国際テロリスト『晴風』   作:魔庭鳳凰

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躊躇いは、死。

戸惑いは、死。

振向きは、死。


私の使命(Harmony of)あなたの未来(One's Heart)

 選択肢など最初から無かったのだ。

 ダブル・バインド。提示された選択肢の先にある結末は全て『死』。こっちへ歩いてもあっちへ走ってもどっちへ進んでも行き止まり、生き止まり。

 

「ぃ、ぎたィ、ぁ゛っ゛、お、ねぇ、ぢゃ」

「っ!」

 

 トラウマが、蘇る。

 あの時の明乃と同じ立場。銃で撃たれた子供。庇護対象。

 分かっている。正しい選択は見捨てることだ。ここでこの子供を助けるということは『晴風』船員を全員見捨て、その上でこの最新鋭の航洋直接教育艦『晴風』を海賊に明け渡すということ。

 そんなこと承服できるわけがない!

 

(だけど、でもっ!)

 

 理性は見捨てるべきだと言っている。

 だが、本能と感情がそれを許容できない。

 かつて、明乃はあずみに救われた。あずみは命を懸けて明乃を救ってくれた。なのに、明乃はそれをしないのか。自分可愛さにそれをしないのか?

 天秤に掛けられたのは一人の少女の命と世界に対する脅威。海賊が『晴風』を手に入れれば最悪首都東京が火の海になる。そうなれば数十万単位で命が散る。

 分かっている。

 分かっている、のに!

 

「ぐっ、はぁーっ、はぁーっ!」

「艦長っ!」

 

 頭が痛い。

 呼吸ができない。

 視界が翳む。

 マチコに返答することもできない。

 何か言わなければならない。絶対に動かなければならない。今此処で呆然として何の指示も出さずに動こうともしないのは明らかな失策だ。敵は待ってくれない。ベテルギウスは明乃の事情なんて知らないし考慮しない。

 なのに、

 

「あなたたちはよく頑張った。子供の分際で本当に良く頑張った」

 

 銃口が、僅かに上がる。

 引き金に指が掛かる。

 躊躇は、

 欠片も、

 無い。

 

「だからもう、いい加減に、」

 

 そして、

 そして、

 そして、

 

「──────楽になりなさい」

 

 全ての終局を告げるための銃弾が放たれ、

 

Sierra(シエラ)!!!!」

 

 その直前、横腹に銃弾を叩きこまれて倒れ伏し呻いていた芽依が叫んだ。

 

「っ!?」

「ッ!?」

 

 その叫びに二人が瞬間的に反応し後退することができたのは決して奇蹟ではなく、どちらかというと日頃の努力の賜物だった。

 『Sierra(シエラ)』。それはスペイン語で山脈を意味する言葉だが、こと船の上でそれを叫ぶということには異なる意味が込められる。

 『Sierra(シエラ)』とはフォネティックコードにおける『S』を表す単語。すなわち国際信号旗における『S』を表す言葉。

 そして、国際信号機『S』の意味は、

 

「っな、逃が」

 

 『本船は機関を後進にかけている。(I am operating astern propulsion.)』である。

 

 ベテルギウスの反応が、遅れた。

 ここでノーザを人質に取ったことが、腕の中にノーザを抱えていたことが裏目に出た。ワンテンポ、銃口が二人を捉えるのが遅れる。

 故に、

 

()()()()()()()()()()()()()!?」

「なッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

(っ、一人外に残って!)

 

 動揺。

 いったいどこから?

 まさか、あえて一人外に残していた?

 そこまでの計略を描ける学生がいた?

 馬鹿な、そんな!?

 だとすればあの船長の動揺はいったいなんだというのか!

 

「ッ!」

 

 腕の中のノーザを乱暴に床に投げ、全力で横っ飛びをする。どんな攻撃が来るかは分からないがただ突っ立っているだけなんて良い的でしかない。

 そしてベテルギウスの想定は正しかった。

 先ほどまでベテルギウスがいた場所に、『何か』が投げ込まれた。

 

「艦長ッ!」

「拾って野間さん!!!」

「ッ、逃がすか!」

 

 超速の反応を以てベテルギウスはまず、目線をやらずに明乃たちのいた方向へ二発、弾を撃った。当たればヨシ、当たらなくても牽制くらいにはなる。そうやって少しでも時間を稼いで、すぐにでも追いかけに行けばいい。

 と、そういう風に考えることは美波にも読めていた。

 なにせ、美波は()()、人類根絶を目的として巨悪組織、絶滅研究所『グレイ・グー』の元研究員なのだから。

 

(甘いな、『リヴァイアサン』)

 

 既に撤退を始めた美波はそう思考する。

 瞬間、ベテルギウスの()()()()()()()()()()()()()

 

「なんッ!?」

 

 そのことにベテルギウスは今までで最大の動揺を見せる。

 思わず、どちらをも追いかけることを躊躇ってしまうくらいには。

 

(馬鹿な、煙幕(スモーク)!?だがっ、)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。見えなくても二つ目の視界で標的を捉えることができる。その能力を持つからこそベテルギウスは海賊でありながら今まで生きてこれたのだ。

 なのに、その前提を覆された。

 視界を覆った煙は冷たく、ベテルギウスの眼を無効化した。

 見えない。

 『視』えない。

 そして、煙幕が晴れる。

 この場に残っているのはベテルギウスと足を撃たれて戦闘不能になったノーザだけだ。

 

「してやられましたね…………」

 

 壁に背を預け僅かに嘆息するベテルギウス。完全に裏をかかれた形だった。

 床に捨てられた『それ』を手に持ち、ベテルギウスは脳裏に再度、敵の優秀さを刻む。

 

(ドライアイスを利用した煙幕、……これでは僕の特異性は活かせない)

 

 気化したドライアイスは極低温だ。ベテルギウスの眼を欺くことができる。だが、問題はそれではない。言ってしまえばベテルギウスの眼が無効化されたことはそんなに問題ではない。

 最大の問題は。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その秘密は、出会ったばかりの少女たちが知るはずもないことのはずだから。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

私の使命(Harmony of)あなたの未来-(One's Heart)
 WIT STUDIO制作によるテレビアニメ作品『Vivy -Fluorite Eye's Song-』第9話サブタイトル。


キーパーソン、鏑木美波。
その暗躍第一幕。





感想、高評価、ここ好きをいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!



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