私は強いし勝利の為に戦っている、手を抜いているつもりは無い、ただ気分が乗らないのだ。

最近で調子が上がったのは大洗女子学園連合戦にて起こった西住流を二人同時に相手した時ぐらいだ。

母はそんな消極的な私を見て思う事があったのだろう、遠まわしに一度戦車道から離れる様に私に奨めた。

これまで与えられなかった時間を私に返す―――訳ではない、そんな気遣いはあの母にはない。

私に見せる思いやりも、私に与えるやさしさも全ては島田流の利益の下に存在している。

例えば大洗女子学園連合の条件として提示した島田流がボコミュージアムのスポンサーとなる件は私が負けたとしても元々与えるつもりであったのだろう。

私としても最高の保養の地であり、人質のような物なので遺憾ながらもう少し母が望む戦車道を継続する予定である。

しかし誰にも想像しえなかった最大のイレギュラーが存在した、それがあの逸見エリカだ。

強くあろうとする外面だけで評価され、最も重要な内面を育成されずに弱者のまま強者の教育を受けた現代戦車道の歴史の被害者の体現。

最初はちょっとした好奇心だった、手解きするのは先達者の務め、そう思っての問いかけだった。

強くしてあげようか? とただ一声をかけた。

するとどうだろう、己を恥じ入るばかりと悶えていた女が力のないか澄んだ声で答えたのだ。

 

―――愛里寿、私を誰よりも強くして。でも、絶対に貴女も倒すわよ

 

彼女程度の小さなプライドも何もを投げ捨てて、その上で含みもなく言ってのけたのだ。

逸見エリカ『ごとき』が、島田流の中でも最強の一角である私を倒すなんてよくも言えたものだ!

西住の教えを間違って受け続けていたのに今度は島田流の人間を頼るとは!あるいは西住の人間に見切りをつけたつもりだろうか!!

私の背筋にゾクりと衝撃が突き抜けて行った、絶対に表情には出さないがここに来るまでの憂鬱な感情が吹き飛んだ。

 

戦車道に憑りつかれた彼女達はそれ故に強者との真剣勝負を求める、自らの優秀性を示すに相応しい好敵手を求め続けている。

 

口にこそ出さなかったが今なら分かる、結局は私も島田流の―――戦車道から逃げられない。

ならばこの逸見エリカを鍛えながら世界に示して見せよう、無所属にて無名の逸見エリカは全ての流派を悉く根切りにさせよう。

流派に属するだけで自分が強くなったように錯覚している愚鈍な連中の頭を蹴り飛ばそう!

後は目を覚ました選手だけで戦って戦って戦って、そうして西住も島田も関係なく戦って、戦車道の歴史を洗濯しよう!

そして私は最強の逸見エリカを倒して、その勝利の先にある極みを味わいつくそう!

そうなれば私も戦車道を心から好きになれる!束縛される事なく自分の意思で戦える、私の島田流だけで強い人たちと戦いつくしたい!

 

それが出来たら、きっと島田愛里寿は幸せだ!

 

これから逸見エリカには島田流ではないが、人間を構成する上で必須である『原則』を叩き込もう。

そして物事を教えると言う事は、教える側も新たに教訓を得る事に繋がる。

逸見エリカを通じて、私という存在を鍛え上げ共に最強になろう。

 

―――簡単には手放してあげないからね、私の可愛いエリカさん。

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

夕日が沈みきり街灯が灯る頃、ミーティングルームには二人の陰が未だ残されていた。

「これから話す内容は人生における重要な要素である七つのポイントの序章に過ぎない」

淀みなく書き終えたであろうホワイトボードの中心には何故か大きく空白が開いていた、そしてその空白を囲むように散りばめられたキーワードに指し棒で強調していく。

「まず初めに、現代に至る人間とは『飽きる』『忘れる』『面倒くさがる』という性質を持つ。そしてあらゆる物事に不安と恐れを感じ、そして欲求においては即物的であり、自らを持たずに己に対する理解を周囲に求め続け、あらゆる責任を他者へ転嫁する惰弱な生物である」

「そのような人間が集まった時に起こり得る事態は大きく二つ、『共依存』と『妥協』である」

「共依存とはつまりお互いに相手が動く事を期待し、そして互いに自ら何も始める事をしない。非生産的な愚の骨頂である」

「妥協とはつまり、お互いの意見の相違を埋め合わせる事で円滑に進めようとする手法である。しかし大抵は我儘で程度の低い相手の意見に合わせる事が殆どなのでそれが成功する見込みはとても小さくなるだろう」

「ではこの様に自分から動きたくいが、自分の意見を通したい場面において起こり得る行動とは何か。エリカは分かる?」

島田愛里寿の口から溢れる人間は愚かであるという人間論、そして私は先日同様に愚かな人間であると宣告されたばかりである。

そうであれば自分に置き換えて考えてみよう、自分が隊長として隊員が言う事を聞いてくれない、しかも好き勝手に意見してきた場合。

「…私だったら怒る、それか隊長権限で無理やり意見を通そうとする」

「そうなるだろう、多くの人間はその問に対する解決手段として『自分の有利を出来る限り勝ち取る』事を選択する。そうなれば建設的な解決は大いに遠ざかる」

愛里寿の手がホワイトボードの中央の空白を強く掌で叩き、部屋中に音が大きく響く。

「ここに足りないものが、エリカの本当に必要な物、それが――――」

大きく強く飾らない二文字がホワイトボードの中心に書き込まれる。

「『自分』、いつ如何なる時においてもこの自分が存在しない限り成功は訪れない」

指し棒とマーカーを置き愛里寿が歩み寄って来た、只管に耳が痛い話だったが身に染みる物があった。

「これが自己中心的となるか自立して自分を確固たるものと出来るかはエリカの覚悟次第、これまでの自分を断罪し、如何なる場合を以てしてもやり通す意志と覚悟が必要になる」

 

黒森峰女学園戦車道隊長だった西住まほは妹である西住みほの後を追うように、敗戦における負の責任を引き受けまるで幻の様にドイツへ留学した。

全国大会終了後に行われた新型ドクトリンへの引継ぎの補助を行った後にささやかな送別会が行われたが、私から終ぞ彼女に謝罪する事が出来なかった。

自らの義務と責任を果たす事をしなかった、西住隊長の言葉だ、でも私は義務と責任に向き合う事すらしなかった。

西住まほでも出来なかった事が、私に出来るわけがない。

 

「確かに強くなりたいと言ったわよ…でも私にはそんな強さは――」

弱虫の私が涙を流す数歩手前まで来ていた、いつの間にかどんどん話が大きくなり自分のキャパシティーを圧迫していく。

「私は確かに『逸見エリカ』の声を聴いた、本当のエリカは勝ちたいって言ったよ、私に勝つって…言い切った!!」

初めて出会った時は違う爛々とした瞳を湛えながら、愛里寿は私の手を強く強く握って語り続ける。

「私は自分の言葉に義務と責任を持つ、エリカが西住流の家元とお母さまに勝つまで島田流にもう戻らない」

余りの常識を飛び越えた内容に堪えきれずに一度口許を抑えて嘔吐を堪えた、数秒の思考の遅れの後に全身の血の気が引いていくのを感じる。

―――最悪だ!よりによって…日本戦車道の最強格に向けていつの間にか果たし状を勝手に叩きつける算段まで立てられている!!

そんな私の心境など見透かしたかのような面持ちで愛里寿は私の握り拳を開かせて、あやす様に指で撫でながら話を続ける。

「私にもリスクがあるって言ったでしょ?私は次期家元の権利を失う覚悟でいまここにいる」

島田愛里寿は悪魔だ、言葉に対して何よりも真摯であり例え己を脅迫材料にしてでも望みを叶えようとする。

「ここまで来てまだ逃げるの?また惨めに人生を浪費するだけの自分になりたいの?」

「でも私…!!」

「立ち向かうしかないよ、私達に逃げ場なんてもう何処にもないんだから」

 

私には勝ちたいという意思が確かにある、ずっとずっとそうだ、そして最初から全てを投げ出す事が出来なかった。

―――何で私は勝ちたいのだろうか。

私を貶めていたものは本当は違った、勝ちたい理由に何故を問うのはナンセンスだった。

何故私は勝てなかったのかも愛里寿が教えてくれた、私が弱いからだ、弱いくせに何もしなかったからだ。

愛里寿はずっと私に『強くあれ』と言い続けているのに、私は何を恐れているのだろうか。

決まっている、『自分』というモノが生まれる為にはまず今までの自分の罪を認める事に成る事を未だに恐れているのだ。

そうして己に生じる変化を消化するする事への変化を恐れて『飽きる』『忘れる』『面倒くさがる』という本能が成長を阻害しているのだ。

でももう逃げる事は許されない、弱い自分とはお別れをしないといけない、無償の愛に依存する幼子を卒業する時が来たのだ。

あらゆる苦難や困難が待ち受けようとも一人の人間として、戦士として立ち向かう日がついに訪れた、ただそれだけの事だった。

 

―――さようなら西住まほ、さようなら西住みほ、貴女達はもう私に必要ない。

 

貴女達を言い訳にするのはもうお終い、ふらふらしているかもしれないけれど、私は自身の足で歩いていける。

 

「…覚悟、決まったわ」

「エリカ…」

「二言はないわ、誰が相手になったとしても戦って…勝つわ」

「エリカ…!!じゃあ早速、島田流本家へ道場破りに行こう!」

「やっぱり辞めさせていただきます」

 

 

後日、正式に黒森峰女学園戦車道隊長、逸見エリカとなって初めての仕事は新たな教官を受け入れる為の準備に奔走する事だった。

新型ドクトリン用の練習メニューを副隊長となった赤星小梅に任せ、自らは教官に当てられるゲストルームを急行する。

 

―――クマクマクマ、部屋一面を埋め尽くすクマのぬいぐるみ。

 

上流階級という人種はそのシンプルかつ圧倒的な財力と権力を以て無理を無理なまま道理を通すものらしい。

西住流のバックアップを受けている筈の黒森峰女学園機甲科は今、島田流の娘である島田愛里寿に支配される事となった。

「もしかして…これも私のせいなの…?」

「エリカ、今日からよろしくね」

 


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