Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 前回はすまなかった……。
 そして今回は9割シリアス、1割シリアルでご提供させて頂きます。
 それではどうぞ。


16.帝国の宝珠 ―カグツチ―

「――よし、それじゃあ行こう!」

 

 

 無力化したスぺルビア兵士たちをオーベラ通りのあちこちへ適当に放り捨てて後、準備を整え、レックスたちは先を進もうとしていた。

 色々なものを犠牲(ホムラ、ニア、ビャッコを除く)にした2人と1匹の戦いの果て、最良の結果となったのは良かった。

 だがそれを嘲笑うかのように、彼ら行く道を炎――美しく燃え上がる“蒼炎”が阻んだ。

 

 

「なに――ッ!?」

 

「炎の壁……!」

 

「――何やら騒ぎが起きていると駆けつけて見れば……」

 

 

 カツン――と。

 軽やかな足音と共にやって来たのは、レックスたちを阻んだ蒼炎と同じ色合いを持つ、1人の長身の美女だった。

 蒼いドレスのような衣装を身に纏い、胸元の内側を大胆にも晒したその姿は妖艶で、しかし宿す蒼炎と携えた双剣より醸し出される剣気は苛烈を極めている。

 双眸は深く閉じられ、その瞳を目にすることは叶わないが、確かにこちらを見ているのか、明確な視線をその閉ざされた双眸から感じられた。

 

 

「折角束の間の休暇を楽しんでいたのに……」

 

「あいつ……ブレイドか?」

 

「カ――カグツチ……さま……」

 

 

 草むらに放り捨てられた軍人隊長――部下たちからは『パクス警備長』と呼ばれていた男は、蒼の美女のことをそう呼ぶと、毒が回ってあまり動けない体を無理矢理立たせ、他の部下たちにも起きろと呼び掛けていた。

 

 

「見たところ1人のようだけど……ドライバーはいないのか?」

 

「私のドライバーは現在、ある任務で遠征中です。……今は私1人」

 

「ドライバーがいない……?」

 

「フ、フ……フフ……カ、カグツチ様は……スぺルビアの宝珠とも呼ばれる、帝国最強の、ブレイド……ドライバーが居なくとも、これ程の力を出せる……観念するが、いい……」

 

「パクス警備長、あなたはすぐに医療室へ。他の者たちも、あなたと似た症状ならば早急に治療へ向かいなさい」

 

「はっ……ですが、カグツチ様……この者たちは……イーラの、手の者……どうか、お力を……!」

 

「イーラの……?」

 

 

 パクスの進言に、カグツチは閉ざされた双眸を再びレックスたちに向ける。

 レックス、ニア、ビャッコ、スタクティ――そして影に隠れて姿がよく見えないが、目を凝らせばその全貌を浮き出てくる。

 赤い髪に真紅の双眸。赤と黒の衣装を身に纏い、胸元には翠玉色のコアクリスタル――。

 

 

「翠玉色のコアクリスタル――まさかとは思ったけれど……」

 

「カグツチ、さま……」

 

「……分かりました。彼らの相手は私が受け持ちましょう。……ですが殺生はなりません。故にパクス警備長、医療室へ向かった後、代わりの捕縛要員をここに派遣しなさい」

 

「はっ……申し訳ございません」

 

 

 そう言ってパクスは他の兵士たちと共に、よろよろな足取りでその場を離れ、その場にはカグツチだけが残された。

 だが侮るなかれ。彼女は本気で、自分1人でレックスたち全員を相手取ろうとしている。

 強者が故の慢心か、あるいは己の強さに対する絶対の自負故か。

 

 二刀のサーベルを振るう蒼炎の女傑は、纏う炎と共に彼らへ宣戦を示す。

 

 

「さあ、始めましょう――」

 

「これは……流石に先と同じ手は使えぬか……」

 

「もう2度と使いたくないけどね……!」

 

「なに呑気に喋ってるのさ――来るよ!」

 

 

 戦闘の意思を示すカグツチに、レックスたちもそれぞれ赤き大剣、ツインリング、双曲剣『踊り子の双魔剣』を構え、彼女と刃を交えるべく戦意を漲らせた。

 互いに睨み合い、状況は一触即発。

 己の武器を強く握り締め、互いに相手の出方を窺い――そして、遂に!

 

 

「――はぁッ!」

 

 

 まず最初に仕掛けたのはカグツチ。

 蒼い刀身のサーベルを鞭のように伸ばし、振るってくるのをレックスたちは各自散らばることで避け、同時に固まらないことで彼女の意識を1人に集中させぬよう仕向けた。

 

 

「――《ジャガー・スクラッチ》ッ!」

 

「――《ソード・バッシュ》ッ!」

 

 

 続いて動いたのはレックスとニア。

 手中で2つのツインリングを回転させ、その回転力を加えて縦からの双撃と、愚直なまでに真っ直ぐな一突きが繰り出されるが、いずれもカグツチの二刀によって捌かれ、直撃はしなかった。

 

 

「隙だらけよ――」

 

「――っ!」

 

 

 踊るように、舞うような足取りで距離を縮め、蛇腹剣となったサーベルをニアに叩きつけてくるカグツチ。

 炎を纏う鞭の如き剣閃。だが、先の2人の攻撃をカグツチが避けて躱したように、迫るそれをニアの代わりに受け止め、防ぐ者がいた――スタクティだ。

 

 

「させぬよ……ッ!」

 

「その姿形……トレランティア人? ……成程ね」

 

 

 振るったサーベルが交差された双魔剣によって防がれたのを悟ると、すぐさまそれを引き戻して、カグツチは狙いをニアからスタクティへと変える。

 先のような蛇腹剣による中距離攻撃ではなく、踊るような足取りで繰り出される二刀の連撃。

 流麗で、しかして苛烈。

 まるで炎の波のように押し寄せる怒涛の剣撃はスタクティを徐々に押し、彼の身を街路の壁際にまで追い込んでいた。

 

 

「フ――ッ!」

 

「――っ!」

 

 

 だがやられっぱなしの彼ではない。

 一瞬の呼吸を経て、それまで捌きと防御に徹していた彼の動きが変わると、二振りの魔剣を不規則な軌道で振るい、彼女に連撃を繰り出し始めた。

 先のお返しとばかりの剣撃の嵐は、それまでカグツチが使っていた剣舞の如き剣閃の連撃と似ており、まるで戦いではなく舞踏のように双魔剣を振るい、彼女を押し始めた。

 

 

「やはり――! ドライバーとブレイドがいる集団(パーティー)の中で、何で1人だけ古びた鎧を帯びているのかと思ったけど……これだからトレランティア人はやり辛いわ」

 

「先程からトレランティア、トレランティアと……一体何なのだ、それは――!」

 

「……? あなた、もしかして違う? ……だとしたら、それはそれで厄介ね」

 

 

 剣戟の応酬の最中、互いの言葉を交え合い、幾つかの情報が行き交う。

 非ドライバーのトレランティア人もどき。トレランティア。

 片や予想していたものと異なる存在に静かな驚きを抱き、片や先の広場でも耳にした何処かの地の名の人間であると仮定され、一層その地への深い疑問を抱いていく。

 

 

「――スタクティさん、離れてッ!」

 

「――!」

 

 

 後方より響くホムラの声に応じ、言われた通り剣舞を止め、そのまま後方へ大きく後退する。

 その直後、レックスより大剣を受け取ったホムラが、己の体ごと大剣を一回転させ、周囲のエーテルを吸収。からの――

 

 

「――《フレイムノヴァ》ッ!」

 

 

 古代船での対メツ船で行使した必殺技が炸裂する。

 炎熱の波と大剣が放たれ、カグツチを襲う。

 だがそれをカグツチもまた、膨大な蒼炎の剣波で応じると、一瞬の拮抗の末、ホムラの炎熱波を掻き消し、迫る大剣も弾き飛ばした。

 

 

「――ぜぇあああああッ!」

 

「……! ――はぁッ!」

 

 

 弾き飛ばされた赤き大剣をレックスが空中で受け取り、着地と共に炎の斬撃を放つ。

 それに対し、カグツチも十文字を描く重ね斬撃を放つ。

 

 衝突――爆発。

 途轍もない爆風を生み出し、一瞬双方の視界が煙によって覆い隠されるも、すぐさまレックスたちは視界を取り戻すと、そこには全く無傷のカグツチの姿があった。

 

 

「……っ」

 

「あの人――強い……!」

 

「ドライバー抜きでアレか……!」

 

「――諦めるな! こっちは二組だよ!」

 

 

 カグツチの圧倒的な強さに驚くレックスたちに、ニアとビャッコが鼓舞の言葉を口にしながら跳躍。

 落下の勢いに任せ、再びカグツチに攻め掛かろうとした2人は、直後カグツチの後方より放たれたネットのようなものに絡め取られ、その身を街路上に転がされた。

 

 

「ぐぅあ……!?」

 

「お嬢、様――ッ!」

 

「――カグツチ様、お待たせ致しました!」

 

「来ましたか……良いタイミングです」

 

 

 見れば彼女の後方から、先に離脱したスぺルビア兵士と同じ格好の者たちが姿を見せていた。

 手にした銃型武装より放たれたと思しき黄色のネットは奇妙なことに、ニアやビャッコの力を以ても破られず、2人の身体をしっかりと捕え、拘束していた。

 

 

「『エーテル遮断ネット』――大気からのエーテルを遮断しつつ、対象の身動きを封じる……力の源であるエーテルを遮られては、流石にどうしようもないでしょう?」

 

「ニアッ! ビャッコッ!」

 

「っ……逃げろ、レックス! アタシたちに構うな!」

 

「無理言うな! 見捨てるなんてできるわけないだろ!」

 

 

 仲間を思うレックスらしいその言葉。

 気持ちはホムラやスタクティも同じだが、如何せん状況は少しばかり悪い。

 新たに集った兵士たちの数は15名。先程の倍以上だ。

 加えてカグツチは未だ健在。あれだけの数を相手した上で、なおカグツチという戦力を相手せねばならないとなると、勝率は限りなく低くなる。

 

 

「アンタには、アンタの目的があるだろ――それを果たせ!」

 

「レックス、今は退け! それしかない!」

 

「……でもっ!」

 

「セイリュウ翁の言う通りだ。悔しいが……流石にこの数は私でも捌けぬッ!」

 

「逃がすと思っているのかしら?」

 

 

 双剣(サーベル)を振るい、刀身から蒼炎を放つとそれは瞬く間に地を駆け、レックスたちの往く道を塞ぐように壁となる。

 3人と1匹を取り囲むように広がった蒼炎の壁は徐々に内部の者たちの体力を奪い、いずれその炎熱で彼らを灼き殺すだろう。

 無論、拿捕を目的としている以上、相手がレックスたちを焼死させる可能性はないだろうが、どちらにせよ今のレックスたちにとっては最悪の展開だった。

 

 

「さて――ん?」

 

「あれは……白蝙蝠?」

 

 

 突如、上空でギィ、ギィと奇妙な鳴き声が響くと、カグツチは元より、レックスたちも上空を向いて、そこを飛び交う『白蝙蝠』なる存在を見た。

 それは、確かに見様によっては蝙蝠だった。

 だが一般の蝙蝠と比べ、痩せた翼の他に細いながらも手足を有し、その身体は比較的人間に近いものだった。

 

 空を舞う白き蝙蝠羽の怪物を目にし、その場の誰よりも強い反応を示したのは――やはりと言うべきか、スタクティだった。

 

 

「『蝙蝠羽のデーモン』……! まさか……アレらも『巨王の眷属』とやらなのか――!?」

 

「何故、彼らがここに……? 『灰狼公』の配下である彼らが、どうして――!?」

 

「如何されました、カグツチ様?」

 

「全員、この場から即離れなさい! ……“()()”が来るわ」

 

「“アレ”って……まさか、“アレ”でございますかッ!?」

 

「ええ、その“アレ”よ」

 

「“アレ”……?」

 

「“アレ”って……何でしょう?」

 

 

 炎熱に身を苛まれながらも、突然様子が急変した彼らがしきりに呟く“アレ”なる単語に、自分たちの危機も忘れて興味を示す。

 そして程なく、どこからともなく重厚な足音が響き出すと、続けて四足獣のそれと思わしき足音も聞こえ、それに伴い兵士たちが動揺の様子を見せ始める。

 

 音は徐々に大きくなり、いよいよレックスたちのいるオーベラ通りにまで近づくと、そこで一瞬音が消え――兵士たちのいる場所に暗い影が1つ落ちると――

 

 

「――『お散歩』の時間よ!」

 

『メェエエエエエエエエエエエエッ!!』

 

 

 ズンッ! と重々しい着地音を伴って、一部の兵士たちを吹き飛ばしながら()()は現れた。

 細身ながらも確かな筋肉のついた巨躯。

 剥き出しの上半身とは対称に、下半身には簡素な脚絆を穿き、両腕には尋常ならざる大きさの巨大な鉈を一振りずつ携えている。

 頭部は人のそれではない。邪教の儀式に用いるような、禍々しい山羊の頭骨を模した異形の貌が頂かれ、その下――首には黒革で作られたらしい()()()()()()()()()が嵌められ、そこから伸びる紐の先には、2匹の気色悪い黒犬が繋がれている。

 

 

「な――“アレ”は……!」

 

「知ってるの、スタクティさん!?」

 

「ああ。忘れる筈がない……! “アレ”は先の広間で見た、鎧の重騎士と同じ存在……!」

 

「そう――あなたも知っているのね、トレランティア人もどきの騎士。

 ……そう。これはかの『巨王の眷属』が1匹。このグーラを徘徊する恐るべき獣……」

 

 

 互いにその怪物を語り、正体へと繋げていく。

 言葉を紡ぐごとにレックスとホムラは興味津々に喉を鳴らし、スぺルビア兵士たちは恐怖に顔を染めていく。

 

 

「そう――こいつは……!」

 

「そう――この怪物は……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――『犬のデーモン』ッ!!

 

「――『凶犬使いの大山羊』ッ!!

 

『——はい?』

 

 

 

 

 

 

 

 ——。

 

 ————。

 

 ——————。

 

 

「……いやいや、いやいやいやいや。どう見ても犬だろう、貴公」

 

「あなたこそ何を言っているの? どう見たって山羊の方が本体(メイン)でしょうに」

 

「分かってないな、貴公。見ろ、首輪から紐が伸びて前の2頭(いぬ)に繋がれているだろう?

 どう見ても先導されてるじゃないか。山羊が飼い主じゃなくて、犬が飼い主なんだよ。だから『犬のデーモン』で間違いない」

 

「首輪を付けて先に走るのが飼い犬でしょう? それとも何かしら、あなたの故郷では犬が後を追って散歩に出かけるの?」

 

「こいつらの本体は山羊の方ではなく犬だ。犬こそが厄介極まりないんだ。山羊なんておまけだよ、おまけ」

 

「どう見たって山羊の方が本体でしょう。ほら見なさい、両手に鉈を持ってる。知性ある存在でなければ物なんて持たないわ」

 

「その鉈一撃が重いだけでな、動き鈍くて全然当たらないんだよ。こういう狭所ならともかくな」

 

「それ理由になるの? 客観的に見ても、山羊の方が飼い主よ」

 

「いいや、犬だ」

 

「山羊」

 

「犬」

 

「山羊ッ!」

 

「犬ッ!」

 

「「いい加減にしろこの頑固頭ッ!!」」

 

『あなたたちの方がいい加減にしてよ(してください)ッ!!?』

 

『メ……メェェェェェ……?』

 

 

 互いに譲らぬスタクティとカグツチの論争に、いよいよ痺れを切らした他の面子が叫び声を上げる。

 ある意味元凶である犬――もとい『山羊頭のデーモン』は、どうすればいいのかと情けない声を上げ、先頭を走る2匹の魔犬に視線で問い掛けるも、2匹はまるで気にした様子なく、その場で力んで用を足している始末だった。

 

 そんな時、どこからともなく一発の弾丸――のようなものが飛んでくると、それはカグツチとスタクティの立つ場所の真上にある水道管を破り、砕けた場所から大量の水が2人に向けて注がれた。

 

 

「——きゃああっ!?」

 

「ぬぅおおおッ!?」

 

「はっ! 今だ――ホムラッ!」

 

「へっ!? ……ああ、そういうことで」

 

 

 水を被ってカグツチの炎の壁が消え失せると、レックスはホムラに呼び掛け、大剣を掲げ、その柄にホムラも己の右手を添える。

 

「スタクティさん、こっちに来て!」

 

「むぅ!? ——分かった!」 

 

「行きますよ、レックスッ!」

 

「ああ!」

 

「「——《バーニングソード》ォッ!!」」

 

 

 炎剣一閃――!

 

 燃え上がる劫火の一振りが地を駆け、カグツチたちの前で炸裂する。

 その間にスタクティもレックスたちと合流すると、そのまま2人と共にその場を離脱し、どこかへと姿を消していった。

 

 

「逃がすなッ! 追え、追うんだッ!」

 

 

 パクスとは別の警備長が指示し、命を下された兵士たちは逃げたレックスたちを追跡していく、

 

 

「な――何だか、良く分からないけど……ああ、それでいいよ。レックス」

 

「ですが、お嬢様……」

 

 

 ネットに捕らわれ、身動きができないニアとビャッコを、件の山羊の怪物が見下ろしている。

 何を仕掛けてくるわけでもなく、ただじっと凝視しているだけなのだが、それが今は無性に恐ろしく感じられた。

 

 

「『巨王の眷属』——『凶犬使いの大山羊』……!」

 

「……この水流の中で、あの技」

 

 

 見つめてくる恐怖の大山羊を睨みつけるニアとは別に、カグツチは先のレックスたちの行動、放った技を思い出し、独り呟く。

 埒外の異能を有しているとはいえ、ブレイドの能力も属性の影響は受ける。

 なのにホムラは、カグツチと同じ『火』であるにも関わらず、彼女らが放った炎の斬撃は水流の影響をまるで受けていなかった。

 

 

「“天の聖杯”——やはり本物か……」

 

 

 蒼炎の美女の言葉を耳にする者はなく、取り敢えず彼女は、『散歩』にやって来た山羊の怪物を退けるべく次の行動に移った。

 

 

 

 

 

 

「——はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 

 街路を抜け、倉庫街らしき場所を疾走するレックスたち。

 逃走してまだ時間は経っていないが、体力は残り少ない。

 どうにかして撒けないものか。そんな考えを巡らせていると、ふとどこかより彼らを呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「——おーい、おーい」

 

「……!?」

 

「——こっち、こっち! こっちだも! 逃がしてあげるも!」

 

 

 荷物の積み重なった倉庫の壁が開き、その隙間から小柄でまん丸とした体躯の生き物――『ノポン族』らしき少年が姿を見せた。

 

 

「君は……?」

 

「はやく! はやくも!」

 

「……怪しいが、この際逃げ切れるのなら何でもいい。——レックス」

 

「分かってる。……ホムラもいいよね?」

 

「はい。レックスとスタクティさんに任せます」

 

「よし……それじゃあ遠慮なく、入らせて貰うよ!」

 

「はやくも! すぐにあいつら来ちゃうも!」

 

 

 そう言ってノポン族の少年は少し奥に体を引っ込めると、それで生じた隙間を潜って、3人は扉の中へと入っていた。

 そして少年によって扉は閉じられ、程なくしてスぺルビア兵士たちの足音が響いてきたが、当然隠し扉の存在に気付かない彼らはそのまま行ってしまい、終ぞ彼らを見つけることはできなかった――。

 

 

 

 

 

 

「——ありがとう、助かったよ」

 

 

 薄暗い木造の路に入ってすぐ、レックスは助けてくれたノポン族の少年に礼を言った。

 

 

「でも、どうしてオレたちを?」

 

「……何となくも」

 

「何となく……?」

 

「——って言うのは嘘も。ほんと言うと、いっつも威張りちらしてる兵士に完成したばっかのロケットカムカムをお見舞いしてやろうと思ってたも。

 そこへちょうどにーちゃんたちが追われて来たんだも」

 

 

 結果的に外れてしまい、水道管が破裂する始末となったのだが、それで助かったのだから文句は言えない。

 と言うよりも――

 

 

「そうか……さっきのは君が……」

 

「——トラだも」

 

「トラっていうのか。オレはレックス。こっちはホムラで、鎧を着ているのがスタクティさん」

 

「よろしくお願いしますね」

 

「先程は助かった。礼を言わせてくれ、トラ君」

 

「いいも、いいも。よろしくも。——もふふ……」

 

『……?』

 

 

 何だか先程の嘘から始まり、どうにも彼――トラの態度がおかしい。

 何かを隠しているような、打算的な考えの下、レックスたちを助けたような……そんな気がしてならない。

 だがそれを問うよりも早く、本人の方からその理由を明かして来た。

 

 

「——実は、助けたのにはもう1つ理由があるも」

 

「理由?」

 

「……良からぬことではあるまいな」

 

「そんなことないも! まあ、それはトラん()に着いてからゆっくり話すも」

 

 

 こっちだも――そう言ってトラは、その小柄な体躯を左右に揺らしながら、木造の路を進んで行った。

 やはり何かあったのは事実だったが、悪人には見えず、取り敢えず彼の言う通り、レックスたちも路を進み、『トラの家』へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 スぺルビア帝国グーラ領・港。

 

 そこ今、一隻の巨神獣船が到着した。

 本国となる巨神獣の寿命がもう長くないため、その補強として機械技術を発展させ、世界に名を轟かせた大国の巨神獣(アルス)船は、そのほとんどが機械化されており、スぺルビア帝国らしさを明確に表わしていた。

 

 開かれた出入り口(ハッチ)を通り、グーラの地に姿を現したのは1人の軍人。

 すらりと高い背丈の身体を、仕立ての良い黒い軍服で包み、被った軍帽の下には鋭くも美しい、それでいて()()()()()が感じられる双眸が見えた。

 

 橙の瞳でグーラの街を見ると、程なくして彼女の視線は別の方角へと向けられ、そこにいた()()()()へと声を掛けた。

 

 

「まさか、真っ先に出迎えに来てくれたのが貴殿だとはな……」

 

「——なに。貴公の(ソウル)はよく覚えている故にな。

 波動を感じて、久方ぶりに顔を見せに来たまでだ」

 

「そう言ってくれるのはありがたいが、かの『巨王の眷属』たる貴殿に言われると、少し恐縮するよ――『灰狼公』」

 

()()()()()()でいい。私も貴公のことは、この500年の間で誰よりも認めている。

 主として仕えることはできぬが、共に主君に忠を尽す者同士……盟友としてなら、貴公とも触れ合えよう」

 

 

 港に現れたその姿は、およそ機械と共に暮らすスぺルビアとは対称のもの。

 巨大な灰色の大狼に跨るその姿は、紛れもなく騎士のそれ。

 常人の2倍近くはある巨躯を銀の鎧と群青色の外套で覆い、飾り房の付いた兜で覆われた顔は見えないが、その奥より覗く眼光は狼のそれを彷彿させる。

 

 『灰狼公』アルトリウス――500年前に散らばった『巨王の残滓』、その1つより生まれ出でたグーラの森の守護者にして、『巨王の眷属』が一角。

 かつて無双の剣腕を以て、古の時代に名を轟かせた神族の大英雄だ。

 

 

「そう言えば、貴殿はご存知か? “天の聖杯”が、そのドライバーと共にこのグーラへ来ているという情報を」

 

「知り得ている。配下の『蝙蝠羽のデーモン』——貴公らが『白蝙蝠』と呼ぶ者らが確認し、知らせてくれた。

 ……その中に、気になる輩が1人いるとの報もあったが、今は貴公同様、“天の聖杯”を最優先目標としている」

 

「やはり、真実なのか? 『炎の巨王』が……実子たる“天の聖杯”によって殺されたというのは?」

 

「ああ。……我らは共に、あの男の内に在り続けた。

 多くを見て、多くを知り、この世界を知った。……そして、あの戦いの終始も」

 

 

 呟くその声に、不思議と怒りや憎しみはなかった。

 だが、密やかに、声なき慟哭がアルトリウスより漏れ出ているのは事実であり、だからこそ彼は、配下のデーモンたちよりその報を知らされた時、『あること』を確かめようという考えに至ったのだ。

 

 

「私は知らねばならない。かの聖杯が今も尚、あの凄まじき力を有しているのか。

 かつての大災厄、あるいはそれ以上の災禍を引き起こす可能性があるのか……私はそれを、確かめねばならない」

 

「もし、その可能性が大だったとしたら……?」

 

「問われるまでもない。聖杯の娘が今も、かつてと同じ危険性を孕んでいると言うのなら――」

 

 

 静かな口調でそう言いつつ、アルトリウスは左手を高らかに掲げ、そこに己のソウルを集中させる。

 蒼白い輝きと共に、顕現するは一振りの大剣。

 ()()彼が有する3()()()()——その内に一振りたる、亡霊狩りの魔剣だった。

 

 

「——この手で、その命を叩き切る。2度と世界を灼かせぬという気持ちは、貴公と同じものだと思っているよ――メレフ」

 

「ああ。その通りだ、我が盟友アルトリウス。かのブレイドが真に“天の聖杯”だと言うのなら――」

 

 

 

 

 

 

 

「「——我が手で捕える。必ず……」」

 

 

 

 

 

 

 

 




 皆大好き深淵歩きこと、騎士アルトリウス!

 作中にもあった通り、メレフとは主に仕える忠臣同士という共通点から、盟友として個人的な関係を築いています。
 
 次回は速く進ませるためにちょいちょい話を飛ばすかもしれませんが、お付き合い頂けたら幸いです。
 皆さんの感想お待ちしております。

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