国際テロリスト『晴風』   作:魔庭鳳凰

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神域の騙し合い(Joker Game)

 2016年4月6日 午前10時08分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 校長室前にて

 

 人間は過去から形作られる。

 明乃が9年前の沈没事故を境にどうしようもなく変わってしまったように、

 もえかが9年前の出会いを境にどうしようもなく変わってしまったように、

 過去は、現在の行動原理を構成する重要なファクターなのだ。

 故に、彼女たちは似た者同士の鏡面体。線対称で点対称。唯一無二の運命共同体。

 

 だからこそ、その出会いは必然だった。

 

(分析は船に乗ってからで大丈夫だよね……?船の上なら、『誰か』に見られる危険性もないし、芽依ちゃんとの情報共有もスムーズにできる)

 

 入学式会場に向けて小走りしながら、明乃は今後の行動について考えを巡らせていた。携帯は未だに通話状態にしてある。故に、少しまずい。どうやら10時20分から港で真雪校長の挨拶があり、その後クラス発表があるらしい。クラス発表がどんな方法で行われるのか分からない以上、流石にクラス発表の時その場にいないのはまずい。芽依に何とかフォローしてもらう手もあるが、できればまだ明乃と芽依の関係性は公に晒したくない。

 誰が敵か分からないのだから。

 『革命派』の人間が誰か分からないのだから。

 

「ちょっと、急がないとね……」

 

 故に、明乃は少しだけ焦っていた。

 その焦りがほんの少しだけ明乃から冷静さを失わせた。

 それは本来であれば何ともない誤差であったが、『彼女』を相手にするには致命傷だった。

 

(……上手くやれるといいな。私、()()()()()()())

 

 それは自嘲か、あるいは嘲笑か。

 廊下の角を曲がる。

 港へ行き、予定通り晴風クラスに配属されていることを確認するために。

 

 その瞬間だった。

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

「……………………………………………」

 

 廊下の曲がり角に、誰かがいた。

 

 誰か。

 

 ダークグレーの髪を短くまとめ、

 挑発的な瞳で明乃を見つめ、

 壁に凭れ掛かりつつも足に力を入れ、

 明乃と同じ制服を着ている、

 

 誰か。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()9()0()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「本当に、驚いたんだよ?まさか、私と同じことを考えてる人がいるなんて」

「……………………………………」

「入学式が終わったら私たちはすぐに二週間の海洋実習に出ることになる。ここに戻ってくるのは最低でも二週間後。つまり、校長室に潜入するタイミングは今が最適。その上、入学式中なら校長室に誰もいないって分かってるしね。当たってるでしょ、岬さん?」

「……………………あなた、何者?」

 

 問いに、

 彼女は、

 嗤いながら、答えた。

 

「大和型超大型直接教育艦『武蔵』()艦長、知名もえか」

「……………………………………………………」

「私の名前だよ?知名もえかって言うんだ、私」

「――――――知名、もえか……」

 

 その名を知っている。

 その名を知っていた。

 その名を知っていて、

 

 だから、分かった。

 

「そっか、……」

 

 だから、分かった。

 

()()()()()()()()()()()()()()

「――――――――――――」

 

 ピキリ、と、一瞬もえかの表情が固まった。

 一瞬、

 一瞬だ。

 その一瞬を明乃は見逃さない。

 間髪入れず畳みかける。

 制服の中に仕舞った記憶媒体(SSD)をチラ見せする。

 

「これ、欲しい?」

「欲しい!……って言ったら、もらえるの?」

 

 誤魔化すことはできた。適当な言い訳をして煙に巻くことは簡単だった。だが、同時にそれが無駄であることも理解していた。もえかは確信している。証拠はなくとも確定させている。明乃が入学式を欠席した理由を知っている。

 そして、それを明乃は理解している。

 

 だからこそ――――――、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 足を前後に開き、戦闘態勢を取りながら、明乃はもえかを挑発する。

 その挑発に答えながら、もえかは壁から背を離す。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それだけで、あぁ、たったそれだけで2人は互いに互いがどうしようもないということが分かってしまった。

 似ている。どうにもならないほどに。

 似た者同士の鏡面体。

 線対称で点対称。

 故に、どうすればいいのかも分かった。

 

行動を伴わない想像力には(Imagination means nothing)何の意味もない(without doing)

「……いいの?」

「私、この言葉が好きなんだ」

 

 そんな嘘を吐く。

 それだけで、意志の疎通はできてしまった。

 2人は天才だから。

 2人は天災だから。

 

「――――――」

「――――――」

 

 そして、

 

 もえかは胸元のリボンを緩め、左ポケットに手を入れた。

 

 そして、

 

 明乃はボクシングのように両手を前に構えた。

 

「――――――行くよ?」

「――――――いつでもどうぞ」

 

 そして、互いを理解するための戦いが始まった。

 何の意義もない、誰にも必要とされないな戦いが。

 そう、だがそれでいいのだ。

 

 この戦いの言意は明乃ともえかの2人だけが知っていればいいのだから。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

神域の騙し合い(Joker Game)
 日本の推理作家、柳広司のスパイ小説の名前。



知名もえかと岬明乃の実力派ほぼ対等です。
違いがあるとすれば、片方には味方がいて、片方には味方がいないってことくらいです。

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!












詩集『コブザール』の意味。分かった人はいるかな?

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