Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 今回は昔語りがメインとなります。
 戦闘は前半のみとなります。

 それではどうぞ。


第二話 機械仕掛けの人形
13.篝火での告白


 ――何故……何故、応えてくれない。

 

 ――貴公はそこに居て、私もこの世界に生きている。

 

 ――なのに何故……貴公は私と、もう1度顔を合わせてくれないのだ。

 

 

 

 

 ――……ソラール。

 

 

 

 

 

 

「――い。おい、あんた! しっかりしろッ!」

 

「――!」

 

 

 何者かの呼び掛けが耳に響き、反射でスタクティの上半身が急に起き上がった。

 暗闇に閉ざされていた視界に色が戻ると、徐々に彼は自分の前に立つ人物の姿を鮮明に捉え、程なくその人物の全貌を把握した。

 

 

「き……きみ、は……」

 

「良かった……何度呼び掛けても全然起きないもんだから、本気で焦ったよ」

 

「ですが、こうして無事に目覚められたことは良かったです。何分、何かにうなされているような様子でもありましたので」

 

「うなされ……っ! そうだ、ソラール! ソラールはどこに!?」

 

「そのソラールってのが『太陽紋の騎士』のことを言ってるのなら、あいつはもう居ないよ。

 というか……アタシたちが別の場所に飛んできちゃったんだからね」

 

「別の、場所……?」

 

 

 グーラ人の少女の言葉に、スタクティは鉄兜を被った頭を回し、周囲をぐるりと見回した。

 そこは既に、あの古代船の甲板の上でもなければ、嵐吹き荒ぶ黒海でもない。

 幾本もの大樹が立ち並び、青々とした草がこれでもかとばかりに生えた大自然。

 『火の時代』でもお目に掛かったことのない、雄大なる緑の世界がそこに広がっていた。

 

 

「ここ、は……?」

 

「おそらく、どっかの巨神獣(アルス)――この森林からして、グーラだろうね。そのお腹辺りかな」

 

「そうか……そう言えば、レックスたちはッ!?」

 

「分からない。でも、あいつらもこの巨神獣のどこかにいる筈だよ。アタシもある落っこちる前は意識あったし、そこまでは確かに一緒にいた」

 

「……」

 

 

 必要以上に心配させないよう少女は言ってくれているが、それでもスタクティの懸念は拭えなかった。

 それにあの時、自分はソラールにばかり気を割いていて、彼らのことなど何一つ考えていなかった。

 もしあの時、ああしていれば――などと言うのはあくまで仮定の話で、時を巻き戻してやり直すことなどできる筈もない。

 

 

「そう言えば、アンタにはまだ名乗っていなかったね。

 ――アタシはニア。こっちの白いのは、アタシのブレイド『ビャッコ』」

 

「ビャッコと申します。貴方は確か、スタクティ様でお間違いないでしょうか?」

 

「確かに私はスタクティだが……何故?」

 

「戦闘中、レックス様が貴方のことをそう呼んでいらっしゃいましたので」

 

「しっかし、そのレックスたちもどこに行ったか分からないし、アタシたちも今いる場所に見当もつかないからなぁ」

 

 

 広大な森の中を見渡しながら、ニアは独り言のように呟く。

 彼女に倣ってビャッコも森の中へ視線を向けるが、あまりにも広大過ぎるその中で、たった2人を見つけるのは至難の業だ。

 せめてセイリュウ辺りがどこかで鳴き声を上げていてくれればいいのだが……

 

 

「――む……?」

 

「どうしたの?」

 

「何か……向こうからやって来るような――」

 

 

 べちゃん、べちゃんと湿り気のある何かが近づいてくる音を拾い、そちらへ向くと、その先には確かに何かが居た。

 ――というか、カエルが居た。それは馬鹿でかい怪物(カエル)が。

 

 

「――『唄うデーモン』?」

 

「『ワームイーター・グロッグ』ッ! 芋虫喰らいの大ガエルだよッ!」

 

「お嬢様、スタクティ様! 武器を!」

 

「分かってる!」

 

 

 ビャッコの呼び掛けに、ニアはすぐさま腰にある輪状の武器『ツインリング』を手に取ると、『キズナ』を介してビャッコがそこに自身のエネルギーを送り込むと、ツインリングの一部が青く発光する。

 2人に続いてスタクティも武器――ソウルの内より岩のような大斧『デーモンの大斧』を取り出すと、それを両手で構えて、2人と並んで大ガエルの前に立つ。

 

 

「行くよ――ッ!」

 

 

 先に動いたのはニア。

 軽快な動きですぐさま大ガエルとの距離を縮めると、まるで舞うようにツインリングを緑の皮膚に叩きつけていく。

 上手い。一撃の威力こそ低いものの、それを手数と俊敏性で補っている。

 大柄な体躯と鈍重な動きの相手にはやりづらい相手かもしれないが、大ガエルもやられ続けは流石に癪なのか、その大口から長い舌を伸ばすと、それを鞭のように振るった。

 

 

「お嬢様!」

 

 

 ビャッコの咆哮が轟く。

 戦闘補助術(ブレイドアーツ)を用いたのだろう。長舌の鞭を避けて、再び攻めに転じたニアの攻撃が目などを急所を的確に捉え、ダメージを与えていく。

 急所的中(クリティカル)――いや、これは命中率向上。

 足りない威力を命中率を上げ、急所攻撃に専念するという工夫をしたのだ。

 

 幼い見た目の割に、そこそこ場数は潜っているらしい、と。

 そんな感想を抱きながら、スタクティも己の一撃を放つべくニアに声を発した。

 

 

「ニア君ッ! 両目はあとどれ位で潰せそうか!?」

 

「あと少し! って、何するの?」

 

「視界を完全に潰したら一端退いてくれ! こちらも一撃を叩き込むッ!」

 

 

 そう言うスタクティの両手には巨大な岩の大斧が握られており、それで何をするのかを理解すると、ニアも力強く頷き、声を上げる。

 

 

「成程ね……分かったよ! こいつの下拵えが出来たら呼び掛ける! そしたらデカいの一発頼むよ!」

 

「ああッ!」

 

『ヴロロロロロロロロッ!!』

 

 

 牛のような鳴き声を上げて、絶えず舌の鞭を振るい、前足をべちゃん、べちゃんと叩きつける大ガエル(グロッグ)

 その間にもニアの連撃は止まず、ツインリングによる急所攻撃は悉く成功する。

 やがて大ガエルの円らな双眸から血が溢れ、それを切っ掛けに眼球が完全に潰れるとニアは高く跳躍し、そのままビャッコのいる後方へと着地した。

 

 

「今だよッ!」

 

「応ッ! ――おおおおおおおおッ!」

 

 

 大斧を担ぐようにして構え、雄叫びを張り上げて突き進む。

 鉄の鎧をがしゃがしゃと鳴り響かせながら近づくスタクティに、大ガエルは向けられる敵意を元に迫る敵の方角を察し、再び舌の鞭を振るった。

 だがその時には――もう大斧(いちげき)は放れていた。

 

 

「――『デーモンの一撃』ッ!!

 

 

 瞬間、斧頭に宿る炎が爆発的に燃え上がり、大ガエルの巨体を両断すると共に、それは一気に炸裂。

 劫火を伴う爆発が生まれ、両断した大ガエルの身体を焦がしつつ、肉片の山と変えて周囲へ盛大にぶちまけた。

 

 

「うわぁ……容赦ないなぁ」

 

「古代船での一戦の際もそうでしたが、目を見張る戦いぶりでしたからね、あの方は」

 

「うん……だからこそ、尚更不思議に思えてならないんだけど……」

 

「お嬢様……? ――おや?」

 

 

 草原の先、そこに見える青と赤の人影を見つけ、ビャッコが首を傾げつつもそれを凝視する。

 人影の正体はレックスとホムラの2人で、スタクティたちを探しにここまで来たのだ。

 

 

「レックス! 無事だったんだね!」

 

「ああ、ニアたちも怪我がなさそうで良かった。スタクティさんは……」

 

「大丈夫だ。……古代船では、要らぬ心配をかけたな。申し訳ない」

 

「良いって。まあ、聞きたいことはたくさんできちゃったけど……まずは生きててくれて良かった」

 

「うむ。……ところで、セイリュウ翁は? まさか、怪我をして動けないのでは――」

 

「ワシならここに居るぞい!」

 

 

 声音が高くなっているものの、どこか聞き覚えのある声に思わず反応すると、レックスの後頭部にあるヘルメットの中から灰毛に包まれ、背中から小振りの翼を生やした小竜が出て来た。

 一瞬、ニアとスタクティは目を丸くし、1度互いの顔を見合わせて後、再び小竜――自称セイリュウを見つめ、驚声を上げた。

 

 

「「――えええええええええええええええぇッ!?」」

 

「うん、その気持ちよぉく分かる。俺とホムラもそうだったもん」

 

「あ、はは……分かりませんよね。顔も体も全然違いますし」

 

「いや、違うっていうか……完全別種?」

 

「つうか本当にあの巨神獣(アルス)なの!?」

 

「詳しい事情は後で話すからさ。まずは1度、落ち着ける場所に移動しよう」

 

 

 レックスの提案に皆が頷き、一先ずその場を離れ、モンスター襲撃の危険性が少ない場所を探しに動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 日も落ち、虫の鳴き声が増え始めた頃。

 大ガエルとの戦闘地から離れ、小さな湖を見つけた一行はその畔で今晩を過ごすことを決めた。

 かき集めた木片などを固め、火を焚いて篝火を作ると、それを囲う形で皆がその場に座り込み、各々の話を語った。

 

 

「――成程。その()と『楽園』にね」

 

 

 ホムラの方へ1度視線を移し、少しの間彼女を見つめると、再びニアはレックスの方を向いて、古代船の一件での礼を彼に述べた。

 

 

「古代船の時、一緒に連れて行ってくれたありがとうね。正直、あの時はアタシだけじゃどうにもならなかった」

 

巨神獣(アルス)様、ありがとうございました」

 

「礼には及ばん。お前さんたちも、レックスやスタクティを助けてくれたんじゃからの」

 

「それは良いよ、別に――しかし便利なもんだねぇ、巨神獣ってのは」

 

「全ての巨神獣が出来ることでは――」

 

「その話はいいよ、もう」

 

「いいよ、もう――って、何じゃその言いぐさは!」

 

 

 胸を張って自慢をしようとするセイリュウをレックスがうんざりした声で止める。

 それがやや不満だったのか、セイリュウは停泊所の時にしたような声真似の後、叱るようにレックスへ大声を張り上げた。

 

 

「そもそもお前が訳の分からん仕事を引き受けおったのが原因じゃろがい!

 『じっちゃんとスタクティさんは、ここでのんびりしててよ!』とか言って飛び出して行きおって」

 

「あー……はいはい、分かりました。オレがぜーんぶ悪いんです。すみませんでしたごめんなさい」

 

「……テキトーに謝りおってからに。まるで反省の色が見えん!」

 

「――そりゃできないよ」

 

「何でじゃ!」

 

 

 強く問うセイリュウに対し、レックスはやや俯き気味に顔を下げて、独り言のような口調でセイリュウの問いに答える。

 

 

「だって、オレがあの場所に居なかったら……ホムラはあいつらの言いなりに」

 

「――レックス……」

 

 

 自分を思ってくれたことに、ホムラは小さな喜びを織り交ぜた声音で、彼の名を口にする。

 

 

「そんなの……絶対ダメだ。あんな奴らに、ホムラは渡せない」

 

「……確かに、セイリュウ翁の言う通り、元々の原因はレックスにある。それは紛れもない事実だ」

 

「でも……!」

 

「まあ聞け。……だが、それが吉と転んで、我々は彼らよりも先にホムラを保護することに成功した。

 代償は大きく、最良とは言い難い結果となったが……これもまた良しとしようじゃないか」

 

「ったく……お主もレックスを甘やかすのか、スタクティよ。お主だけは、ワシと同じ気持ちを抱いてくれてると思っておったのに……」

 

「ははは、半々だよ、セイリュウ翁。ロクに詳細を確認もせずに行った無鉄砲さは頂けないが、その真っ直ぐな心根が結果的にホムラ君の救出に繋がった……故に半々だ」

 

「スタクティさん……」

 

「うむ」

 

 

 相変わらず鎧兜に隠れて見えないが、きっとスタクティは笑っているのだろう。

 そんな彼の言葉にレックスは笑みを浮かべ、ホムラも嬉しそうに微笑み、ニアたちもつられて笑う。

 唯一セイリュウだけは顔を顰め――幼体化した影響で顔立ちまで可愛くなってしまったので、全然不快そうに見えないが、うんうんと唸って首を傾げている。

 

 

「……そう言えば、忙しいことの連続で聞けなかったんだけど、スタクティさん」

 

「何だね?」

 

「あの時――ホムラの記憶の世界に一緒に居たってことは、死んでたってことだよね?

 ホムラが命を分けてくれるって言ったのに、自分だけは生き返れる術があるって言って、オレに全部譲ってくれたよね?」

 

「……」

 

「そう言えば……アンタ、シンに太刀で貫かれて死んでたじゃん! 何で生き返ってんの!?」

 

「ほう? それは是非とも聞きたいものじゃな」

 

「私も同じく」

 

 

 色々なことが立て続けに起きて、すっかり忘れていた事実にスタクティは兜の内で顔を顰めた。

 彼は『不死人』だ。幾度殺され、地に骸を晒そうと、魂が尽きるその時まで何度も復活する。

 その都度に代償を支払わなければならないが、そもそも死より蘇ることそのものが異常なのだ。そんな異常を抱えた怪物を、果たして彼らは受け入れてくれるだろうか。

 

 

「……ああ。アレか。アレはな……」

 

 

 一瞬声が震えるも、それを悟らせぬように彼はそそくさと手を動かし、虚空に手を挿し込むと、そこから『あるモノ』を取り出し、彼らに見せた。

 

 

「これは……?」

 

「『残り火』。我が一族の秘伝、身代わりの火種だよ」

 

 

 籠手に覆われた黒い掌に載せてあるのは、焼け焦げた黒い『何か』だった。

 中心は僅かにひび割れ、その内から火のような薄らとした光が漏れていて、心なしかその周りを火の粉が舞っているようにも見えた。

 

 

「これをこのように手で握りしめて潰すと、それが内側にて命の蓄積分(ストック)となり、例え1度死んだとしても、補充したストック分が身代わりとなって生き返れるのだ」

 

「死の身代わり……何と常識外れな術よ」

 

「それって、アタシたちにも使えるのか?」

 

「残念ながら、これは私を始めとする我が一族のみの秘伝でね。

 長年をかけて肉体を調整し、この火種の効果が発揮できるようにしてあるからな」

 

「ふむ……万能ではない、寧ろ物の方に合わせて、使用者の肉体を調整する必要がある、ですか。

 魅力的ではありますが、かける時間も労力も、並大抵のものではありますまい」

 

「その通りだ。実際、この私も随分苦労させられたよ。

 まあ……その苦労のおかげで、こうして命を拾ったわけなんだが」

 

「そうだったんだ……でも、その『残り火』ってヤツがないと、もう代わりの命をストックできないんだろう?

 残量の心配が……」

 

「それについては問題ない」

 

 

 そう言って胴鎧を軽く叩くと、彼は再び虚空に手を伸ばし、生じた歪みをこじ開けるようにして広げていく。

 すると、その孔から大量の黒い塊が降り注ぎ、篝火に入らない程度に広がって彼らの周囲を埋め尽くした。

 

 

「この通り、予備は山ほど用意してある。あと100回や200回死んだとしても、その前にちゃんと潰してストックしておけば問題ないとも」

 

「うわぁ……」

 

「狂気の沙汰じゃな……お主の一族は何を求めてこんなものを……」

 

「大方、永遠の命でも求めたんじゃないか? 不老不死とは、()()()()()()()にとっては夢のような代物だからな」

 

 

 はっはっはっは――。

 

 乾いた笑声が夜の森林に響き、それから間もなく皆は眠りに就いた。

 だが、唯一人――ホムラだけは、スタクティの言葉に違和感を覚え、彼が被る“偽りの皮”の存在を直感的に認識していた。

 

 それから暫く――ホムラは湖の前で1人立っていた。

 水面を覗きこむように、あるいは虫たちの奏でる音を楽しむようにも見えたが、実際の彼女は水面を見ているわけでも、虫たちの音色の耳を澄ましているわけでもなかった。

 

 

「――何じゃ、まだ起きとったのか?」

 

「……何だか、寝付けなくて」

 

 

 傍らにやってきたセイリュウに、ホムラはポツリと言葉を漏らす。

 

 

「お久しぶりですね――セイリュウさん」

 

「うむ……昔とは随分と印象が変わったのぉ」

 

「色々、ありましたから……」

 

 

 遠い過去を振り返るような口調で言うホムラ。

 過去に何かがあったことを察すると、少しだけ目を瞑り、それから再びセイリュウは言葉を口にした。

 

 

「レックスに命を分け与えてくれたこと、礼を言おう。

 じゃが、その上で聞きたい。レックスにした話――アレは本意か?」

 

「――はい。私の……本当の気持ちです」

 

「そうか――ならば信じよう。他の誰でもない、()()()()()()()を」

 

 

 疑うことなく、ホムラ自身の言葉と受け止め、信じると言ってくれたセイリュウに、ホムラは僅かに口角を緩め、小さな微笑を湛える。

 その後、彼女の笑みは消え去り、代わりに炎のように赤い瞳に強い意思が浮かび上がる。

 

 

「……でも、もう1つ目的ができました」

 

「シンと――メツか……」

 

「はい――あの2人を、今のままにしておくことはできない」

 

「宿命じゃな……“天の聖杯”の」

 

「……はい」

 

「巻き込むのか? レックスを……スタクティを……」

 

「……っ」

 

 

 セイリュウの問いかけに、ホムラは顔を曇らせ、言葉を詰まらせる。

 それに対してセイリュウは「責めとるわけじゃない」と付け加え、篝火近くで眠るレックスの方を見やる。

 

 

「お前さんは望まんでも、あれは首を突っ込むじゃろう。そういう子じゃ」

 

「……」

 

「じゃが……スタクティは分からん。共に歩むと言うてくれたようじゃが、あやつは元々、出自も何もかもが分からん。

 悪意はないと、この1年を通して理解はしたが……未だ謎は多い。残念じゃが、あやつに関してだけは良き言葉は送ってやれぬよ」

 

「いいえ……それだけでも、私には十分過ぎます」

 

 

 胸の上に手を添え、十字に重なるように置くと、セイリュウの目は彼女の胸元――そこで輝く翠玉色のコアクリスタルに向けられ、新たな言葉が彼女へと紡がれる。

 

 

「胸のコア、()()になっとるのぉ。お前さんも背負ったということか」

 

「――セイリュウさん……」

 

「レックスのこと……そしてスタクティのこと――頼んだぞ」

 

「――はい」

 

 

 心からのホムラの言葉。それを聞けて満足したのか、小ぶりの翼を羽ばたかせて、セイリュウは自分の寝床に戻っていく。

 独り残されたホムラは、そのまま寝床に向かうことはなく、少し離れ――別の畔にて独り篝火に当たるスタクティの下へと向かった。

 多くの疑問、多くの謎――それを確かめるために。

 

 

 

 

 

 

 パチッ――と、焚べた薪が弾ける音を耳にしながら、スタクティは眼前の篝火を見つめていた。

 温かな火の温もりをその身に受けながら、時間が過ぎるのを待っていると、どこからか軽い足音のようなものが聞こえ、振り向いた先には、赤と黒の衣装に身を包んだ少女――ホムラの姿があった。

 

 

「――眠らないのですか?」

 

「ホムラ君……ああ。寝付けなくてね」

 

「隣……よろしいですか?」

 

「構わんよ。座りたまえ」

 

 

 丸太で作った即席の座席を勧めると、ホムラはスタクティの隣に腰掛けて、目の前で燃える篝火をじっと見つめた。

 

 

「火は、好きかね?」

 

「はい……温かで、暗い夜も照らしてくれますので」

 

「確かにな。……それで、私に何か用かな?

 寝付けないにしても、こんな時間まで起きているんだ。皆の前では聞けないことがあって来たのだろう?」

 

 

 話して見なさい――と。

 そう語り掛けるスタクティに、ホムラは一瞬驚くも、やがて彼の言葉に甘えるように微笑を浮かべ、それから真剣な面持ちで彼に問いをかけた。

 

 

「騎士様……いえ、スタクティさん。先程のあなたの蘇生の術……あれは、本当のことではないのではありませんか?」

 

「――! ……何故、そう思う?」

 

「いえ。……ただ、本当にあの道具で命のストックを得られるというのなら、あの時――記憶の世界で、あのような問いかけはして来ないのではないか、と」

 

「……」

 

 

 証拠としては不十分。なれど、注がれる彼女の眼差しは好奇こそ混じっているが、そこに彼に対しての疚しい気持ちは欠片もなかった。

 晒すべきか、はぐらかし、偽りを通すべきかと悩んだ末、スタクティは普段以上に重く感じる鉄兜を上げながら、兜越しにホムラを見つめ、彼女に言った。

 

 

「……誰にも話さないで、いてくれるか?」

 

「はい」

 

「到底信じられるような話ではない。法螺虚言を連ねているような内容に思えるかもしれない。

 それでも……聞いてくれるか?」

 

「……はい」

 

「そうか……分かった」

 

 

 語ろう――意を決し、スタクティはホムラに語り聞かせた。

 己の出自、生きた時代――『火の時代』に関わる多くのことを。

 『アルス』と呼ばれるこの世界が誕生する遥か昔に存在し、後に闇に包まれ、新世界への礎となった『過去の世界』を。

 

 

「そんな……それじゃあ、スタクティさんは何億年――いえ、何十億年も昔から生きているってことですか!?」

 

「正しくは、時代の幕引きの後にすぐ眠りに就いたから、その間は仮死状態と見た方がいいだろうが……少なくとも、意識のある間に過ごした月日は、最低でも数十万か数百万年にも及ぶだろうな」

 

「――っ! ……でも、どうしてそこまで生きて来られたのですか?

 あなたの蘇生の秘密――不死の呪い『ダークリング』でも、そこまでの長寿は得られないんじゃ……」

 

「ところがだね、得られてしまったんだよ。……あまりにも多くを殺し、その全てを糧と変えて来たが故に」

 

「――!?」

 

 

 多くを殺し、糧と変える――その言葉が何を意味するのか、ホムラは一瞬理解できず、頭の中が真っ白に染まった。

 だが、やがて情報を整理し、ある結論に至る。

 彼――『不死人』と呼ばれる彼らは、『ソウル』という未知のエネルギーを糧とし、それを己の肉体に注ぎ込むことで際限なき強化を得る。

 そしてその『ソウル』とは、ホムラたちで言う『魂』に相当するものであり、それを何千何万という月日の中で喰らい続け、糧と変えてきたスタクティのソウルの総量は……きっと彼女たちでは想像もつかない程に膨れ上がっていたのだろう。

 

 

「繰り返される世界の中で、私は多くを試みた。

 火継ぎ、火の消滅、玉座への到達、探究への道、火の簒奪――それでも世界は繰り返されて、やがては私は正気を失い、手段を選ばなくなった」

 

 

 親しき友を殺した。命を救ってくれた恩人を殺した。己を嵌めた悪党を殺した。

 清廉なる聖女を殺した。屈強な肉体を持つ戦士を殺した。誇り高き騎士を殺した。

 怪物を殺した。英雄を殺した。魔性を殺した。神をも殺した。

 

 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し続けて――。

 死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死に続けた――。

 

 殺戮と死の果てに、彼以外の誰も彼もが居なくなり――その内には、世界中の生命全てを合わせても到底届かない、莫大極まるソウルだけが蓄積されていた。

 

 そして最後の繰り返しの果て、当時彼が最も信頼し、大切な存在と定めた人――仮面の火防女の協力の下、『火継ぎの終わり』を為し、世界は一度(ひとたび)の闇に包まれた。

 闇の内より火が灯り、それが新たなる時代を照らす光となって世を繋げ、待ち望んだ新世界の黎明へと至ったのだ。

 

 

「その後、私は眠りに就いた。莫大極まるソウルを持つ私は、もはや世界の歪みを正した程度では、呪いが解けない体と成り果てていたんだ。

 故に私は、このソウル全てが尽き果てるその時まで眠りに就き、後世を火防女と、生き残った同胞(なかま)たちに託した」

 

「……でも、その後は――」

 

「ああ。気づけば海底深くに沈み、1年ほど前にレックスに引き揚げて貰っていた。

 目覚めた後にこの世界を見て、自分の目を疑ったよ。機械……だったかな? ああいう物は私の生きた時代にはない代物だったし、世界中が『雲海』という雲の海に覆われて、人類は『巨神獣』(アルス)なる巨大生物の身体の上で暮らしているのだから、もう開いた口が塞がらなかった」

 

 

 アルストを語るスタクティの姿は、自分の生きた『火の時代』を語っている時よりも遥かに生き生きとしており、心なしか鉄兜に覆われた顔が笑っているように感じられた。

 

 

(あの方……無名の王という方は、『炎の巨王』(とうさま)は私のすぐ近くに居るって言ってたけど……)

 

 

 最初は同じ名を冠していることから、スタクティがそうではないかと思ったのだが、アルストのことをまるで知らず、それどころかずっと眠りに就いていたということなので、今のホムラの中ではその可能性は低くなっていた。

 

 

(そうだ……! 同じ名前!)

 

「あの……スタクティさんのお名前は、どういう意味なんですか?」

 

「どう……とは?」

 

「その……誰に付けて貰った、とか。やっぱり……お父様やお母様でしょうか?」

 

「私の名付け親……ああ、このスタクティという名は違うよ。残念ながら、私の()()()()は不死院に入れられて後、牢獄生活の中で忘れ去ってしまってね」

 

「……? では、誰がその名前を?」

 

「これはね……私が眠りに就く前に、火防女が私に贈ってくれた名なんだ。

 スタクティ――つまりは“灰”。どういうわけか、君の名に少なからず関わりを持つ名前なんだよ、ホムラ君」

 

「“灰”と、“焔”……」

 

「ああ。――っと、流石にこう喋り過ぎると籠るな。兜を外させて貰うよ」

 

「あ――はい。別に大丈、夫……」

 

「ん? どうかしたのかな?」

 

 

 人前でも決して外すことのなかったスタクティの鉄兜。

 それが今外され、鉄に秘された男の顔が露わとなった時、ホムラは我が目を疑った。

 

 

(う、そ――そんな……!)

 

 

 灰色寄りの短めの黒髪。

 皺はなく、壮年に差し掛かる年頃の顔立ちは端正で、だが歴戦を積んだ戦士の空気を纏っている。

 けれどもその表情は穏やかなもの。微かな笑みを浮かべる様は、どこか不思議な安堵を覚えてならない。

 

 そんなスタクティの本当の顔を目にした途端――ホムラは脳裏に、()()()()を過ぎらせる。

 それはかつて、まだ『ホムラ』という人格が生まれる前のこと。

 今は亡き大国イーラの正門橋前にて、自分と同じ顔を持つ金髪の少女と語らう、1人の騎士の姿。

 金紗のような長い金髪を撫でながら、微笑みと共に彼女(ヒカリ)に笑いかけてくる――その優しい顔。

 

 

「あ――あ、ぁぁ……!」

 

 

 真紅の双眸を大きく見開き、涙を溜めて、伸ばした両手で彼の顔を挟む形で包み込む。そのまま覗きこむように彼の顔を見つめ、震えた声でホムラはその名を口にした。

 

 

「生きて――いたんですね……とう、さま……」

 

「え――?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと、逢えた――スタクティ父様……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 不死人時代のこと、火の時代についての説明があっさりしていたと思われるかもしれませんが、あれ細かく語ると凄く長くなるので申し訳ありませんが省略させて頂きました。

 次回はいよいよトリゴの街に向かいます。
 皆さんの感想お待ちしております。

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