Xenoblade2 The Ancient Remnant 作:蛮鬼
以前の指摘があってすぐではありますが、また新たな設定がこの過去編で登場しますが、何卒ご容赦を。
そして今回、また新たなオリジナル不死人に出て頂きました。詳しい内容は本文をどうぞ。
――規格外、という言葉がある。
元来の意味は、物品や農作物などの販売品の中で、定められた基準に当てはまらないモノのことである。
決して良い意味で使われる言葉ではないが、いつしかこの単語は、本来の意味以外でも使われるようになっていった。
それ即ち――他を絶し、凌駕する『隔絶した力』を指し示す言葉として。
力としての意味合いならば、『最強』と呼んだ方が分かりやすいのかもしれないが、規格外という単語は何も、超絶的な強さを指し示すだけではない。
先にも記した通り、規格外とは『定められた基準に当てはまらないモノ』――つまりは常道ならざるもの、『異質』、『異端』の意味合いも兼ねている。
一時代の頂点にまで上り詰め、無窮の如き武勇を振るった大英雄――『深淵歩き』アルトリウス
巨人族のソウルを用いて造られ、遥か高みより世界を見守り続けた人造の竜種――古の竜
時代の存続を成し、己が身を薪と焚べて救世の王として名を遺した者たち――『薪の王』
彼らの存在は紛れもなく規格外であり、たった1人の例外を除けば、間違いなく最強の名を冠するに相応しい強者たちだった。
だが、その強さは種としての枠組みを超えた程度に過ぎず、有する力も強力ではあったものの、極めて特異というものでもなかった。
彼らが常道という枠内での『最強』ならば、
世界の定めた枠組みも、神と呼ぶべきモノが創った種としての限界さえ超え、逸れて脱してしまった者たち。
異質であり、異端であり、だがそれ故に比類なく、他の一切の追随を許さない一世界の超絶種。
数少ない知者は、そんな彼らをこう名付けた。
――『逸脱者』、と。
*
――そう、まさに彼らは『逸脱者』だった。
喰らい合う斬撃と斬撃。
白刃と黒刃が牙を剥き、1匹の巨大な獣と化したが如く互いを喰らい、貪り合う。
その果てに至る結末は総じて消滅なれど、それらを繰り出す放ち手は、ただの1つの掠り傷さえ負っていない。
「――フゥッ……!」
肺に溜め込んだ息を吐き出し、裂帛代わりに響かせながら東国の鎧武者――“剣鬼”ヴァジュラは剣閃を放つ。
先に抜刀した大太刀は鞘に納められ、今彼がその手に握るのはもう一振りの刀剣『打刀』だ。
西国などにおいては珍しく、しかし東国においてはごくありふれた刀剣の一種は切れ味こそ鋭いものの、聖剣魔剣のような特異性は微塵も有していなかった。
けれども悠久の如き強者巡りの旅を経て、担い手と共に武器もその存在性質を変質させていた。
人刃一体――ヴァジュラとその刀剣たちを表わすならば、この言葉こそが適切だろう。
ソウルと優れた鍛工さえ在れば、例え砕け散ろうとも再び
ヴァジュラはそれに目を付け、自ら枠組みを超えて超絶種へと変生した際、あることを試みた。
人刃一体――つまり武具との
形あるものはいずれ壊れ、朽ち果てる。
けれどソウルある限り完全には滅びず、再び生命の根源たる輝きを注がれれば、鎧や刃は在りし日の姿を取り戻す。
では、己が身と全ての武具を同化させればどうなるか?
一世界全ての生命が有するソウル、それら全てを掻き集めてなお上回る総量のソウルを持つ
例え刃が真っ二つに折れても、鎧が微塵に砕けようとも、根源たるソウルと直接結ばれ、瞬時に注がれれば――刹那の間も置かぬ内に、完全修復を果たすのは道理である。
結果、誕生したのは不懐の英傑。
その全てを強者との戦いに捧げ、戦いに必要のない全てを捨て去り、
無窮の強さを追い求め、夢想の果てに無双へと至った不朽の鋼鬼。
『逸脱者』――“剣鬼”ヴァジュラ
そんな彼と同化し、不朽不懐と化した刀の一閃が弱い筈もなく、槍の如くそびえ立つ岩塊を斬り砕きながら、岩の玉座の前に立つ魔王へと駆け、迫り、そして――
「――失せろ」
黒煙の如き瘴気を纏う巨剣の一振りで、それはいとも容易く霧散させられた。
緩やかに、けれども確たる絶滅の意志を込めて振るわれた巨剣。
老いた身を包む黒錆の騎士鎧、そしてたった今振るわれた巨剣に纏わりつく漆黒の瘴気。
汚泥のような粘つきと、毒霧のような息苦しさを覚えるその瘴気こそ、『闇の王』の権能の1つだ。
先の剣閃同士の衝突のように、互いを喰らい合って消失したわけではない。
今のは
そしてその光景は、剣鬼にとって既知のものでもあった。
「――出したか」
道理の通らぬ光景を前に、しかし剣鬼は怖ろしい程に冷静さを保っていた。
最初の激突の際に見せた激情が嘘のように、氷の如き冷徹を以て『闇の王』の纏う暗黒を見据えていた。
『闇の王』は
今この時を除き、過去に2度――ヴァジュラは『闇の王』と交戦していた。
無窮の強さを求め、世界を跨いでの武者修行の最中に出逢った彼は、率直に言って凄まじいほどに強かった。
当時は共にまだ人域に身を置いていたにも関わらず、その時点で既にグウィンら三王と同盟者シースを遥かに凌駕する力を有し、結果、霊体とはいえ、ヴァジュラはその時敗北し、死を『闇の王』に叩き込まれた。
2度目の邂逅は、それからかなりの年月を経てのことだった。
その時には既に両者とも人域を脱し、不死人さえも超えて今なる魔人の身へと成り果てていた。
ヴァジュラの世界線はその頃、
だと言うのに、勝てなかった。
死こそ免れ、敗北も喫さなかったとはいえ、その結果は無双の剣鬼にとって敗北以上に許し難い結末だった。
――
あの悍ましい漆黒の瘴気。『深淵の闇』を凝縮し、暗黒そのものを纏うに至った『闇の王』。
その超絶的な憤憎――あらゆるものを滅尽せんと望む、暴虐的な殺気の嵐に。
その時打ち合いに用いた当時の愛刀は、あの瘴気纏う巨剣によって砕かれ、
不朽不懐の特性を得た筈の、文字通りヴァジュラの一部と化した剣が壊され、戻らなかったのだ。
理解の及ばぬ怪奇現象。己を真に
それを知り、それを認知し――ヴァジュラは生まれて初めて、死への恐怖に憑りつかれた。
だからこそ、この3度目の戦いはさらなる精強への求道であると同時に、雪辱の儀でもあった。
今度こそ討つ。討ち倒す。
貴様という過去の残影、超えるべき至高の頂を踏み越えて――私は
「――斬り断つ」
――一閃。
納刀からの抜刀――居合切り。
優れた東国剣士ならば誰しもが修める剣術。
とある竜のソウルより生み出された一刀は、その居合の上位互換とも言うべき連続抜刀術を使用者に授け、地を這う剣閃を繰り出すことを可能とした。
だが、ヴァジュラという
放たれる剣閃。それは剣術の域を超えた閃光。
例えるならば颶風、例えるならば荒波。
自然現象にも等しき原初の暴威、その具現。
風のように
ゆえに――其の名は
森羅の如く無数に連なり、敵を斬滅する絶技。
放たれたる剣閃は分かれ、連なり、八方より囲いながら刃の波濤となって迫る。
絶滅の刃を有し、正体不明の瘴気を纏おうとも、無限の如き剣波は捌き切れまい。
さらに付け加えるなら、その全てが雷光を超える剣速。
如何に『闇の王』が精強極まりなく、規格外の存在であろうとも、自然暴威の具現たる剣の極致を前に無傷で済む筈はなく。
「――
しかしそれは、思わぬ闖入者の手によって阻まれる形となった。
神域の天蓋を砕き、狂い笑いながら、凶笑を湛える――麗しくも悍ましい
*
だがそれも、常識的に考えれば仕方のないことだった。何せ彼自身、『闇の王』のいるこの世界に辿り着くのに、星の数ほどの侵入を繰り返し、この日ようやく辿り着いたのだから。
試した数が千か、万か、あるいは億か。
費やした年月など本人すらもう覚えておらず、逆に記憶することさえ放棄したほどの年月がかかったからこそ、己以外には決して辿り着けないと無意識にそう思っていたのだろう。
けれども、それは見方を変えれば明らかな傲慢であり、その傲慢を打ち砕いたのが、彼らと同じ地平に立った
「あはっ――あははははははははははははははッ!!」
その女は、狂っていた。
凄惨極まる地獄の如き世界に在って、思わず息を呑むほどの美貌を陰らせもせず、保ち続けた女傑。
生まれは果たしていずこかの国の王族か、あるいはそれに迫る大貴族の令嬢だったのかもしれないが、そのようなことは既に些事で、どうでもいいことだった。
女性としては長身の体躯をアストラの上級騎士が纏う鎧で包み、兜は被らず露出させ、美しい黒髪を靡かせながら、女は今も笑っている。
この時を待ち続けたとでも言わんばかりに凄絶に、盛大に、一切の遠慮なく狂笑を轟かせ、美貌に凶笑を張り付け、狂気をばら撒く。
「あはははははははは! ああ、アア、嗚呼――やっと着いた! やっと
最初に使った道が閉じて、何の手がかりもなくなってしまったが、遂に――遂にここへ辿り着いたぞッ!
あはっ、あは――はははははははははははははははははははッ!!」
「……何だ、あの女は」
突然来襲した女傑――否、鬼女の狂い笑う姿に、剣鬼は兜内に秘した双眸を見開き、誰に問うでもなく独り呟いた。
そうだろう、彼の反応はごく当然のものだった。
自惚れではないが、剣鬼も『闇の王』も、共に生物としては頂点にある。
不死人としてではない。もはや彼らは、それぞれが
であるなら、こんな考えも思い至るべきではないだろうか?
彼らという至上の単独個体が生まれたように、他の世界でも彼らと同じ、『究極の単独種』が誕生しているのでは――と。
答えは――
ヴァジュラという無双の剣鬼が、生涯唯一背を向け、勝利を手放さざるを得なかった宿敵を討つべく、その痕跡を辿ったように。
その鬼女もまた、尋常ならざる執念の下に限界を超え、枠組みを外れ、至高へと至った――『闇の王』という
「……貴様」
「……」
刹那――狂気をばら撒き、凶笑を湛える鬼女の顔が失せ、代わりに表出したのは絶世の美貌。
狂気によって生まれた陰りが失せ、本来あるべき貌へ戻った筈なのだが……培い高めた直感により、剣鬼はいち早く気付いた。
美貌の裏に隠された――狂気よりもなお禍々しい凶気を。
交わされる視線。認識する意識。
互いが互いを認め、その存在を知覚し合い――そして。
「――ハァッ!」
「――!」
激突――!
振るわれた
暴風の渦、嵐――純粋な力の大渦は周囲一帯を巻き込み、岩塊と壁を諸共に砕き、先程鬼女が砕いた半壊の天蓋を塵一つ残さず消し飛ばした。
鍔迫り合い巨剣と大曲剣。
互いが握る大得物越しに睨み合う2人であるが、その反応は対極のものだ。
黒錆の鉄兜で覆われた『闇の王』は、兜越しでも分かるほど明確な嫌悪感を露わにし、だが同時に眼前の光景に対する
一方、対する鬼女はと言うと……
「あはっ、あははははははははははははッ!!」
やはり、
狂気の失せた絶世の美貌のまま、しかし先程とは比較にならない狂気と凶気を渦巻かせて、鬼女は再会の悦に浸っていた。
「あはははははははは! ねぇッ、どう王様!? 私、強くなったよ! 王様に負けないくらい、王様が私を
ねぇ――王様はどう? 今の私――強いッ!?」
「――知るか」
愛を囁く少女のように、鬼女の告げる言葉に対しての魔王の言葉は、ただそれだけ。
だが無関心な言葉とは裏腹に、『闇の王』の意識は完全に鬼女へと集中し、放出される憤憎の念が一層膨大となり、苛烈さを増した。
噴き出る負念の奔流が増し、彼が自分だけを見てくれていると理解して、鬼女は恋する少女のように歓喜の笑みを浮かべ、それに比例して渦巻く狂気凶念をさらに膨れ上がらせて、
「――
「――!」
地の底に蠢く亡者の呻きが如く、吐き出された呼び声が鬼女の意識を魔王から外させた。
そしてすぐさま彼女は跳躍。
天蓋が砕け、内部を露出させた火の炉の上空へ飛翔の如く跳ぶと、それを追うように
1つ1つが巨人をも殺す絶死の断刃。
窮みに至った剣鬼の刃は、慈悲なく躊躇いもなく突き進み、大海を征く人喰い鮫さながらに鬼女へ牙を剥き――
「シャアアアアァッ!!」
旋回――回転斬り。
未だ
『回転斬り』――即ち、戦技。
武器に合わせて決まられた型、あるいは武器そのものに宿るソウルの記憶を読み取ることで使用できる終焉の時代の技巧。
それを今の彼女が使うことは到底あり得ず、未来を知る不死人が見れば、ならば何故? と疑問を抱くのはごく当然のことだろう。
その疑問に対する答えは単純――
技そのものとしては然して難易度の高いものではないが、だからと言ってそう容易に修得できるようなものでもない。
そもそも、あの大得物でそんな芸当をしようという想像力もなければ、このような結果には至るまい。
だが至った。至らせた。時代の技巧を先取りしてまで、彼女は技を得て、力を得た。
全てはこの時――
ならばそれ以外は全て取り除く障害であり、彼女自身がさらなる高みへ上るための試練であり、贄であった。
白刃の群を切り裂き、力の暴威で滅した鬼女へ、しかしさらなる一撃が繰り出される。
『飛ぶ斬撃』――しかしその規模は、先まで放たれ続けた白刃群とは比較にならない巨大なもの。
先のそれらが巨人殺しならば、こちらは竜をも殺す極大の斬刀。
小細工を弄した程度では到底捌けない、純粋な力の塊。
巨山さえも両断しかねない一刀に、鬼女が取った選択は1つ。
「うははははははははははは――シャアアアアァッ!!」
我流とはいえ、技巧を駆使した先までの
逃げも隠れも、小細工もしない純粋な特攻。
振り上げた大曲剣で極大の斬撃とぶつかり、鍔迫り、鎬を削る。
まるで見えない巨人を相手に戦っているようにすら見える鬼女の姿。
しかし、それも一瞬。力任せの衝突、削り合いの軍配は――鬼女の方に上がった。
霧散する斬撃。露わとなる鬼女の凶笑。
その顔は再び狂気に塗れ、鬼女の呼び名に相応しい凶相と化して、凄絶な笑みを湛えている。
そんな笑みごと両断せん勢いで、新たなる一刀が迫り来て、今度はそれを大曲剣で受け止めた。
重なる刃。交差する視線。
刃越しに鬼女が認めたのは、虚しい空では断じて非ず。
抜かれた長大な大太刀を握りしめ、鬼女に負けぬ狂念を渦巻かせ、睨みつけてくる――もう1人の鬼の姿。
「
「ほう、お前も
大曲剣の柄から左手を離し、空いたその手で自身の左胸――心臓に当たる部位を掴む。
凄絶な凶笑はそのままだが、その表情は先とは変わって別物となっている。
喜悦を感じ、しかし胸に宿る疼きに苛まれ、恋しさと切なさに歪む
戦場に在って、全く不似合いなその表情に、剣の鬼は目を見開いて、同時に注ぐ眼光に灼熱の如き怒りを宿す。
「
「同じだとも! ああ、ああ……そう言えばお前、強いな。強い奴は好きだぞ。彼と死合う前に、お前の名を聞いておきたい……!」
「ヴァジュラ――だがお前は名乗らずとも良い。お前はここで殺す、女……!」
「そう言うなよ! ……私はバフラク。お前と同じく彼に焦がれる者だよ――ヴァジュラァッ!!」
天墜――衝突。
虚空より落ちた2匹の鬼が、互いの剣を手に狂い舞う。
真空刃の如き斬撃が、至高の技巧によって放たれ、乱舞する。
剛と技を併せ持つ双腕で振るわれる大曲剣が、主の血飛沫を舞わせながら鋼ならざる刃を叩き落としていく。
両者共に互角であり、ならばこそ周囲への被害は甚大極まれり。
火の炉を越え、そびえ立つ柱が次々と断たれ、倒れ、瓦解していく。
比喩ではなく大地は揺れ、その震撼は時を経るごとにより巨大となっていく。
災害と例えることさえ生温い、驚天動地の大災異。
このまま2人の死合いが続けば、いずれ大地は割れ、世界に甚大な被害をもたらすだろう。
ともすれば、現人類の文明崩壊にさえ繋がりかねない。
均衡を崩し、平穏を壊し、正常を砕く――極大の
正常なる世を乱し、異質と変じ、蝕む癌細胞。
それはかつての、呪いに捻じ曲げられた理の世を再来させる一因であり――ああ、だからこそ。
――侵蝕・干渉――
「――ッ!?」
「な――アァッ!?」
巨大な震動が2人の動きを止め、直後に衝撃が2人を襲った。
まるで巨人にでも殴り付けられたかのような大衝撃。
無論、そんな巨大生物などこの場には存在せず、居たとしても先に2人が気づき、細切れにして肉片の山が出来上がっていただろう。
だが衝撃の正体――その放ち手が誰であるかはすぐに察しがついた。
振り向く2人の視線の先。そこで蜘蛛の巣状に伸び、
その無窮の如き暗黒を放出しながら、
空間を侵蝕する闇。突き出された拳。自分たちを襲った衝撃波。
あらゆる要素を拾い上げ、脳内で組み合わせ、繋げて。
そしてようやく導き出された答えを知って、先に驚愕の声を上げたのは
「
「……」
剣鬼の指摘に、魔王は沈黙を以て応じた。
絶滅の刃でもなく、呑蝕の闇でもない、ただ規模が巨大なだけの殴打。
この世に存在する歪み、あらゆる『火の時代』の存在を赦さぬ『闇の王』にしては、あまりにも温すぎる一撃。
一撃必滅ならざる攻め手を用いたのは、彼らを滅ぼすためではなく――意識を自分に向けさせるためだったからだ。
「……『最強』の名に意味はない」
『――!?』
その発言は、2人を驚愕させるには十分過ぎる衝撃を孕んでいた。
憤憎の魔王を求める2匹の鬼『剣鬼』と『鬼女』には、ある共通した目標があった。
『最強』――生ある者なら、武を誇る者ならば誰しもが1度は抱く原初の夢。
目指す理由が違えども、共に2人は強さの極天へ至ることを目指し、邁進し、夢見続けた
だがその言葉は、そんな彼らの夢を否定し、踏み躙る発言だった。
それが他ならぬ魔王――彼らが求め、焦がれた最大の好敵手『闇の王』から紡がれたのだから、驚くなという方が無理であった。
「俺も貴様らも、共に力を求めて突き進んだ者。それは認める。
だが目指した終着点は違い、そこを等しく見られているのなら、その認識を正さねばならない」
「……何を……」
「強さとは――力とは、あくまで
為すべき大業を果たすための、道具の1つに過ぎん」
あらゆる『火の時代』を必滅し、絶滅し、根絶し、それらを完全に果たすために『権能』という神紛いの力も付けた。
力を求め、強さの頂に立つことだけを目的とした彼らとでは、根本的な部分で決定的な差異を抱いていたのだ。
『手段』か、『目的』か――『強さ』に対する見方の違いをまとめた結果がそれだった。
「だからはっきり言おう――貴様らの
強さ比べの果て、その頂に立ったところで、そこから何を為すべきかを定めていなくば意味はない。
――俺は根絶を求め、それを成さんがために力を求めた。
「では何故、お前は未だ存命している? 先にお前自身が言ったように、この世界線における『火の時代』の全ては、お前一人を除いて完全に失われている。
討つべき敵を討ち果たし、それでもまだ生き永らえるお前は……一体何を望んでいる?」
「知れたことを……後の世に現れる屑の掃滅、もそうだが……真なる目的――我が大願最後の仕上げを成すためだ」
「……つまり――?」
「最後の『火の時代』――俺を『この世全ての悪』と定め、次代の担い手に討たせる」
絶句――今度こそ、2人は言葉を失った。
全ての『火の時代』を滅ぼし、最後に残った以上、彼こそが『最後の火の時代』と呼ぶべき存在と化しているのは認める。
この
だが最後の――次代の担い手に討たせるという部分だけは、どうにも納得がいかない。
『闇の王』――数多くの強者を葬って来た自分たちが、あらゆる世界を巡り、その上で最大最強と称するに能う怪物が。
よりにもよって、ただ次代に生まれただけの『誰か』に討たれるなど――!
「――ふざけるなぁッ!!」
怒号を吐いたのは
求強の剣鬼と同じく、渇望の鬼女はかつて、最強の御座を求めて邁進した戦鬼だった。
否、その姿勢は今でも変わらず、最強の座を目指し、今日まで屍山血河を積み上げ、溢れさせてきた。
そんな彼女が唯一、『最強』の称号と並んで激しく渇望したものはあった――それが眼前の『闇の王』だ。
世界の全てを根絶し、文字通り
その圧倒的で、昏くも眩い孤高の姿に、バフラクは“太陽”を見た。
それはまだ彼女が
天上に座す輝きを崇め、己だけの輝きを求めて進む『太陽の戦士』が事あるごとに口にしていた
バフラクという女は、それを光とは対極の闇を統べる魔王の内側に見出し、いつしか彼と並び、彼を超え、彼を殺すことで
例え力及ばず敗北し、無惨にも死に果てようとも、それはそれで幸福だ。
焦がれた相手の手に掛かった死ぬならば、これほど幸福な最期はあるまい――と。
そう思ってさえいたのに、憧憬の相手が口にしたのは、自分に討たれる最期でも、自分を討ち果たす断罪でもなく。
自分以外の『誰か』――
そんなふざけた結末を、どうして許容できようものか。
「ふざけるな――ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなァッ!!
あなたを殺すのは私の筈だ! 私を殺すのはあなたの筈だろう!? 共に殺して殺されて、至高の死闘の果てに決着をつける――その筈なのに……!」
「そんな約定を交わした覚えはない」
熱烈な、溶岩流さえ上回る灼熱の訴えを、凍土の如き冷血さで『闇の王』はばっさりと切り捨てる。
鬼女とは違い、言葉にはせずとも、
それを察してか、魔王の鉄貌が彼に向き、穿たれた
「最強の名に意味は無く、ゆえにそれを求める貴様らの存在に意味はない。
……俺の結末は、他ならぬ俺自身が決めることだ。何人も邪魔はさせぬし、邪魔するならば消し去るのみ。
時の果て、空の果て、ありとあらゆる全てから――その
比喩ではなく、そうしてきた。
冗談ではなく、滅ぼしてきた。
『火の時代』という極大の歪みを認められず、それより生じたあらゆる存在を認可できず、徹底的に滅ぼしてきた。
存在そのものの冒涜。軌跡の蹂躙と凌辱と言っても過言ではない悪業を積み重ねて、しかし尚も恥じず、悔いない、足を止めない。
停滞こそが積み上げた死と骸への冒涜であり、まして振り返り、後退するなど論外だ。
身勝手極まる言い分であることは百も承知。だが、それを知った上で進まねば、身に余る大業など成せる筈もなし。
故に謳う。故に唄う。
己の望む結末を。血濡れの大業の果てに飛来する、唯一絶対の終焉を――『凶剣の魔王』は高らかに告げる。
「俺は『闇の王』■■■■■■! 全ての歪みを排し、正し、旧きを滅ぼす
次代を担う善に討たれ、純白の地平の礎となる――『この世全ての悪』と知れッ!!」
――嗚呼……まだか。まだ――現れぬのか。
――俺は十分に待った。待ち続けた。
――この身こそ、お前が討つに能う
――この世全ての悪たる我が身を討て。お前たちこそが最善であると謳ってくれ。
――どうか、俺を……
――新時代の
いつか謳った言葉を胸に、暗黒の暴君は吠え立てる。
この身が討たれ、滅び尽きるその日まで。この世全ての善が証明されるその日まで、俺は大悪として君臨し続ける。
だから……嗚呼、早く来てくれ
怒りを剥き出し、憎悪の言葉を吐き出して、この心臓に刃を突き立てろ。
我が理想は、大業は――お前の存在を以て成就するのだ。
愛しき最善――白き
【独自設定】
・『逸脱者』
人、あるいは不死人、定められた存在そのものの規格を破り、限界を超えた魔人たち。
それぞれが尋常ではない膂力を有し、単純な力だけでも巨人や竜種を優に凌ぐ。
存在としての格と規模、密度も規格外の域にあり、それぞれ『権能』と呼ばれる固有の異能を有している。
共通点としては身体・精神力の規格外さだけでなく、各個体が一切の例外なく何らかの異常性、衝動や願望を抱いており、尋常ではない狂気をその身に宿している。
常道を外れ、外道に身を落とした者たち。正道の果てに限界を超えたのではなく、その異常性を以て定められた存在としての器を拡大し、殻を破った異常個体。
ゆえに、見えざる創造主たちはこう名付けた。
力の均衡を崩す者――『逸脱者』と。
・『権能』
上記に記された『逸脱者』たちの持つ異能の総称。
能力の中身は千種万様だが、発現者の持つ何らかの要素を由来として発現するため、大部分は使用者にとって扱いやすい、相性の良いものとなっている。
注目すべきはその異能の規格外さであり、能力そのものの高さ、効果をもたらす規模、特異性とどれを取っても従来の異能を遥かに超えている。
その凄絶さ、それを扱う逸脱者たちの偉容を見て、ある者はこの異能をこう名付けた。
神の如き者たちの揮う力。唯一絶対の『権能』、と。