Xenoblade2 The Ancient Remnant 作:蛮鬼
――軌道タワー『ラダマンティス』・直下居住区。
後に『モルス』と呼ばれる旧人類の残滓たる廃都を、原初の炎が駆け巡った。
その灼熱は破壊による蹂躙を目的としたものではなく、廃都の影、そこに住まう旧人類の成れの果てたちを灼くべく放たれたものだ。
弔いの灯火――旧世界の起源。クラウスたち旧人類の始祖たる
多くの
その時には既に炎は収まり、巨鎧の王の鋼躯からも赤熱は失われていた。
誰も居なくなった鋼の大地を見据え、巨王は思う。
此度現れた者たちが、成れ果ての全てではないということを。
きっとこの廃都の影で、未だ多くのヒトたちが潜み、言葉にならぬ苦悶に苛まれているのだろう。
だが、その全てを見つけ、弔うのは今ではない。
お前の行為は自己満足だと、同じ不死人が此処に居ればそう言ってくるやもしれない。
ああ、そうだ。これは単なる我が儘。古き人類の成れ果てた今の姿を許容できなかった、己の愚かさ故の行いだ。
それでも、彼らを見捨てることなどできる筈も無く、それと同じくらいに、新たなる世界の創世も大切なことなのだ。
『……』
剣をソウルに収め、完全にその身から灼熱が失われて間もなく、微小な高揚感と共に『何か』が己の内に取り込まれていく感覚を味わう。
懐かしいそれは、
久しく感じていなかった感覚に酔いつつも、取り込まれた魂の微小さに彼は小さな驚愕を示した。
異形と成り果てた結果か、はたまた長き時の彷徨の末のものか。
極限にまですり減った魂は、それこそ『火の時代』に生きる最も小さな生命たちにさえ劣るもので、彼らが如何なる存在へと堕ちたのかを否が応にも突きつけて来た。
――すまない。いつか必ず、貴公らも……。
まだ見えぬ成れ果てたちにそう告げて、スタクティはタワーに戻るべく元来た道を戻ろうとする。
その時不意に、微小な魂の乱れを彼は感じ取った。
眠りについて幾億ぶりの魂の吸収によるものか、先程よりも明らかに魂の探知が冴えている。
乱れの元はこの真上――雲海にあった。
此度はタワーから
並外れた『王たちの化身』の鎧躯の頑強さがあっての強行潜行だが、落ちるならまだしも、飛び上がるには些か高すぎる。
(ビルに昇って高さを稼ぐか……いや、待て――)
『飛ぶ』――その思考を巡らせた瞬間、何かを思い出したように彼は己のソウルに手を挿し入れ、そこに収納された膨大な量の武具道具の中から、
鈍く輝くそれはソウル。最後の使命の旅の末、辿り着いた竜の秘境の深奥にて刃を交え、討ち倒した
時が繰り返される『火の時代』では、その性質上同じ敵と再び殺し合う機会には嫌というほど恵まれた。
ならば敵を討ち倒し、その際に得る戦利品も増えるのは必然で、彼はこれまでに得た多くのソウルを、様々な形で己の力と変えて来た。
武具、魔術、奇跡、呪術――今握る竜狩りの戦神のソウルも、雷迸る剣槍や嵐を御する曲剣などに変え、多くの修羅場を共にしてきた。
だが、ソウルを武具や術技に変えたことはあっても、そのソウルそのものを取り込んだことはただの1度もなかった。
それは得られるであろうソウル量よりも、武具や術技に変えて用いた方が良いと判断してのものだったが、今の彼は、ソウルの吸収――否、『ソウルの継承』の本当の意味を知っている。
遥か神代の頃、戦場に生きた神族の戦士たちは、友が道半ばで倒れた時、そのソウルを継承し、友の力を得たという。
それはかつてのアノール・ロンドの守護者である
あくまで可能性の話でしかない。だが、もしもあの継承を己も行うことができるのなら……。
『――ムン……ッ!』
掌中のソウルを力強く握り締める。
ソウルを得る時のような砕き散らすようではなく、己の内に溶け込ませるよう握り、閉じ込める。
鈍い輝きを放つそれは、やがて静謐の内に巨鎧の内へと溶け、血のように鎧躯の隅々にまで駆け巡り、浸透していった。
そして直後――豪風がスタクティの周囲に巻き起こった。
『おおォ……ッ!?』
突然の出来事に狼狽え、あたふたと巨体が揺れる。
豪風に吹かれ、浮遊する鎧の巨人が余裕を失くして狼狽える様子は何とも間抜けに見えるが、元々周囲に人がいないため、目撃者がいなかったことは幸いだった。
暫くして、ようやく風の乗り方のコツを掴んで来たのか、鎧躯のバランスが戻り、直立とまではいかずともスタクティは姿勢を整えることに成功した。
風に乗る、というのは奇妙な感覚だ。何かを踏みしめているというのは分かるのだが、如何せん踏み締めた際の硬軟が一定ではなく、力みすぎればすぐに落ちてしまいそうになる。
程よく力を抜き、風に足を任せる形でやってみると不思議と姿勢も安定し、余裕を欠いて狭まった視界も広まったように思えた。
(行けるか……?)
暗緑色の空を見上げる。敷き詰められた雲海を捉えると、両足を軽く力ませる。
すると足元の豪風が渦巻き、圧縮されて、バネの如く重なり――そして
巨大な砲弾さながらに飛んだスタクティの巨躯は雲海を貫き、地上目がけて突き進んでいく。
雲海内の水を鎧と化した豪風で撥ね除けながら、ひたすらに海面を目指し、飛んでいく。
そして――!
『――!』
雲海を突き破り、鎧の巨人は遂に地上へと至った。
そして彼は見た。青々とした空の下に広がる、果てなき白の大海原を。
『――これが……!』
これが、今の地上。これが、今の地球の姿か――!
先程までいた廃都とは異なり、そこには溢れんばかりの光があった。
雲の大海に浮かぶのは、おそらく超大型の
新人類の住まう大地と機能する巨神獣は、遠目でも見てその規格外の巨大さを窺うことができた。
あれ程の巨体、きっと過去のあらゆる生物すら及ばないだろう。
そんな感想を抱き、周囲を見回していると、彼の双眸が雲海の内に何かを捉えた。
雲の海の中に見えるのは、魚でもなければ怪物でもない――“人”だ。
それもまだ子供。近くには裏返った小舟が見えることから、恐らくあの舟を漕いでここまで来たのだろう。
そうと分かると、彼の行動は早かった。
豪風を再び纏い、下に見える少年の下へと一直線に落ちていく。
伸ばされる小さな手を目印に飛来した彼は、そのまま巨腕を伸ばして雲海から掬い上げるように少年を拾うと、そのまま巨神獣へ向けて飛んで行った。
「――げほっ、かほっ……!」
到着した巨神獣の背。そこに茂る草原に降り立つと、同じタイミングで少年が咳き込み、呑みこんだ海水を吐き出した。
一頻り吐くと、少年は閉じていた目を薄らと開く。
まつ毛に残る海水が目に沁みて、再び閉じそうになるとも堪え、その双眸を開き切ると――そこには、
『平気かね? 溺れかけていたのだが……』
「ぁ――うわぁああああああああああっ!?」
間近で見た髑髏兜は、少年に対して恐怖を与えるには充分過ぎるほどに強烈だった。
悲鳴を上げ、その拍子に少年の体躯は巨人の腕から抜け落ちて、草原へと吸い込まれていった。
「いっつぅ……!?」
背中に生じた痛みに苦悶を漏らしながら上半身を起き上らせると、すぐ前に、またあの髑髏の鋼貌があった。
悍ましい意匠を施された異形の兜。
その内に秘された顔を見ることはできず、故に何を考えているのかも読み取れない。
だが目の前に差し出された鋼の手だけは、紛れもない現実だった。
『すまなんだ。思えばこの異形だ……怖がられるのも無理はない』
立てるかね――?
そう問い掛け、変わらず手を差し伸べてくる姿には、未だ恐ろしさを感じて止まない。
だが、何故だろうか。
鎧纏う異形の巨人、あるいは巨大なる髑髏の鎧。
怪物然とした姿を持つ巨人に対し、少年は不思議と安堵にも似た気持ちを抱いていた。
まるで暗闇の中で密かに灯る――篝火にも似た温かみが、その鎧躯の深奥に感じられたのだ。
『――少年、名は何という?』
「……ビ、ビルマ……」
『ビルマ……そうか』
告げられた名を反芻し、
この地に降り立ち、初めて直に見えた新人類の子。新たなる人の形。
その誕生を実感し、巨人は独り、歓喜を噛み締めていた――。
『……ビルマよ。叶うならば――君の父母や
後にこれが、新人類と双神の片割れ『炎の巨王』の初の邂逅となり。
神の存在の伝播。文明の発達、その一助となったという――。
――そして、神と人類の邂逅から数千年の後。
神の御座す地――“世界樹”と称されるようになった軌道タワー『ラダマンティス』にて。
2つのコアクリスタル――『プネウマ』と『ロゴス』が、
【独自設定】
『ソウル継承』
討ち倒した敵、あるいは入手・譲渡された他存在のソウルを取り込み、その持ち主に由来する強化・特殊能力を得る技術。
無印ダークソウルにおけるオーンスタインとスモウ、3の無名の王と嵐の竜の間で行われた神代の習わし。
これによりスタクティは今回より、『無名の王』のソウルを取り込み、嵐の竜が保有していた風を操る力を得た。
創世編も長くなってきたので最後は飛ばしましたが、次回からは黄金の国イーラ編に入ります。