2016年4月6日 午前8時13分 神奈川県横須賀市 横須賀女子海洋学校 第4女子シャワー室にて
ましろは横須賀女子海洋学校第4シャワー室でドライヤーを使って不機嫌そうに髪を乾かしていた。
(ついてない。……私は本当についてない……)
まさか入学初日に海に落ちるとは思わなかった。バッグもろとも海に落ちたせいでせっかく買った新品の道具たちは海水に濡れて使い物にならなくなってしまったし、洗濯したところで制服の海水臭さはしばらく取れないだろう。早めに登校していたおかげで入学式に間に合いそうなのは九死に一生を得たというところだが、はっきり言ってましろのテンションは下がる一方だった。
思わず大きくため息をついてしまうほどに。
「はぁーーー………………」
「あ、あのー……、ちょ、ちょっといいかな」
シャワー室の扉を遠慮がちに開けて、バツが悪そうに声をかける明乃。一足先に身体を乾かし終わった明乃は、隣部屋のランドリールームに行って海水塗れの2人の制服を洗濯していたところだった。
最も、明乃も海に落ちたので格好はタオルを身体に巻いて裸身を隠しただけの何とも形容しがたい物だったが。今が入学式直前で、廊下に人の往来がないことは不幸中の幸いだったか。
「………………………なんだ」
両手を背中に回した明乃がシャワー室の中に入ってくる。
ましろは疑問に思う。乾かした制服はどうしたのだろうか。まさか、ランドリールームに忘れたということもなかろうが……。
そんなましろを見ながら、消え入りそうな声で明乃は言う。
「実は、乾燥機に空きがなくて、入学式までに服が乾きそうになくて……」
「はぁ!?」
ガクリ、とましろは
「ついてない、……せっかくの入学式なのに、欠席するしかないのか…………」
体操服も私服も全てバッグの中にしまっていたため、乾燥機が空いていないとなればましろが着れる服はない。まさか入学式に水着で参加するわけにもいかないだろう。
とことんまでついてない。
晴れ舞台に上がることもできないとは、もはや
「それでね、えっと……」
だが、捨てる神あれば拾う神あり。
いや、それにしては作為的過ぎるか。
「も、もしよかったらっ、この制服を代わりに着たらどうかなって!!!」
「……?」
そう言って、明乃は後ろ手に隠していた新品の制服をましろの前に差し出した。
少なからず、罪悪感を持っている表情。
「さっき購買で買ってきたんだ!ただ、1着しかなかったから……」
「その格好で購買に行ったのか!?お前正気か!?」
「うん。まぁ、恥ずかしかったけどしょうがないし……」
「っ、……お前はどうするんだ?」
「えっと、…………わ、私は大丈夫だよ!それよりもう入学式始まっちゃうし早く着替えて行ったらどうかな!?」
「………………………」
シャワー室の中で裸にタオルを巻いただけの明乃とましろが向かい合っている。
ましろは思う。大丈夫?そんなわけがない。無事な制服が一着しかないのであれば、入学式に出れるのは1人だけだ。そしてその1人選ばれるべきなのはきっとましろではない。
ましろではなく、もっと、優しい人が出るべきだ。
そう、卑屈に思う。
「その制服はお前が買った物だろう。だったら、お前が着るのが筋だ。……入学式に出れないのは残念だが、仕方ない。私は乾燥機が空くのを待って」
「ダメだよ!!!」
諦めたように
ダメだ。それはダメだ。行かせるわけにはいかない。そんな結末は許さない。
「そんなのダメだよ……。あなたは私のせいで海に落ちちゃったんだから!大丈夫、私は私で何とかするから!」
「何とかなるわけないだろう!……海に落ちたのは別にお前だけのせいじゃない。私の不注意が原因でもある。だから、その制服はお前が着ていけ」
「ダメ、絶対ダメ!入学式にはあなたが出るべき!!!私は大丈夫だから!!!入学式に出られなくても、後で資料とかはもらえるだろうし……」
「それでいいわけがないだろう!高校の入学式は一生に1度しかないんだぞ!?それを体験できなくていいのか!?」
「それならあなたもそうでしょ!それに、私が1人で海に落ちていれば制服は足りたはずなんだし!あなたは本当は入学式に出られてるはずなんだから、そう、だから、この制服はもともとあなたの物みたいなものだよ!」
「意味の分からない理屈を立てるな!とにかく、その制服はお前が着ていけ!私は入学式に出れなくても問題ない!それに、この程度の不幸、慣れてるからな」
「不幸……?」
「ついてないのは、いつものことなんだ。だからその制服はお前が、……て、どうした!?」
「ぇ?」
ましろは驚愕した。あまりにも急だったからだ。
明乃は、半笑いで涙を流していた。
「あ、あれ……?ごめん、何でもないの……!何でもないからっ!」
「っ、まさかどこか痛めてるのか!?どうして言わなかったんだ!!!今すぐ医務室に……」
「ちがっ、違う……!これはあなたが、……あなたがこの制服を受け取ってくれないから……!!!」
「…………そんなことで?」
拭っても拭っても涙が止まらないようだった。
それだけ責任を感じているのか。
それほどまでに罪悪を感じているのか。
滝のように
「だ、だって……っ、だってぇ……」
「っ、もういい!分かったから!!!」
奪う様に明乃から新品の制服を受け取る。
そしてティッシュペーパーを何枚か引き抜いて、明乃の涙を拭ってやる。
「はぁ……、もう、そんなに泣かなくてもいいだろう……。分かった。この制服はありがたくもらっていく。そして代金は後で払う」
「ひぐっ、……別にお金なんて」
「払わないと私が我慢できないんだ。頼むから受け取ってくれ」
「……うんっ、分かったよ。ほんとっ、ごめんね。ぁ、ぇと」
明乃の口が止まる。
そういえばまだ自己紹介をしていなかったな、とましろは思った。
「ましろだ。宗谷ましろ」
「じゃあシロちゃんだね!私、岬明乃!ミケって呼んで!」
「シ、シロちゃん???」
「私は外に出てるから、ちゃんと着替えて入学式に行ってね!」
そう言って、ルンルンという効果音が付きそうな足取りで明乃はシャワー室を去っていった。ランドリールームに向かったのだろう。
渡された制服を見ながら、ましろは呟く。
「……たまには、ついてることもあるんだな」
否である。
ましろは根本的に不幸な人間だ。ましろに幸運が訪れることはない。
故に、だ。
ましろの知る由もないことだが、購買に制服が1着だけあったなんてのは明乃の吐いた嘘である。そして、空いている乾燥機がないというのも嘘である。そもそも、入学式当日の朝に乾燥機の空きがないだなんてそんな馬鹿げたことあるわけがない。
そんな偶然は起こりえない。
大抵の場合、偶然というのは何らかの悪意によって生じる物なのだ。
だから、この制服は
予定通りで計画通り。
全部全て何もかも明乃の想定通り。
その作意にまだ、ましろは気付いていなかった。
そしてこれからもきっと、気づくことはないのだろう。
今話のサブタイトル元ネタ解説!
ポルトガルのことわざ。日本語にすると『
ちなみに他のサブタイトル候補には『宴戯』がありましたが、まだましろはその領域に至ってないので却下しました。
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歓喜!
感動!!!
小躍!!!!!
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