Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 早めにできたので連続投稿。
 今回もまた独自用語が出てきますので、詳しい内容は後書きに記載しました。
 それではどうぞ。


14.トリゴの街

 夜が明けて、日が昇り始めた頃。

 眠りから覚めた皆は、ニアの先導の下、この巨神獣――グーラの大地を進み、森林を抜けようと歩を進めていた。

 グーラ出身のニアは、この巨神獣のことを詳しく知っており、どの方角に街があるのかを知っており、取り敢えず森を抜け、平原に出ることを現状の目的としていた。

 

 

「……あれ? ホムラ、目元が何だか()()んだけど……昨晩何かあった?」

 

「えっ!? あぁ……いえ、その……」

 

「……ちょっとね。昨晩、私が彼女に不注意な言葉を吐いてしまってね。

 それが原因で少し……彼女を泣かせてしまった」

 

「ええっ!? スタクティさんが?」

 

「珍しいこともあるもんじゃのぉ。あのスタクティの口からそんな言葉が出てくるとは……女子を泣かせるなど相当に酷いことを口にしたのじゃろうなぁ」

 

「ち――違います! 私は……!」

 

「いい。実際、君を悲しませるようなことを言ったのは事実なのだからな」

 

「とう――スタクティさん……」

 

 

 炎のような赤い瞳で見つめてくるホムラに、スタクティは変わらぬ鉄兜を被った頭で頷き、その手で彼女の言動を制する。

 そんな様子を先に進んでいたニアが呆れたように見ており、後頭部に両手を回し、催促するような口調で彼らに言葉を投げかけた。

 

 

「おーい、痴話喧嘩なら街に行って宿に入ってからやってくれよ。

 こんなところで無駄に時間を過ごしても意味ないんだからさ」

 

「痴話……ッ!?」

 

「ち、ちちち、違いますッ! 私とスタクティさんはそういう関係じゃなくて……その……」

 

「……?」

 

「その……私と、スタクティさんは……」

 

 

 ニアの言葉を訂正しようと叫ぶホムラだったが、何かを言い掛けたところで再び口籠り、その端正な顔に再び陰りが滲み始める、

 言いたい。言って断言したい。でも出来ない――。

 そんな気持ちが混ざり合い、ホムラの頭の中を混乱させている。

 暗みが一層濃くなる顔を見て、流石にこれ以上は放っておけないと判断したのか、レックスが彼女の肩に手を置き、その金の瞳で俯く彼女の顔を見つめた。

 

 

「行こう、ホムラ。何があったのかは知らないけど、もしよかったら、オレが街の宿屋で聞くからさ」

 

「レックス……」

 

 

 ドライバーである彼の言葉に込められた優しさ。

 それに一瞬感じ入るも、すぐに彼女はスタクティの方を向き、まるで縋るような眼差しで彼を見つめた。

 

 

「……行こう、()()()。ニア君の言う通り、あまり時間はかけるべきではないだろう」

 

「……はい」

 

 

 求めた答えではなかったらしく、再び顔に陰りを見せながらも、ホムラはレックスと並び歩く形で再び歩を進め始めた。

 沈黙が支配する道中。もう少しで森を抜け、平原に出るとニアは言っていたが、その短い道のりがどうにも永劫のように感じてならない。

 

 

(……気まずい)

 

 

 昨晩の一件――突然の『お父様』発言に、スタクティはあの時己の耳を疑った。

 その直後、何故そう呼んだのかと訊ねると、彼女は細かにその理由を語ってくれた。

 

 この『アルスト』が生まれる前、『世界樹』の上に住まう二柱の神が創世の大業を為し、それから数千年の後、アルスト黎明期に神の一柱『炎の巨王』が降り立ち、当時の人類に多くの恩恵をもたらし、文明発展の一助となったという。

 そしてそれから数千年の後、今からおよそ500年前のこと。

 当時機械大国として名を馳せた、今は亡きイーラ王国での戦いの際、あのメツと呼ばれる黒鎧の男と、当時のドライバーとブレイドたちと協力し、『炎の巨王』は彼を討ち果たしたという。

 だが戦いの果てに巨王は力尽き、イーラと共に雲海深くへと沈み、それから500年が経ち、2度と姿を見せることはなかったというのがホムラの語る過去なのだが……

 

 

(私がその『炎の巨王』? 彼女(ホムラ)(メツ)の父親? ……あり得ん。そんなこと、真実のはずが……)

 

 

 受け入れ難いその内容を真実と捉えることができず、スタクティは涙を流して再会に感動するホムラにこう言った。

 

 

『私は君の――君たちの父親ではないと思う』

 

 

 その一言にホムラは一瞬涙を止め、何を言っているのかという目で彼を見つめた後、再び父であることを否定したスタクティの言葉に、今度は先とは異なる涙――悲しみにまみれた雫を真紅の瞳から零し、小さな嗚咽と共にその場で泣き崩れた。

 考えて見れば、彼女の反応は当然だ。

 己がずっと探していた、死んだとばかり思っていた実の父親が生きていて、なのにその当の本人は一切の記憶を覚えておらず、終いには自分のことを『ホムラたちの父親ではないのではないか?』と言ってきたのだ。

 

 

(だが、他にどうしろと言うのだ……虚言を弄したところで、『残り火』の一件のようにすぐに看破されていたに決まっているのに……)

 

 

 結局彼が出来たことは、泣き崩れる彼女を慰め、せめてもの親子の証として彼女を『ホムラ君』ではなく『ホムラ』と呼び名を改めることだけだった。

 

 

「――着いたよ」

 

 

 考えに耽ている内に、ようやく森林を抜けたのか、ニアの一声が耳内に響く。

 意識を昨晩の一件から現実に戻し、鉄兜を被った顔を上げて前を見ると――そこには広大なる緑の平原が広がっていた。

 

 

「うわぁ……!」

 

「あぁ……!」

 

「……何と……」

 

 

 巨神獣の体躯が巨大であることは知っていた。何せ大国を築く程の個体となれば、それこそ1つの大陸と見てもおかしくはない程に彼らの存在は巨大で、雄大なのだ。

 だが、こうしてこの草原を見ると、改めてそれを思い知らされる。

 先程まで暗い雰囲気を醸し出していたホムラもこれには目を輝かせ、眼前に広がる圧倒的な自然の光景に目を奪われていた。

 

 

「うわぁ……! ものすごく広い平原……!」

 

「壮観じゃのぉ!」

 

「ああ――じっちゃんの狭い背中とは大違いだ!」

 

「うむ、うむッ! ――むむッ!? レックス、今なんと言いおった!? ワシの背中がなんじゃとぉッ!?」

 

「――向こうに見えるのが、グーラで一番大きな街『トリゴ』」

 

 

 ニアの指差した方角には、確かに街らしきものが見えた。

 だが広大なる草原に比べると、やはりと言うべきグーラで一番大きな街とは言えど小さく見えてしまう。

 

 

「とりあえず街までは送ってく。着いたら、そこでアタシたちの役目は終わり」

 

「え――? 何で?」

 

 

 てっきり一緒に来るものかと思っていたらしく、レックスは何故とニアに問うと、少し困ったような顔で答えた。

 

 

「何でって……アタシはアンタらと一緒にいることはできないからね」

 

「それって……()()()()とのことがあるからか?」

 

 

 僅かに険しくなった顔付きで問うレックスに、ニアは変わらぬ表情でぎこちなく頷く。

 レックスの言う『あいつら』とは、つまりシンやメツたちのことなのだろう。

 

 

「出会ってから日が浅いとはいえ、一応……仲間だからね」

 

「あいつらが仲間……? ニアを殺そうとしたんだぞ!」

 

「それでも……アタシの居場所は、あそこにしかないんだ」

 

 

 呟くニアの顔は、先のホムラと同じ陰は滲んでおり、彼女としてもシンたちを仲間と呼ぶかどうか複雑なところなのだと見て取れた。

 

 

「――さ、行くよ」

 

 

 晴れぬ迷いを掻き消すようにそう言ってニアは街へと案内するべく先へと駆け出して行った。

 その後ろ姿に皆は何かを思いながらも彼女の跡を追い、平原を越え、目的の地『トリゴ』へ向けて進み始めた。

 

 

『――ギィ、ギィ、ギィ……』

 

 

 その後ろ――大樹の枝より彼を見下ろす、痩せた蝙蝠羽の異形(デーモン)の存在に気付かぬまま――。

 

 

 

 

 

 

 平原を越え、街の入り口に設けられた弓形門(アーチ)を潜ると、そこには1つの街が広がっていた。

 

 

「――ここがトリゴの街か」

 

 

 質素ながらも、どこか安心感を覚えるその街並みを見て、ニアは何かを思い出すように独り呟きを漏らした。

 

 

「……変わらないな」

 

「――ニア?」

 

 

 ニアの独り言に、ホムラが反応する。

 ここがニアの故郷であることは出発前にビャッコの口から語られていたが、今の彼女の口ぶりは、もう何年――下手をすれば、何十年も故郷に帰っていないようにも聞こえたからだ。

 

 

「ううん、何でもない。……さて、と。宿屋までは案内するよ。そこでお別れだ」

 

「ああっ、ニア! ……行っちゃった」

 

「取り敢えず、彼女の後を付いていこう。ここを故郷とする彼女なら、少なくとも我々よりは土地勘がある」

 

「……うん」

 

 

 そう言ってレックスたちは先行したニアの後を追い、トリゴの街道を進んで行く。

 彼女との距離も縮まり、並列して歩くようになって少し後。

 道の右側に立っている掲示板をニアが見つけ、そこに張られている3枚の紙を見ると、彼女はその場で足を止め、目を大きく見開いた。

 

 

「……どうかしたのか――」

 

 

 その時、スタクティの動きが止まり、彼女が立ち止まる掲示板まで戻ってソレを見ると、彼の言葉が途中で途切れた。

 そこに貼ってあるのは指名手配書なのだろう。

 見覚えのある鬼面の青年の顔と、厳つい強面の男の顔を描いた用紙が貼ってある。

 その2枚の右隣り、最後の手配書――そこに描かれている人相は、見たことがあるようで、その実全く見覚えない奇獣(キメラ)のような顔だった。

 

 

「――ぶふっ」

 

「なん、だ、コレは――もしかして、()()がアタシッ!?」

 

 

 腹を押さえ、鉄兜の内で苦しそうに笑うスタクティの隣で、ニアが信じられないものを見たとばかりに目を見開き、その人相書きを穴が開く程に強く凝視した。

 その隣にビャッコがやって来ると、彼女が見つめる人相書きを見て、普段の変わらぬ落ち着いた声音で感想を口にした。

 

 

「これはこれは、何とも上手く特徴を捉えた人相書きで――」

 

「えっ!? 何だって――!?」

 

「あ、いえッ! ど……どうやら私とお嬢様の特徴がごっちゃになっているようですね。ふむ……これは心外」

 

「うぅぅ――きぃーッ!!

 

「うぉッ、危なッ!?」

 

 

 がりがりがりがりがりがり――!

 見た目に違わぬ猫のような鋭い引っ掻きの末、掲示板の人相書き――ニアと思しき奇面の紙は微塵に切り裂かれ、大量の紙きれだけがその場に散らばった。

 

 

 

 ――そして一行は歩を進め、やがて街の中でも開けた場所。広場らしきところへとやって来ると、そこでは今、黒い軍服の上に鎧を纏う、顔を角付きの兜で覆った4人の男たちが何やら広場の人々に向けて叫んでいた。

 

 

「さあ、他に勇気ある者はいないか!? 君のその勇気で、明日のスぺルビアを支えるんだ!」

 

 

 リーダー格らしき男が、大袈裟気味にそんなことを叫んでいる。

 そんな男の前には、青く輝く四角い物体が置かれていて、皆の視線は寧ろ、そちらの方に集中している。

 

 

「ん? 何だろ、あの人だかり?」

 

「――ドライバースカウトか」

 

「ドライバースカウト?」

 

 

 言葉を繰り返すレックスに、ニアは頷きながら説明する。

 

 

「最近じゃ、街中でドライバーを募集してんだ」

 

「同調できる者は日々減っています。軍人の中にもいなかったのでしょう」

 

 

 ビャッコがニアの言葉を捕捉すると、レックスは何のことだと言わんばかりに首を傾げ、新たな疑問を2人に口にする。

 

 

「ドライバーを募集とか同調って何のこと?」

 

「それは見た方が早いかもな。……ほら」

 

「ん?」

 

 

 ニアの指差した方を向き、レックスたちは再び広間の軍人たちの方を見ると、そこでは挑戦者として名乗り出ようとしている少年が、兄妹らしき他の子どもたちに止められている姿が見えた。

 そんな少年たちを乱暴げに退かしながら、如何にも傲慢そうな性格の男が前に出て、軍人の前に置かれた青い四角形――『コアクリスタル』の前に立った。

 

 

「さあ、俺に相応しいブレイドよ! その力を貸して貰おう――ふんッ!」

 

 

 力強い意気込みと共に、伸ばしたその手でコアクリスタルを掴み取る。

 接触の瞬間、男とコアクリスタルの間で金色の光が生まれ、それらは男を包む形で広がっていくと、やがて男の口より絶叫のような声が漏れ、苦悶が体を駆け巡った。

 

 

「ありゃダメだな」

 

「おおおおおおおおおおおぉッ!?」

 

 

 ニアの一言の後、男は彼女の言う通り白目を剥くと、全身から血を噴き出しながら背中から倒れ、それから起き上がることはなかった。

 

 

「おおっとォ!? これは見掛け倒しだぁ、残念!」

 

 

 だがそんな男の容体など気にもせず、リーダー格の軍人は声高らかに結果を告げ、他の2人の軍人が倒れた男をどこかへと運んで行った。

 

 

「な、なあ……今、何が起こったんだ? 血、吹き出てたぞ……?」

 

「コアの負荷に耐えられなかったんだよ」

 

「残念ですが、資格のない者がコアクリスタルに触れると、()()なってしまうのです」

 

「……! ドライバーになるのに、資格がいるの?」

 

「適性みたいなもんじゃよ」

 

 

 ヘルメットの中のセイリュウが答えると、レックスはそれを噛み砕き、より深く意味を理解しようと繰り返す。

 そんな彼らを余所に、重傷者が出たにも関わらず演説は続けられ、次なる挑戦者はいないかとリーダー格の軍人が叫んでいる。

 そして遂に――広場に集まっていた人々の中から、新たなる挑戦者が姿を現した。

 

 それは、先の無頼漢に体を押され、最初の挑戦を逃してしまった兄妹たちの長兄。

 震える身体を懸命に押さえながら、コアクリスタルの前に立つと先の男同様、それを手で掴み――程なくして、あの輝きが少年を包んだ。

 

 

「う、ぁ、あ――あああああああああああッ!!」

 

「……おめでとう、かな」

 

「え……?」

 

「まさか……成功するというのか?」

 

「うん。――ほら、見てて」

 

「うわぁあああああああああああああああああッ!?」

 

 

 輝きに包まれる少年の姿。

 その背から一層強い光が漏れると、やがてそれらは形を成し、少年の前に突き立つ。

 少年の前に突き立ったのは、穂先が団扇のように大きい槍のような長柄物。

 それを手に取ると、少年の後方に新たな光が生まれ、それまた形を得てゆき、そこには1体の人形(ヒトガタ)の姿があった。

 

 

「――『ブレイド』……!」

 

「や――やった……やったぞぉおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「兄ちゃーん!」

 

「やったね兄ちゃんっ!」

 

 

 少年の成功に、広場のあちこちで喝采が上がる。

 兄妹たちはもとより、赤の他人であろう者たちも少年の同調を祝福し、幸福の空気が広場中を満たしていた。

 

 

「コアクリスタルが……武器になった……!」

 

「ブレイドとは本来、ああして誕生するんじゃよ」

 

「え? でもオレの場合は――」

 

「アンタの場合は特別。ホムラは天の聖杯なんだろ? だったら何が起きてもおかしくはない」

 

 

 ニアの言葉は尤もだった。

 ホムラはブレイドの中でも伝説と呼ばれる“天の聖杯”。

 あらゆる可能性を秘め、超常の力を有する彼女ならば、どんなことがあっても不思議ではないのだ。

 

 そもそも命を分け与えるという、生と死の循環をひっくり返すような奇跡を起こしたのだ。その時点でもう常人の思考が及ぶ領域ではないだろう。

 

 

「ところで……その“天の聖杯”って何?」

 

「は?」

 

シンとメツ(あいつら)も、ホムラのことをそう呼んでいたけど」

 

「それは……アタシも、『伝説のブレイド』ってことぐらいしか聞かされていないよ。

 ……っていうか、そんなに気になるなら、本人に直接聞きなよ」

 

「あ……でも……」

 

「さあ、さあ! 誉れある最初の成功者が現れたところで、続いては――“これ”だぁッ!!」

 

 

 最初の成功の余韻に浸かる暇も無く、リーダー格の軍人はまた新たなコアクリスタルを台の上に置くと、再び叫んで皆の注目を集めた。

 軍人が新しく用意したコアクリスタル――その色合いを目にした途端、広場に集った全ての人たちが目をあらん限りに、その瞳に驚愕と恐怖の色を浮かべた。

 

 台の上に置かれた2つ目のコアクリスタル。赤黒く、まるで固まり切る直前の溶岩のような色合いを持つそのコアクリスタルは絶えず脈動し、まるで1個の生命のように鼓動を刻み続けていた。

 

 

()()って――『巨王の残滓』ッ!?」

 

「『巨王の残滓』って……何だそれ?」

 

「知らないの!? 500年前に死んだ創世の神の一柱『炎の巨王』。その死の後に突然現れた、新種の『赤黒いコアクリスタル』。

 さっきの一般(コモン)ブレイドとは比較にならない連中が生まれる、『神の遺物』とも呼ばれる代物だよ」

 

「へぇ……そんなに凄いコアクリスタルなんだ、あの赤黒いの」

 

「凄いっちゃ凄いけど……人の手でどうこうできるものじゃないんだよ、アレ」

 

「……? それってどういう――」

 

「――不敬者ッ!!

 

 

 ニアにレックスがその理由を尋ねようとした時、広場のどこからよりそんな叫び声が上がり、程なくして人ごみを割き、古びたローブを纏う1人の老婆が姿を現した。

 老婆は軍人たちの距離を縮め、件の赤黒いコアクリスタルの前で立ち止まると、烈火の如き怒りを孕んだ声で軍人たちに怒号を飛ばした。

 

 

「ぬしら、巨王様の残滓を何と心得るか! 偉大なる我らが父の骸、その一端とも呼べるものをこのような晒し物に……恥を知れィッ!」

 

「な――何だ、この老婆は……?」

 

「隊長。おそらくこの老婆、トレランティア人――『巨王信仰』の『排斥派』の者です」

 

「排斥派……成程、『“天の聖杯”排斥派』か。その排斥派が一体何の用だ?」

 

「分からぬか! 巨王様の残滓たるこのコアクリスタル、今すぐ野に戻し、放るのじゃ!

 全てを自然のままに任せ、来たるべきかの御方の復活に備えるべきなのじゃ!」

 

「訳の分からんことを……死んだ神の復活などという妄言に付き合ってられるか!」

 

「だから不敬者と言うたのじゃ……そもそも貴様らでは、このコアクリスタルは扱えぬ。それは今日までの500年間、歴史が確と示して来ただろうに!」

 

「……っ」

 

 

 そこで初めて、リーダー格の軍人が言葉を詰まらせた。

 どういう意味なのかとレックスがニアに視線を向けると、彼女は真剣な面持ちで件のコアクリスタルについて語り始めた。

 

 

「あの赤黒いコアクリスタル、『巨王の残滓』は一般のコアクリスタルと違ってかなり特殊なんだ。

 同調するまでは他のものと大して変わらないけど、ブレイドとして実体化した際――その大半がまず、ドライバーに攻撃を仕掛けてくるんだ」

 

「え……っ!?」

 

「一体何で……?」

 

「分からない。ただ、一部の話では『相応しくない』とか『お前ではない』と言って、どこかへと去って行って、それきり姿を現さなかったってのもあるよ」

 

「そやつらは、ドライバーが死んだ後も生きておるのか?」

 

「多分……今じゃそこらの名を冠する怪物(ユニークモンスター)同様、一定の縄張りや徘徊地を定め、うろついている始末さ。

 正直な話……下手なドライバーやブレイドのコンビなんかより、よっぽど手強い」

 

「そうなんだ。……じゃあ、あのコアクリスタルに触れて、もし同調しちゃったら……」

 

「その時は今も言ったように、真っ先にドライバーが襲われる。

 己の主に相応しいかどうかを見定めてるのかもしれないけど……やられる側として命懸けだよ」

 

 

 警戒の色を滲ませながら、ニアは絶えず件の赤黒のコアクリスタルを睨みつけている。

 軍人たちと老婆の言い争いもいよいよ終わりに近づいてきたらしく、部下である2人の軍人が老婆を後ろから捕え、この場から取り除こうと動き始めている。

 

 

「離せッ、離すんじゃッ! 何故誰も理解しない!? 500年前の世界の危機、それを救われたのは『炎の巨王』様じゃ!

 “天の聖杯”など、かの御方を死の淵に追いやった忌むべき物――『親殺し』の遺物ではないかぁッ!!」

 

「……っ!」

 

 

 老婆の言葉を耳にした途端、ホムラは一瞬真紅の双眸を見開き、肩をびくんっ! と跳ねさせた。

 その端正な顔には陰りが差し、瞳も心なしか涙を湛えているように見える。

 『親殺し』――ホムラという人格が生まれる以前のこととはいえ、彼女にとっても、それは最大のトラウマなのだろう。

 

 故にスタクティは震えるホムラの肩に手を置き、それから彼女の赤髪にもう片方の手を乗せて、優しく撫でつけた。

 

 

「……スタクティ、さん?」

 

「大丈夫……気にすることはない」

 

 

 そう言ってスタクティは彼女の身体から手を離すと、何故か1人前へ出て、件のコアクリスタル『巨王の残滓』の前に屹立した。

 

 

「おっ、次の勇気ある挑戦者は君か! えっとぉ……その姿、もしかしてさっきの老婆と同じトレランティア人?」

 

「トレランティア……? ――いや、私はそのような地の出身ではないのだが」

 

「なら良かった。さ、やってみてくれ。もしかしたら、神の力の一端を手に入れられるかもしれないぞ?」

 

 

 さあさあ、と半ば強引に触れさせようとしてくる軍人に対し、スタクティは少し驚きながらも姿勢を整え、先の少年や無頼漢同様、籠手を嵌めたその手でコアクリスタルに掴み――そして。

 

 

「――!」

 

 

 直後――彼の周りを燃え上がるような真紅の光が包み、やがて彼の後ろに巨大な人型(ヒトガタ)を形成していく。

 新たに現れたソレは、先のブレイドとは全く異なる容姿の存在。

 

 重厚な鋼の鎧に覆われた、2mを優に超える巨躯。

 手に携えた大剣と大盾は重く、巨大で、とても常人が扱えるような代物ではなかった。

 そんな鋼の騎士じみた怪物が、鎧の内より一瞬黒煙を立ち上らせると、被る兜の覗き目(スリット)より赤い眼光を輝かせ、同調したスタクティを見据えていた。

 

 

「――『呪縛者』……!」

 

『――王……目覚メタ……? 喜バシキ……』

 

「なに……?」

 

 

 片言ながらも、呪縛者がスタクティの言葉に対して返答した。

 かつてドラングレイグで見えた際には、一切の意思疎通ができず、殺し合うことでしか触れ合えなかった存在が、初めて己の意思らしきものを見せたのだ。

 

 そして鋼の重騎士――『呪縛者』はその巨体を別方向、レックスたちのいる方角へと向けると、彼らの中の1人――ホムラに眼光を輝かせた。

 

 

『“天の聖杯”……王ノ死因――許スマジ……!』

 

「っ! 待て、呪縛者ッ!」

 

 

 呼び止めようとするも既に遅く、呪縛者の巨体はあっという間にレックスたちの間の距離を縮め、目と鼻の先にまで迫っていた。

 驚く彼らに対し、呪縛者は握る大剣を大きく振り上げ、怨敵――“天の聖杯”たるホムラへと、その重厚な刃を振り下ろさんとする。

 

 

「――でやぁああああああああああああッ!!」

 

『――ッ!』

 

 

 だがそれを、すんでのところで割って入ったレックスの大剣が弾き、ホムラに振り下ろされる筈だった一撃は、彼女の立つ位置の左にある石畳を砕く程度に終わった。

 

 

『何故……邪魔……スル?』

 

「何でも何もあるかよ! いきなり現れたら切りつけて来やがって……!」

 

『ソノ女……王ノ仇……故ニ討チ取ル』

 

「ふざけるなッ! ホムラは絶対に――絶対に殺させやしないッ!!」

 

「レックスッ!」

 

 

 悲痛な叫びと共に彼の名を呼ぶホムラ。

 何とか弾きこそしたものの、彼の両腕は今の一瞬で動きを大きく制限された。

 痺れが腕中を駆け巡り、筋肉が言うこと聞いてくれない。

 そんな様子のレックスに、呪縛者は興味なさそうに大剣を振り上げ、今度はレックスごとホムラを両断しようと攻撃を仕掛け――

 

 

「――止めよ、呪縛者ッ!!

 

 

 放たれた灰の王(スタクティ)の叫びを切っ掛けに、彼の大剣は空中で止まった。

 

 

『何故……? 王……コレニ殺サレタ』

 

「知らぬ……私には過去の記憶がない。だから誰に殺されたのかも、どうして海底(あそこ)にいたのかもまるで分からん。……だが――」

 

 

 向けられる赤光を一身に受け、スタクティは呪縛者に向けて言い放つ。

 

 

「彼らは()()だ。身寄りのない私を引き取り、共に暮らしてくれたレックスとセイリュウ翁。

 そして私を――()()()()を受け入れてくれたホムラも……皆、私の『大切な人たち』なのだ……!」

 

 

 だから殺すな――!

 

 吐き出されたその叫びは、ある種の悲痛に塗れていた。

 それは親しき者……友や家族といった者たちの喪失に対してのもの。

 多くを失い、欠け続けた『火の時代』最高峰の不死人が何より怖れ、忌諱したもの。

 

 そんな彼の姿を目にして何を思ったのか。

 呪縛者は止めた大剣を腕ごと下ろし、殺意を収めて後、再びスタクティの前へと浮遊しながらやって来た。

 未だ輝く赤き眼光は鋭く、けれどもどこか哀れみのようなものを含んでいた。

 

 

『王……聖杯……許ス。

 デモ……他ノ者タチ……我ト同ジ。

 必ズ殺ス……ソレデモ……許スカ?』

 

「何度も言わせるな……2人は私の家族だ。それを殺めんとするのなら――私は再び、貴公らを殺し尽すまでだ……ッ!」

 

「――ッ!?」

 

「ス――スタクティ、さん……?」

 

 

 その姿を、きっとレックスやホムラたちの4人は、初めて見たのだろう。

 未だ1日程度しか経ってないニアやビャッコは無論のこと、1年の時を一緒に過ごしたレックスとセイリュウ、そして500年前より彼のことを知るホムラでさえ、今のスタクティの姿は見たことが無かった。

 

 ドス黒い殺気を撒き散らし、殺意に塗れた視線を向けるその姿。

 そこに普段の優しい、時たま冗談を口にし、気さくに語りかけてくれたスタクティの面影はなく。

 狙った相手をとことん追いつめ、あらゆる手を用いて徹底的に蹂躙し、殺し尽す――。

 

 己と相手の血に身を染め、敵対者に死をもたらす『怪物』(ふしびと)の姿だけがあった。

 

 

『……分カッタ』

 

 

 注がれる絶死の視線に何を思い、感じたのか。

 携える大剣と大盾をソウルに還し、消失させると、呪縛者は浮遊も止めてその場に傅き、何かを捧げるように掌を表向きにした形で右手を差し伸べて来た。

 

 

『王ヨ……我ガソウルヲ……』

 

「……っ、ああ」

 

 

 一瞬警戒するも、彼がこれ以上何をするわけでもないと察してか、スタクティは差し伸べられたその手を取ると、接触と同時に彼の意識が純白に呑まれ、程となくして彼の意識体は、全く別の空間に存在していた。

 灰色がかった、色の褪せたその世界。

 どこか朧なそこを、スタクティは良く知っていた。

 

 

「これは……『記憶の世界』? 海の果ての巨人族や、ヴァンクラッド王のそれと同じか……!」

 

 

 だがそこは、かつて見た凄惨極まる戦場のような悲惨さもなければ、何もない霊廟を満たす物悲しさもない。

 視界が変わり、次の彼の目に映ったのは、ホムラとよく似た顔を持つ金髪の少女の姿。

 金紗の如き長い金髪を、武骨な籠手を嵌めた手で撫でられ、気持ち良さそうに顔を綻ばせる少女は美しく、けれどもそれ以上に可憐に映った。

 

 

 

 

『……ねぇ、ファーナム』

 

『ん……?』

 

『メツを無事に倒すことができたら……また、()()()()()()()()?』

 

『……! ……ああ。勿論だ』

 

 

 

 

 そう言う誰か――過去の自分に、金紗髪の少女は微笑み、そこで記憶は終了した。

 そして意識は再び現実へと戻ると、傅いていた呪縛者は再び屹立し、その重厚な鎧躯を見せつけるようにしてスタクティを見下ろしていた。

 

 

『我ラ……王ノ記憶……ソウルト共ニ持ツ。

 失ワレタ記憶……戻シタケレバ……他ノ者タチノソウル、奪ウ』

 

「――そうすれば、私の記憶は取り戻せるのか? 空白の期間に何があったのかを、知ることができるのか……!?」

 

『出来ル……シカシ、忘レルナ……皆、我ノ様ニハイカナイ。

 王ヲ殺サレタ怨ミ……“天の聖杯”……憎ム者モ居ル』

 

 

 鎧躯が徐々にソウルへと還り、スタクティの内へと注がれていく。

 最後の助言とばかりに呪縛者は再び兜の赤い眼光を輝かせ、告げるべき言葉を吐き出した。

 

 

『王ヨ……道ヲ決メルハ……貴方ダ。

 進ムカ……止マルカ……全テハ、王ノ御心ノママニ』

 

 

 それだけ言って、呪縛者はその身を完全にソウルへと変換し、スタクティの内側――ソウルへと吸収され、一体化した。

 後には何も残らず、ただ信じられないものを見たとざわめき、驚き乱れる民衆と軍人の姿だけがあった。

 

 

「――行こう」

 

「え……?」

 

「行こう、レックス、ホムラ、ニア君、ビャッコ。――これ以上、ここにいるのはまずい」

 

 

 一刻も早くここを離れるべきだ――。

 

 広場の喧騒に紛れ、スタクティはレックスたちを伴い、その場を跡とした。

 後にこれが、『巨王の残滓』の完全同調者としてスタクティの名が広まり、世界に行き渡る切っ掛けとなったのだが、それはまだ先の話だ。

 

 

 

 

 

 

『――コレハ……?』

 

『――ほう。よもや()以外のソウルが此処に収まろうとは。

 灰め……ようやく記憶探しに本腰を入れ始めたか』

 

『――! ……ココニ居ラレタノカ……()()ハ……!』

 

『左様。さもなくば、此奴の記憶など『火の時代』も含め、全て残らず消え去っていたであろうよ』

 

『成程……貴方ガ……“最後ノ要”トナッテイタノカ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

『大イナル闇――『深淵の主』ヨ……!』

 

 

 

 

 

 

 




【独自設定】
『巨王の残滓』

500年前の『炎の巨王』死亡の後、拡散した彼のソウルが各地の巨神獣に浸透し、その彼らの肉体より生まれた赤黒いコアクリスタル。
ブレイド化の条件は普通のコアクリスタルと同じだが、実体化と共に同調したドライバーに襲い掛かり、己が仕えるに値するかどうか試しにかかる。
だが、基本彼らの主は『炎の巨王』スタクティであり、同調して目覚めさせたドライバーは、彼らにとって『眠りから起こした誰か』程度でしかない。

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