Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 今回はほとんどがレックスとホムラ、そしてアルトリウスの戦闘シーンです。
 戦闘中なのに口数が多いとか、そんな感想も出てくるかもしれませんが、最後までお付き合い頂けたら幸いです。
 あと、あまりこういうのはやってこなかったのですが、戦闘終盤になったら、脳内でゼノブレイド2のBGM『Counterattack』を再生しながら読むことをお勧めします。

 それでは本編をどうぞ。


19.『灰狼公』アルトリウス

「――まずは一閃……はぁッ!」

 

 

 凛として、それでいて力強い一声と共にメレフの右手から剣閃が放たれる。

 蒼炎を纏う蛇腹剣の一撃は地を駆け、軌道上にいるニアとビャッコを灼き切らんと迫るも、すんでのところで2人は跳び、何とか回避に成功した。

 だが、対するメレフも一撃で終わらせるほど甘くはない。

 続けてもう一振りのサーベルを蛇腹剣へと変え、跳躍し、着地直後の2人へ向けて炎を纏う剣閃を放つ。

 

 

「させないも!」

 

 

 それを機甲盾(ハナシールド)を携えたトラが間に入り、構えた盾で防ぎ、ニアとビャッコへの攻撃を阻止した。

 

 

「ふむ……中々に良い連携だ。そして――」

 

「――シャァッ!」

 

 

 瞬時にサーベルを引き戻すと、続いてメレフは真横から迫る大剣『クレイモア』を交差させた二刀のサーベルで受け止める。

 鍔迫り合い、剣戟に持ち込むメレフとスタクティ。

 剣越しに睨み合う2人の醸し出す空気と、その攻め方は対極そのもの。

 片や炎の如き苛烈さを孕みながらも、氷のような冷徹さを以て適確に相手の急所を穿つ。

 片や溢れ出る感情を爆発させ、燃え盛る劫火の如き怒涛の猛襲。

 

 互いに剣を打ち合うたびに傷が体躯に刻まれていくが、その度合いの深さを比べるならば、より深く傷を負っていたのはスタクティの方だった。

 

 

「どうした! 我が友アルトリウスの勧めもあって、少しばかり期待していたのだが……それでは長くは持つまい!」

 

「黙れッ! 早急に炎の壁を解けッ! さもなくば――!」

 

「さもなくばどうする……? 私の命を奪い去り、そうしてカグツチの蒼炎をかき消すつもりか?」

 

「――ッ!」

 

 

 兜の内で激しく歯軋り、咆哮じみた声を上げるスタクティ。

 今のは思考を的中されたが故の反応ではない。必要とあらばそうするという、言葉なき彼の返答そのものだ。

 時間にして1分と経っていない間にも関わらず、攻め方と言動、そしてその身より発せられる灼熱の怒気から、早くもメレフもスタクティという騎士の性格――あるいはその本性について気付き始めた。

 

 

「己が大切に思うもののためなら、悪鬼にさえ堕ちるか……もしもこれがアルトリウスの言っていた『得難い経験』なら――」

 

「ぬぅ――ッ!?」

 

 

 再び蛇腹剣として展開されたサーベルで思い切り切り上げられ、体勢を崩して転げそうになった時、蛇腹剣(サーベル)をしならせ、跳躍してメレフの影が自分にかかったその時。

 

 

「――《明王》ッ!」

 

 

 《蒼炎剣・弐ノ型・明王》

 

 しならせ、蛇の如く宙を舞う二刀の蛇腹剣を激しく叩きつけ、相手の体勢を崩しながら連撃を叩き込む剣技。

 盾を持たず、攻めにのみ集中していたスタクティにその連撃を防ぐ手段はなく、盾代わりにクレイモアを翳し、連撃が止むのは待つしかなかった。

 

 

「――スタクティッ!」

 

「――今助けるもッ!」

 

「――ッ!」

 

 

 だが今回、メレフの相手は1人ではない。

 ビャッコとハナを伴って、ツインリングと盾を構えたニアとトラが迫り、蛇腹剣を振るうメレフに互いのアーツを繰り出した。

 

 

「――《ジャガー・スクラッチ》ッ!」

 

「――《ぐるぐるカッター》ッ!」

 

 

 ツインリングと盾による猛襲。

 直撃を避けるため、メレフも1度蛇腹剣をサーベルに戻すと、それからすぐにカグツチの下にまで跳躍し、次の攻撃のために彼らと距離を取る。

 一方、スタクティも助けに来てくれたニアたちの肩を借り、再び起き上がるも、兜越しでも分かるほどに今の彼には大きな焦りがあった。

 

 

「どうしたんだよ、スタクティ!? いつものアンタらしくないぞ!」

 

「そうだも! 1人で勝手に突っ走って行ったらすぐに崩されて……危なっかしいったらないも!」

 

「はぁ……はぁ……す、すまない……だが、早く奴らを倒して、炎の壁を――レックスたちを……!」

 

「……『灰狼公』のことなら、伝承のみだけどアタシも良く知ってる。

 でも、何でそこまで急ぐ必要があるんだ? 付き合いは短いけど、レックスとホムラの力はほんも――」

 

「――違う。アレの強さは()()()だ。今のレックスとホムラでは、まともに傷を負わすことすら至難の業だ……!」

 

『――ッ!?』

 

 

 その言葉に、ニアだけでなくトラ、ビャッコ、ハナも含めた4人が驚愕を露わにする。

 確かに『巨王の眷属』が1人、『灰狼公』アルトリウスの実力は凄絶の一言に尽きる。

 伝承によれば、グーラの森の守護者として君臨する際、森に住まう指折りのモンスターたちを単騎で全て蹴散らし、ある時はグーラを手に入れんとする敵対国の巨神獣(アルス)戦艦を、グーラの守護の名の下、巨狼シフの協力を得て5隻、雲海の底に沈めたという。

 

 以来、グーラの民は『灰狼公』を正式に森の守護者として崇め、その隔絶した強さに崇拝と恐怖を抱きながら、伝承と共に在り続けて来た。

 そんな生ける伝説が今のレックスたちの相手なのだが、どうにもスタクティの反応からして、彼が口にするアルトリウスの『別次元の強さ』とは、ニアたちが伝承で知るそれとは異なるようだ。

 

 

「アレは利き腕を失い、盾さえも捨て、正気すら失くした満身創痍の状態でも充分に化け物だった。

 だが、見た限り今の奴は()()()――万が一に本気を出されれば、レックスたちの命が……!」

 

「――お喋りはそこまでだ。本命とは異なるが、私も己の務めを果たさせて貰うとしよう……!」

 

「っ! ビャッコ!」

 

「承知!」

 

「ハナッ!」

 

「了解ですも、ご主人!」

 

 

 2人の呼び掛けに、彼らのブレイドが前に出て障壁(シールド)を展開。

 

 

「カグツチッ!」

 

「はい――《燐火》ッ!」

 

 

 メレフよりサーベルを受け取ったカグツチが、瞬時に二刀を振るう。

 斬撃は複数の火球となり、ハナとビャッコの障壁にぶつかって炎熱を周囲に撒き散らす。

 戦いはまだ始まったばかり。だが、ならばこそ早急に止めに行かねばならなかった。

 レックスたちの実力は、旅の始まりから共にいるスタクティが一番よく理解している。

 

 だからこそ言えるのだ――今のレックスとホムラでは、アルトリウスには()()()()()()()と。

 

 

「……無事で居てくれ――レックス、ホムラ……!」

 

 

 来たる炎熱の猛襲を前に、スタクティは仲間の助力の傍らで、ただ祈ることしかできなかった――。

 

 

 

 

 

 

 ――『災害』

 

 そう例えざるを得ないほど、アルトリウスという男の強さは窮みにあった。

 強靭な意志により決して怯まず、大盾を持てば無敵を為し、大剣を振るえばまさに無双であったと、そう語り継がれるほどに『深淵歩き』の二つ名を持つその騎士は、戦場において並ぶ者なき強者であった。

 

 

「――オオオオオオオオオオオオオオォッ!!

 

 

 故に、この光景はごく当然の結果であり、レックスとホムラ、そしてアルトリウスという三者の間にある強さの差を明確に表わしたものだった。

 腰を捻り、限界にまで絞った瞬間、一気にそれを解き放つようにアルトリウスの巨体が回転する。

 左手に携えた大剣で周囲のあらゆるものを切り刻み、木端の如く斬り砕いていく様はさながら竜巻。

 実際、回転と共に周囲の風を巻き込み、大気中のエーテルさえも強引に取り込んで暴風を巻き起こしているのだから、竜巻という表現はまさに的を射ていた。

 

 

「ぐぅ……っ!? ――うわぁあああああああああああッ!?」

 

「レックスッ!?」

 

「まだだぁッ!」

 

 

 暴風さえ生み出す回転斬りでレックスを吹き飛ばすと、すかさずアルトリウスは追撃に移るべく次の行動を開始する。

 3m近くの巨体を支える足を折り、屈んだ体勢を取って空中を舞うレックスの姿を捉えると、アルトリウスはバネのように両足で基地の石床を蹴り飛ばし、天高く跳躍すると空中で何度も前に回転し、極限まで回転力を加速させていく。

 

 ――そして。

 

 

「――おおおおおッ!!」

 

「が――ぁッ!?」

 

 

 剛鎚――回転を加えた縦斬りは、もはや巨人の振るう大鎚の如き破壊力を有していた。

 コンテナも鉄骨も、果てには兵たちが使う駐屯家屋さえ破壊しながら繰り出された大騎士の一撃に、信じられないことだが、奇跡的にもレックスは耐え切っていた。

 

 

「ぐぅ、あぁ……っ!?」

 

「レックスッ! ――あぁっ……!?」

 

 

 だが無傷とは流石にいかず、剥き出しの肩や太ももには小さな裂傷と打撲の跡が見え、青い潜水服に包まれていた腹部には、決して小さくはない刀剣類による切り傷が刻まれていた。

 壊れた家屋の中から立ち上がり、大剣を支えに再び前に出るレックスに、アルトリウスは大剣を肩に担ぎ、失望を含んだ視線で彼を見下ろしていた。

 

 

「――()()

 

 

 戦闘を始め、裂帛以外で初めて紡がれた第一声がそれだった。

 一種の傲慢ささえ感じられるその言葉に、一瞬頭に血が昇り、反論を口にしようとするレックスだったが、それはアルトリウスの醸し出す圧倒的な剣気によって遮られた。

 

 

「弱い……これが今代の“天の聖杯”の担い手か? これが神を殺した天の遺物の同調者、その実力だとでも言うのか?

 だとしたら……期待外れにも程がある」

 

「なんっ、だと……ぁ――!?」

 

「っ……レッ、クス……!」

 

 

 受けた傷より生じる痛みに、レックスの身体が崩れ、片膝を突く形で落ちる。

 そんな彼へと再び大剣を振るうと、刃が彼の身体を捉える直前、展開された障壁(シールド)によって阻まれた。

 誰がそれをやったのか、などとは聞くまでもない――ホムラである。

 

 

「ほう……? ブレイドが前面に出てくるか。だが“天の聖杯”は、ドライバーを失っても存在し続け――ん?」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」

 

 

 言葉を途中で中断し、アルトリウスは大剣を引いて1度ホムラの身体を凝視する。

 敵対者(アルトリウス)の攻撃が止まったことを機に、ホムラもなるべく体力を温存するべく障壁を解くと、一層彼女の身体に刻まれた傷が目立ち、アルトリウスの分析を早めさせた。

 

 

(肩と内腿(うちもも)には裂傷と打撲、腹には斬撃による大きめの刀傷……何故、直接戦闘に関わっていないこの少女が……?)

 

「……まさか」

 

 

 そんな小さな呟きの後、アルトリウスの視線はホムラから、彼女の後ろにいるレックスへと再び移される。

 そしてたった今見た、ホムラの身体にある傷の箇所と同じ肉体箇所へ視線を移していくと、己の内に生じた疑問が真実であると悟り、兜の奥に秘された狼の如き双眸を大きく見開き、驚愕する。

 

 

「貴公ら――()()()()()()()()というのか……!?

 傷を受けても瞬時に再生するのがブレイド最大の利点の筈……それを手放してまで、何故――?」

 

「はぁ……あ――あなたには……関係の、ない……ことです……!」

 

「ホ――ホム、ラ……!」

 

「……理由が何であるかは分からぬが、取り敢えず貴公は、そこな少年と命を共有せねばならぬ状況に1度は陥ったそうだな。

 全く……1つの命の共有など、我らの生きた『火の時代』でさえあり得なかった業だというのに……」

 

 

 度し難い――そんな呟きを吐き捨て、兜の奥より哀れを含んだ視線でアルトリウスはホムラを見る。

 対するホムラは、共有(シンクロ)による得てしまった裂傷や打撲の痛みに苛まれながらもレックスのいる場所まで下がると、彼が手にしていた赤き大剣を手に取り、彼に代わってその大剣を構えた。

 

 

「ホ――ホムラ……?」

 

「レックス、少しだけ休んでいてください。その間は……私が彼と戦います」

 

「む……無茶だ……! オレも――っ!?」

 

「っ……大、丈夫、です。私なら……まだ、何とか……」

 

「ふむ……交代か。いいだろう……どのみちメレフとの約定上、貴公は捕えねばならぬ。

 それに、そこなドライバーの少年の実力は知れた。これ以上、彼と戦う意味はない」

 

「何、だと――!」

 

「動くな。私とて殺しがしたくて、貴公らと戦っているわけではない。

 それよりも、1つの命の共有という奇怪な在り方なのだ。無理に傷を開かせ、彼女(ブレイド)の動きを鈍らせるような真似は控えた方がいい」

 

「……っ」

 

 

 反論しようにも、アルトリウスの吐く言葉は全てが正論故にできない。

 己の無力さを突きつけられ、悔しさに血が滲むほど唇を強く噛みしめて、レックスは2人の開戦を見守る。

 そしてホムラも息を整え、調子が戻って来た頃にアルトリウスも再び大剣を構え、腰を僅かに落としつつ、彼女をキッと睨み据えた。

 

 

「――いざッ!」

 

「――!」

 

 

 第二戦開幕、それを告げる第一声。

 構えた大剣を横薙ぎに振るい、近辺の物資もまとめて薙ぎ払いながら繰り出されるアルトリウスの剣撃。

 常人ならば、掠めただけで即死に至るであろう災禍の剣風。

 だがそれをホムラは、人間離れした身のこなしと跳躍力で回避し、その間に生成した幾つもの火球をアルトリウスに飛ばし、彼に攻撃を仕掛ける。

 

 

「猪口才なッ!」

 

 

 迫る火球を大剣の一薙ぎで全てかき消し、再び跳んで彼女との距離を縮めると、その勢いのままに逆袈裟斬りを繰り出し、さらにそのまま回転を止めず、左からの強烈な切り上げをホムラへと見舞う。

 

 

「くぅっ――あああああああぁッ!?」

 

 

 『狼の跳躍』――本来ならばアルトリウスが扱うはずのない、遥か後世の老狼のソウルより編み出され、振るわれた曲剣の持つ記憶の剣技。

 それを偶然にも全く同じものを繰り出し、無双の大騎士は彼女を着実に追い詰めていく。

 

 その身に新たな傷を刻まれて、それでもなお戦意を失わず、ホムラと剣と火炎で応戦する。

 だが、それを難なく大騎士は対処し、迫る火球を剣と右手の薙ぎ払いでかき消し、繰り出される赤き大剣の一撃にも、同じく左手の大剣で以て応じ、彼女の戦意に応える。

 

 それでも、拮抗は一瞬のこと。

 元より基礎身体能力、圧倒的な体格差もあって純粋な力比べではホムラが圧倒的に劣り、瞬く間に鍔迫り合いは解かれ、再度アルトリウスは彼女に剣撃を繰り出す。

 

 

「ぐ、ぅ――!」

 

「ホムラッ! ――ッ!?」

 

 

 彼女の危機に叫ぶレックス。だが命の共有(シンクロ)により獲得した新たな傷に苛まれ、激痛から彼の声は止まり、苦悶がレックスの表情を歪めた。

 否――痛みなんて大したことではない。

 本当に痛いのは心――あの娘(ホムラ)に全てを任せ、力になれず、この場でただ傍観していることでしかできない、己の弱さに苛まれる心だ。

 

 受けた傷の数は同じで、感じる痛みも同じ筈なのに、彼女(ホムラ)はあんなになりながらも戦い続けている。

 『少しだけ休んでいてください』――戦いの直前に口にした、あの言葉(やくそく)を果たすために。

 

 

(なのに……オレは……!)

 

 

 己の無力を嘆きつつ、未だ行われる戦い――否、もはや戦いとすら呼べない一方的な蹂躙劇を目にして、レックスの頬を小さな雫が伝っていく。

 けれども、そんな彼の現状など知らんとばかりに剣風は吹き荒れ、それに巻き込まれ、方々へと散らばる鉄骨やコンテナの残骸が基地内にさらなる破壊をもたらしていく。

 その内の1つ――砕け折れた鉄骨の破片がレックスの方へと飛び、異形と化した鉄くずの牙が彼の身に突き立たんと迫り――

 

 

「っ!? ――レックスッ!」

 

 

 瞬時にアルトリウスとの戦いから抜け出し、やって来たホムラが障壁(シールド)を展開。飛来する鉄くずの群からレックスを守った。

 

 

「ホムラ……何で……」

 

「……っ」

 

「……一騎討ちの最中に、相方の身を守りに抜け出すか――余裕だな、“天の聖杯”……!」

 

「ッ!? ――きゃああぁッ!?」

 

「ホムラァッ!?」

 

 

 再び距離を詰め、アルトリウスは大剣の側面でホムラの身体を吹き飛ばす。

 残った数少ない駐屯家屋にホムラの身体が叩きつけられ、一瞬意識が飛びそうになるも彼女は再び目を覚まし、握る大剣を支えに立ち上がる。

 

 

「解せんな。何故にわざわざドライバーを庇った? 我らの知る限り、“天の聖杯”はドライバーを失っても存在し続けられる筈……なのに何故……?」

 

「……かっ、はぁ……ッ!? ――もう……失いたくないんです」

 

「……なに?」

 

 

 その返答に、アルトリウスは兜の内側で片眉をぴくりと反応させた。

 失いたくない――それは一体どういう意味なのか。

 

 

「……もう……私の――“私たち”のせいで……誰かが死ぬ瞬間を……見たくない……!」

 

「……戯言だな。力ある“モノ”として生を受けた以上、貴公には既に死が纏わりついている」

 

「だとしても……! 私は……もう、誰かが死んでいく姿を、見たくない……ッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――()()()()()()が、私のせいで死んでいく姿を……もう、見たくない――ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、心の奥底から叫ばれた少女の本音(コトバ)

 500年の長き時、常に彼女を苛み、心に憑りつき続けた苦悶と罪業の末の願い。

 大切な人を失いたくない。もう2度と、自分のせいで誰かが死の淵に沈んでいく光景を見たくない。

 かつて共に在った幼き命(ミルト)、そして暴走する自分を止めるために、自らの命を賭して全てを受け止め、暗闇の底に死んでいった優しき父(スタクティ)

 そしてイーラ国に住まう多くの命――自分が関わってしまったばかりに、500年前にあの悲劇は起きてしまった。

 もう2度とあのような悲劇は起こすまいと1人眠りに就き、けれども再び目覚め、こうしてアルストの大地を踏みしめ、立っている。

 

 ならばもう2度と、同じことを繰り返してはならない。

 それがかつて、仲間たちと共に過ごした国を滅ぼし、最愛なる父を殺した()()()()の唯一の誓い。

 未だ自覚なき“恋”の相手――年若き無垢なる少年(レックス)を守るために――!

 

 

「――成程……怖れ故の決意。最愛の者たちの喪失を恐れるが故の不退転……それが“今の”貴公か、“天の聖杯”――ッ!」

 

「それが! “私たち”が立てた唯一の誓いッ! もう2度と……“私たち”のせいで、大切な人たちの命を――失わせはしない! レックスを、あなたに――殺させはしないッ!!」

 

「ならば貴公も示せッ! その身がかつてと異なることをッ! “神殺し”ならざる救命の刃――この私に示してみせろッ!!」

 

 

 咆哮、そして大跳躍。

 空に浮かぶ満月を背にし、掲げた大剣の柄に()()()()()()()()、己が半身たる大剣を両手持ちにして構えを取る。

 『渾身の一撃』――それが来ることは誰の目から見ても明らかだ。

 これまでに繰り出されたあらゆる剣技さえ、その気になればレックスやホムラを容易く殺せる威力を有していたのだ。

 それを遥かに上回る一撃。おそらく今のアルトリウスには、もう加減という意識は欠片も存在していないだろう。

 

 加減なき故に、貴公(ホムラ)も全力を尽くせ――満月を背に飛ぶ蒼狼が、そう言っているような気がしてならなかった。

 

 

「……!」

 

 

 故に、彼女も全力を尽くす。

 手にした大剣にありったけのエーテルを注ぎ込み、来たる大斬撃を迎え撃つ準備を整える。

 その姿に――傷だらけでありながらも、凛とした佇まいで月天の狼騎士を見上げるホムラの姿に。

 

 気付けばレックスの身体は――もう動いていた。

 

 

 

 

「――ホムラァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

「――ホムラァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 

 蒼炎の壁の向こうで、少年の絶叫が轟き渡る。

 それは壁を越え、異なる敵と対峙するスタクティたちの耳にも届き、2人が今、どういう状況にあるのかを朧ながらも告げていた。

 

 

「お嬢様、今のは……!」

 

「……レックス」

 

「ももっ、アニキ、レックスのアニキの声だも!」

 

「分かっていますも、ご主人」

 

「……どうやら、向こうもそろそろ潮時のようだね」

 

 

 月天に舞う黒き影。

 掲げた大剣を牙の如く構え、剣気を剥き出しにした狼騎士の姿を捉えると、メレフはもう勝敗は決まったと言わんばかりの表情で告げてきた。

 だが、そんな彼女の言葉に、彼女と対峙する騎士は動じることなく、ただただ独り、叫ばれた少年の声に耳を澄ませていた。

 

 

(レックス……)

 

 

 轟く叫びを通して伝わってくる。彼の嘆きが、己の無力さに対する怒りの感情が。

 鋼の鎧に固めた身体。その内側の最奥にある蒼白き光――即ち『ソウル』。

 それが激しく鼓動を刻み、主たるスタクティに伝えて来るのだ。

 

 レックスの嘆きと怒りを。

 ホムラの決意と慟哭を。

 ()()()()()、2人の感情(おもい)が伝わってくる――!

 

 

「……ホムラ……レックス……」

 

「……? 何を……」

 

「スタ、クティ……?」

 

「ど、どうしたんだも……?」

 

 

 突然顔を俯かせ、ぶつぶつと2人の名を呼ぶ彼に、ニアやトラたちは当然のこと、敵対者であるメレフやカグツチさえ警戒し、その剣と炎を振るわずにいた。

 呟く声は次第に大きくなり、鎧に覆われた彼の身体が震えだす。

 そして声と震えが収まると、がばりと仰け反る勢いで己の身体を上げ、鉄兜の奥より、彼もまた壁の向こうの2人に応えるように絶叫した。

 

 

 

 

「――レックスゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!

 

 

 

 

 刹那――スタクティの身より“蒼白い光柱”が立ち上り。

 時を同じくして、蒼炎の壁の向こう側――レックスたちのいる戦場にも、同じ輝きの光柱が2()()、天を貫くようにそびえ立っていた。

 

 

 

 

 

 

「――な……っ!?」

 

 

 月天の中、突如そびえ立つ“蒼白い光の柱”を目にして、アルトリウスが驚愕の声を漏らした。

 突然起きた怪奇現象に対して驚愕を示すのは当然のことだが、彼の驚きの理由は、さらに別のところにもあった。

 

 

「この光柱……まさか――『ソウル』かッ!?」

 

 

 そう。溢れ出る蒼光、生命の輝きに満ちた神秘の光――『ソウル』。

 現代でいう『魂』とは限りなく酷似し、しかし同一ならざる過去の遺物が、突如彼の前に姿を見せたのだ。

 空を蹴り、滞空時間を稼ぎつつ立ち上った『ソウルの柱』の根に視線を向けて見ると、そこにいるのは、たった今まで自分と対峙していたホムラと、一時戦闘から抜けていたレックスの2人。

 

 『火の時代』ならざる者の2人から、何故『ソウル』が噴き上がったのかは分からない。

 だが不思議にも、アルトリウスは眼前にそびえ立つ蒼白き光柱。

 それを構成する『ソウル』の気配を、その性質を――よく知っていた。

 

 

「これは、“灰”(スタクティ)のソウル? まさかあの者ら……“燃え殻の王”(スタクティ)のソウルを放出しているというのかッ!!」

 

 

 『火の時代』最大最強、そして最後の英雄たる“灰”改め、“燃え殻の王”(スタクティ)

 彼の有するソウルは、500年前のアルストでの最初の死と共にその大部分が失われ、力もそれに比例して落ち、全盛期とは比べ物にならないほど弱体化している。

 それでも生ある者を殺め、その魂を喰らえばソウルへと変換され、蓄積されるのは道理である。

 それはきっと、『火の時代』のそれと比べれば雀の涙にも劣る量ではあろうが、拡散せずに残ったソウルの残量も相当なものだったらしく、弱体化こそすれど、それでも並みの英雄以上の力は有していた。

 そんな彼のソウルを、何故『火の時代』ならざる2人から噴き出したのか。アルトリウスとしてはそこが最大の疑問点だった。

 

 

(命の共有……“天の聖杯”、これも貴公の力が関係しているというのか……!?)

 

 

 数少ない情報を基に、アルトリウスが導き出した唯一の答え。

 それは当たらずとも遠からず。確かなことは、ホムラの力が関係しているということだった。

 

 古代船内部、鉄の棺にて眠っていたホムラの前で殺されたレックスとスタクティ。

 後に2人は生と死の境を彷徨った末、ホムラの意識が存在する記憶の世界に流れ着き、そこで初めて彼女と接触した。

 ()()()()こそが、2人の魂とスタクティの『ソウル』を繋げる切っ掛けとなった。

 

 剥き出しの精神体。より魂に近い状態で互いに接触したからこそ成し得た、この世界(アルスト)ではあり得ざる――(ソウル)の共有。

 実際は3人で互いの魂を用いるのではなく、莫大な存在規模の持つスタクティのソウルを2人も共有するようになっただけなのだが、アルトリウスからして見れば、それだけでも十分に驚愕に足り、脅威足り得た。

 

 

「だが――それが何だというのだッ!」

 

 

 如何に彼のソウルを得たとしても、そのソウルをどうやって使うのか。その扱い方を知らねば折角の力も宝の持ち腐れ。

 今でこそ世界にソウルが拡散したとはいえ、『火の時代』の頃のようにあちこちに『ソウルの業』の使い手がいるわけでもない以上、自在に行使できる可能性は限りなくゼロだった。

 

 ――そう思われていたのだが……

 

 

「――これは……スタクティさん(とうさま)の……!」

 

「ホムラ……この蒼白い光って、一体――」

 

「……レックス。お願いがあります」

 

「え……?」

 

「手を――赤き聖杯の剣(わたしのけん)に、あなたの手を添えてください」

 

「ホムラ――うん。分かった……!」

 

 

 蒼白い光に包まれながら、レックスはホムラが掲げる赤き大剣の柄に左手を添え、既に添えられている彼女の右手と絡め合う形で握り、剣を持つ。

 莫大なソウルの奔流が大剣――『赤き聖杯の剣』の内を駆け巡り、エーテルと共に豪炎へと変換されていく。

 

 

(来るか――ッ!)

 

 

 大剣より噴き上がる豪炎を目にし、いよいよレックスたちも雌雄を決する気であると判断したアルトリウスは、さらに空を蹴り上げ、より月天の高みから両手持ちの大剣を掲げ、その巨躯を前方に回転させ始める。

 

 噴き上がる豪炎の大剣。

 暴風吹き荒ぶ狼の牙剣。

 二振りの剣が天へと掲げられ、互いの意識が相対する敵を捉えた時――炎と狼の必殺技()が今、解き放たれる!

 

 

「――《バーニング――

 

「――《グラディウス――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ソード》ォッ!!!

 

 ――ルプスデンス》ゥッ!!!

 

 

 

 蒼光(ソウル)を燃え盛る焔と変え、天上を灼き焦がさん勢いの豪炎の剣が。

 単独で一時代の頂点へと上りつめた、無双の剣腕を示すかの如き渾身の回転斬りが。

 

 ぶつかり、交わり、互いを喰らい合い――そして。

 

 

「おお、おおお……! ――オオオオオオオオオオオオオオオォッ!!!

 

「「――行っけぇえええええええええええええええええッ!!!」」

 

 

 

 互いの雄叫びをぶつけ合わせて、月夜の空の下――1つの戦いに決着がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――アルトリウス」

 

 

 密かにグーラの駐屯基地に身を潜め、姿を隠していた――白磁の仮面の女が見守る中で。

 

 

 




【独自設定】
『ソウルの共有』

古代船での死の後、記憶の世界でホムラ、レックス、スタクティの3人が接触したことで成し得た奇跡。スタクティの持つ莫大なソウルがレックス、ホムラの魂と繋がり、強い感情の共鳴や何らかの呼応によってのみ接続し、レックスとホムラがスタクティのソウルを引き出し、使用できるようになる。
ただし、できるのは放出までで、他の用途に応用させるにはソウルの扱い方、即ち『ソウルの業』の一端を習得しなければならない。
ホムラは既にスタクティの口から『ソウルの業』について聞かされており、独自の解釈によって、少し程度なら『ソウルの業』を扱えるようになっている。


『グラディウス・ルプスデンス』

ブレイド化した『火の時代』の存在、『灰狼公』アルトリウスのLv.4必殺技。
遥か空高くに至るほどの大跳躍で跳び、大剣を両手持ちの構えで掲げ、前方に何度も回転して後に放たれる大回転縦斬り。
回転によって生じた勢いと、落下エネルギーを加えて放つ渾身の回転斬りは至ってシンプルだが、卓越した戦闘センスと無双の剣腕を持つアルトリウスによって、巨神獣戦艦を容易に砕く程の威力を有するに至った。
名前の由来はラテン語で『剣』を意味する『gladius』と、『狼』、『牙』をそれぞれ意味する『lupus』と『dens』。


 次回で第二話『機械仕掛けの人形』は終了予定です。

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