29人を見殺した、大罪人。
はっきり言っておこう。
これは明乃の失策だ。大失策だ。
明乃は勝つことができた、戦いを避けることができた、海賊の襲撃を受けないよう動くことができた。
明乃は生存のための努力を怠った。明乃は自らの能力を過信した。明乃は敵を見抜くチャンスを逃した。
だから、こんなことになっている。
(ダメだ、詰んだ)
それを、どうしようもなく理解した。
普段の明乃であればこんなに簡単に諦めない。不断の努力を以てして最期まで懸命に足掻く。己の命すらも駒にして。
けれど今、明乃の
「――――――」
0.01秒未満の沈黙の果てに、否、思考の果てに選択する。
自覚はある。『これ』は愚策だ。あずみを継ぐ、次ぐ者なら、そうありたいと願うであれば、『これ』は、『それ』だけはしてはならない。
だがしかし、自覚があるのだ。
届かない。
敵わない。
追いつけない。
全てが不足していた。最初から最後まで、全てが。
才能も、覚悟も、運命も、何もかも。
それでも、戦うことを決めた。不断の努力を重ね、絶死の行動を以て。信じられる仲間だって、できた。
だが、今、その仲間は、
「――ゕ、ひ、……ぁ………………」
視線を前方から逸らすことなどできない。それをすれば、明乃は刹那の間に死ぬ。今明乃の前にいるのは、芽依を銃撃したのは、敵は、そういうレベルの存在。
だから明乃は撃たれた芽依の様子を伺うことなどできなかったが、
それでも、
それでも……、
それでも、芽依が…………、
「――――――ふ」
そして、芽依を銃撃したベテルギウスは小さな声で哂った。
考えるまでもない。明乃は今、失敗した。考えればわかることだ。明乃は教室の外に出て来るべきじゃなかった。ベテルギウスは明乃が教室の外に出て来るとは思わなかった。
そう、ベテルギウスだって芽依との邂逅は想定外だったのだ。
(僕にも、運が向いてきたということですかね?)
艦の後方にいるらしいということは推測できたが、それだけだ。明乃たちが集まっている位置までは特定できなかった。
だから、芽依を撃ったのは、撃ってしまったのは、ベテルギウスの
芽依が教室から急に飛び出したから、ベテルギウスは思わず撃ってしまった。
芽依を撃った瞬間、ベテルギウスは己のミスに気付いた。
ベテルギウスの任務は『晴風』に乗っている人間を鏖にすることだ。1人でも逃せば、その時点で任務は失敗である。
(おそらくは、残りの船員は彼女が出てきた部屋の中に……)
ミスをしたのは明乃だけではない。ベテルギウスもだ。2人とも、多くのミスをしている。明乃は芽依が撃たれたからといって慌てて教室の外に出るべきではなかったし、ベテルギウスは芽依が飛び出してきたことに動揺し銃を撃つべきではなかった。
撃てば怯えられ、逃げられる。だから撃つべきではなかった。
だけど、ベテルギウスの予想に反し、明乃は教室から飛び出してきた。しかもご丁寧に、他の船員に教室から出ないように言い含めたうえで。
それはミスだ。彼女たちは一斉に逃げるべきだった。そうすれば、何人かは殺されたとしても、何十人かは逃げきれたのに。
(僕が撃った少女は、彼女にとってそこまで大切な人だった、ということでしょう)
その通りである。芽依が撃たれて、動揺して、飛び出すべきではなかったのに、明乃は芽依を助けようと慌てて飛び出してしまった。他の船員が1人でも殺されることを恐れ、教室に閉じ込めてしまった。
武器もない。防具もない。強くない。
(っ、チャンスがあるとすれば……!)
だけどまだ、終わったわけでは、
ない!
(――――――これで)
(――――――これで)
そして、
ベテルギウスが、
銃を、
明乃に向かって、
構え、
その前に明乃は真横に右手を掲げて、言った。
「ダモクレスの剣」
「……………………」
右手を開く。
だらり、とスターチスをモチーフにしたネックレスが垂れ下がった。
「あなたたちの目的はこれだよね?」
あずみから受け継いだ、あずみの遺志そのもの。
「疑問はあった。どうして、撃たないんだろうって。目的が鏖?ならどうして砲弾も魚雷も撃たないのかって。……この船ごと沈没させれば、それで済むはずなのに」
気づいているのか?
自らの異常に、その支離滅裂さに。
もはや2分前の思考とさえ、今の思考が合致していないというその事実に。
「失われたら困るからでしょ?……私の持ってる、この」
ピンク色の飾り、
スターチスの花言葉は『永久不変』。
「この
「――――――だとしたら?」
「………………………」
銃を下げず、ベテルギウスは答えた。
しかし、その銃口は揺れている。
揺れているのだ。
(乗ってきた!)
通じるかもわからなかった切り札が通じた。
だとすればまだ、一縷の望みはある!
「渡すから私達を見逃してくれ、とでも?」
「……そこまで、傲慢なことは言わない。……5人、5人だけでいい。5人だけ、逃がしてくれれば」
芽依を殺した敵にこんなお願いをするなんて馬鹿げてる。
第一、戦うことを選択したのは明乃なのに、それをいの一番に翻すだなんて可笑しい。
そう可笑しい。狂ってる。
だが当然だ。当たり前だ。誰も気付いていなくても、明乃はとっくに限界だった。
「この船に乗ってるのは、私以外皆一般なの!皆は関係ない!無関係!だから、だからっ!」
「あなたを殺して奪う、という手もありますが」
「っ」
血液恐怖症。
暗闇恐怖症。
不眠症。
対人恐怖症。
赤色恐怖症。
軽度
明乃はこの8つの宿痾を抱えている。
これだけの宿痾を抱えて、こんな理不尽な状況に放り込まれて、しかも艦長として動かなくてはならなくて、真面でいられるわけがない。
ましろだって幸子に八つ当たりしてしまうほどに限界だったのだ。
肩を撃たれた明乃は、もっと重症だった。
明乃の
「それを私がさせないことは、あなたも分かってる」
だから矛盾していたのだ。唯一の親友が撃たれたのを見て、明乃の精神は振り切ってしまった。1分前に自分が何を考えていたかも、今自分がどう動くべきかも、分からないほどに。
「…………いいでしょう、確かにあなたの言う通り。僕にとっては、それを回収できないことの方がまずい。それは、粛清に値する失敗なのですよ」
「…………交渉成立ってことでいい?なら、銃を」
「無論、無論ですとも。下げます、そしてホルスターに入れた上でホールドアップしましょう。だからあなたも、生かすべき5人とやらを選んだらどうですか?あなた自身の、
「っ……」
どの口で、
どの口で、言えばいいのか。
つい5分前に『みんなで一緒に戦おう』なんて、ふざけたことを言ったばかりなのに、
いったい、どの口で?
(それでも、……っ!私が、もっとっ)
それでも、全滅はさせない。させたくない。いいよ。だったらその罪は明乃が、明乃だけで背負う。明乃だけが地獄に落ちればいい。それで5人が助かるなら、せめて5人だけでも助けられるなら、
「――――――――――――――――――――ぇ」
思考が止まった。
「…………がッは、っ!?」
扉越しに、そんな悲鳴が聞こえた。
「っ、嘘!?」
扉越しに、そんな悲嘆が聞こえた。
「鏑木さんっ!」
扉越しに、そんな焦燥が聞こえた。
「っ、離れろ!」
銃が1つだなんて、誰か言ったか?
「万里小路さんッッッ!?」
その手にあるのは世界最高威力の
「いやあああああああああああああ!!!!!」
「海賊の言うことを」
そして、ベテルギウスの
「ぁ」
0.05秒で、行われる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
「
瞬間、轟音と共に『晴風』が大きく傾いた。
今話のサブタイトル元ネタ解説!
畑健二郎氏著の漫画作品『ハヤテのごとく!』第182話サブタイトル。
運命は誰を選ぶのか?
感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!
表紙絵の感想は?
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素晴らしい!
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特にない。