正解が欲しいなんて言わないから、
正答に縋ることなんてしないから、
――――――この石を、あなたが接いで。
2007年7月20日 午後7時39分 広島県呉市海上 クルーズ船『セブンシーズ・マリーン』 マリーンラウンジにて
もし地獄があるのだとすれば、今
「ひぐっ、ぐすっ……、おとーさん、おかーさん……。どこぉ…………」
沈没途中のクルーズ船の中を明乃はたった独りで歩いていた。何が起こったのか、どうすればいいのか、どこに行けばいいのか全く分からなかった。船体が斜めに傾いているせいで幼い明乃では前に進むことすら困難で、クルーズ船の
だから、まだ7歳に過ぎない明乃でも分かった。
このままではきっと、自分は死んでしまうということが。
「やだ……やだぁ!おかーさん!おとーさん!!!」
無駄な焦りだけが蓄積していく。どうして、どうしてっ、どうしてっ!そんな無意味な
なのに!
「ひぐっ!ぐすっ、おかーさん!どこぉ!!!」
今日は明乃の7歳の誕生日だった。だから、両親は明乃を豪華なクルーズ船に乗せてくれた。明乃は海が好きだった。広くて、大きくて、深い海のことが大好きだった。だから、明乃の両親は船上で明乃の誕生日を祝うことにした。その目論見はとても上手くいき、明乃はとても喜んだ。
最高に最高で、最上に最上な誕生日だった。
生涯最高の一日として記憶に刻まれる一日となるはずだった。
つい30分前までは、そうだった。
「ぅ、うぅぅ、ぅぅうあうぁあああああああああん!!!!!」
宛てもなく明乃は炎に包まれた船の中を歩く。涙で視界が
けれど、それでも前に行く。
死にたくないから。
生きたいから。
両親にもう1度会いたいから。
這ってでも、前へ。
「やだ」
理由なんてない。不幸はある日突然降り注ぐ。どれだけの善行を積んだ人間でも、どれだけの資産を持った人間でも、どれだけ優秀な人間でも、唐突に死は訪れる。
「や、だぁ」
前兆なんてない。1秒後の生を誰も保障などしていない。ほんのわずかに目を離した隙に子供が消えることも、下らない喧嘩をして飛び出した家族と二度と会えなくなることもざらにある。
「やだっ、やだあ!……だれ、か、だれかぁ……たす、け……て……!!!」
突然横転した船に混乱する人々。出口に向かって我先に駆け出す愚か者たち。両親が、固く握った明乃の手を放してしまうのも当然の状況だった。
「た……す、……け、……て…………」
徐々に、徐々に息が続かなくなっていく。視界を煙が満たし、どこに行けば甲板に出れるのかも分からなくなっていく。
それはまさしく、絶望だった。
明乃の瞳からはもはや涙さえも出なかった。
「――――――ぁ、ひゅ」
細く、弱く、貧しく、全てが消えていく。灯が、光が、希望が消え去っていく。
理不尽。
不条理。
災害。
人がどれだけ頑張っても抗うことのできない天の理。
死。
「ぁ、ふ」
だけど、その直前だった。
明乃の意識が完全に失われるその直前だった。
「――――――はぁ、はぁっ!」
「ッ!?」
誰かの息遣いが聞こえた。
たぶんそれが、明乃にとって最後の希望だった。
今話のサブタイトル元ネタ解説!
ラテン語の警句。 直訳では『死を想え』。『自分がいつか必ず死ぬことを忘れるな』、『死を忘れるなかれ』と訳されることが多い。
感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!
光が空を満たすなら、闇が地を満たすだろう。
明るい世界を望み、天に手伸ばす悪意の権化。
眩しすぎると目を閉じて、その闇を心地良いと言祝ぐ善意の化身。
――――――あなたは私の、憬れでした。
表紙絵の感想は?
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素晴らしい!
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特にない。