国際テロリスト『晴風』   作:魔庭鳳凰

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ずっと、眼の裏から離れない光景がある。

それはきっと、永遠に忘れられない過去の罪悪。

私を(むしば)み、糾弾(きゅうだん)し、断罪し続ける須臾(しゅゆ)(とが)

だから私は許さない。私は決して赦されない。



――――――天頂に耀(かがや)く星々を、晦冥(かいめい)の中に失墜させる。

私は(ただ)、そのためだけに生きている。


プロローグ-鬼- 国際テロリスト『晴風』誕生~海に出る前にすべきこと~
幼年期の終り(Childhood's End)


 2016年4月6日 午前7時41分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校前にて

 

 宗谷ましろは不幸な人間である。

 子供の頃母親にもらった帽子はすぐに風に飛ばされて無くなるし、全身に幸運グッズを身に着けても効果は特に無かったし、高校入試では回答を1つずらして記述してしまい落ちこぼれクラスに配属されるし、

 横須賀女子海洋学校に辿り着く前に猫に会うし。

 

「ぅ、ひうぅうぅう!!!」

 

 宗谷ましろは不幸な人間である。

 今日は横須賀女子海洋学校入学の日だ。49分後には入学式が始まるので、一刻も早く会場に辿り着く必要がある。が、ましろは猫が苦手である。非常に苦手である。猫を目の前にすると若干身が(すく)むくらい猫が大嫌いである。

 つまり動けない。

 猫が大嫌いで動けない。

 その情報を、当然『彼女』は知っていた。

 

「あっ、猫だ!」

 

 故に、そんな声がましろの右側から聞こえて

 

 繰り返す、宗谷ましろは不幸な人間である。

 

 ――――――ただし、宗谷ましろの悪運は相当に強い。

 

「うひゃああああああああああ!!!???」

「うわあああああああああああ!!!???」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(お、落ちっ!)

 

 不意打ちだった。というか不意打ち過ぎた。ましろの態勢が崩れ、身体が揺らめき、踏鞴(たたら)を踏んでしまう。数歩後ろに進んでしまい、ましろの足が地面から離れる。

 

(ぁ)

 

 そして、ドボンッ!と大きな水飛沫が2つ舞った。 

 ましろたち2人は一緒に海に落ちた。

 

「ぅ、ぷ!」

「ぇふ!」

 

 無論、急に海に落ちた程度でましろが溺れることはない。ブルーマーメイドを目指す以上泳ぎは最低限の必須事項だ。泳げないわけがない。そしてもちろんましろにぶつかってきた少女もそうだろう。

 海に浮かびながら、剣呑な瞳でぶつかってきた少女――岬明乃を見て、ましろは思う。

 

(入学当日にこんな目にあうなんて……。あぁ、本当に)

 

 呟く。

 呟いた。

 今のましろの本音を。

 

「ついてない」

「ごっ、ごめんね!?大丈夫!?」

 

 これが、陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦長岬明乃と陽炎型航洋直接教育艦『晴風』航洋艦副長宗谷ましろの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、その光景を離れた場所から2人の少女が見ていた。

 

「……ふぅん」

 

 興味深そうに、観察するように、知名もえかは海に落ちた明乃とましろを見ていた。

 

「知名艦長?どうかしたんですか?」

「瞳子さん。あの2人のこと、今見てた?」

「えぇと、海に落ちた2人のことですか?随分と間抜けですよね。あんなのが私たちと同じブルーマーメイドを目指すだなんて、笑っちゃいますよ」

「……間抜けじゃないよ。少なくとも、岬さんの方は()()だね」

 

 少しきつめの口調でもえかは断言する。

 それなりの訓練を受けている村野瞳子でさえも欺けるレベルの演技力。

 

「態と……?態と海に落ちたってことですか?」

「うん、視線が最初から海の方に行ってた。たぶん、()()()()()()()()()()()()()()()()を考えてたんじゃないかな」

「…………何のために、ですか?」

「そこまでは分からないけどね」

 

 岬明乃という人物をもえかは知っていた。

 第54回全日本少女スキッパーレースA-1カテゴリ準優勝者にして第23回全国図上演習競技大会5位入賞者。つまり、特別な訓練を受けていない一般人にしてはかなり優秀な存在。

 それが岬明乃。

 

(岬さん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()())

 

 もしそうだとするのならば、警戒の必要があるかもしれないともえかは思った。

 態と人にぶつかって海に一緒に落ちる。これはまぁいい。特に問題はない。

 だが、宗谷ましろ()態とぶつかって一緒に海に落ちたのであれば要警戒だともえかは思った。

 それは知っていたということだ。分かっていたということだ。

 彼女が宗谷ましろであると。

 彼女がブルーマーメイドの名家『宗谷家』の三女であることを。

 

(……宗谷さんは中学時代ブルーマーメイド関連の大会にいくつか出てる。そこで顔を知った……?)

 

 『好きの反対は嫌いではなく無関心』という言葉がある。好意は容易く悪意に反転し、悪意は切欠(きっかけ)さえあれば容易く好意に逆転する。明乃はそれを分かっていたのだろうか。

 関りがなければ関係性は生まれない。関係性がなければ絆は育めない。

 明乃のせいで海に落ちたましろが明乃に対して初めに持つ感情は悪感情だろう。だが、それはつまり『ましろと明乃の間に繋がりが生まれた』ということでもある。もし、明乃が狙ってましろにぶつかったのだとすれば……。

 これはもえかの考え過ぎだろうか?

 だが、考え過ぎておいて損はないはずだ。

 あの目、明乃の目。

 あれはもえかと同じ目だった。

 

一寸(ちょっと)、厄介なことになるかもしれないね」

「調べた方がいいですか、知名艦長?」

「そうだね、……『オケアノス計画』に支障が生じるとは思わないけど、調べておくといいかもしれない」

「分かりました。このことは『御前(ごぜん)会議』には?」

「報告の必要はないかな。この程度にも対処ができないって思われるのは(しゃく)だし」

「分かりました、知名艦長」

 

 秘密組織『ワダツミ』革命派強硬組に所属する知名もえかと村野瞳子は、海に落ちた2人を横目で見ながらそんな話をする。

 ここに2つの才能が人知れず邂逅した。

 『天才』と『天災』。

 『悪の敵』と『正義の味方』。

 だが、明乃ももえかもまだ気づいてはいなかった。

 ここから先の因縁を。

 自分たちがどれだけ深い関係に陥るのかを、

 まだ、全く気付いていなかった。




今話のサブタイトル元ネタ解説!

幼年期の終り(Childhood's End)
 イギリスのSF作家、サー(Sir)アーサー(Arthur)チャールズ(Charles)クラーク(Clarke)の長編小説のタイトル。

感想、高評価をいただけますと大変やる気が湧いてきます!よろしくお願いいたします!!!











ずっと、(まぶた)の奥から離れない光景がある。

それはきっと、永久(とわ)に忘れられない未来の楽園(ティル・ナ・ノーグ)

私を追いたて、讃歎(さんたん)し、礼拝し続ける不可思議(ふかしぎ)(ばつ)

だから私は許されない。私は決して赦さない。



――――――地獄の底で燃え盛る劫火(ごうか)を、現世(うつしよ)の中に回禄(かいろく)させる。

私は(ただ)、そのためだけに生きている。

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