Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 今回はいよいよ軍艦への潜入です。
 ちょっとくどいくらいのスタクティ万能シーンが出てきますが、先が気になる方は読み飛ばして貰っても全然大丈夫です。メインは後半ですので。

 それではどうぞ。


18.軍艦潜入

 ――いよいよ準備は整った。

 

 ノポン族の少年トラと、彼が造った人工ブレイド『ハナ』の2人を加え、レックスたちはいよいよニア・ビャッコ2名の救出作戦に出た。

 街を越え、農場を下り、その下の隠れ道を進んだ先に件の大樹の根っこがあり、ホムラの予想通り、それを使えば搬入口に入れそうだった。

 

 

「――と、来てみたはいいが……」

 

 

 根っこの先まで来てみると、予想していた光景と全然違っていたことを思い知らされる。

 確かに他の場所と比べて近くはある。だが、それでも結構距離があり、何より高さが全然違う。

 跳躍だけで行けるような高さではないことは誰の目から見ても明らかであるが、幸いというべき、搬入口へ昇る手段を持つ人物はいた。

 

 

「ちょっと待ってて」

 

 

 後ろに居る皆にそう告げ、レックスは左手に嵌めたアンカーを起動し、ワイヤーに繋がれた小型の錨を搬入口の天井に突き刺す。

 そして再びアンカーを弄ると、レックスの身体が勢いよく浮き、そのまま搬入口まで飛んでいった。

 軽やかな動きで着地すると、今度は搬入口からホムラたちのいる根っこの先端に向けてアンカーを飛ばすと、それを今度は突き立てず、垂らすような形で彼らの前に伸ばした。

 

 

「まずはホムラから。引き上げるから捕まって!」

 

「……」

 

 

 自信満々に言うレックスだが、そのホムラは無言のまま、目の前に垂れた小型の錨をじっと見つめているだけ。

 それもそうだろう。誰の目から見ても、その錨は人一人が乗るには小さすぎた。

 それでも意を決し、ホムラは垂れる錨から伸びるワイヤーを掴み、錨に足を乗せて己の身体を預けると――

 

 

「――うっ!? お……()()……!」

 

 

 上の方でレックスが、女子にとってとんでもない爆弾発言を口にしていた。

 それは下の方にもはっきりと聞こえ、『重い』と言われたホムラは思わず謝罪しながら、乗っていた錨から地面に降りた。

 

 

「ご、ごめんなさい……!」

 

「うわぁっ!?」

 

 

 結果、アンカーを勢いよくレックスの下にまで戻り、その拍子にレックスも体勢を崩して、その場で盛大な尻もちをつく形となった。

 

 

「っ――いってぇ……!」

 

「レディーに向かって『重い』とは……デリカシーのない奴じゃの」

 

 

 パタパタと翼を羽ばたかせながらセイリュウがレックスの言動を密やかに咎める。

 その下でもトラが何やら叫んでおり、その隣ではホムラが両手で顔を覆うように隠し、しきりに謝っている姿が見えた。

 

 

「そうだも! デリカシーないも!」

 

「ごめんなさい……! 本当に、ごめんなさい……!」

 

「あ、い――いや! そういう意味じゃなくて……!」

 

「確かに、トラよりは重いも。あ、でも! それは立派に成長している証拠だも!

 いいことだもっ! すっごくいいことだもっ!」

 

「――ブレイドは成長しないと聞いたのだが」

 

「――!」

 

「っ!? バカ、バカバカバカも! スタクティさんも、レックスのアニキと同じくらいデリカシーないも!」

 

「……? 私も……なのか?」

 

 

 いきなりトラにぽこぽこと殴られ、ホムラは一層悲しそうな声で謝り続ける。

 自分のせいなのかと後ろに居るハナに問うも、彼女は肩を竦めて首を左右に振るだけで、答えは聞かせてくれなかった。

 

 

(しかし……これは流石に……)

 

 

 とはいえ、問題はこの高低差をどうすべきか。

 正直に言って、ホムラでさえああだったのだから、おそらくこの一行の中で最重量を誇るスタクティはもっと駄目だろう。

 例え鎧を全てソウルに戻し、腰巻一丁残して全裸になったとしても、レックスでは引き上げられまい。

 

 どうしたものかと考えに耽ると、ふと彼は昔のことを思い出す。

 昔、『センの古城』と呼ばれる試練の城塞を踏破した後、城の最上階――番人である『アイアンゴーレム』が立っていた場所に暫くいると、どこからともなく現れた『蝙蝠羽のデーモン』が彼を掴み、山を越えた先にある神の都『アノール・ロンド』に運んでくれたことがあった。

 最初は本当に驚いたが、山を越え、かの神都の光景を一望できた際の感動は今もまだ褪せておらず、目を瞑れば昨日のことのように思い出せる。

 

 

「――そう言えば……」

 

 

 そしてふと、彼は先日の出来事を思い出す。

 帝国最強のブレイド『カグツチ』との戦いの最中、突如彼らの真上に現れ、彷徨うにように飛んでいた『蝙蝠羽のデーモン』。

 もしもまだ、彼らがこのグーラにいるというのなら……

 

 

(試してみる価値はありそうだな……)

 

 

 そう思い、ソウルに手を挿し込むと、彼はその内から2本の旗を取り出した。

 『ロスリックの小環旗』、そして『勅使の小環旗』――共にあのデーモンたちを呼び寄せ、目的の地へと運んでくれるための御旗。

 いきなり2本の旗を掲げたスタクティに、3人が怪訝そうに首を傾げていると、どこからともなく羽ばたきのような音が鳴り始め、遅れて『ギィ、ギィ……』という不気味な鳴き声がその場に鳴り始める。

 

 そして少しの時間を経て――スタクティの予想は現実のものとなった。

 

 

「――()()()……!」

 

 

 彼らの周囲に現れたもの。それは白い蝙蝠のような羽を持つ、痩せさらばえた細身の異形たち。

 絵物語に出て来そうな、如何にも悪魔といった風貌の怪物たちは、古き時代においては『蝙蝠羽のデーモン』と呼ばれていた。

 

 

「な――何だも、こいつら!?」

 

「ご主人、ハナの後ろにどうぞも」

 

「スタクティさん、これって先日の……!」

 

『ギィ……ギィ……』

 

 

 唸るような鳴き声を上げて、群れの1匹がスタクティの前に降り立つと、まるで指示を待っているかのように顔を向け、その視線を彼に注いできた。

 

 

「あちらに移動したい。すまないが、私とこの3人もお願いしたいのだ……頼めるか?」

 

『ギィ……』

 

 

 言葉が通じたのか、それとも身振り手振りを加えたのが功を奏したのか。

 眼前のデーモンが一声上げ、他のデーモンたちに指示するように指を差すと、その指示に従い、デーモンたちはその細長い腕で4人の身体を抱え、そのままゆっくりと搬入口の方へと運び出した。

 

 どさり、と彼ららしいぞんざいな離し方で落とされるも、幸いにも怪我人は1人もおらず、無事全員が軍艦内に入ることに成功した。

 

 

「うっそ……マジかよ。オレが先に昇った意味ないじゃん……」

 

「いや……正直賭けだった。先日、彼らがいることを知り、その彼らの習性を覚えていたからこそ成し得た結果だ。

 もしもそちらが成功しなかった場合は、レックスに全員分引き上げて貰っていただろうな」

 

「うっ……まあ、全員で行かなきゃダメだもんな。中に何人の兵士がいるか分からないし」

 

「その通りだ。昨日も言ったが、私は対多数戦を最も苦手としている。

 戦闘の際のメインが常に私というわけではないが……君たちには可能な限り、群体型の敵を相手して貰いたい」

 

「オッケー! スタクティさんも、頼んだよ!」

 

「ああ」

 

「では行きましょう。ニアとビャッコさんの処刑時間も、もう迫っていますので……!」

 

 

 ホムラの呼び掛けに皆が頷き、到着した搬入口を通して、一行は軍艦内へと潜入して行った――。

 

 

 

 

 

 

 搬入口改め、排出口を通って軍艦内に潜入したレックスたち。

 最初に行き着いた場所――クラウドタンク室と呼ばれる、文字通り雲のようなものを溜めこんだ一室では、そこに住みついたと思しきモンスターと戦い、そこを越えた先、軍艦内左舷外郭通路では徘徊中のスぺルビア兵士たちと出くわしそうになったが、そこは件の隠密装備で透明化したスタクティが、背後からの奇襲で無力化することで戦闘にならずに済んだ。

 

 

「ほぇ……さっきといい、今といい、本当に何でも熟せるも。スタクティさんって」

 

「……何でも、というわけではない。万能という自負はあるが、それ故に器用貧乏なところもあるのでね。

 他の者たちとは異なり、これといった一点特化した技術がないんだよ、私には」

 

「そうかも? そんな風には見えないけども……」

 

「いずれ分かる日が来るさ。……さて、これはどうしたものか」

 

 

 通路の途中に通気孔を見つけ、そこから別の通路へと行けるみたいなのだが、如何せん妙に頑丈で、かつ大きい。

 力任せに破ることもできなくはないが、スタクティの場合は素手ではなく武器を使うことを前提としたものであり、これだけ頑丈かつ大型のものを破壊するとなると、必然的にこちらも大型武器を使わざるを得なくなる。

 そしてそういった武器ほど、破壊した際の破砕音などが大きく、その音を感づかれて新たな敵を呼び寄せてしまう可能性も高い。

 

 

「それでしたら、私たちにお任せを。――ハナちゃん」

 

「はいですも」

 

「……?」

 

 

 前に進み出たホムラとハナが、通気孔の前に立って何かを始める。

 目を瞑るホムラ。両腕の機構を駆動させるハナ。

 まるで同調(シンクロ)しているような雰囲気の2人。

 やがてハナが通気孔の網目部分に手をかけると、それをゆっくりと外していき、完全に外れ切ると共にそれを適当な場所へと放り投げた。

 

 響く音が思った以上に大きくなかったのは幸いだが、彼らとしては、寧ろ2人の協力行動の方が驚きだった。

 

 

「すごいも、ハナ! ホムラちゃん!」

 

「ああ。協力プレイってやつかな? 全然音がしなかったよ」

 

「うふふっ……今まではスタクティさんが全部1人でやってましたからね。あまり使う機会がなかったんですよ」

 

「えっへん、ですも」

 

「これは……ああ、良いな。私がやるよりも余程いい」

 

「そら、道が拓いたぞい。早う行くぞい!」

 

 

 セイリュウの言葉に促されて、通気孔があった場所を通り、新たに出た通路を右側に進んで行くと――そこで一行は1度足を止め、辺りを見回した。

 

 

「……ご主人。この辺りのどこかに、ブレイドがいますも」

 

「ハナ、そんなことが分かるのかも?」

 

「はい――何かブレイドの波動って感じですも」

 

 

 トラとハナが話している傍らで、レックスもホムラ、スタクティと話をしていた。

 

 

「何だかよく分からないけど、ビャッコがいるのかな?」

 

「そうみたいですね――よし。片っ端から、開けて見ましょう!」

 

「いや待て。そんな時間がかかるやり方は流石に勧められんぞ」

 

「じゃあどうするのさ?」

 

「大丈夫……ハナがこの辺りにブレイドがいると感知した以上、場所はここに限定される。

 ならばそこを集中的に探り、正確な場所を割り出す」

 

「割り出すって言っても、どうやって?」

 

「先ほども言ったろう? 私は万能であるという自負はある、と。

 純粋な生命ほどではないが、ブレイドもまた1つの命。

 意識を集中させれば――(ソウル)の鼓動を感じ取るなど訳もない」

 

「ソウル……鼓動って?」

 

「まあ、見ていたまえ」

 

 

 彼らが自分を認識できるよう『見えない体』の術を解くと、スタクティは早速行動に移る。

 独房の扉1つ1つに手を当て、内側のソウルを感知する。

 1つ、2つ、3つ――と。

 それを幾度か繰り返していると、覚えのある魂の反応を感じ取り、皆にここにビャッコがいることを告げる。

 

 

「――ここだ」

 

「分かりました。――では、やります」

 

 

 扉の前に立ったホムラが手を翳すと、その掌中から炎が吹き出て、扉を徐々に熱し、灼いていく。

 炎熱に耐え切れなくなった鉄の扉は徐々に熔け、いよいよ扉に穴が空くと思われた――その時だ。

 

 

「あ――」

 

 

 ホムラの口からそんな言葉が漏れると、先程とは比較にならない炎が噴出され、鉄の扉に大きな穴を穿ちながら内部を灼いた。

 

 

「ちょ――っ!?」

 

「あ――あのう……火傷とか、してませんか……?」

 

「いや待て。今の火力、火傷で済むようなものじゃなかっただろうに……!?」

 

「ホムラ、流石に火力が強すぎるよ……」

 

「ごめんなさい……! 加減が難しくて……」

 

「――ホムラ様! レックス様! スタクティ様まで!」

 

 

 とはいえ、中の人物が無事だったらしく、そして予想的中というべきか、聞き覚えのある渋みのきいた声が穴の先より発せられた。

 

 

「おお……! 無事じゃったか、ビャッコ!」

 

「――良かったも!」

 

「――ほらご主人、やっぱりここにいたですも」

 

 

 空けられた穴の左右から割り入るように姿を見せたトラとハナ。

 2人の存在を知らないビャッコは勿論首を傾げ、何者かと2人に問うた。

 

 

巨神獣(アルス)様と……ええと、どちら様ですか?」

 

 

 取り敢えず簡単に2人を紹介し、独房からビャッコを出すと、早速レックスはビャッコに、ニアはどこにいるのかと尋ねた。

 

 

「ビャッコ、いきなりで悪いけど、ニアのいる場所分かる?」

 

「――勿論です」

 

 

 レックスの問いに、ビャッコは当たり前のように頷き、ニアがいるであろう方角を見据えた。

 

 

「私と同調した――たった1人の方ですから」

 

「なら話が早い。すぐに助けに行こう。……処刑なんかさせるわけにはいかない」

 

「はい――皆様、どうかお力添えをお願いします」

 

 

 それからビャッコを先頭に、レックスたちは次にニアを探すべく駆け走った。

 独房区画を抜け、艦内通路を進みつつ、途中で会敵した兵士たちは速やかに無力化し、一行は先へ先へと急いで行った。

 やがて食堂を抜け、その先の入り組んだ通路を進んだ先に2人の兵士が見張りとして立っている扉を見つけると、そこでようやくビャッコは足を止めた。

 

 

「――間違いありません。あそこです!」

 

「……! 何だ、貴様ら!?」

 

「テロリストの仲間か!」

 

「チィ……見つかったか。――レックスッ!」

 

「元よりそのつもりだよ! ――皆、行くよ!」

 

『――はい(も)!』

 

 

 既に銃を向け、戦闘体勢にある兵士2人を相手に、レックスたちは怒涛の如き勢いで襲い掛かった。

 大剣の一撃で銃を弾き飛ばし、無手となった者の頭部に剣の柄や盾の縁を叩きつけ、意識を奪うことで即座に無力化する。

 時間にして1分も満たない中、早々に2人の見張り兵士を無力化すると、2人が守っていた扉の取っ手に手をかけ、レックスは中に居るであろう者の名を呼んだ。

 

 

「――ニアッ!」

 

「レックス――アンタ……!」

 

「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした」

 

 

 レックスと共に入室して来たビャッコが、本当に申し訳なさそうな顔で、その虎頭を垂れて謝罪した。

 そんなビャッコの姿に何を思ったのか。ニアは少しばかり寂しげに――そしてどこか安堵したような表情を浮かべて「いいんだ」と口にした。

 

 

「誰も来てくれるはずないって……思ってたから」

 

「――そんなわけないだろ」

 

「え……?」

 

 

 ニアの言葉を否定し、レックスは己の言葉を続けた。

 

 

「『助けられたら助け返せ』――サルベージャーの合言葉、その2だ」

 

 

 差し伸べられた手と共に紡がれる、いつぞやの合言葉の続き。

 それが何だかおかしくて、気づけばニアの口元には笑みが浮かんでいた。

 

 

「……ふっ。アンタらしいね」

 

「だろ?」

 

「――アニキ! 脱出ルートを見つけたも! 急いでも!」

 

「ノポン族……?」

 

 

 扉の横からぽこんと生えるように現れたトラを見て、一瞬ニアがその目を見開く。

 

 

「お力を貸して下さった――」

 

「――新しい仲間さ」

 

「よ――よろしく……」

 

「――さあ、こんなところに長居は無用じゃ。脱出するぞ!」

 

 

 そんなセイリュウの声が響くと同時に、扉の横からホムラ、ハナ、セイリュウの順で彼らの顔が現れ、まるで積み重なるような形となってニアを見つめていた。

 傍から見れば凄く珍妙なその姿を、ニアは口をあんぐりと開けて見ていたが、そんな彼らの後ろからぬるっと現れた鎧姿の長躯――スタクティが、ニアと積み重なったセイリュウを見比べて後、呆れたような口調で言った。

 

 

「貴公ら……傍から見たら凄く珍妙な光景だぞ? ニア君も驚きのあまり、開いた口が塞がっていないぞ」

 

「ん? そんなに変か?」

 

「驚かせようと思ってやってみたのですが」

 

「ですも」

 

「うむ。――変」

 

 

 そんなやり取りを経て、取り敢えずセイリュウが先に言ったように一行は脱出へと移行するのだった。

 

 

 

 

 

 

 脱出ルートを確保したとはいえ、そう物事がトントン拍子に進まないのが世の常だった。

 脱出の際に通る格納庫へと至る扉は硬く閉ざされ、それを開けるために大幅な回り道を強いられることとなった。

 紆余曲折を経て、ようやく扉を開けるのに必要な電装盤の下へ辿り着くと、すぐさまそれを操作して、扉の開閉操作を担う操作盤のロックを解除。

 閉ざされていた扉が開き、一刻も早く脱出するべく一行は格納庫へと入室し、外へと繋がる扉の向こうへ行こうとした――丁度その時。

 

 

「――そうはいきませんよ!」

 

 

 扉の先から甲高い男の声が響くと共に、扉が開き、そこから巨大な重装型ブレイドを伴った、如何にも胡散臭そうな姿形の男が彼らの前に姿を現した。

 

 

「イーラのテロリストを捕えたという実績が、取り逃がした汚点になってしまうのは困るの」

 

「ふむ……貴公、何者か?」

 

「ボクはモーフ! このグーラ領を治める領事! ……見知り置かなくても別にいいですよ。どうせ改めて捕まっちゃうんですからね、あなたたちは――そして……!」

 

「……っ!」

 

 

 ねっとりとした視線をホムラに向けて、モーフと名乗った男がその口元ににんまりとした笑みを浮かべる。

 

 

「翠玉色のコアクリスタル――つまりはお前が“天の聖杯”!

 ……忌々しいけど、メレフの()()()()だったというわけね」

 

「……ホムラを知っている? ――お前もホムラを狙っているのか!」

 

「“お前も”? ……当たり前でしょ!」

 

 

 何を馬鹿なことを聞くと言わんばかりに、一層甲高い声を上げてモーフは叫んだ。

 

 

「“天の聖杯”――その力は空を裂き、大地を割る。アルスト史上最強のブレイド!

 父なる神の片割れ――偉大なる『炎の巨王』の命さえ刈り取ったとされる“神殺し”の力!

 それほどの力を求めない者は、その価値を知らない愚者のみ――そして私は愚者ではなぁいッ!

 だぁかぁらぁッ! 私は聖杯を手に入れるぅッ!! ――完璧な三段論法よッ!」

 

「最後は論理が飛躍してますも」

 

「お生憎! アタシもホムラも、アンタの手柄になんかならないよッ!」

 

 

 挑発じみた言い方でモーフに言うニア。

 その言い方が気に入らなかったらしく、高揚し切った顔に若干不快感を滲ませて、なおもモーフは言葉を続けた。

 

 

「テロリストの分際で生意気ね……でもね、勝つのはこのボクッ! あなたたちは無惨にも敗北し、ボクが全てを手に入れるのぉッ!」

 

「いい加減耳がキンキンしてきたな……そろそろ黙らせる――!」

 

「同感だね――ホムラ、行くぞッ!」

 

「はい――ッ!」

 

 

 レックスを始めとするドライバー3人が抜刀し、ブレイドたちは彼らにエーテルを送るべく準備を整える。

 そのどちらでもないスタクティも、今回も別の武器――『不遜なる者のメイス』を取り出し、両手でそれを構え、モーフとそのブレイドに敵意を向けた。

 

 

「言ったでしょう! ボクが出て来た以上、もはやあなたたちに勝ち目はないって!」

 

『モーフの敵……叩き潰すッ!』

 

 

 一体どこからそんな自信が湧いてくるのかとばかりの断言と、そんな彼の言葉に呼応し、得物の大鎚を掲げ、力強く咆哮する大型ブレイド。

 まずは先制として、モーフの持つ銃から銃弾が放たれる。

 だが、ブレイドの肉体より生み出されたものでもない武器など、相応に場数を踏んだレックスたちにとって然したる脅威にはなり得ず、赤き大剣で銃弾を弾きながら、手始めにレックスがモーフへと切り掛かる。

 

 

「うぉおおおおおおおッ!」

 

「――来なさい!」

 

『モーフッ!』

 

 

 迫る大剣の一撃が直撃するよりも早く、モーフがそう呼び掛けると、瞬時に彼のブレイドがその巨体を挟ませ、重厚な鋼の肉体でレックスの大剣を防いだ。

 

 

「こいつ……ブレイドを盾代わりに!」

 

「あっはははは! そら、お返しですッ!」

 

「ぐぅ――っ!?」

 

「レックスッ!?」

 

 

 盾代わりとした大型ブレイドの後ろから、モーフがレックスを狙い撃ちし、その弾丸が彼の剥き出しの肩を掠める。

 幸いにも掠った程度なので大した問題はないが、それよりもレックスが気にしたのは、眼前のモーフの戦い方だった。

 危なくなったらブレイドを盾とし、その後ろでちまちまと攻撃を仕掛けてくる――ドライバーを失えばコアクリスタルに戻るという、ブレイドの特性を考えれば、ある意味合理的な戦い方かもしれないが……。

 

 

「ブレイドは幾ら傷ついても再生する! けれど! ドライバーが死んでしまえば元のコアクリスタルに戻ってしまう……だから主を守りながら戦うのは当然の帰結でしょうに!」

 

「アンタ……最っ低だね! 身体の傷は再生しても、(ココロ)の傷は中々癒えないんだよ……!」

 

「はっはぁッ! 『私にはブレイドの気持ちが分かる』――ですって?

 ……ふっ、ふふふ! お優しいドライバー様もいたもんね!」

 

「――奇遇だな。私も同じ意見だよ」

 

「――ッ!?」

 

 

 不意に聞こえた一声に反応し、再びモーフがブレイドに盾になるよう命じる。

 彼の声に従い、大型ブレイドは再びその巨躯を滑り込ませ、モーフの死角からの一撃を受け止める。

 

 

『グゥ――ッ!?』

 

 

 ガツンッ! と叩きつけられた大型メイスの一撃に、鋼の肉体の一部がへこむ。

 レックスの意を汲み、これまで極力相手を殺さずに、常に加減をして武器を振るってきたが、これだけ如何にも頑丈そうな相手ならば、多少はそれを緩めても問題ないと判断しての結果だった。

 

 

「硬いな……ならば――」

 

「こんのぉ……! ――骨董品の似非騎士めがァッ!」

 

「させないよッ!」

 

 

 再び大型ブレイドの後ろから、今度はスタクティを狙い撃とうとするモーフを、ニアのツインリングによる双撃が阻止する。

 そして咄嗟に自分の身を守ろうと、モーフが銃を盾代わりに掲げるも、それもニアの一撃で弾かれ、モーフの手より銃が離れて遠くの床に滑って行った。

 

 

「ボクの銃が!? ……ええいッ、何をしているの! 早くこいつらをやっつけちゃって!」

 

『モーフ、了解。――ウォオオオオオオオオオッ!!』

 

「遂に攻撃までブレイドに任せたか……!」

 

「何てやつも!」

 

「ドライバーの風上にも置けませんも」

 

 

 モーフのあまりにも自分勝手な言動に、遂にトラやハナさえ憤りを見せる始末。

 それでも戦いは続き、レックスたちはいよいよ1人となったモーフの大型ブレイドを相手に、猛攻を仕掛けた。

 

 

「《パワーチャージ》ッ! ――レックスッ!」

 

「ありがとうホムラ! ――《ダブルスピンエッジ》ッ!」

 

「もぉおおおお! ――《ぐんぐんドリル》ッ!」

 

「――《バタフライ・エッジ》ッ!」

 

『オオ……オオォ? ――オオオオオオオオオオオォッ!?』

 

 

 間髪入れずに繰り出されるレックスたちの攻撃。

 絶えず放たれる怒涛の猛攻の前には、幾ら頑丈を売りとしていたモーフのブレイドも耐え切れず、いよいよ限界に近づきつつあるのか、悲鳴のような咆哮を上げ、攻撃の手も止まっていた。

 

 

「ひィッ!? 嘘……嘘、嘘嘘嘘嘘ッ!? このボクがッ! このモーフが、敗けるッ!?

 そんな筈はない――そんな筈はないぃぃぃッ!?」

 

「――いいや、これが現実だ」

 

「がぁ――っ!?」

 

 

 自分のブレイドとレックスたちの戦いに意識を集中させ過ぎていたが故の隙を突かれ、モーフはいつの間にあの似非騎士、スタクティの接近を許してしまい、籠手に覆われたその左手で自分の顔面を鷲掴みにされ、その場で吊り上げられた。

 

 

「悪くない手だったが、盾として徹底的に用いるならば、もう少し存在感を抑えるべきだったな」

 

「が、あっ、あがが……ッ!?」

 

「あと、貴公は先程、彼女(ホムラ)を何と言ったか……空を裂き、大地を割る、アルスト史上最強のブレイド?

 父なる神の命を刈り取った――“神殺し”の力、だったか?」

 

 

 モーフの顔面を掴む左手に力が籠められ、万力のように彼の頭蓋を締め上げていく。

 

 

「ならソレに対する、私個人の感想を言わせて貰おう――」

 

「あ……? ――が、ああああああああっ!?」

 

 

 死なない程度に握力を増し、吊り上げられる最大の高さまで持ち上げると、スタクティは左手から肩にかけた全ての筋肉を隆起させ、そして。

 

 

「――貴公如きが、あの娘(ホムラ)()()()()()……!」

 

「――があぁッ!?

 

 

 ガツン――ッ! と硬い鉄床にモーフの後頭部を叩きつけ、完全にその意識を奪い取る。

 それと同時に、モーフが使役していた大型ブレイドもレックスたちによって倒され、力のない声を上げたまま、その場でゆっくりと崩れ落ちた。

 

 

「――スタクティさん!」

 

「レックスッ! ……そちらも終わったか」

 

「ああ。ったく……ニアを()()しようとするから、こんな目に遭うんだ」

 

「――違う」

 

「え?」

 

 

 ニアの口より漏れ出た一言に、レックスは思わずそう問い返す。

 するとニアは、先ほどとは明らかに異なる、どこか焦りが感じられる声音で本当のことを話した。

 

 

「こいつらはアタシを()()()()()()としていた……!

 ――レックス、これは罠だよ!」

 

「罠? ……じゃあ、ニアが処刑されるって触れはウソ!?」

 

「アニキ! そんなのどうでもいいも! 早く逃げるも!」

 

「ご主人が正しいですも。追手が来る確率は高いですも」

 

「……そうじゃな。急ごう。まずは街の外へ逃げるんじゃ」

 

 

 トラ、ハナ、セイリュウの3人に促され、取り敢えずレックスたちは軍艦内を脱し、敵の手が届かぬ街の外へ出るべく駆け出した。

 扉を潜り、軍港と軍艦を繋ぐ連絡橋をあっという間に走り抜けて、急いで軍港を抜け出そうとしたその時――

 

 

(……待てよ)

 

 

 不意に、直感じみた閃きがスタクティの脳にもたらされる。

 何故、トリゴの街中に流れていた情報が本国への輸送ではなく、処刑だったのか。

 どうしてニア本人には処刑ではなく、そのような情報を伝えられていたのか。

 

 ニアはこれ罠だと言っていたが、では何を目的に敵はこのような嘘情報を流し、回りくどいやり方で自分たちを嵌めたのか――。

 

 

「――! レックス、止まれッ! これは――」

 

 

 その瞬間――トリゴ基地の出入り口である正門を、“蒼炎の壁”が覆った。

 燃え盛る劫火。触れるものを瞬時に灼き尽す、苛烈ながらも美しく炎の罠。

 見覚えのある蒼き炎の姿に、レックスたちはその脳裏に、あるブレイドの存在を思い浮かべた。

 

 

「――カグツチッ!」

 

 

 蒼炎の壁の先、悠然とした足取りで来たる2つの人影。

 1つは、やはり彼らの思った通りの人物。正門を覆う蒼炎と同じ、蒼のドレスに身を包んだ妖艶なる美女――ブレイド『カグツチ』。

 そしてその隣には、彼女とは別の意味で絵になる端麗な容姿を、黒い軍服で包んだ男装の麗人。

 その手には、以前カグツチが手にしていた二振りのサーベルが握られている。

 

 

「今度はドライバーと一緒ってか……!」

 

 

 以前は姿を見せなかった彼女のドライバーの出現にニアがそう言うと、続けてビャッコが軍服の美女の姿を見ながら、彼女の存在をその口より語った。

 

 

「“炎の輝公子”――メレフ」

 

「――メレフ?」

 

 

 レックスの問いに、ビャッコは頷きながら言葉を続ける。

 

 

「スぺルビア帝国 特別執権官メレフ。

 帝国最強のドライバーにして、同じく帝国最強のブレイド『カグツチ』の使い手です」

 

「成程……最強×最強でチョー最強ってわけか」

 

「……待ち伏せされていたみたいですね」

 

「どうりで……やけにアッサリと脱出できたと思ったわい」

 

「――やはり、モーフ君には抑えられなかったか」

 

 

 レックスたちの反応の後、そこで初めてカグツチのドライバー――メレフが口を開く。

 まるでモーフがやられる結果を見越していたかのような口ぶりだったが、そもそも1つの国において武の頂点に上り詰めた人物なのだ。それぐらいの予想はできて当然だった。

 

 

「アンタでしょう! アタシが処刑されるってウソの情報を、レックスたちの耳に入れるよう細工をしたのは」

 

「フッ……良い勘をしているな。――そう。君は君で利用価値がある……しかし」

 

「レックスたちは、()()()利用価値がある……違うか?」

 

「惜しいな。翠玉色のコアクリスタルは“天の聖杯”の証。

 ()()()()()()が真に“天の聖杯”であるのなら――()()()には、やるべきことがある」

 

「やるべきこと……?」

 

 

 ニアの呟きを機に、メレフの視線がホムラへと移る。

 炎のような赤い髪、真紅の双眸、華奢な肢体。

 とても伝説のブレイドとは思えない、ごく普通の少女の姿形ではあるが……メレフは、そんな彼女が過去に為した『大災厄』の存在を知っていた。

 

 

「空を裂き、大地を割るその力……父たる双神の片割れさえ殺して見せた、“神殺し”の力。

 そんなもので、2度と世界を灼かせるわけにはいかない……!」

 

「ホムラが世界を……“神”を殺しただって!?

 ――いい加減なことを言うな!」

 

 

 メレフの発言が信じられず、思わず反論するレックスに対し、メレフは「知らないのか?」と首を小さく傾げながら、彼女の過去――その悍ましい所業を語る。

 

 

「500年前の『聖杯大戦』での出来事――3つの巨神獣(アルス)、そして神たる『巨王』を天の玉座より引き摺り下ろし、共に沈めて見せた伝説の力を……」

 

巨神獣(アルス)を、3つも……“神”すらも……!」

 

「全て――歴史が語る事実だ」

 

 

 到底信じられないその内容。

 受け入れ難い真実に、レックスは思わず隣のホムラの方を見やるが、当の彼女はメレフに対して反論の1つも口にせず、それどこか端正な顔を曇らせ、ただただ独りで沈黙している。

 そんな彼女の悲しむ顔を見て、レックスは再び己を奮い立たせ、メレフの方を睨みつけた。

 

 

「――分かったぞ。ホムラを戦争の道具にするつもりだろ……! 誰がそんなことさせるもんかッ!」

 

「そのような力を野放しにできない、と言っている。それに……その意思を同じくするのは、私だけではないのだよ」

 

「……? どういうことだ」

 

「先にも言っただろう? そのブレイドが真に“天の聖杯”であるのなら――『私たち』には、やるべきことがある……と」

 

「何を――ッ!?」

 

「これは……?」

 

「遠吠え……咆哮ですか?」

 

「……!」

 

 

 まるでタイミングを計ったかのように、メレフの言葉の後に発せられた1つの咆哮。

 それは遥か先、グーラの森方面より発せられ、時が1秒立つごとに大きさを増し、それに伴い、何かの足音が聞こえてくる。

 そして音が止み、足音も聞こえなくなったその時――メレフとカグツチが放った蒼炎の壁を優に跳び越えて、()()()()が彼らの前に姿を現した。

 

 

「な――何だ、こいつッ!?」

 

「狼も……物凄く馬鹿でかい狼も!」

 

「……! お嬢様、アレは――!」

 

「赤黒のコアクリスタル――『巨王の眷属』ッ!?」

 

 

 突如蒼炎の壁を跳び越え、出現した灰色の巨狼。

 同じ獣型であるビャッコとは異なり、人語を口にせぬ真正の獣は低い唸りを上げながら、その刃の如き双眸をレックスたちに向け、強く睨み据えていた。

 

 だが、現れたのは彼だけではない。

 巨狼の背に視線を向けると、そこには常人を大きく凌駕した、人外じみた背丈の騎士が1人。

 銀の鎧の上に群青色の外套を纏い、房付き兜で顔を隠した、最低でも3mはあろう程の巨躯を持つ大騎士。

 その彼の胸元には、やはりと言うべきか騎乗する巨狼と同じく、『赤黒のコアクリスタル』が輝いていた。

 

 

「グーラ人ならば知っていよう。500年前のあの日、神が撃ち落とされた日を境に現れるようになった『巨王の眷属』。

 その中でも最古に位置する存在……500年の長きに渡り、グーラの森を密かに守護してきた騎士(ブレイド)の名を……!」

 

「――! ……嘘だろ? そんな……」

 

「ニア、アレが何なのか分かるのか?」

 

 

 驚きを通り越して、顔を青ざめさせるニアに、レックスは巨狼と、それに跨る群青の騎士の正体を問う。

 だが、そんな反応を示していたのはニアだけではない。

 見ればトラも同じく顔を青ざめさせ、眼前に見える巨狼――正しくは、その背に跨る巨躯の騎士を見上げて、口をパクパクと開閉し続けていた。

 

 

「アレは、アレはまずい……戦っちゃダメだ……!」

 

「何なんだよ、ニア! あの馬鹿でかい騎士と狼は!?」

 

「――アルトリウス」

 

「――スタクティさん……?」

 

「ほう? 何故に君が彼の真名を知っているのかは気になるが……まあいいだろう」

 

 

 そう言ってメレフは、再び眼前の巨狼に跨る騎士に視線を向け、静かな声音で語り出した。

 

 

「彼の名は『灰狼公』。数多いる『巨王の眷属』の中でも、最強の一角と数えられるブレイドの1人。

 かつて巨神獣戦艦を、単独で5隻も沈めて見せた……偉大なる騎士だ」

 

「――メレフよ。私の紹介を代行してくれたのはありがたいが、本題に移りたい。

 件の“天の聖杯”……それはあの赤い娘か?」

 

「ああ。その通りだ、アルトリウス。どうだね? 貴殿の目から見て、あのブレイドは真に“天の聖杯”かな?」

 

「……」

 

 

 巨狼の背から降りぬまま、大騎士はレックスの隣に立つ赤い少女を見つめる。

 全体的な色合いも、髪型も、目付きも、感じられる(ソウル)の鼓動さえ違う。

 だがその顔付きと、その内に秘めた尋常ならざる力の気配から、蒼狼の大騎士――アルトリウスは1つの確信に至った。

 

 

「――間違いない。この娘だ。この赤き娘こそが“天の聖杯”……我らの大本『炎の巨王』を討ち取った、忌むべき力の乙女……!」

 

「――成程。かの巨王の内側で直に見たという貴殿がそう言うのならば、彼女は真に、“天の聖杯”なのだろう」

 

「ああ。――?」

 

「どうかなさいましたか、『灰狼公』?」

 

「……いや……まさか……だが、確かに蝙蝠共の報には――!」

 

 

 カグツチが問うと、まるで信じられない者を見ているようにアルトリウスが彼女に返答し、それから兜によって秘された狼の如き眼光を、レックスとホムラの後ろ――そこに立つ、古びた鎧を帯びる1人の騎士に向けた。

 

 

「――クッ」

 

 

 その彼の姿を見て、『ソウルの業』により彼の内側に秘めたるソウルを“視る”と、まるで人が変わったかのようにアルトリウスは大笑し、皆の注目を一身に集めた。

 

 

「クッ――クハハ……ハハハハハハハハハハハハハッ!!

 これはどういうことだ! 忌むべき力の娘の傍に、本来その娘を憎むべき者がいるなどとは!

 全く……運命とは斯くもおかしく、それでいて酷な話があろうものかッ!」

 

「『灰狼公』……?」

 

「……だが、私情に身を委ね、再戦を申し込むのは今ではない。

 今何よりも優先すべきはただ1つ――それなる“天の聖杯”の娘である……!」

 

 

 喝――ッ! と有無を言わさぬ断言じみた一声が放たれる。

 そして房付き兜の下から覗く、狼の如き双眸をメレフに向けると、アルトリウスは高揚を僅かに孕んだ声で彼女に言った。

 

 

「メレフ、我が盟友よ。我が儘を言うようで申し訳ないが、“天の聖杯”とそのドライバーとは、()1()()で暫し戦いたい。

 その間、貴公には()()()()()を含めた残りの者共の相手を頼みたい。……できるか?」

 

「できるできないではなく、そうしなければ貴殿は承知しないのだろう?

 ……いいさ。ただし絶対に、“天の聖杯”を捕えてくれ」

 

「それは無論のことである」

 

「そうか。――カグツチッ!」

 

「はいッ、メレフ様!」

 

「シフッ!」

 

『ヴルルルゥッ!』

 

 

 メレフとアルトリウスの命を受けて、先にシフと呼ばれた巨狼がレックスとホムラを体当たりで吹き飛ばし、彼らを2組に分けたところを間髪入れずにカグツチが蒼炎の壁を形成し、完全に分断した。

 

 

「レックスッ!?」

 

「アニキッ!」

 

「レックス様ッ!?」

 

「レックスッ! ……貴公らァッ!!」

 

「これで……分断は完了だ。――しかし、アルトリウス。貴殿は何故、あの騎士に反応したのだ?

 何処かで会った古い知り合いか?」

 

「まあそんなところだ。それよりもメレフ、なるべく多くあの騎士と打ち合うことを勧めよう。

 おそらくは……これからの貴公の人生にとって、()()()()()となるだろう」

 

「何を根拠にそう言うのかは分からぬが……承知した。貴殿も存分にやるといい」

 

「忝い――では、いざ……ッ!」

 

 

 ダンッ! と基地の床が砕ける程の脚力で跳躍し、アルトリウスの巨体が宙を舞い、蒼炎の壁の向こう側へと消えていく。

 そしてようやくシフの体当たりから起き上がったレックスとホムラの前に着地し、その群青の巨躯で彼らを見下ろし、宣戦を告げる。

 

 

「さあ、“天の聖杯”を担う若き少年よ。貴公が真にかの娘の伴侶(ドライバー)足らんとするのなら、その武と意思――我に示して見せよ……!」

 

「……やるしかないのか――ホムラッ!」

 

「はいっ、レックス!」

 

「――やめろ、レックスッ!」

 

「「――!?」」

 

 

 不意に聞こえてきた声に反応し、その方角を見ると、そこには蒼炎の壁の向こうで懸命にレックスたちに呼び掛けているスタクティの姿があった。

 

 

()()()とだけは戦ってはならない! その騎士は……私がかつて居た地の中でも、最強の名を欲しい侭とした英雄(バケモノ)だ!

 それも全盛期――正直、今のその男の実力は、私ですら計り知れない……!」

 

「スタクティさん……!」

 

「ふん……無粋な。だが逃しはしない。かつてと同じく、世界を灼く危険性を孕んでいるのか、それとも否なのか……私は()()を確かめるために今、ここ(アルスト)に在る……!」

 

 

 堂々たる巨躯を屹立させ、左手を虚空に伸ばしてソウルを集中させる。

 そして顕現した一振りの大剣を掴むと、それを構えて、()1()()()()でレックスとホムラの2人に対峙した。

 

 

「――始めるぞ、少年……!」

 

 

 蒼き剣狼が、戦場にて吼えた―――。

 

 

 

 




 次回、レックス&ホムラVSアルトリウス戦
    スタクティたち5人VSメレフ&カグツチ戦です。

 どんなバトルに仕上がるのか、自分でも楽しみです。
 皆さんの感想お待ちしております。

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