Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 前話に続き、今回もまさかの一万字超え……こんなに長くなるとは思わなかった。
 今回は予告通りヒカリとの会話がメインです。
 それではどうぞ。


7.黄金の聖杯 ―ヒカリ―

 ――その日、少女(ヒカリ)は1つの疑問を抱えていた。

 

 時が過ぎるのは早いもので、いよいよメツの予告した日は明日となった。

 日も暮れ始め、人々もそれぞれの帰路に就いている。

 普段と変わらぬ光景。ありふれた日常の姿。

 明日全てが決するとは思えない王都の在り様は、人から見れば呑気に過ぎると言われるかもしれないが、ある意味これこそ、人の望んだ平穏の形なのかもしれない。

 

 しかし、だからと言ってヒカリの疑問が晴れるわけではない。

 昨日の一件以来、彼女はあの奇妙な懐かしさを忘れられずにいた。

 憑りついたと言っても過言ではない程の奇妙な懐古。

 覚えのない、けれど確かに()()()という認識が己の中にあり、記憶と認識の違いから矛盾の螺旋に彼女は呑まれている。

 

 晴れぬ疑問と暇を潰すべく、宿屋の広間(ロビー)にいた仲間のブレイド『シン』と話をしたものの、やはり暇こそ潰せど疑問は晴れない。

 

 

(何で私が懐かしさ(こんなの)に振り回されなくちゃならないのよ……!?)

 

 

 胸の奥を占める不快感(もやもや)が募り、彼女を一層振り回す。

 その思いを晴らすように部屋のベッドの上で転がりながら、天上を見上げてヒカリは思う。

 昨日、アデルに言われたあの言葉。

 過去に自分(わたし)(ファーナム)と出会い、この髪を撫でて貰ったことがあるのか――と。

 無論、そんな可能性は皆無だ。破壊をばら撒く己の片割れ、メツを止めるためにヒカリは目覚めさせられ、アデルと同調して今の姿を得た。

 ブレイドは基本、最初の同調で姿形が決まる。

 以降コアクリスタルに戻り、再度別の誰か同調したとしても、その姿は最初に同調した時と同じものになり、変わることはない。

 

 だからあり得ないのだ。過去にファーナム(スタクティ)と会っていたことなど――なのに。

 

 

(直接聞けば、何か分かるのかしら……)

 

 

 ファーナム(スタクティ)は確か同じ宿に泊まっていた筈だ。

 日は暮れこそしたが、まだ夜と呼ぶには些か早い。

 明日の決戦のためにも、抱えているものは少しでも減らしておいた方がいい。

 

 

(そうよ。これは明日の決戦のため。メツを確実に倒すために必要な心の整理よ)

 

 

 そう自分に言い聞かせて、思い立ったら即行動とばかりにヒカリは早速行動に移った。

 部屋を出て通路を進むと、程なくしてファーナム(スタクティ)の取った部屋へと辿り着き、その扉を手の甲で軽く叩く(ノック)

 

 コンコン、コンコン――コンコン。

 何度叩いても部屋から出てくる気配はなく、扉を開けようにも鍵がかかっているのか固く閉ざされている。

 

 

「受付に聞けば分かるかしら……?」

 

 

 呟きを漏らし、部屋の前から立ち去ると彼女は次に宿屋の受付へと向かう。

 担当の従業員(スタッフ)に聞いてみると、彼は少し前に宿屋を出たそうだ。

 大方王都の中を散策しているのではないか、というのが従業員の考えだったが、ヒカリにとって重要なのはそこではない。

 宿屋に居ないのなら、外に出て探すまで。幸い、彼の服装は特徴的だ。

 あの鎧姿で出回っているのなら、そう時間もかからずに見つかるだろう。

 

 

「待ってなさい。必ず見つけ出してあげるから……!」

 

 

 見つけだし、話をして、この妙な懐かしさと不快感(もやもや)を解消する。

 その思いを胸に抱いて、ヒカリは独り、夜の王都へと出て行った――。

 

 

 

 

 

 

 ヒカリが探索を始めて暫くの後。

 スタクティ(ファーナム)の姿は、王都正門の抜けた先――プラヌス橋にあった。

 いよいよ決戦を明日に控えた今日。

 この日、スタクティ(ファーナム)は丸一日を使って王都内を見て回り、そこに住まう人々の姿を観察していた。

 明日が全てを決する戦いの日だというのに、人々の様子は穏やかそのもので、それこそ呑気とさえ取れる程だった。

 

 だが、彼が興味を抱いたのはそこではない。

 この国イーラでは、人とブレイドが()()している。

 ブレイドを人の生活の補助存在としてではなく、同じ存在、親しき隣人として扱い、日々を共に過ごしている。

 人類のさらなる進化、良き繁栄のために創造したブレイドたちが、人間と同じように生き、暮らす姿を見てスタクティ(ファーナム)は最初こそ己が目を疑ったが、彼らの日々を過ごす姿を見ていく内に、1つの得心へ至った。

 

 “この国は、人もブレイドも等しく同じなのだ”

 

 人ならざるものを迫害せず、共に同じ者として扱い、共存している。

 スタクティ(ファーナム)の生きた『火の時代』にはあり得なかった光景が、そこには確かにあったのだ。

 

 

(ブレイドもまた、1つの生命……人類発展のための補助装置としてではなく、共に明日を歩む隣人と扱うのか……)

 

 

 それは創造主の片割れたる『炎の巨王』(スタクティ)でさえ考え付かなかった在り方。

 新人類発展のため、多くを費やし、創造して来た“神”と呼ばれる男たちは、だが『新人類のため』という一点に集中し過ぎたため、ブレイドをいつの間にか『人類発展の補助装置』としてしか捉えなくなっていた。

 それは神の視点を得たが故の代償であり、かつての彼が最も忌諱した『神の傲慢』そのものだった。

 

 メツの打倒、そしてヒカリの姿を見るためだけにやって来た王都だったが、その光景を目にすることができたのは、彼にとって思わぬ収穫だった。

 そして同時に思う。何者かによって持ち去られ、それぞれの理由でブレイド化し、人の身を得たメツとヒカリのことを。

 人類発展のため、全てのブレイドを統制する役割を持つものの、かつてとは異なり、今の2人は確かな意思持つ人間(ブレイド)であることを。

 

 

「本来あるべき在り方……それは一体、何なのだろうか……」

 

「――居たぁッ!!

 

「……?」

 

 

 甲高くもけたたましい声が響き、巡らせていた思考を頭の片隅に置いて後、スタクティ(ファーナム)は声の発せられた方角を見て、そして驚愕した。

 彼の視線の先、そこにいるのは金紗の如き金色の長髪を持つ白翠の美少女。

 絶世という言葉が相応しい人間離れした美しさを持つブレイドの少女、ヒカリはスタクティ(ファーナム)の姿を見つけや否や、速足で彼の下へやって来て、大きく開いた黄金の瞳で彼の顔を見つめた。

 

 

「全く……外に出たって聞いたから探して見たものの、商店街にも格納庫にも居なくて、探すのに苦労したわよ」

 

「貴公――いや、ヒカリ殿は、私を探しておられたのですか?」

 

「ヒカリでいいわよ。畏まった呼び名も、そのお固い言葉遣いも使わなくていいわ」

 

 

 腰に手を当て、ヒカリは僅かに疲労を滲ませた吐息を1つ吐く。

 彼女としては何気なくやっている動作の1つでしかないのだろうが、元々素材が極上のためか、些細な所作さえ絵になっている。

 

 

「それで、あなたここで何してたの?」

 

「いえ、特にヒカリ殿の気にされるようなことでは――」

 

「よ・び・か・た。あと言葉遣い」

 

「……ヒカリの気にするようなことではないよ。ただ、この王都の在り方を見て、少し考えさせられてね」

 

「ふぅん?」

 

 

 彼女の整った眉が僅かに動く。どうやら少しながら、今の話題は彼女の興味を引いたらしい。

 

 

「この国……イーラは素晴らしいものだな、と。人とブレイドが互いを良き隣人として認識し、共存を成り立たせている。

 各国にも似たような光景はあるものの、それでもこのイーラには到底及ばない」

 

「ドライバーでもないのに、そんなことを考えるものなのね。トレランティア人って」

 

「いや、ただ単に、私個人が周囲の皆と比べて変わっているだけだよ。

 トレランティア人は『炎の巨王』に対しては異常なまでに熱心だが、それ以外についてはあまり関心を持たないからね。

 ブレイドについても、神の賜わした人類繁栄の一助程度にしか考えていないしな」

 

「そう。……だから、人とブレイドの共存について考えていたあなたは“変わってる”、と」

 

「まあね。ただ……この王都の光景を見て、私の認識もまだまだ甘かったと痛感させられたよ。

 共存の形、その最たる例……こんな在り方もあったのだな、ってね」

 

 

 そう――この在り方こそ、真の形。

 奴隷として用いるわけでもなく、都合の良い道具として扱うわけでもない。

 同じ存在と見て、肩を並べ、明日を共に生きる隣人としての存在と認識する。

 長き時の末、人類が見出した真の平和への道筋。

 (スタクティ)でさえ意識し得なかった、かつて焦がれた『共に在るカタチ』。

 

 

(あるいは、それの成就こそ……我が友(クラウス)の積年の努力を結ばせ、贖罪と為す大業なのやもしれぬな)

 

 

 遥か彼方の『世界樹』を見据えながら、独り心内でスタクティ(ファーナム)はそう感じていた。

 

 

「……ところで、私に何か御用かな? 何やら大声で『居たぁッ!!』って叫んでいたみたいだが」

 

「あ……そうそう! こっちの用事があったんだわ」

 

 

 思い出したように手をポンッ! と軽く叩くと、ヒカリはスタクティ(ファーナム)の顔を見上げる。

 そして何かを問おうとするも、その途中で何を躊躇ってか、その口が閉ざされる。

 

 

「……? どうかしたのかね?」

 

ちょっと待って……このままストレートに質問したら、変な誤解されない?

 私たち、昔会ったことがある? って、遠回しに()()言ってるようなものじゃない……!

 

「……?」

 

 

 何やら1人でボソボソと呟いているようだが、昨日の髪撫での一件もあって、敢えて聞き取ることはしなかった。

 だが彼女の(ソウル)を“視る”限り、何か迷っているのか魂の起伏が激しい。

 

 

ああ~っ、もう……! ――ファーナム!」

 

「はっ、はい!」

 

 

 突然の大声に一瞬ビクリッ! と体を震わせた後、無駄に綺麗な直立と共に返答するスタクティ(ファーナム)

 一体何を問われるのかと、僅かながらに怯えつつ待機している彼に対し、ヒカリはほんの僅かに頬を赤らめながら、躊躇いがちに彼の顔を見上げて来た。

 

 

「その……わ――私たちって、前にどこかで、会ったこと……ある?」

 

「……? どういうことだ?」

 

「昨日会った際、あなた、私の髪を撫でて来たわよね?」

 

「ぁ……あれは、誠に……申し訳なかった」

 

「まあ、私もいきなりだったから驚いたけど、あなたが私を撫でた際……何だか、奇妙な懐かしさを覚えたの」

 

「懐かしい……?」

 

 

 繰り返すスタクティ(ファーナム)に、ヒカリもまた首を縦に振って肯定した。

 

 

「ずっと昔にも……同じように、()()に撫でて貰ったんじゃないかって。

 でも、()()()が生まれたのはアデルと同調した時。

 勿論、その前の、コアクリスタルだった頃の私に記憶なんてないし、ブレイド化した後でも、あなたと出会ったのは昨日が初めてだった」

 

「……矛盾しているな。君の言い分は」

 

「ええ、自分でもはっきり分かるくらいの矛盾だわ。……でも、だからこそ不思議に思うの。

 昨日初めて会ったばかりのあなたに、過去に触れられたことがある。

 記憶は全くない筈なのに、体が感触(それ)を覚えてる……」

 

 

 ――硬く、ほんの僅かに熱のこもった鉄の感触。

 

 ――優しく、愛おしげに、壊れ物でも扱うように小さな力でされた愛撫。

 

 ——記憶になくとも、心と体が覚えているその感情。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ――本当に、私と過去に会ったことはないの……?」

 

 

 

 

 

 

 再び紡がれる問いかけ。

 理解できない不可思議な懐古に、ヒカリはもう1度同じ問いをスタクティ(ファーナム)にかける。

 己の身に宿る奇妙な感情に戸惑うヒカリとは対称に、スタクティ(ファーナム)は彼女の抱く懐かしさの正体を理解した。

 

 あり得る筈がない。ヒカリの言う通り、コアクリスタル形態時に起きた出来事をブレイドは認知できない。

 灼熱に晒されようと、極寒の冷風に凍らされようと、コアクリスタル時の彼らに、外界に対する感覚はない筈だ。

 ない筈――なのに……

 

 

 ――覚えていたのか……()()()のことを。

 

 

 それは、今より数千年前のこと。

 人類進化の促進と、異常個体発生の抑制を兼ねて創造したブレイドを管理するべく、クラウスより紹介された2つのコアクリスタルと出会った日のこと。

 『トリニティ・プロセッサー』と呼ばれる旧人類の遺産。人工知性群。

 あの頃の『ヒカリ』(プネウマ)『メツ』(ロゴス)はまだコンピューターで、知性を持つとはいえ、人間のように誰かと出会い、それを記憶する機能は持たなかった。

 

 そんな頃の彼らが、これからの新世界(アルス)の未来へ繋がる大業に携わると知り、当時のスタクティ(ファーナム)は彼らを誇りに思った。

 共に人ならざる身とはいえ、大業に携わる彼らを愛おしく思い、親愛の証として1度だけ、その鋼の手で彼ら(コアクリスタル)を撫でたことがあった。

 

 それを『プネウマ』――ヒカリは覚えていてくれた。

 例え記憶に無くとも、その心と体で覚えていてくれたのだ。

 込みあげる歓喜の感情を抑え、柔らかな笑みを湛える程度に留めて――彼は答えを口にした。

 

 

「――いや、会ったことはないな。少なくとも、()()姿()()()と会ったことは1度もない」

 

「そう……やっぱり、私の勘違いだったのかしら……」

 

 

 唯一の手掛かりとも言うべき人物から否定され、端正な顔を曇らせ、僅かながらに俯くヒカリ。

 普段の強気な態度から考えられないその姿。

 “天の聖杯”と称され、絶大な力を与えられたとはいえ、こうして見ると外見相応の年頃の少女でしかない。

 そんな姿の彼女に何かを思い、籠手を嵌めた右手を伸ばし、その美麗なる長い金髪に――

 

 

 ――()()()

 

 

「ひゃぁ――ッ!?」

 

 

 意気消沈していたところをやられたからか、甲高くも可愛らしい悲鳴がヒカリの口より発せられる。

 

 

「ちょっと、また――」

 

「そう暗い顔をするな。確かに、己に覚えのない筈の何かがあるというのは奇妙だ。気になって答えを探すのも頷ける」

 

 

 事情は違えど、かつての旅の中でスタクティ(ファーナム)も似たような経験が数多あった。

 

 

「だが、それは無理に探るべきものではないのかもしれん。過去への出来事に対する郷愁は、きっと甘美で、手放し難いものなのかもしれないが、今の君はアデル王子のブレイドだ。それ以外の何者でもない」

 

 

 まあ、“天の聖杯”とか言う肩書きがおまけで付いているがね――と。

 そう付け加えて、スタクティ(ファーナム)は浮かべた笑みをヒカリに向け、続けた。

 

 

「それでもその懸念が消えぬというのなら……過去への郷愁に焦がれているというのなら、私ができることであれば何だってしよう」

 

「ぁ――」

 

 

 語りの最中でも、乗せた右手の動きが止まることはなく、優しく、静かに、痛まない程度の力具合で長い金髪に掌をすべらせていく。

 髪の1本1本に掌が触れていく度に、ヒカリの中で燻っていた不快感(もやもや)が晴れていき、代わりに心地良い快感が彼女の身体を巡っていく。

 そしてやはり思う。自分は確かに、ここではないどこかで、こうして触れて貰ったことがある――と。

 

 硬く、武骨で、大きな手――けれど確かな温もりと共に、自分に触れてくれたあの大きな手。

 

 それを思い出せないことは、やはりヒカリにとって残念でならなかった。

 

 

「――しかし、先程の君の言葉、聞く者によっては愛の告白にも聞こえたんじゃないか?」

 

「ん……――は?」

 

「『私たちって、前にどこかで、会ったことある?』、『私と過去に会ったはことない?』……だったか? 気障(キザ)な伊達男辺りならまだ分かるが、まさか見目麗しい少女、それも“天の聖杯”と称される娘に言われる日が来ようとはなぁ」

 

 

 その時には、既にスタクティ(ファーナム)からあの柔らかな笑みは消えていて、その代わりに悪戯に成功した子供のような笑みが浮かんでいた。

 

 

「いやはや、まさかこの歳で口説かれる日が来ようとは。長生きはしてみるものだなぁ」

 

「ちょっ……!? さっきのは無し、無しよ! すぐに忘れなさい!」

 

「忘れたくても忘れられないさ。何せ今日に至るまで、女性とはほぼ無縁の生活だったのでね」

 

 

 実際嘘は言っていない。『火の時代』の頃ならともかく、旧時代の終末から今日に至る創世の日々の中で、女性との会話などほぼ皆無だったのだから。

 

 

「これを機に学ぶことだ。後先考えずに妙な言い方で問えば、相手に要らぬ勘違いをさせることもあり得る。

 況して、君ほど美しい女性からとなれば、世の男共の大半が誤解して、その末に涙で枕を濡らす羽目になるぞ」

 

「ぅ……でも……」

 

「……まあ、何だね。個人的には嬉しかったよ。かの“天の聖杯”に、そういう風に思って貰えた。

 例え不可解な郷愁によるものだとしても、私の手で安らいで貰えたことは……男冥利に尽きたよ」

 

「あ……」

 

 

 その言葉を区切りに、自分の髪を撫でていた右手が離れるのを察すると、名残惜しそうにヒカリはそれを見つめる。

 そんな視線を受けながらスタクティ(ファーナム)は体の向きを王都の反対側にある泉地の方角へと向け、その先にあろう彼方の光景を見据えた。

 

 

「なぁ――君は、この世界をどう思う?」

 

「どうって……?」

 

「好きか、嫌いか……心地良いとか、そうでないとか……そういう意味だ」

 

 

 思わぬ問いに一瞬首を傾げるヒカリだったが、考え込むように軽く腕を組み、やがて何かを掴んだようにスタクティ(ファーナム)と同じ方向を見て言った。

 

 

「……正直、断言はできない。でも、アデルやラウラ、シン、カスミ……他にもたくさんの人たちが、このアルストにはいる。

 きっとこの先、もっと多くの人との出会いがあるのかもしれない。――だから」

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は、この世界(アルスト)が――好きになってきてるんだと、思う……」

 

「……そうか」

 

 

 微笑みと共に紡がれる、純粋なる少女の言葉。

 それこそを最後の一欠片(ピース)と為し、心の空白にそれが嵌まると、スタクティ(ファーナム)の中で1つの決意が生まれる。

 その一言、その微笑み――ただそれだけで充分だ。

 

 

「……さあ、もう遅い。明日の決戦のためにも、今日は早く眠っておこう」

 

「……ねぇ、ファーナム」

 

「ん……?」

 

「メツを無事に倒すことができたら……また、()()()()()()()()?」

 

「……! ……ああ。勿論だ」

 

 

 

 ――約束する。

 

 

 人の未来のため、そして無垢なる愛しき我が娘のためにも。

 決着をつけねばならない――もう1人の聖杯(我が子)、メツとの戦いに。

 

 

 

 

 

 

 ――夜が明け、陽が昇り、いよいよその日は来た。

 

 王都では現在、討伐隊の最終確認が行われている。

 敵はあのメツだ。国も全戦力を投じ、かの厄災を討つ魂胆である。

 そして先遣隊としてアデルたちも準備を整え、世話になった宿屋を後にしようとしていた。

 

 

「そう言えばアデル、ファーナムは討伐隊と一緒に来るのよね?」

 

「ああ。確かその筈だったけど、彼がどうかしたのかい?」

 

「ちょっとね。先に向かう前に、1度会っておこうと思って」

 

「君が彼に? ……ふぅん」

 

「……? 何よ、変な笑みを浮かべたりして」

 

「いや? ただ、随分と彼に懐いたんだなぁ、って思ってね」

 

「なつっ……!? ち――違うわよ! これは、その……」

 

「いいよ。まだ時間はある。進発する前に1度、彼に会っておいで」

 

 

 顔に未だ赤みを残しながらも、アデルの許可を得たヒカリは部屋を出て、その足でスタクティ(ファーナム)のいるであろう部屋へと向かって行った。

 その後ろ姿を見送って、アデルも自身の準備を整えると部屋を出て、広間(ロビー)で待っていた仲間たちと合流した。

 

 

「おはよう、アデル。ヒカリはどうしたの?」

 

「一昨日こちらにやって来たファーナムという騎士が居ただろう? 進発前に、彼へ挨拶しに行ったよ」

 

「ヒカリが? 珍しいこともあるのね……」

 

「はい。正直、ヒカリ様がそこまで親しくなっていたとは思いませんでした」

 

 

 仲間の意外な一面に、仲間の少女ラウラと、彼女と瓜二つの顔を持つブレイド『カスミ』が互いに顔を合わせ、頷き合う。

 

 

「ファーナム……確かあのトレランティアの」

 

「『巨王信仰』の神域守護騎士……噂に偽りが無ければ、並大抵のドライバーを凌駕する実力者だという話だが」

 

 

 そして別の場所では、同じくラウラのブレイドである銀髪の青年『シン』と、顔に癒えぬ傷を持つマンイーターと呼ばれる亜種ブレイド『ミノチ』が、かの神域の騎士の精強さを語っている。

 

 

「しかし、妙ですね。かの国は500年前の一件で完全鎖国国家となっている筈。

 他国からの外交要請はもとより、各国への干渉さえしなかった信仰国家が、何故に今さら……」

 

「おそらくかの国も、メツによる世界均衡の不安定化を重く見たのではないかと」

 

「カグツチの言う通りです、陛下。さもなくば、神の剣が眠る神域を守る守護騎士を、わざわざこの地へ派遣してくる筈がありません」

 

 

 最後に、突然の戦力提供を行って来たトレランティアに疑問を抱き、忠臣にしてブレイドである蒼炎の美女『カグツチ』と、機械的な見た目を持つ男『ワダツミ』と共に話し合っている、年若きスぺルビア帝国皇帝ユーゴ・エル・スぺルビア。

 先遣隊としてメツの下へ向かう、現状このイーラ国における最高の戦力たちが揃っている。

 あとはアデルのブレイドにして、この戦いの要となるもう1人の“天の聖杯”ヒカリが来れば準備は万端になるのだが……

 

 

「遅いね、ヒカリ。挨拶をしに行くだけなら、もう戻って来ても良い頃合いなのに……」

 

「うん……ちょっと時間が掛かり過ぎているな。……よし、僕が少し見て――」

 

「――アデルッ!」

 

 

 今から探しに行こうとしていたアデルへ、甲高い一声がかけられた。

 見れば廊下の先から見慣れた白と翠の衣装を纏う少女が、忙しなくこちらへと走って来ていた。

 

 

「どうしたんだい、ヒカリ? ファーナムに会いに行ったんだろう?」

 

「はぁ……はぁ……い、居ないの……」

 

「……なに?」

 

「どこにも居ないの……ファーナムが……!」

 

 

 ヒカリのその言葉に、広間に集った仲間たちの間で動揺が生まれる。

 ファーナムが参加する討伐隊の招集時間はまだ先だ。

 加えて今日は、メツとの決戦ということもあって王都内の店は一切開いておらず、外へ用事を済ませにいった可能性も低い。

 では何故、彼は姿を消したのか。あれだけ参戦を望み、頼み込んで来た人物が今さら逃げたとは考えにくい。

 

 理由を探り、全員で思考を巡らせていると、その様子を見かねてか宿屋の従業員が彼らの下へと歩み寄り、何があったのかと問うて来た。

 

 

「あの……アデル様? 如何なされましたか? 当館に何かご不満でも……?」

 

「ああ、いや。そんなことはないよ。……そうだ。君、この宿にファーナムというトレランティア人が宿泊していただろう?

 彼の姿が見当たらないみたいんだが、もし所在を知っているのなら教えて貰えないだろうか?」

 

「ファーナム様……ああ、その方でしたら少し前に御出立されましたよ」

 

「……!」

 

「本当かい? では、彼は今どこに――」

 

「ファーナムはどこに向かったの!?」

 

 

 唯一の手掛かりを得て、鬼気迫る表情でヒカリが従業員に問う。

 あまりの剣幕に一瞬怯えの表情を見せるも、従業員は「場所までは流石に……」と言って、彼の目的地までは知らぬと主張する。

 

 

「あ……そう言えば、全身鎧兜で固めた上、大剣(クレイモア)を背負っていましたね。

 討伐隊進発の時間は私どもの耳にも入っていますので、まだお早いのではとお呼び掛けしたのですが、「今行かねばならんのだ」と答えられて後、どこかへ向かわれましたね」

 

「今行かねば、って……いや、まさか……」

 

「ただ……随分と張り詰めた様子でいらっしゃいましたね。まるでこれから()()()()()()ような、そんな感じがしましたが」

 

 

 全身鎧兜に大剣、そしてこれから戦場へ向かうかの如き張り詰めた様子。

 これだけ材料が揃えば、如何に感が鈍くても分かってしまう。

 彼は向かったのだ。単身で、あのメツを討つために――。

 

 

「――アデルッ!」

 

「ああ。分かってる! ――皆、僕たちもすぐに出よう!」

 

 

 アデルの一声に仲間たちも力強い声で応じ、飛び出すような勢いで宿屋を出て行った。

 そして彼らの耳に覚醒した巨竜の咆哮が届くのは、それから間もなく後のことだった――。

 

 

 

 

 

 

 ダナ砂漠を越え、アルタナ大聖門を潜り、巨神獣(アルス)の体内を抜けた先。

 禁区と称される領域の向こう側に、その場所はあった。

 『飛翔の台座』――その最奥に秘されたイーラの巨神獣のコア前に、黒き聖杯――メツの姿はあった。

 

 

「フンッ……」

 

 

 つまらなさそうにも、面白がっているようにも聞こえる声を漏らすと、メツは眼前に設置されている人工物――封印の窪みに蒼い光球を収めると、膨大なエネルギーを迸らせて、封印に覆いかぶさる大岩――否、巨神獣の外殻が開き、展開されていく。

 伸び出でる外殻が開くと、その内側より炎の如き赤橙の竜翼が展開され、遥か後方では雲海内に収めていた竜尾が伸び、轟音と共に雲海を割って目覚めを告げた。

 そして最後に露わとなるのは巨顔。

 長大な首をもたげ、威厳に満ちた髭を垂らし、高らかに咆哮する竜の貌。

 『イーラの巨神獣(アルス)』――遥かな昔、その強大なる力を以て一千年に渡り、このアルストに君臨した最強の巨神獣。

 

 イーラにおける巨神獣崇拝の起源ともなった偉大なる巨竜の目覚めに気を良くしたのか、メツはその口元に薄ら笑いを浮かべ、くつくつと不気味な笑声を漏らしている。

 

 

「――随分とお早いお着きじゃねぇか、巨王(おやじ)

 

 

 竜の頭を見上げつつ、後方に感じる絶大な存在感を察したのか、メツは背を向けたまま自身の後方にいるであろう人物に呼び掛ける。

 

 

「イーラの巨神獣は目覚めた。あとは俺のガーゴイルたちをコアに取りつかせ、そのエーテルエネルギーを一斉に流し込めば終わり。

 このイーラは当然のこと、周辺の国々にまで影響を及ぼすだろうなぁ」

 

「……メツ」

 

「で、どうだった? 相棒に――あんたの娘、ヒカリに逢って来たんだろう?」

 

 

 これから互いに刃を交える前とは思えない問い掛け。

 命を賭けた死闘ではなく、あくまで暇潰しのようにこの戦いに臨むメツに思うところがないわけではないが……

 

 

「……ああ。逢って来たよ。貴公と同じく立派な人の姿を得て、仲間と共に日々を過ごしていた」

 

「そいつは良かった。これでちったぁ、息子らしいことをできたかねぇ」

 

 

 息子と己を呼ぶものの、その言葉に空虚が感じられるのは気のせいではない筈だ。

 だが、そんなメツに対し、スタクティは彼の此度の勧めに、心の底から感謝の念を抱いていた。

 

 

「メツ。貴公には問い訊ねたいことが山ほどあるが、ここに至った今、もはやそれらは問うまい。

 だが……1つだけ言わせてくれ。――ありがとう」

 

「あ……? 何だよ、急に」

 

「貴公にとっては一時の戯れによる発言だったのやもしれぬが、貴公のあの言葉のおかげで、私は()()()()()に逢えた。

 私の記憶の内にあるコアクリスタルとしての彼女ではなく、人の姿を得て、人と共に歩み、微笑む彼女の姿を」

 

 

 その他にも、多くのものをあの1日で見た。

 人とブレイドの共存。共に笑い合い、明日を歩む眩いその姿。

 人と人ならざるものが共に暮らし、互いを認めて歩み寄るその光景こそ、自分と(クラウス)が目指すべき真の新世界だったのだと気付かされた。

 

 かつてと変わらぬ人の在り様に絶望し、もはや人への信を喪失した創世の神(クラウス)に、人への期待を抱かせるにはこれしかないと確信したのだ。

 故に止めねばならない。

 全ての国を壊し尽し、この世界(アルス)そのものを破壊せんとする息子(メツ)を。

 

 

「メツ――貴公は、この世界が好きか?」

 

「今さらになって何を聞く――嫌いだよ、何もかも。でなけりゃ、こんな大掛かりなことなんざするもんか」

 

「そうか――であれば、やはり私は貴公を止めねばなるまい」

 

 

 背に負う大剣(クレイモア)の柄に手を掛け、ずるりとその刀身を鞘より引き抜く。

 抜刀された大剣を片手で携え、鉄兜の奥より覗く双眸でメツを見据え、言葉を続ける。

 

 

「あの娘――ヒカリはこの世界を好きだと言ってくれた。皆が共に暮らすこのアルスを、私と(クラウス)が創世し、今日まで身を尽くしたこの世界を、あの娘(ヒカリ)は好きと言ってくれたのだ」

 

 

 大剣を逆手に持ち替え、その刀身を鈍く煌めかせる。

 兜の奥に見える双眸も鋭さを帯び、注がれる視線には強い決意が込められる。

 

 

「だからこそ、私は貴公を止めねばならない。あの娘(ヒカリ)が好きと言ってくれたこの世界を、同じ我らの子たる貴公(メツ)に、壊させてなるものか……!」

 

「……そうかい。結局あんたも、()()()()なんだな。

 本気な話……あんたと俺は似ていると思っていたんだが」

 

「いいや、メツ。貴公の言葉は間違いではない。今でこそ創世を為し、守護を宣言した手前だが……かつての私も、今の貴公と()()()()を為した」

 

 

 直後――一振りの大剣が宙を舞う。

 逆手に持った大剣(クレイモア)をスタクティが投げ、そのまま大剣は重力に引かれ、その刀身で石畳に突き立つ。

 そして彼は、その身より蒼白(ソウル)の光を溢れさせると、己とメツとの周辺にそれらを這わせ、その内から多くの武具を顕現させる。

 

 闇に穢れた分厚い直剣。月光の如き淡い蒼光を宿す大剣。

 雷纏う竜狩りの十字槍。精強を誇る古王の竜騎兵たちが扱った斧槍。

 異端の銀騎士が担った岩纏う剛槌。異形の竜の尾より出でし岩塊の如き大斧。

 

 その他、曲剣、刀、弓矢、鎌、杖、盾などと、数々の武具が2人の周囲に突き立っていく。

 さながら鋼の大地。破壊に生き、多くのものを(こわ)し続けて来た2人に最も相応しい戦場。

 歴戦を誇り、多くを奪い得てきたスタクティの歴史(すべて)がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

――我が名は“灰”(スタクティ)ッ!!

 

 

 この世界に降りて、初めて口にする己の真名。

 神としての名ではなく、1人の不死人として、眠りの間際に火防女より贈られた個としての名。

 

 

古の時代より在りて、此れなる世界を友と共に創世せし者!

 古き時代に幕を引き、人の時代を希った――“神殺し”であるッ!!

 

 

 高らかなる宣言の下、最も近くに突き立つ大剣――『狼騎士の大剣』を手にし、肩に担ぐようにして構え、眼前に立つメツを睨み据えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「征くぞ――我が子(メツ)よッ!!

 

「来いよ――スタクティ(おやじ)ィッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒き大剣が牙を剥き。

 狼の刃が喰らいつく。

 

 ――父と息子(ふたり)の戦いが、再び幕を開ける。

 

 

 

 




 前回の後書きに書いたアンケートを取ろうと思います。
 活動報告に載せておきますので、もしよろしければご協力をお願いします。

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