国際テロリスト『晴風』   作:魔庭鳳凰

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無知な友人ほど危険なものはない(Rien n'est si dangereux qu'un ignorant ami)

 2016年4月6日 午前10時52分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 晴風クラスにて

 

 ましろは落ち着かない様子で辺りを見回していた。

 その原因はただ1つ、後8分でホームルームが始まるというのに明乃の姿が教室のどこにも無いからだ。

 

(何をしているんだ岬さんは……っ!もう少しでホームルームが始まるんだぞ……!)

 

 結局、明乃は入学式には現れなかった。いや、それどころか宗谷校長の訓辞の時もクラス発表の時もましろは明乃の姿を見つけることができなかった。どれだけ見回してもいないのだ。どれだけ探しても見つけられないのだ。明乃もましろと同じ横須賀女子海洋学校生徒のはずなのに。

 

「2週間の海洋実習かー、どんなのになるのかな?」

「一緒のクラスでよかったね!」

「飲灰洗胃……」

「ま、間に合った……」

 

 教室のあちこちでクラスメイトの話し声が聞こえる。

 だから、不安だけが募っていった。クラス発表の掲示板には晴風クラスの所に明乃の名前もあったのだ。なのに、この教室の中には未だに明乃がいない。それがましろにとても嫌な想像をさせる。

 制服はとっくに乾いているはずだ。ましろたちが海に落ちてからもう3時間近くたっている。まさか、まだ乾燥機の空きがないなんてそんな馬鹿なことはないだろう。

 だったらどうして明乃はいない。

 明乃はいったい何をしている?

 

(……迎えにいくべき、なのか……?)

 

 教室の位置が分かっていない?

 そもそもクラスを確認できていない?

 いや、そんなことはないはずだ。入学式が行われる場所は知っているはずだし、近くの教官に事情を説明すれば協力してもらえるはずだ。だから、明乃がこの晴風クラスに辿り着けないなんて、そんなことはないはずなのに。

 なのに、どうして明乃はいない!?

 時間だけが過ぎていく。

 無常に。

 

「っ……!」

 

 だから思わず、ましろは立ち上がろうとした。

 明乃には恩がある。明乃はましろに入学式出席の権利を譲ってくれた。明乃だって入学式に出たかったはずなのに。

 

 『も、もしよかったらっ、この制服を代わりに着たらどうかなって!!!』

 

 無理やりに作った笑顔で明乃はそう笑ったのだ。

 恩には報いねばならない。

 ましろは晴風の副長で、航洋直接教育艦『晴風』の中心的存在の1人ではあるが、それでもましろは友人を見捨てるようなことはしたくなかった。

 もしかしたら明乃はまだあのランドリールームで1人寂しそうに制服が乾くのを待っているのかもしれない。

 もしかしたら明乃はこの広い横須賀女子海洋学校の中で迷子になってしまっているのかもしれない。

 そう考えると、いてもたってもいられなかった。

 

 『じゃあシロちゃんだね!私、岬明乃!ミケって呼んで!』

 

 人懐っこい人だと思う。妙に近いパーソナルスペースと、それでいて一足飛びに距離を詰めることの無い態度。その全てが作られたモノだと気づけないが故に、ましろは明乃に好意を持っていた。

 それこそ、海に落とされたことを許してしまうほどに。

 だからましろは明乃を探しに教室の外に出ようとして、

 

「晴風クラス、30人全員揃っているか?」

 

 立ち上がる直前、ベージュの教官服を着た女性が教室に入ってきた。

 

「ッ!」

 

 慌てて腰を下ろすましろ。

 いつの間にかクラスは静まり返っていて、クラスメイト全員がしっかりと前を向いていた。

 女性――晴風クラスの指導を担当する古庄薫教官が晴風クラス1人1人の顔を確認する。30人全員がちゃんと席に座っていることを確認する。

 

(……とりあえず、岬さんのことは後で確認しよう)

 

 心配ではあるが、授業はもう始まってしまった。まさか教官がいる前で突然教室の外に走り出すわけにもいくまい。教官からの挨拶が終わってから、改めて明乃を探しに行けばいい。ましろはそう考えた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()西()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あのー、晴風クラスって全員で31人だよね?1人足りないような気がするんだけど……?」

 

 『不合格』。

 その判定を芽依は下した。

 明乃は随分とましろに好意を抱いていたようだが、それだけでは足りないのだ。

 よく、『友達に資格はいらない』だとか『友情は恐怖を凌駕する』とか言われるが、言うまでもなくそんなのは嘘だ。刺客の疑いを晴らし、死角を消すためにも友達に資格は必要だし、拷問の痛みは友情なんて曖昧模糊な物を容易く崩壊させる。

 芽依は明乃に言われてましろをはかったが、ましろは芽依の試験に合格できなかった。

 友情よりも規律を優先するようでは、

 恩義よりも保身を重視するようでは、

 危険よりも安全を嗜好するようでは、

 とてもとても相応しくない。

 

 芽依ならば違ったのだから。

 

「あれ、そういえば……?」

「1人足りないぞなー」

「どうしたのかな?」

 

 俄かに、教室が騒がしくなる。皆が周囲を見渡す。誰かがいない。1人足りない。それはなぜなのか?

 さぼり?

 遅刻?

 それとも先に船に乗ってる?

 

 いいや、そのどれもが違う。

 

「……そのことで皆さんに1つ伝えなければなりません」

 

 パンパンと大きく手を叩き、皆を静かにして注目を集めてから、古庄教官はわずかに瞳を曇らせて言った。

 明乃がいない、その理由を。

 

「晴風クラス委員長――つまり晴風航洋艦長の岬明乃さんですが」

 

 嫌な予感がした。

 心臓の鼓動が不自然にうるさく感じられた。

 足りない1人が誰なのかましろは知っている。

 古庄教官の表情はどこか沈痛気だった。

 それがましろの不安を加速させた。

 

「彼女は現在保健室で治療を受けているため、艦への合流が遅れるそうです」

「なッ!?」

「え?」

「治療……?」

 

 告げられた予想外の言葉に教室の喧騒が一層激しくなり、

 

(――――――私の、せいだ)

 

 その中で1人、ましろだけが顔を青くして身体を震わせていた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

無知な友人ほど危険なものはない(Rien n'est si dangereux qu'un ignorant ami)
 フランスの詩人、ジャン(Jean)(de)(la)フォンテーヌ(Fontaine)の言葉の1つ。



勝手にはかって勝手に失望して、いったい何様のつもりなんでしょうね?

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