息が、
思考が、
心臓が、
一瞬確実に停止した。
(な、にが)
明乃を以てして、何が起きているのか即座に把握しきれなかった。
そりゃあ、確かに、この霧が人工的に作られた物である可能性は高いと思ったし、だからこの海域に何らかの『敵』が存在する可能性はあると考えた。
だが、それは結局のところ可能性であり、決して現実味のあるものではない。矛盾するようではあるが、明乃はそんな矛盾を常に抱えて生きてきた。
だって、考えられるか?
そんなこと、考えられるか?
『艦長っ!上空、右10度に詳細不明の巨影があ――ッッッ!!!???』
だからきっと、マチコの叫びに誰よりも驚いていたのは明乃自身だった。己の、いっそ妄想染みた指示が現実のものになるだなんて、初めての航海でこんな物語染みた襲撃にあうだなんて、そんなこと全く考えられない。
現実感がない。
戯画的ですらある。
(いったい何が!?)
それでも、此処は確かに現実だ。此処こそが現実だ。
だから今はコンマ一秒でも無駄にできない。
故にこそ、明乃は即座に動かなければならない。艦内の被害状況を確認し、寝ている船員を叩き起こし、『敵』の襲撃に備えなければならない。
なのに、
なのにっ!
「ぁ、っ!」
なのに、言葉が出ない。
違うのだ。
異なっている。
お遊びじゃない。
想像の空想の妄想ではない。
だから、重い。
それを今更になって自覚する。
今までとは違う。
今までは二人の命を背負えばよかった。
だけどもう違う。
明乃は今、背負わなければならないのだ。
責任がある。
今の明乃には責任がある。
『晴風』メンバー30人全員を無事に港に帰す、という責任が。
想像はしていた。
だけど、現実はそれ以上だった。
明乃の指示一つで容易く血が舞い、命が消える。
その覚悟をしていた。
つもりだった。
していただけだった。
だから、隔たっている。
だから、
故に、
「っ、艦長!」
「ッ!」
幸子の叫び声によって、明乃は一気に現実に引き戻される。
そうだ、呆然としている暇などない。もし、これが『敵』の攻撃だとするならばもはや一刻の猶予もない。
そして、これが『敵』の攻撃であることはほぼ間違いないのだ。
貴重な、希少すぎる3秒は失われた。もう返ってこない。
「各員被害状況知らせ!」
伝声管に向かって叫ぶ。
最悪なのは、今が深夜であり
そして『敵』の攻撃はもう始まっているということ。
返答は即座にあった。
『機関室柳原麻侖無事でえ!機関も異常なしでえ!』
『見張り台野間マチコ無事です!また艦橋前方のデッキに大きな不審物を確認!』
『医務室鏑木美波問題ない。怪我人がいるようなら医務室に寄越してくれ』
『烹炊所伊良子美甘大丈夫です!でも、仕込み中の朝食がダメになっちゃたよ~!』
『水側室万里小路楓問題ありませんわ。また、水中異常音はなしですわ』
一斉に返答があった。本来であれば順々に声を返すべきだが、この緊急時に限ってはこの対応が正しい。
「今当直に入ってるのは!?」
「今返答があったので全員です!」
ここまでで18秒。
「まりこうじさん今すぐツグちゃんとメグちゃん起こしてきてツグちゃんにブルマーへ救難信号出すように言ってっ!マロンちゃんは機関全速いっぱいお願いできる!?みかんちゃん!みんなを起こしてきて!優先度は攻撃担当艦橋メンバー機関科それ以外で、急いでお願い!野間さん少しでも変化があったらすぐ教えて。みなみさんは念のため治療準備を」
瞬間、再び、衝撃。
見れば艦橋の窓の外にある巨影が縦横無尽に動き出していた。
ぶつかっている。ぶつかっているっ。ぶつかっているっ!
巨影が『晴風』のあちこちにぶつかり、そのたびに『晴風』が大きく揺れ、『晴風』が損傷する。
「っ!?」
「いッ!?」
間違えた。
(な、)
誤った。
(にをしているの私はッ!)
失敗した。
その事実を自覚した。
(『敵』の襲撃を受けてるんだから、始めにすべきはっ!何にもましてっ!船の進路を変えることだったっ!!!襲撃時と同じ方向に進み続ける船なんて良い
想定はしていたつもりだった。何度もシミュレーションして、練習してきたはずだった。
でも、これは実践だった。
だから、焦った。間違えた。失敗した。
明乃は、
天才ではないから。
「なっ!?」
そして、舵を握っていた幸子が気付く。
窓の外の影の正体。マチコが見た巨影の正体に。
「艦長ッ!ガントリークレーンです!!!」
「ガッ!?」
誰が考える?
誰が想像する?
その攻撃方法は想像を絶していた。
故に天才。
この襲撃の
「主舵いっぱい!!!」
「っ、主舵いっぱ」
遅すぎる指示だった。
亀だってもう少し早く動くだろう。
だから、間に合わなかった。
(ぁ)
巨影――ガントリークレーンのスプレッダーが艦橋に迫りくる。
それを見て、だから、
「っ、かんちょっ!」
「伏せて!ココちゃん!!!」
明乃が幸子に覆いかぶさり、幸子を無理やり伏せさせた次の瞬間、艦橋の窓ガラスにガントリークレーンのスプレッダーが衝突した。
「きゃああああああああああああっっっ!!!!!」
「ちィっ!!!」
ガシャアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!、という爆音と共に窓ガラスの全てが割れる。ガラス片が艦橋内に降り注ぎ、『晴風』の中に霧が侵入する。
「機関出力全開!全速でこの海域をりだ」
立ち上がり、外を見て、
瞬間、明乃は割れた窓の外の霧中に光を見た。
「ッ!?」
その光を知っている。
9年前に1度見たことがある。
そう言えば、あの時も今と同じだった。
煙の中にその光を見て、次の瞬間あずみの身体から血が流れた。
だから知っている。
明乃はその光を知っている。
だって、その光はだって、
「ココちゃ――――――」
そして、
そして、
そして、
明乃と幸子が次のアクションを起こす前に、
弾丸が、めり込んだ。
今話のサブタイトル元ネタ解説!
イギリスのロックバンド、ザ・フーの楽曲の1つ。
さて、救えるか?
感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!
表紙絵の感想は?
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素晴らしい!
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特にない。