Xenoblade2 The Ancient Remnant 作:蛮鬼
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サブタイトルを変更しました。
――肉を貫く一振りの鋼が、血潮を纏って引き抜かれる。
剣の抜けた
だが、男はまるで気にしなかった。
何故なら既に纏う鎧は、数多の返り血で穢し尽され、赤茶色を通り越して炭のような漆黒の錆で覆われている。
サーコートに至ってもそうだ。元々紋章を刻んだ蒼き上級騎士の証左は、同じく血潮に塗れ、元の青地と混ざって毒々しい紫色に変色している。
そんな姿に成り果てても、男は戦いを止めず、殺戮の手を止めることなく。
今日この日、この瞬間に至るまで、剣を振るい続けて来た。
だが、それも――あと少しで終幕だ。
「――おめでとうございます、我が王」
「――カアスか」
「はっ……」
数多の骸が転がる地平。
否――例えではなく、そこは紛れもない最果ての地だった。
古き神王が、
あるいは都の名を冠した、その極大の牢獄の名は『輪の都』。
遥かなる月日をかけ、単独でそこに到達した男は、その全てを蹂躙し、小人を監視する神の眷属たちはもとより、同胞である筈の小人や人間たちさえもその手に掛け、全てを剣の錆と変えてきた。
最後に至りし砂漠の地。
王女の夢に染められし偽りの都は消え失せて、荒廃し、何も無くなった廃都だけが残され、幻想の深奥に秘匿されていた小人の王――男にとって、種としての祖とも呼べるソレを殺し、彼の大殺戮は完遂
「此れにて世界の命、その大半が消失。
グウィンめが守りし『最初の火』は王の持つ『深淵の闇』に喰われ、彼奴の血族共は当然、あらゆる人種や怪物、生ある者全てがこの地上より、貴方様の手によって亡くなりました。
……御身の永き旅も、いよいよ終わりを迎えんとしています」
「……」
「であるならば、我もまた“最後の勤め”を果たしましょう。
貴方様の目指す世界――古き名残りを一掃した、新たなる地平を築くために」
そうしてカアス――最後の1匹となった『世界蛇』は、その長大な首を垂らし、あまりにも潔くその頭を男の前に晒した。
古き名残りの一掃。その名残の中には、当然
『大殺戮』という名の大浄化。敵も味方も関係なく、『火の時代』にまつわる全ての者を殺し、全ての物を壊し続けた。
結果、後に残ったのは膨大な瓦礫、積み上げられた骸の山、垂れ流れる血の大河。
この世に地獄を顕現させ、あらゆるものを破壊し尽したその果てに。
残された命は、その男と、男の臣下として在った『世界蛇』カアスのみ。
そのカアスも今、男の目指す理想のために、その命を捧げようと首を晒している。
無防備な灰色の首に、男は何を言うこともなく、未だ血を纏う黒剣の刃を蛇の首に当て、軽く肉に食い込ませる。
「……王よ。最後の勤め、その間際にこのような言葉を口にすることを、お許し下さい」
「……聞こう」
「王よ。貴方様の掲げし理想、その過程たる大殺戮――『万象掃滅』完遂はいよいよ間近。
我が首を以て、貴方様を除く全ての『火の時代』の命は絶え、後世には『火の時代』の残滓は余すことなく失われるでしょう」
「……それが目的だ」
「であれば、何故に貴方様は
真の闇は既に世界を覆い、その内からまた新たな命が生まれ、次代を創世するでしょう。
後のことはその者らに任せておけば良いというのに……何故に貴方様だけは、生存を選ばれる? 苦難の道を選ばれる?」
もしもその生存が、これまでに重ねた彼の罪業、その償いのためだというのなら、その必要はないとカアスは否を唱えるつもりだった。
積み重ねた罪の数以上に、彼はこれまで、多くの理不尽や謂れのない罪の苦しみに苛まれ続けて来た。
罪を得るよりも前に、罰を受けた――不死人という存在は元来、そういう哀れな生き物であるのだが、彼はその中でも特別、不運というものに愛されていた。
1人の騎士より託された使命を果たすべく、王の地を奔走し、駆け抜けた。
その間だけでも夥しい数の死を経たが、それでも諦めず、彼は王たちを討ち、そのソウルを得て、遂には原初の神王を殺して火を継いだ。
だが――それは
火継ぎの果てにやってきたのは、あの忌々しい牢獄からの脱出の瞬間。
彼と同じ、火継ぎの使命を全うするべく遣わされた多くの不死人たちを苦しめた悪夢――即ち、『世界の
幾度繰り返そうと時は巻き戻り、さらなる脅威となった英雄怪物たちを相手に戦い、血反吐を吐き、臓物を撒き散らして死に果てる。
特に彼は、その度合いが群を抜いて悲惨だった。
英雄と呼ぶには剣才は然程でなく、知性は有そうとも優れた魔術師になれる程には至らず。
苦難の連続と他者からの欺きに『信じる』という行為を怖れ、そのことから信仰を必要とする『奇跡』にさえ見放された。
あるいは
だが、男は
あり得たかもしれない未来を。より良き形を得られたかもしれない可能性を切り捨て、
その果てが『万象掃滅』――闇に巣食う蛇が紡ぐ真実に激怒し、永劫の繰り返しの末に男が導き出した、狂気の
『火の時代』にまつわる全てを一掃し、新たに来たる後世に何も伝えず、無垢なるまま次代を担わせるという、狂った男の創世の方法。
長くなったが、この狂気に塗れた終焉へと至るまでに、彼は多くの苦しみを味わって来た。
だからこそ、今さら罰を受ける必要はない。
今までの苦悶こそが積み上げて来た罪業に対する罰の前払いであり、これ以上を捧げることは断じてない、と。
そう叫びたかったカアスは、だがしかし、その言葉を口にすることはできなかった。
――何故ならば。
「苦難……否。これは
俺が求め、俺が欲し、そうすべきと定めた俺自身の
「――王……?」
言っている意味が分からなかった。
望んだ道? 求め欲した結果の在り方? 一体どういう意味なのか。
「確かにお前の命を絶つことで、俺を除く『火の時代』の全てが絶えるだろう。
後に闇の内より命が生まれ、かつて灰の世界にてそうあったように、新たな生命が次代を担い、時代を築く。
繰り返されるのだ……世界は、再び」
そして――歪みもまた同様に。
「大王グウィンのような輩が出て来れば、再び世界は悲劇に終わる。
今思えば、奴もまた神という種を存続させるために、苦肉の策で
「では、王よ。御身は……!」
「そう――俺の生存は、そのような屑を絶滅させることだ。
僅かなりともその片鱗を持つ者がいるのなら、徹底的に叩き、殺し、滅尽する。
きっと俺のやり方に不満を抱く者は現れよう。剣を手にし、あるいは槍を振るってこの心臓を止めに来る者も出てくるだろう」
だが――。
「万が一に、その者たちに討たれるようなことがあれば……
真の意味で、『火の時代』の残滓全てが絶えたことになるのだからな」
それ以降の屑を絶滅させることができなくなるのは口惜しいことではあるが――。
そんな言葉を付け加えて、男は再び黒剣を握る手に力を込める。
ずぶり、と肉厚の刃が蛇の首に食い込む感覚を覚える。
生じた傷口からは鮮血が溢れ、剣を伝って男の鎧と帷子、サーコートを汚していくが、やはり彼は気にすることもなく、剣と蛇の首だけを見つめていた。
「……あぁ――」
そして、死の間際にある世界蛇は、悲鳴ではなく感嘆の声を上げていた。
罪の意識から贖いのために生き延びるのではなく、後世に生まれるであろう異分子を排し、真の平和へ至るための維持に努める。
例え自分の行いに反感を抱き、剣を取って攻めてくる者が現れようとも。
もしもその者が、自分の心臓を貫くに能うものを持っていたのなら――
潔いというよりも傲慢で、これ程の大悪業を成しておきながら、必要とあらばまだ殺すと嘯くその精神。
間違いなく狂っている。狂っているのだが……その狂気はどこか、ある種の清々しささえ感じられた。
「――王の行く先に誉れあれ! 大業の果ての死に、真なる安堵あれッ!!」
その瞬間、蛇の首は遂に絶たれた。
斬り断たれた首の断面から鮮血を溢れさせ、激流の如く流れ出した血が河を成し、そして間もなく砂の大地に吸われてゆく。
暗がりへと沈みゆく己の視界に、最後の世界蛇は『王』と呼んだその男の素顔を捉え、永らく口にしていなかった彼の真名――闇の王として君臨を果たしたあの日、カアスが彼に贈った唯一の名を、その異形の口にて紡いだ。
「おさらばです、我が王――■■■■■■様……!」
「ああ。さらばだ、カアス――我が師よ」
消えゆく意識の果てに、己の首が砂の地に落ちる音を最後に耳にして。
最後の世界蛇――『闇撫でのカアス』は、その生に幕を下ろした。
そして臣下たる最後の蛇の命を絶ち、世界の全てに命が失われ。
――屍山血河の地平の果てに。
――血濡れた剣を携えて。
――男が独り、立っていた。
*
「――アス。カアス」
「む――むぅ……」
己の名を呼ぶ声に応じ、重たい目蓋を開けながら、大蛇は唸るように声を上げる。
長大な体躯を伸ばし、見下ろした先にいるのは、白金の鎧を纏い、2つの宝具を携えた道を外せし聖騎士。
「リロイ、か……何用だ」
「インヴィディアに“天の聖杯”が現れた。当然、そのドライバーの少年も一緒にな」
「ほう……では、“あの者”も傍らに?」
「ああ。見間違える筈がないが、一応貴公自身にも見て貰おうと思ってな。
ダークレイスを1人、戦闘現場近くに配置している。
ソウルで視界を同調させ、その目で見てみるといい」
「そうか……では、そうさせて貰おう」
暗闇の中でそう言うと、カアスはリロイと呼ばれた聖騎士の言葉に従い、己を仮の盟主とする誓約『ダークレイス』に繋がる誓約者たちの内、1人のダークレイスの視界を同調させ、彼が見ているものを自身の視界に映す。
目に映るのは、赤い羽根を持つ鳥人間型のブレイドを伴う、深緑色の軍服じみた装束の大男と戦う鎧騎士。
振るわれる小型の
「違う……貴公は『我が王』ではない。貴公の腹底にある
奮闘する鎧騎士に、新たに赤き大剣を携えた少年が合流し、交代する形で鎧騎士の方は後ろへと下がった。
あの御方ではなく、運命は
夥しい血を流し、数多の骸を積み重ね、全てを賭けて次代を想った『あの御方』ではなく、この男――
「我だけは覚えています。あの悪夢の如き繰り返しの果てに行き着いた、貴方様の望んだ理想と、そのさらに先を……」
他の誰一人が知らずとも、自分だけは覚えている、と。
そんな言葉を漏らしながら、世界蛇と呼ばれる蛇の1匹は、暗闇の中で独り静かに呟く――。
「必ずや、目覚めさせてみせます。我が王――『闇の王』■■■■■■様」
補足となりますが、これは『スタクティ』という名を得る前に、ロードラン時代で全てを終わらせようと決意してしまった1人の不死の、もう1つの物語です。
結局最後はロスリックでの火継ぎの終わりに至る『結末』を迎えますが、この物語も確かに実在したものであり、少なくともロードラン時代の者たちはこれを覚えています。
あと、付け加えるとこのルートでは無印以降の時代がダクソ時代が存在しなくなりますので、ドラングレイグやロスリックも生まれません。従ってこの王も、後の二国のことなどまるで知りません。