国際テロリスト『晴風』   作:魔庭鳳凰

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今話はローレライの乙女たち既読前提の話になります。

なお、今話の会話は全て英語で行われています。イギリスの話なので。


平和を手に入れるより(It is far easier to make)戦争を始める方がはるかに易しい(war than to make peace)

 2016年4月6日 午後3時25分(日本標準時) イギリス イングランド南西部ダートマス ダートマス女子海洋学校 校長室にて

 

 世界三大女子海洋学校の1つ、イギリスのダートマス女子海洋学校の校長室で1人の女性と2人の少女が秘密裏の会談を行っていた。今後の世界の様相を決める、陰謀に満ちた会談を。

 

「――――――ふうん。なら、万事順調に進んでいる、ということで子細無いのかな?ブリジット嬢?」

 

 イギリスブルーマーメイド元帥(Admiral of the Fleet)、ジェイミー・リンクス・ビーティーはキャリー・ピアレットからの2時間30分に渡る現状説明を受け、一言そう答えた。

 それだけ聞けば、ともすれば聞き流していると思われかねないほどに投げやりな言葉だったが、この場にいる2人はもちろんそんなことがないことを分かっている。これはジェイミーなりの信頼の表れだ。ジェイミーはブリジットたちを信頼している。だからこそ、一見投げやりにも思える言葉で答えるのだ。

 

「はい、ジェイミー元帥閣下。閣下の考案して下さった『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』は万事問題なく、全て順調に進んでおりますわ」

「まぁ、ならばよし、だな。こちらも全ての準備は完了している。忌々しき『和平派』の重鎮共の説得(根回し)もつい先週終わったところだ。これでようやく我々を覆う霧は晴れた、といったところか」

幸運は備えをした心を好む(Chance favors the prepared mind)、と仰いますもの。この日のために閣下が八方手を尽くして下さったおかげですわ。閣下の権力がなければ、とてもとてもここまでこぎつけることは不可能だったでしょう。改めて、感謝いたしますわ」

「世事はよせ、ブリジット嬢。私こそ、君には大きく感謝しているところだ。所詮私の権力などお飾りにすぎんからな。議会の『和平派』共が説得(根回し)に屈したのは君の資金援助があったからだ」

「お飾りなんて、謙虚も過ぎれば傲慢となりますわ、閣下。私の資金援助なんて些細な物です。『開戦派』筆頭であらせられる閣下の説得(根回し)に『和平派』が応じたのは、閣下の人徳あってのものでしょう」

「ふふっ、そうであればいいんだろうけどね」

 

 和やかに、

 とても和やかに、ジェイミーとブリジット・シンクレアは穏やかではない話をする。

 説得(根回し)という名の脅しでいったいどれだけの『和平派』議員が辞職したことか。あるいは、不幸な事故にあったことか。更には、病気療養していることか。

 5年だ。

 5年の歳月をかけて、彼女たちは議会と世論を自分色に染め上げた。

 

「とはいえ、私が君に大きく感謝しているのは本当だ。何せ、『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』の原案立案者は君なのだからね。5年前君が、伯爵家としての権力を使って私に会いに来た時は何事かと思ったが、しかし結果的には本当に君に会ってよかった。全く、5年前の自分の選択を褒めたい気分だよ」

 

 ジェイミー・リンクス・ビーティー。

 現イギリスブルーマーメイドの最高指揮官(トップ)、イギリスブルーマーメイド元帥(Admiral of the Fleet)にしてイギリス国粋主義派閥『開戦派』筆頭の1人。『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』主導者の1人にして、イギリス全国民の人気者。

 ジェイミーは年甲斐もなくワクワクしていた。これから世界は大きく変わることになる。『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』によって約100年間維持されてきた平和は破棄される。

 そして、今度こそイギリスが覇権国家となる。

 欧州動乱で先祖が味わった屈辱を返す。特に、無制限潜水艦作戦によってルシタニア号事件を起こしたドイツは絶対に許さない。

 これは正当な報復だ。そのための『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』だ。

 

「私も閣下には大きく感謝していますわ。私のような小娘の戯言を聞き届け、そればかりか『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』を実行段階まで移して下さったのですから」

 

 ブリジット・シンクレア()()

 第15代シンクレア伯爵にして、世界三大女子海洋学校の1つ、ダートマス女子海洋学校が誇る『本物の天才』。ダートマス女子海洋学校教頭であるサシャ・エバンスをして『最高の指揮官』と言わしめた才能の持ち主。総合事業会社『Sinclair Estate』の経営者にしてイギリス社交界の華。天が二物どころか無数の才能を与えたイギリス歴史上最高最上の英傑。シンクレア伯爵家の潤沢な――約9000億の資産を以て『開戦派』を支援し、『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』の実行を誘導した鬼才。

 彼女の才を知る多くの軍人に『ブリジットがいれば欧州動乱はイギリスの勝利で終わっていた』とすら言わせたほどの俊豪。

 通称、『遅すぎた天才(Too late a genius)』。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』、か。初めて聞いた時は夢物語と思っていたけれど、まさか本当に実行までこぎつけるなんてねぇ……」

「夢物語では終わらせませんわ。そのための5年ですもの」

「……初めてあった時、君はまだ10歳だったかな。まさか、たかが10歳の子供が本気でこの国を憂いているだなんて、誰が思ったことか」

「閣下ならば私の言葉を真剣に受け止めて下さると思っておりましたわ。最前線で本物の戦争を体験したことのある数少ない人間であらせられる、閣下であれば」

「分かっているとも、そのための『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』だ。……近年の欧州各国の国際社会における発言力低下は本当に酷いモノだ。このままいけば、後20年もしないうちに我が国はただ搾取されるだけの豚に成り下がるだろう」

「それを回避するための『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』ですわ。世界に誇る海洋強国、日本から技術を盗むのも限界があります。それに、我が国が技術を盗めるということは他国も同じように技術を盗めるということ。さらに言えば、日本は本当の中核技術を決して盗ませはしないでしょう」

「分かっているとも、だからこその『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』だ。多少の無理をしてでも、我が国は世界に覇を唱える必要がある」

 

 そう、2人とも分かっていた。このままではイギリスの国力は低下していくだけであると。今はまだいい。今はまだ、イギリスは世界に無視されていない。けれど、いつ致命的な事態が起きるかは分からない。そして致命的な事態が起きてからでは遅い。

 確かに、世界的に見れば海洋国家たる日英米三ヵ国の発言力は高いのだろう。だが、イギリス政治に関わっている誰もが知っている。実体が違うことを。

 イギリスは所詮欧州の一国に過ぎないのだ。欧州動乱という汚点からはどうやっても逃れられないし、いつか、それを理由に兵器開発を制限されるかもしれない。それは漠然とした不安ではなく、当たり前の事実としていつもそこにあった。

 だから、行動を起こす必要があると思った。強硬手段を取ってでも、本当の意味でイギリスの発言力を強化する必要があった。

 そのための『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』。

 そのための、

 そのための、

 

()()()()

()()()()

 

 そう、世界規模の大戦(World War)を起こし、1度世界の勢力図をリセットする。海洋強国も海洋弱国も関係ない。欧州動乱もブルーマーメイドも関係ない。全ての国を巻き込んだ大戦を起こし、そこで勝ってイギリスを本当の意味での強国にする。

 

「キャビアちゃん、資料を」

「はい、ブリジット様」

 

 ブリジットのすぐ後ろにたって控えていたキャリーがすぐさま数枚の紙資料を差し出す。キャリーは代々シンクレア家に仕える従者の一族だ。ブリジットとキャリーの呼吸はまさに阿吽で、2人が仲たがいすることなど絶対にあり得ないだろう。

 キャリーはブリジットを本物の意味で理解している。

 ブリジットの狂気を、キャリーだけが理解している。

 だから、ブリジットもキャリーを信頼しているのだ。本当の意味で。

 資料を見ながらジェイミーとブリジットは話を続ける。

 

「確か、やられ役として日本に派遣されたのはフッドだったかな?」

「はい、閣下。日本には遠洋実習を理由にグレニア・リオンを艦長とした超大型巡洋直接教育艦『フッド』を派遣しています。『フッド』が沈めば、開戦の理由としては十分ですから」

「ふむ……、しかし、確かグレニア嬢は……」

 

 少し言い澱むジェイミー。

 グレニアは確かブリジットを敵視していたはずだ。無論、ダートマス女子海洋学校に入学できている以上グレニアの思想面に問題はないのだろう。しかしブリジットを敵視しているということは予想外の行動を取る可能性があるということで、当然それをブリジットが理解していないはずもなく。

 

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ふふっ、君もつくづく、人が悪い」

「いえいえ、閣下には劣りますわ」

 

 邪悪な談笑は続く。

 明乃の知らない場所で、世界大戦へのカウントダウンは確実に起こっていた。

 

 イギリスの『開戦派』による『アンシンカブル作戦(Operation Unthinkable)』。

 日本の秘密組織『ワダツミ』革命派強硬組による『オケアノス計画』。

 そして、もう1つの組織による最後の『計画』。

 この3つが交わった時、本物の戦争が起こるのだ。

 世界を巻き込んだ、最悪の乱戦(バトルロイヤル)が。

 

 ただ、一方でブリジットは期待していた。

 

(さて、と)

 

 長い年月をかけ丁寧に整えた盤面が、それでも打ち崩されることを、

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?)

 

 密かに期待していた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

平和を手に入れるより(It is far easier to make)戦争を始める方がはるかに易しい(war than to make peace)
 フランスの政治家、ジョルジュ・クレマンソーの言葉の1つ。



ブリジット・シンクレアははいふり世界観で作者が一番好きなキャラだったりします。
自分より立場が上の人間との会話なので、ローレライの乙女たちのブリジットの口調とは少し違います。

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