国際テロリスト『晴風』   作:魔庭鳳凰

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注意! 今話にはハードな暴力描写があります!
耐性の無い方は今話を飛ばしてください!


無邪気な悪魔(Innocent Devil)

 1つの事実がある。

 それは、この世はどうしようもないほどに理不尽で、不条理で、非合理だということだ。

 戦争区域のスラムで生まれた人間はどう足掻いても『上』にいけない。

 教育を受けていない人間は効率的に金を稼ぐ方法が分からない。

 暴力に曝されてきた少女はそのうちに抵抗の気力すら失くしてしまう。

 

「ぁ、ぎっ!ぎ、ぁっ、あああぐぎあがががああああああ!!!!!」

 

 学習性無力感。あるいは、学習性絶望感。

 長期間、ストレスの回避困難な環境に置かれた人間は何れその状況から逃れようとする努力すら行わなくなってしまう。

 テストで100点を取っても0点をとっても怒られるのであれば、何れテストの点数に意味を感じなくなってしまう様に。

 10年以上様々な治療を試しても病から回復しなければ、何れ生きる意味を見出せなくなってしまう様に。

 外部に訴えかけても内部から干渉しても状況が変わらなければ、何れ抵抗を諦めてしまう様に。

 全ての抵抗が無意味であると理解してしまったのならば、恐怖から脱出できる状況になっても抵抗をしなくなってしまう。無意味だと分かっているから。どうせ無理だと諦めてしまうから。

 瞳子がそうだった。

 いや、秘密組織『ワダツミ』の運営する孤児院『楽園(ニライカナイ)』の出身者はほとんどそうだろう。

 彼女たちは奴隷だ。都合の良い消耗品だ。

 

 だから瞳子はもえかに何をされても抵抗しない。できない。

 

 そういう風に育てられている。

 

「無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が、無能が」

 

 殴られる。

 蹴りつけられる。

 踏まれる。

 引っ張られる。

 押し倒される。

 嬲られる。

 引っかかれる。

 潰される。

 圧される。

 踏みつけられる。

 引っこ抜かれる。

 舐られる。

 そして、見られる。

 あぁ、見られている。

 値踏みされている。

 計られている。

 

(……なん、で)

 

 暴力を振るわれることは怖くない。それは酷い痛みを伴うことではあるが、それに恐怖を感じることはない。こんなの、全然大したことはない。『楽園(ニライカナイ)』で受けた暴力に比べれば、全然大したことなどない。

 だって、瞳子が受けてきた罰はこんなものではない。

 もっとひどい罰を受けた同期もいる。

 それは例えば、全裸に餌を塗られた状態で鶏小屋に丸1日放置されたり、

 それは例えば、野菜を剥くためのピーラーで皮膚を1枚1枚剥かれたり、

 それは例えば、爪の間に長い針を通されたり、

 それは例えば、例えば、例えば……、

 

「ねぇ、瞳子さん。何で、私がっ、こんなにっ!……怒ってるのか分かる???」

 

 未だ敬称をつけられていることが恐怖で仕方がなかった。

 

「ぁ、ひゅー、ぁ、は、……っわ」

「わっ、かる、かなー!?」

「がっ!?」

 

 見下されている。

 仰向けに押し倒されて、首を靴で踏まれている。

 ぐりぐり、

 ぐりぐり、ぐりぐり、

 ぐりぐり、ぐりぐり、ぐりぐり、

 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり。

 

 喉が圧迫されて、呼吸が覚束ない。

 もえかの意思1つで声帯が潰されてしまうという、恐怖(快楽)

 

「ぁ、っ!わ、……わかり、っ、ま゛ぜ、ぜぜぜぜぜぜぜん!!!わたっ、私はっ!!!かんっ、か、かかんぺきっ、完璧に!完璧に!!!ぶっ、艦長のっ、し、しじじいいぃぃぃぃいぃぃいいいぃぃぃぃいいいぃいぃぃぃいい!!!!!?????」

 

 それ以上は聞くに堪えなかったのか、

 それ以上は聞く必要がないと判断されたのか、

 端的に、

 いっそ残酷なほどに平明に、

 もえかはそれを口にした。

 

()()1()()()()()()()()()()()()?」

 

 音が、

 空気が、

 世界が、 

 死んだ。

 そう錯覚してしまうほどに、その声には何の色も込められていなかった。

 

「っ、ひぁ」

 

 本当に、やる。

 もえかは本当にやる。

 だって、瞳子は代替可能なのだ。瞳子の立場を、『ワダツミ』革命派強硬組幹部知名もえか直属の部下という()()()立場(椅子)を狙っている人間は大勢いる。瞳子が蹴落としてきた幾人もの人間が瞳子の立場(居場所)を狙っている。

 躊躇いなどないだろう。

 もえかは瞳子を切り捨てることに躊躇いなんてないだろう。

 役に立たない人形は必要ない。

 邪魔をするだけの部下はいらない。

 無能は、嫌い。

 そう、言われてきたではないか。

 

「ひ……っ!い、ぃやっ、嫌ぁ!!!ごめっ、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……、赦してくださいごめんなさいっ!!!」

 

 瞬間、想起されたのは『楽園(ニライカナイ)』での地獄の日々だ。

 嫌だ。いやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだイヤイヤダ否だ嫌だ嫌だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ嫌だイヤイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだイヤイヤダ否だ嫌だ嫌だいやだ嫌だ厭だイヤだ嫌だいやだイヤだ否だいやだイヤダイヤだいやだいやだ嫌だイヤイヤダイヤだいやだいやだ否だいやだ嫌だ厭だイヤだ!!!!!

 

 あの場所には戻りたくない(アノバショニハモドリタクナイ)

 

 あんな、あんな地獄にもう1度、もう1度?もう1度?????

 

 まともに生きることが許されなかった、真の地獄。

 抵抗する気力さえも奪われた、最悪の煉獄。

 『楽園(ニライカナイ)』は地獄の底だ。そこからせっかく、せっかくだぞ?せっかく脱出できたというのに、こんな下らない失敗で、失敗、失敗?失敗だ?そう、失敗したからこそもえかは怒っているのだ。

 他者を蹴落とすことを覚えさせるために、食事は2日に1回しか与えられなかった。それだって、とても全員が満足して食べられる量ではなかった。だから必然、奪い合いが発生する。その過程で6歳にも満たない幼女たちは暴力を覚える。

 『上』に逆らう気を無くさせるため、気まぐれで電撃を浴びせられる。必死に媚び諂えば、『上』の気分が良ければ見逃された。だからみんな必死になってへらへら笑った。殴られても笑った。『殴っていただきありがとうございます』だなんて、そんなことを自然に言えるようになった。

 そしてもちろん、無能は『出荷』される。その末路の詳細なんて聞いたことはないが、どうせろくでもないに決まっている。殴られ役(サンドバッグ)として消耗されるか、強姦されて捨てられるか、適当に楽しまれるか、……そんな道になんて、絶対に行きたくなかった。

 だから、瞳子は必死に頑張った。毎日必死に頑張った。

 眠る時間を削って勉強して、食べる時間を確保するために暴力を振るい、明日を無事に迎えるために媚び諂い、そうやって手に入れた立場だ。

 

「棄てないでくださいっ!お願いします!がんっ、がんばります!もっと頑張ります!もっとずっと頑張ります!努力します!もっと役に立ちます!頑張ります!だから、だから見捨てないでください!お願いします!棄てないでください!」

「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 その沈黙が恐ろしくて、もえかの姿を見ることができない。

 顔を上げられない。

 戻りたくない。

 戻りたくないっ。

 戻りたくないっ!

 4年だ。

 決死の努力が認められて、瞳子は4年前に『楽園(ニライカナイ)』を出た。『ワダツミ』の最下層で少しずつ功績を積んで、2か月前にもえか直属の部下になった。

 やっと手に入れた安全な立場。

 理不尽に暴力を振るわれることの無い、安全な立場。

 求められることをただ只管に行えばいいはずだった。奴隷のように忠実に、人形のように機械的に、盲目的に言われたことだけをやって、そうすれば安泰のはずだった。

 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 耐えられない。もう、あの地獄を耐える自信はない。

 忘れてしまった。

 覚えていない。

 『楽園(ニライカナイ)』での過ごし方などもう分からない。4年も離れていれば得意なゲームだって不得意になるだろう?4年は十分な時間だ。『外』に慣れてしまった瞳子はもう『楽園(ニライカナイ)』で過ごすことはできない。

 だから、

 だからっ、

 だからっ!

 

「ねぇ、罪には罰が必要だって思わない?」

「っ、はい!思います!!!」

「そうだよね。悪いことをしたら償わないといけないよね」

「はい!その通りです!」

「うんうん」

 

 全肯定する。

 全然、全然マシだ。赦してもらえるのであれば、罰を受けるだけで赦してもらえるのであれば、それは全然軽い。何でも、何でもする。できる。やれる。戻りたくない。死にたい。拷問死だけは勘弁だ。二度と、二度と、二度と、あんな場所には行きたくない。赦してくれるのだという。ならば、それを甘んじて受け入れよう。悪いのは瞳子なのだから。もえかは微塵も悪くないのだから。

 そして、告げた。

 そして、告げられた。

 

()()()()()()()()()

「ぁ、……っ!は、はい!剥ぎます!ど、どこの爪をやればいいでしょうか!?」

「瞳子さん、右利きだったよね?この後航海するし、左の小指にしようかな」

「分かりました!……っ、どうぞ!」

 

 そう言って、瞳子は左手を教卓の上に置いた。

 顔は引き攣っているが、手を引っ込めるようなことは決してしない。これ以上もえかの怒りを引き出してはたまらない。

 大丈夫。慣れている。大丈夫。慣れている。痛いだけだ。痛いだけ。死ぬわけでもないし、後遺症が残るわけでもない。爪は2か月もすれば再び生えてくる。痛みなんていくらでも、いくらでも耐えてやる。だって、ここはこれ以上ないくらい安全なのだ。理不尽も、不条理も、非合理もない。頑張っていれば評価される、もえかに認められればさらに与えられる、もえかが上に行けば瞳子も上に行ける。努力が報われるだけで素晴らしい。成果が上げられるだけで恵まれている。

 だから、爪の1枚くらいなんだというのか。

 爪の1枚くらい、何だと。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………ぇ、ぁ」

 

 告げられた指示は絶対で、

 瞳子は、赦されるために、それを絶対に遂行しなければならなかった。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

無邪気な悪魔(Innocent Devil)
 原作、中村基、作画、宗一郎による漫画作品『イノセントデビル(INNOCENT-DEVIL)』。



次話、爪剥ぎ。まぁ、ひぐらしの例のシーンを想像していただければいいかと。
自分で爪を剥ぐのと、他人に爪を剥がれるのなら、後者の方が楽だと思いませんか?

……これでも削ったんですよ。本当は拷問描写だけで3万字も書いてしまったので。

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!

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