国際テロリスト『晴風』   作:魔庭鳳凰

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災難は滅多にひとつでは来ない(Ein Übel kommt selten allein)

 壁に(もた)れ掛かりながら激しく肩を上下させる。

 胸に手を当てて心臓の鼓動を落ち着かせる。

 過去の全てを回想しながら無限の後悔を(つの)らせる。

 

(どうして、……どうしてこんなことに……)

 

 沈没途中のクルーズ船の中で知名(ちな)あずみは酷く追い詰められていた。

 

「はぁっ、はぁっ……!」

 

 あずみは個人的な考えでブルーマーメイドを内偵していた。最近の海上安全整備局上層部の動きはどうもおかしいとあずみは思っていた。あずみはブルーマーメイドの中でもそれなりに高い地位にいて、何よりもあずみは10年に1人しか現れないレベルで優秀で有能な人材だ。そんなあずみだからこそ察知できたわずかな違和感。

 海上安全整備局が何らかの生物兵器を開発しようとしているかもしれない、という推測。

 

(ここまでやるなんて……っ!沈めてまで隠蔽しないといけない事実が、この船には眠っているとでも言うの!?)

 

 無論、それは(ただ)の推論に過ぎない。いや、妄想と言ってもいいだろう。あずみの妄想。同僚に話せば鼻で笑われるような、飲み会での話の種にもならないような、ふざけた幻想。

 

 そうであれば、どれだけよかったのか。

 

(とにかく(誰か)にこの情報を伝えないと)

 

 懐から無線を取り出しながらあずみは考える。

 クルーズ船『セブンシーズ・マリーン』。全長216.1メートルのその船で2007年7月20日に海上安全整備局が何らかの実験を行うらしいという情報はあずみは掴んでいた。無論、その情報の確度は高くない。だからこそあずみは誰にも言わず『セブンシーズ・マリーン』に秘密裏に乗り込み、調査を行っていたのだ。

 結果として、その情報は真実だった。

 真実だったからこそ、こんなことになっている。

 

「――――――無線に、ノイズ?……まさか通信妨害(ジャミング)!?冗談でしょう?船内にはまだ取り残されてる人がいるのよ!?」

 

 取り出した無線は役に立たなかった。

 (いきどお)りと共に無線を懐に仕舞うあずみ。

 対策はなされていたのか、あずみの行動は予測されていたのか。

 

「くっ!あいつらどこまで腐って」

 

 途端だった。

 

 ガシャンッ!、と、

 

 何かが砕けたような音があずみの右側から聞こえた。

 

「……………………」

 

 まず、あずみが初めに考えたのは追手の可能性。だがあずみはすぐにその可能性を否定する。追手ならば音を立てるはずがない。むしろ、無音(サイレント)であずみを暗殺しようとするだろう。

 次にあずみが考えたのは船の沈没がさらに進み、船内が傾いた影響で何らかの物が割れたという可能性。だが違和感。あずみの体感では船の沈没具合はまだそれほどではない。後数時間もすれば完全に海の底へ沈んでしまうだろうが、逆を言えばまだ後数時間の猶予がある。大体船体の傾きはあずみの見る限りまだ大した物ではない。

 であれば、

 だとするのならば、

 この音の理由は……。

 

「ッ、誰かいるの!?」

 

 生存者による救難信号(SOS)

 それが、最も高い可能性に思えた。

 

「いるなら返事をして!」

 

 あずみ音の聞こえた方向に慌てて走った。もしもまだ生きている人がいるのだとすれば、必ず救出しなければならない。()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あずみはブルーマーメイドだ。ブルーマーメイドは人を護るための組織だ。目の前で助けを求める人を見捨てて大義を為すことなどできない。

 

「っ!?」

 

 そしてあずみは見つけた。

 テーブルクロスを握りしめ、蒼白な顔で浅く息をする、1人の幼い少女のことを。

 

(テーブルクロスを引っ張って、ワイングラスとかを床に落として音を立てて、私へ合図(SOS)を出した?……こんな、子供が?)

 

 (にわ)かには信じられなかった。こんな極限状況下でその行動をとれるなんて普通ならあり得ない。朦朧とする意識、迫りくる死への恐怖、助けが来ない絶望。ぐちゃぐちゃになる思考の中でそれでも自身が生き残るための行動をとれるなんて。

 それもこんな、年端もいかない子供が。

 

「……ぅ、……ぁ…………すけ、…………て…………」

「っ、大丈夫よ。必ず助けてあげるから」

 

 あずみは明乃を安心させるように微笑み、そして明乃の身体を抱えた。『セブンシーズ・マリーン』の構造は覚えている。現在地もきちんと把握している。脱出のための最短ルートも分かっている。外へ出て救助活動を行っているブルーマーメイドに預ければこの子は無事に助かる。あずみの見た所、一酸化炭素中毒の症状もまだそれほど深くはなさそうだった。

 なのに、

 

「あれ、何処にいくんですか?知名(ちな)二等保安監督官」

 

 ダンっ!、と、

 唐突に、一発の銃声が空間を(つんざ)いた。

 




今話のサブタイトル元ネタ解説!

災難は滅多にひとつでは来ない(Ein Übel kommt selten allein)
 ドイツのことわざ。日本語にすると『弱り目に祟り目』。



ルーキー日刊ランキングで72位に入ってましたああああ(2020/4/24 22:30時点)!!!!!ありがとうございます!!!感無量です!!!!!
評価かも更に4件もいただいて、感想も2件増えて、お気に入りも4件増えていました。やったー!

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!



知名あずみはオリキャラですが、まぁ察しはつきますよね。

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