とある魔術の野比のび太 作:霧雨
◇9月9日 深夜 アルークシティ中央部
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ。大丈夫ですか?エマさん」
「はぁ・・・はぁ・・・ええ、大丈夫よ。いったい何が起きたの?」
「さあ・・・」
のび太はエマに向かってそう返しながら、先程まで自分達が居て、現在は盛大に炎上したアルークシティ西部の街並みを見た。
(どう考えても魔術師の仕業だけど、まさか、街の一区画を丸ごと焼き払うなんて・・・)
のび太はそう思うが、これが故意なのか、それとも事故なのかは咄嗟には分からなかった。
エマのような事例も有ったからだ。
この時点で原因を判断するには、あまりにも判断材料が足りなさすぎた。
だが──
「ん?あれは・・・」
のび太は燃えているアルークシティ西部のある場所を見る。
そこには複数の魔術師が居た。
(なんだ?僕を脅威に思って複数の魔術師がチームを組んだのか?)
のび太はそう思うが、それにしてはやけに統率が取れている。
それはとても付け焼き刃の連携でなんとか出来るものだとも思えないものだった。
それに西部の区画を丸ごと焼き払う意味も分からない。
確かに揺さぶりを掛けるという意味では有効かもしれないが、流石にあまりにも行動が大胆すぎるし、そこまでの行動をさせるような事を自分はしただろうか?
のび太はそうも思ったので、結局、結論は出なかった。
「・・・どうするの?」
「そうですね」
のび太は一瞬だけ戦うかどうか迷ったが、すぐにその思考を却下する。
相手が何人居るかどうかも正確には分からないし、分かったとしても戦うにはエマをここに置き去りにすることになる。
その間に別の魔術師に殺されました、などという事になれば、のび太はその判断を後悔することになるだろう。
「・・・撤退しましょう。っと言いたいところなんですけど・・・」
のび太は別のところに避難することも考えたが、安易に行動に移すことも出来なかった。
何故なら、これだけ大胆な行動を取る相手だけに、次に逃げた先でも同じような事をするのではないかという疑念を持っていたからだ。
そうなると──
「ここで待機した方が良いかもしれませんね」
──ここで敵とにらめっこする道しか存在しなかった。
◇9月10日 早朝 アルークシティ中央部
「イギリス清教?」
『そうだ。有力な魔術結社の1つでね。魔術サイドでは数少ない学園都市に協力的な組織だ』
あれから一晩明け、結局、あれから新たな襲撃は無かったが、街の西側を占拠した魔術師達と一晩中にらみ合いをすることになり、のび太は少し眠たげとなっていた。
そんな中、アレイスターの方から電話が掛かってきて、昨夜襲ってきた魔術師集団の大まかな情報を説明してきた。
「そのイギリス清教がなんでこちらを襲うんですか?」
『向こうは不幸な行き違いが有ったと言っている』
何処が不幸な行き違いだ。
のび太は内心でそう思いながら舌打ちする。
向こうは自分達が居る場所にも関わらず、一切の警告をしてこなかった。
ということは、明らかにこちらの存在を一切考慮していなかったとしか考えられない。
いや、それどころか、故意的にこちらを攻撃した素振りさえある。
それを考えれば、学園都市の味方だというアレイスターの言葉は、話し半分として受け取った方が懸命だろう。
「それで、その“不幸な行き違い”をしたイギリス清教とやらに、僕はどのように対応すれば良いんですか?」
のび太は話の本題に入る。
こうして、わざわざ電話をしてきた以上、のび太がイギリス清教に対して何らかの待機し対応を行うことを期待していると見た方が良いだろう。
もしかしたら、イギリス清教の魔術師を警告の意味合いを込めて痛め付ける、最悪は殺せと言われるかもしれなかったが、昨日のお返しをするという意味でも、そう言われる事は万々歳だった。
『なるべく、イギリス清教の人間とは戦わないように』
だが、アレイスターから返ってきた返事は、それとは全く真逆のものだった。
「はぁ!なに言っているんですか!?イギリス清教の連中はすぐそこに居座っているんですよ!?」
そう、のび太の言う通り、イギリス清教は未だに焼け野原となったアルークシティの西部を占拠しており、何時のび太の居る中央部に侵入してくるか分からない状態だった。
おまけに聖杯戦争に思いっきり介入してきている以上、無視するなど論外な話だ。
そんな状況で“なるべく戦うな”など、無理難題にも程がある。
のび太はそう思ったが、残念ながらアレイスターの意見は違うようだった。
『そうだろうが、今のところ学園都市は私は彼らとの戦いを望んでいないんでね』
それはアレイスターの本心だった。
最終的に彼はイギリス清教とも袂を別つつもりではあったが、それは今ではないのだ。
今は先日敵対したローマ正教対策が第一であると、アレイスターは割り切っていた。
「・・・分かりました。ですが、向こうが手を出してきたら反撃はします。あと殺傷も控えますが、怪我くらいは負わせますよ?それでも構いませんか?」
それはのび太の最大限の譲歩だった。
むしろ、これすらダメと言われたらどうしようかとも思ったが、幸い、アレイスターはそこまで制限するつもりはなかった。
『結構だ。存分にやってくれたまえ』
アレイスターはその言葉を最後に電話を切った。
のび太は電話を元の位置に戻しつつ、事の詳細をエマに伝えるため、エマのところへと戻っていった。
◇9月11日 昼 アルークシティ中央部
「・・・昨日はああ言ったけど、本当にこれで達成できるかな?」
のび太は建物の屋上から
昨日の晩、西部に続き、南部が襲撃され焼け野原となった。
やったのは同じイギリス清教だろう。
何故なら、燃え上がる炎が一昨日の晩のものと全く同じだったのだから。
幸い、のび太達はここから動かなかったので巻き込まれずに済んだのだが、これでイギリス清教がのび太の事を全く考慮していないことが確定された。
「・・・エマさん、あの炎の魔術の他に、何か魔術を使えますか?」
のび太はエマにそう尋ねる。
のび太はこの聖杯戦争が既に終盤戦を迎えていることを、直感的に悟っていた。
となれば、エマに構っている余裕はない。
魔術が使えるならば、それで自分の身をなるべく守って欲しかったのだ。
とはいえ、あまり期待はしていなかった問いだったのだが──
「・・・ええ。一応、同じ炎系の魔術ならあれより弱いものが幾つか使えるわ」
実はエマは魔物の炎の他にも、同じ炎系の魔術は幾つか使えるのだ。
ただし、その中でも一番強力だったのが魔物の炎であったことから、その魔術は全くと言っても良いほど使っていなかったのだが。
「では、その中で安全そうなものを選んで急いで練習してください」
「え、ええ。でも、どうして突然そんなことを?」
「僕の予想ですけど、多分、聖杯戦争は終盤戦に入っています。これから壮烈な戦いになるでしょうから、今のうちに自分の身を守れるようにした方が良いです」
「わ、分かったわ。すぐに練習する」
「よろしくお願いします」
エマは少々戸惑った様子だったが、最終的には了承してくれた。
のび太はそんなエマを見ながら、視線をイギリス清教が占拠している西と南に向け、こう呟く。
「今日か、明日の夜辺りかな?決着が着くのは」
理由は分からないが、のび太はそう確信していた。
そして、この夜、東側がイギリス清教の集団によって破壊され、アルークシティの西南東の3つの区画が完全に占拠されることとなった。
聖杯戦争はいよいよ終盤戦を迎えていた。