私達の前にそっとティーカップが置かれる。漂う紅茶の香りは場の混乱を少しだが和らげる事が出来るかも知れないと思い、セバスに紅茶を用意して貰った。全員に行き渡るのを確認してはティーカップに口を付ける。うん、私が淹れるより美味しい
「美味しい…」
どうやら彼女達にも好評の様だ。紅茶を飲んで落ち着いて来たので改めて自己紹介をする為に口を開く
「落ち着いたかな?…君が言ったように私はアセルス。確かに妖魔の君と呼ばれてるよ。そして、彼等は執事のセバス・チャンとソリュシャン。ゲンの事は知ってるよね?」
「はい、ゲンに呼ばれて私達も来たので。私達は冒険者チーム 蒼の薔薇です。私はリーダーのラキュース」
「ガガーランだ」
「ティア」
「ティナ」
「今はイビルアイと名乗ってます」
ラキュースから順番に大柄な女性、ガガーラン。服装からしてアサシンのティナとティア、写し絵の様にそっくりだから双子なのかな?…そして、こっちの妖魔の君を知っているイビルアイ…『今は』と言う事は昔は別の名を名乗っていたのかな?
「申し訳ありません。普段は冷静なのですけど…今は様子が少し…」
「気にしてないよ。私も驚いたしね…少し待ってて」
執事服で居る必要もないし…と思い。席を立っては奥の部屋と向かう。最近は良く来ている深紅のドレスに着替えて戻ると、蒼の薔薇メンバーはイビルアイ以外が驚いていた。ソリュシャンが少し残念そうな顔をして居たのが気になるけど
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「それで、色々と聞きたいのだけど。私の事を知っているの?」
私の前にドレスを着たアセルス様が座り、優しく問い掛けて来る。感動の余り泣き出しそうになるのを堪えて静かに頷く。恐らくあの時言っていた様に今のアセルス様には記憶が無いのだろう
「そう…良ければ、どんな風に知り合ったのか。どんな関係だったのか…教えて貰えるかい?」
「はい…」
こくりと頷いてはそっと、仮面を取り。アセルス様を見つめる、震える唇をゆっくりと動かしながら私が十三英雄と共闘して居た頃の事を語る
「六大神と八欲王の戦いの話は知っていますか…?」
「えぇ、ちょっとした知り合いから聞いているわ。詳しくはないけど、ね?」
「あの話の最後っつったら…」
私の言葉にアセルス様は静かに頷きラキュースの隣に座るガガーランが渋い顔をしながら唸る
「大丈夫、気にしていないから」
そう言って笑みを零すアセルス様に私達、蒼の薔薇のメンバーは申し訳なさそうに眉を下げていた
「…あの伝承には人間に裏切られ殺害された妖魔の君は魔神として転生し、八欲王に加担する人間と八欲王を異形種の群れを率いて滅ぼした…しかし、魔神となってしまった妖魔の君はこの世界に災いを振りまく存在に成ってしまった。その魔神達を倒す為に十三英雄が立ち上り、最後に戦った魔神は妖魔の君と書かれています。恐らく世に広まっているのもその伝承が一般的でしょう」
アセルス様達とラキュース達は小さく頷く。転生を果たした妖魔の君は本来の姿では無く魔神化した姿だったと…八欲王を討ち果たすも魔神になってしまった結果、世界に散らばるスルシャーナの魔神に成り果てた従属神を討伐する部隊、十三英雄と戦った…そして最後は自ら命を絶ち長い戦いに幕を引いた
「あの話は最後に妖魔の君と戦ったと書いてありますが、戦いを挑んだ事が最後であり。魔神の中で一番最初に接触したのは…妖魔の君なのです」
十三英雄達は魔神を討伐する為に集まった種族混合の英雄達。その者達が最初の魔神に戦いを挑む前夜。突如として現れたのは妖魔の君だった。魔神化した精神を自身の魔法で抑え、魔神達の討伐を目指す彼らに協力し全ての魔神へと導いた。魔神に堕ち、八欲王を討ち滅ぼした後も彼女は友の子供達を見放す事はしなかった。妖魔の君と過ごす内に彼らは彼女の優しさに触れ、凛々しさに触れ、心の強さに惹かれた。最初こそ倒すべき魔神が間近にいる事に恐怖する者もいたが、やがて彼らは魔神を討伐して行く旅と同時に妖魔の君を元に戻す術を模索した、だが。それを見つけるには時間が無かった。妖魔の君と言えど、魔神化の破壊衝動を抑えられなくなったのだ
「…後は、伝承の通りです。自分の手で私達を傷付ける前に自身に施した魔法で命を絶ったのです」
そう語る内に無意識に俯き震えてしまう
『ありがとう、キーノ。でも、ダメなんだ…私は魔神になってしまった、彼の子供達が還った様に私も還らないといけない…そうじゃないとこの世界に災いを残す事になる』
彼女の最後の笑顔を紅い光となり消えて行くあの時の光景を今でも鮮明に思い出す。膝の上に置いた手に力が入り膝に食い込んで行く
「そう…十三英雄と妖魔の君にも深い繋がりがあったのね」
「はい…」
静かに頷けば『そっか…』と、アセルス様は呟き私を見つめる。ゆっくりとアセルス様は立ち上がり申し訳なさそうに眉を下げ
「…ごめんなさい、私にはその記憶が無い…だけど。…ただいま、そして、初めまして。ありがと、イビルアイ」
「…っ!」
そう言いながらフード越しに優しく撫でられては思わず肩を跳ねさせながら慌ててしまう。思えばアセルス様と出会った時もこんな感じに撫でられた気がする
「イビルアイに春が来た。きっとマグロ」
「イビルアイ、私も交ぜて。反撃は出来る、と思う」
「お前ら少し雰囲気を考えろ…」
「…私とガガーランにも春は来るわよね?」
「…お前も落ち着けって」
様々反応を見せる周りを少しは気にして欲しい…!と思いながら見つめれば少し後悔した。優しい笑顔に心臓が跳ねて変な声が出てしまい、其処にティアとティナの追撃が入る
「…二階に行くか」
肩を竦めてさっさと立ち去るゲン、その脇には暴れまくるソリュシャンさんが抱えられており首に見えない手刀が入ると大人しくなっていた。気が付けばセバスさんも奥の部屋へと消えてしまう。待て!止めてくれないのか!?せ、セバスさん!?
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「そう、八本指の構成は理解したわ」
再び落ち着きを戻した部屋で八本指についての情報を交換して行く。蒼の薔薇は此処に来る前に麻薬を栽培する畑を燃やして来たばかりだとか。そして、セバスやゲン、ソリュシャンの調査によって八本指とは八個の部門から成り立つ犯罪組織。その組織の根は深く、今や国王よりも八本指と仲良くした方が権力が持てると言うぐらいに彼らの影響力は強い
「どのようになされますか?」
セバスの言葉にくすりと微笑む、首にぶら下がる鋼色のプレートを触り
「蒼の薔薇が介入出来るなら、ミスリル級の私でも介入が出来るでしょ?…死人は出さないで全員捕まえるわ。特にこの幹部八人は確実にね。けど、まずは…私達に直接ケンカを売って来たのは…ここね。一番気に入らないし、潰してしまいましょう」
そう言って、アンペティフ・コッコドールと書かれた顔絵を取り。テーブルの中央に置く
「やり方は簡単だよ、奴隷館に夜襲を掛けてその場にいるクズ共全員に魔法を掛ける。裁判にて罪に正当な罰が下るまで己の罪を言い続ける様にね」
「そ、そんな魔法が?」
「あるよ、スクロールは使える?」
そう言って、同じスクロールを何百個とアイテムボックスから取り出しテーブルに置く。『支配の瞳』これは私のオリジナル魔法、凝視系スキルを組み合わせて作った魔法に広範囲化を掛けスクロールにした物だ
「は、はい!…す、凄い…」
ラキュースが目を輝かせながらスクロールを持ち喜んでいるのを見て首を傾げる、珍しいスクロールだからかな…?
メモ帳を取り出して何かを書いて居るのを見ているとイビルアイが「すいません、アセルス様」と非常に呆れた雰囲気をラキュースに漂わせながら頭を下げていた
クーン編でデュラハンを五体作るのはやり過ぎました(遠い目)
ちょっと、だけ伝承のお話と八本指に崩壊迫る
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