ヒーロー名"神(ゴッド)・エネル "   作:玉箒

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18話:絶望(ぜつぼう)

 「ハァァァァァアアア!!?み、緑谷おめぇバカじゃねえの!!?勝てるわけねーじゃん!!!オールマイト殺せるかもしれねぇ奴らだぜ!!?ここで雄英ヒーローの助けが来るのを待って籠城した方が得策だって!!!」

 

 背後でわめく峰田を無視して、船上から水面に浮かぶヴィランたちを睨みつける。全員が全員、こちらを睨みつけて獲物を待ち続けている。

 

 「あくまで水中戦ってことか……しかも、おそらくここにいるヴィランたち、全員水系統の個性かな……」

 

 「でしょうね、わざわざ事前に今回の襲撃の打ち合わせもしといて、自分の不利なフィールドを選ぶわけないわ」

 

 「まさに用意周到って感じだな…僕たちの個性を知らないっていうことだけが少し気がかりだけど……」

 

 ケロ、それよりも緑谷ちゃん、具体的にはどうやってこれを切り抜けるの?と、緑谷に尋ねる。別に、絶対的な勝利への活路が存在するわけではない。その逆、この圧倒的に不利な状況を覆したいのならば、多少の賭けに、勝負に出るしかない。とても危険な橋渡り。しかし―――

 

 「(何怖気付いてんだ!!個性把握テストのときだって、戦闘訓練のときだって、同じだっただろ!!一緒だ、まったく。この状況を打破したいなら、危ない橋だって何だって渡ってやる)……峰田くん」

 

 「はへ?」

 

 鼻水たれたれ、目から涙の洪水を流す峰田が唐突に名前を呼ばれて気の抜けた返事を返す。緑谷がゆっくりと振り返り一言。

 

 「……頼みがある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おっせぇなぁ、あいつら、船の上でこのまま籠城するつもりか?どうせガキだろうが」

 

 痺れを切らしたようにサメのような見た目をした異形型のヴィランが言葉を漏らす。緑谷たちが船の上に上がってから早一分が経とうとしていた。中々に姿を現さない雄英の生徒を焦れったく感じて文句を垂れるヴィランも少なくはなかったが

 

 「早まるな、死柄木さんの言葉を忘れたのか。ガキっつっても雄英の生徒だ。強個性の集まり、見た目で判断するなと言われたろうが」

 

 だが、往生際が悪いのは確かだな、そう呟くヴィランの周囲の水面が揺らめく。次の瞬間、突如として水が膨れ上がり人間の手を模した形に変形し、緑谷たちが乗っているクルーザーを切断する。規模だけ見ればトップヒーローにも通じるレベルの攻撃。やはり自分たちの得意なフィールドに合わせてきているという何よりの証拠であった。

 

 「なぁに、近づかずにこうして片付けちまえばいいだけの話だ。どうせ持ってこの船はあと1分、さっさと片しちまおう!!」

 

 二つに割れたクルーザーから、動力部が破損したのだろうか、黒煙が上がりみるみる水中に沈んでいく。勝利を確信したかのように散らばっていたヴィランたちが船の周りに集まってくる。いまかいまかと雄英生徒をなぶり殺すために個性を構え、そして今―――――

 

 「うおおぉぉおおおおおお!!!死ねえぇぇええええッッ!!!」

 

 「はッ!!自暴自棄かよバーカッッ!!死ね、クソガキ!!!」

 

 一人の生徒がおらびながら船から飛び出て自分たちの頭上に落ちてくる。そして彼らは()()()()緑谷の策に引っかかっり、油断して一生徒の個性に気を配ることもなく、水面へと近づきつつある緑谷へ攻撃を仕掛けるために一点へと集まってくる。彼が腕を伸ばし、個性を自分たちへ向けているとも思わずに。

 

 「デラウェア……ッッ―――――スマアァァァアアアッッシュ!!!」

 

 「グオォおおおッッ!!?な、なんだ!!!発動系ッッ!!超パワーかッッ!!?う、ぐうウゥゥウオオオオオォォォおおおおッッ!!?」

 

 緑谷が左手の親指の支えを外して、中指を弾き個性を放つ。瞬間空気が叩きつけられる轟音が周囲にとどろき、その個性の余波だけで彼の目下の水面が一瞬陥没したあと、復元力により水しぶきを上げながら水面が大爆発する。逃げ遅れた、否、はなから逃げることなど考えていなかった水難ゾーンのヴィランたちが、緑谷の個性によって発生した渦潮に巻き込まれて、水中向きの個性持ちだろうがなんだろうがお構いなし、全てを巻き込み一点に収束させていく。

 

 「―――――ッッ!!み、峰田くん!!梅雨ちゃん!!!」

 

 

 

 

 

 

 「ケロ、きたわ、合図よ。準備はいい?峰田ちゃん、いくわよ!!」

 

 「う、うぅぅううう!!うぅううううううううッッ!!!」

 

 峰田の返事を待たずに蛙吹が、脇に峰田を抱えたまま跳躍を行う。蛙特有のモーションでしなやかな膝関節の動きで華麗に空中に舞いながら、舌を伸ばして緑谷を回収。ここまでは打ち合わせ通り、完璧。―――――そして、最後に仕上げるのが。

 

 「クッソおオォォオォオオオオオオオオッッ!!!緑谷ばっかカッコいいことやりやがってよオォォォおおおお!!オイラだって、オイラだってえぇぇぇえええええ!!!!」

 

 半ばヤケクソになりながら個性を発動する峰田。頭からもぎっては手当たり次第に水面へと投げ入れる。彼自身が分かっていた。この作戦において自分が一番簡単な仕事であると。先陣は僕が切ると言った緑谷の言葉に、どこか安心してしまっていた自分に気付いて、そんな自分が情け無く、かと言ってヴィランへの恐怖は消えることはない。二重の板挟みに陥り、それでもなお、やはり彼もヒーローの卵であった。涙を流しながら、それでも個性を発動することをやめない。自分がちゃんと指示通りにできているのか、そんなことを気にする余裕はなかった。ただ一つだけ、自分がやらなきゃ他にいない。助かるために、そして助けるために個性を無我夢中で放つ峰田。果たして彼の努力は実ったのか、水面へと顔を向けてみると―――

 

 「ば、馬鹿野郎ッッ!!くっつくな!!離れろッッ!!」

 「くっついてんのはてめーだろうがッッ!!ま、ちょ!!渦に巻き込まれ―――――」

 

 そう言い終わる前に、彼らの独擅場であるはずの水中で足掻き苦しむヴィランたち。未だに消えることなく唸り続ける渦潮の中心にドンドンとヴィラン達が集まり、峰田の個性によってものの見事に身動きが取れなくなっていた。

 

 「ケロ、第一の関門は突破ってところね。よくやったわ二人とも」

 

 「ッッしゃああぁぁぁああああ!!!見たかこのヤロォォォおおお!!バーカバーカッッ!!!」

 

 先ほどまでの慌てようは何だったのか。いざ自分が優位に立つと手のひらを返したように煽り散らかす峰田に苦笑いの緑谷だったが、それでも勇気を振り絞って頑張った彼に心の中で賞賛を贈る。が

 

 「………ッッ、つぅ………ッッ!!」

 

 「お、おい、大丈夫かよ緑谷?」「…酷いことになってるわね、毎度のことだけど」

 

 彼の個性を発動した中指と親指が青黒く染まり、皮膚から血が流れていた。リカバリーガールの所にさえ行けば回復するため後遺症にならずに済んでおり、普段は何ともなく平然としているが、いざ目の前にすると直視しづらいほどに痛ましく傷跡が刻まれていた。

 

 「だ、大丈夫…、それよりも、今できることを考えよう。勝ったからって油断して、あのヴィラン達の二の舞になっちゃいけない、から」

 

 緑谷がそう言い終わると同時に長い跳躍を終えて、水面に二人を抱えて蛙吹が降り立つ。ジャポンと音を立てて、浅い湖底に足をつき、チラッと後ろを振り返ってみれば、気を失ったヴィランの群れが死んだ魚のようにひとかたまりになって水面にぷかーっと浮いていた。

 

 「そ、そうだな!!見つからねぇ内にさっさと脱出しようぜ!他の奴らは自分らで頑張ってもらうしかねぇよ!」

 

 「ケロ、そうね。峰田ちゃんの言う通りだわ。少し心配だけど、緑谷ちゃんもダメージを受けてるし、このまま誰かのサポートに回るのは危険。だとすれば……」

 

 あたりを見回して自分たちの位置を確認する。中央のセントラル広場付近では相澤が未だに戦闘を続けており、目では見えないが激しい個性のぶつかり合いの音が聞こえてくる。

 

 「私たちは壁側に沿ってヴィランに見つからないように迂回しながら出入り口に向かうのが最善かしら、緑谷ちゃん?」

 

 念のために、これがおそらく最適解であるのだが、緑谷の意見を仰ぐ。このメンバーの中で最も頭がきれるのは彼、任せておけば間違いなし、とは言わないが彼だからこそ気づけることもあるかもしれない。

 

 「……うん、そうだね、多分、それが最適だと思う」

 

 「決まりね、じゃあ「でも…」………ケロ?」

 

 どうしたんだよ緑谷?と峰田も早くこの場から逃げ出したそうにうずうずしながら緑谷を見つめる。彼の視線の先には――――セントラル広場。そこから察する、彼の考えること。すなわち―――

 

 「お、おい緑谷!!お前まさか……」

 

 「…最初、相澤先生、一芸だけではヒーローはつとまらないって言ってたよね。別にそれが嘘だとは言わないけど、多分、僕たちを安心させるために無理して単騎で突っ込んだと思うんだ」

 

 「だめ、ダメよ、緑谷ちゃん。いくらなんでも危険すぎるわ。それに、私たちが加勢したところで戦力になるかどうかも怪しいし、なんなら足手まといになる可能性だって……」

 

 相澤の援護に向かおうとする緑谷を必死に止める蛙吹。緑谷が調子にのっていたわけではないが、初めてのヴィラン戦で勝利したことに自信を持って、無理をしてでも広場まで行こうとしているように彼女には感じられた。

 

 「大丈夫、何も、僕だって自分が戦力になるとは思っていない。ただ、少し様子を見るだけ。相澤先生だけで何とかなりそうならすぐに撤退する。近くまでは行かないから、このまま水難ゾーンの水の中を辿りながらこっそり近づこうと思う。僕だけで行くから梅雨ちゃんと峰田くんは先に戻ってて。僕も後で向かうから」

 

 入り口に向かおうとする蛙吹達とは逆方向、中央の広場へと体を向け、蛙吹たちに背を向ける緑谷。峰田はオロオロして二人の様子を伺い、蛙吹は観念したように緑谷へ言葉を告げる。

 

 「……緑谷ちゃん一人だけ向わせるなんてできっこないわ。私もついていく。でも、これだけは忘れないで。様子を伺うだけ。何も無ければ手を出さない。これだけは守ってちょうだい。いい?」

 

 「梅雨ちゃん……」

 

 「峰田ちゃんはどうするの?これは言わば、私たちの勝手。ここで一人だけ出入り口へ向かったとしても誰も責めないわ。それはそれで勇敢な行為よ」

 

 二人の視線を受けて、うううと唸る峰田。こんなの実質一択じゃないかと、逃げ出したい気持ちを抑えることなく、それでも付いていくしかなかった。

 

 「もおおおぉぉおお!!こんなのついていくしかねーじゃん!!ここで、はいじゃあオイラだけ逃げ出します、なんて言うやついねーよ!!もおおお!!なんなんだよお前ら!!オイラはさっさとこっから逃げ出してぇのによおおおおおお!!!!」

 

 泣きじゃくりながら出入り口へと向けていた歩を止めて振り返り緑谷と蛙吹に近づいていく。自分の選択のせいでクラスメイトを危機に晒してしまうかもしれないことに深い罪悪感を覚えて暗い顔になる緑谷であったが、

 

 「そんな顔しないで、緑谷ちゃん。たしかにあなたの言うことにも一理あるわ。様子を見て何事もなく離脱、これが今私たちのできる最善の行動だもの。それをすればいいだけ、何も危険を犯すことはない。……こんなこと言ったら悪いけれど、仮に相澤先生がヴィランに負けていたとして、そんなヴィラン相手に私たちができることなんてたかが知れているもの。だったら相澤先生の勝利を祈っておきましょう?」

 

 「……うん、そうだね。その通りだよ。抹消ヒーロー、イレイザーヘッド、戦闘経験はたしかなはず。相澤先生を信じよう。そして僕たちは、念のために様子を見ておく、それだけ」

 

 自分たちの担任であるプロヒーローの安否を気遣い、未だ戦闘音の鳴り止まないセントラル広場へと足を進める緑谷たち。自分たちがただの足手まといだという自覚も無しに、一歩、また一歩、地獄へと自ら近づいていくのであった。

 

 

 


 

 

 

 「うし!もういいぞ、二人とも。全員片付いた」

 

 「……ふぅ、いやあんた、そんなに強い個性だったんだね。ウチ、エネルの下位互換としか考えてなかったわ」

 

 「…言いたいことは分かるけどよ、もう少しオブラートに包めよ。言われた方は結構傷つくんだぞ、それ…」

 

 ご、ごめん、と、謝罪をしながら八百万の作った絶縁体の布の中から耳郎が姿を表す。つい先月までの彼なら既に頭をショートして使い物にならなくなってもおかしくないレベルの電流を放出していたが、エネルに渡された蓄電器が功を奏し、彼の帯電できる最大限界値が上昇していた。と言っても、あと数発打てるかどうかレベルではあったのだが。

 

 「ま、強くは見えるけどこんな形で全方位に放出することしか能がないからな。結構使うタイミング限られるんだけども」

 

 別に砂埃等が付いているわけではないのだが、手をパンパンと叩いたあと腰に手を当てて、一仕事済ませたように息を吐きながら自身の個性の弱点を吐露する。エネルとの訓練でも言った、電流の誘導。今回の戦闘で改めて実感して、道はまだまだ遠そうだと、果てしなくも思えるUSJのドームの天井を見つめる。

 

 「お疲れ様でしたわ、上鳴さん。この後どうしましょうか?他の方のサポートに回ってもいいのですけれど…」

 

 「うんにゃ、やめとこうぜそれは。てか俺がきちぃよ。もう帯電量も減ってきてるし、行ったところでさっきと同じような戦い方しかできないからな、寧ろ足手まといだ。それよりも…よっと、俺たちは出入り口探してさっさとこっから脱出しようぜ」

 

 目の前の小さな岩山を飛び越えてUSJ内を見渡す上鳴。少し遅れて八百万と耳郎も上鳴と同様に山岳ゾーンから辺りを見回していた。

 

 「あったあった、あそこね入り口。……お!全員が全員誰かは分からねえけども、もう既に俺たちよりも早く入り口付近に集まってる奴らいるじゃん!」

 

 真っ黄色のコスチュームに身を包んだ砂糖を筆頭に、数人出入り口付近に立っている人影を確認する。もっとも、上鳴たちは全員がワープで飛ばされていると思い込んでいたために、初めからワープから取り残されていた彼らを、ワープ先から脱出して出入り口まで逃げ出してきたと考えたのだが、ここでは関係ない話であった。

 

 「んじゃあ、俺たちも迂回して入り口付近へ「お、おい、何やってんだい?緑谷たち!」……んあ?」

 

 耳郎が焦ったような声色でクラスメイトの名前を出す、緑谷?と、耳郎の視線を追ってみると、たしかに特徴的な緑色の髪とコスチュームに身を包んだ彼がいた。クラスメイトの無事がわかって安心した上鳴であったが、その直後、耳郎の焦りの意味を理解する。

 

 「…え、え?え!?いやいや、ちょちょ、あいつら、どこ行ってんだ!?そっちは……!!」

 

 「相澤先生が現在戦いを繰り広げている真っ最中ですわね…」

 

 小さな点であるが、何者かが、また別の無数の何者かと格闘を繰り広げているのが分かる。USJ施設中央、おそらくプロヒーロー、イレイザーヘッドが戦っている場所だ。そこを目指す小さな集団の先頭に立つのは緑谷、彼の思考回路を察するに、

 

 「あのバカッ!!俺たちが加勢したところで何の役にも立たねえだろ!!」

 

 戦闘の支援。緑谷たちの表情までは見て取れないが、忍ぶように、ひっそりと近くまで歩み寄っていく彼らを見て、冷たい汗がじんわりと衣服に染み込む。ひやひやする、なんてレベルのものではない。プロヒーローの現場に自ら赴くなど、自殺しようとしているようなものである。

 

 「ど、どうするんだ!?緑谷のやつ!!」

 

 「どうするもこうするもねぇだろ!おおかた、策もないくせして持ち前のお人好しが変な方向に働いてるだけだろ!!八百万!双眼鏡!!」

 

 は、はい!っと返事をして、即座に作成して上鳴に手渡す。双眼鏡を介して緑谷たちを見ると、やはり鬼気迫る表情。無理をして作戦を断行していることが見て取れる。どうするか、どうするべきか。頭をフルに回転させるが、何も案が思い浮かばない。もはや、最後の望み――――プロヒーロー、イレイザーヘッドの勝利に託すしかなかった。その望みは、数秒後、彼に視線を移した上鳴の目前で、あっけなく崩壊するのであるが。

 

 「――――――――あ――――――――」

 

 双眼鏡を覗く上鳴が、二人の見守る前で間の抜けた声を漏らす。どうしたんだと声をかけるよりも早く、二人に絶望を告げる。

 

 「相澤先生――――負け、ちった―――――――」

 

 イレイザーヘッドが負けた。プロヒーローが敗北を喫した。その事実が、三人に重くのしかかる。戦闘特化のプロヒーローが戦闘で敗北した。相澤が抑えていたヴィランが、今度は自分たちに牙を剥く。ならば、早くここから逃げ出さなくてはならない。そう、逃げ出さなくてはならないのだが、

 

 「上鳴!緑谷たちは!?」

 

 「……止まった、相澤先生が負けてるの見て、流石に止まったよ……ヴィランの目と鼻の先だけどよ。それよりも、当たりだ、八百万、お前のいう通りだったよ」

 

 双眼鏡を覗いたまま、八百万の言葉通りだったと呟く上鳴。いったい何がと問いかけると、ゆっくりと上鳴が口を開く。

 

 「……あいつらのオールマイト殺害って宣言の根拠だよ。お前のいう通り、あのバカでかい図体のヴィランだ。相澤先生がなす術なくボコボコにされてた。多分だけど、オールマイトより個性込みで単純にステータスが上回ってる。正面から殴り合いしてオールマイトを殺す気だ」

 

 オールマイトを殺害する、殺害できるヴィランが同じ施設内の、そして、彼らの目と鼻の先にいる事実。足がすくむ。逃げ出したい、ここから今すぐにでも、バレていない内に姿を消したい。しかし―――

 

 「ど、どうすんの?私たち、このまま、み、見捨てるの?」

 

 このまま見捨てる。そう、このまま見捨てることになる。別に罪には問われないし、誰も責めることはできない。そもそも、罪悪感を覚えて何もできないままここに残ることこそ悪手。助けることは不可能だと分かるなら、いち早く撤退することこそが正しい。正しいのだ。だが、上鳴の表情が突然切り替わる。双眼鏡を除いたまま、顎に汗を垂らして、唾を飲み込み、何か覚悟を決めたかのように口を開く。

 

 「……八百万、お前、戦闘訓練のとき、峰田と組んでたよな?あいつの個性って、どんなのだ?分かるか?」

 

 「峰田さんの、個性ですか?どうして突然そんなこ――――

 

 「知ってるなら早くしてくれッ!!緑谷たちがバレた!!本人たちは気づいてねえが、一度目で捕らえられてる!!下手したらもうすぐ緑谷達に攻撃がいくッ!!即興で今作戦を考えるッッ!!」

 

 焦った上鳴が、激情に駆られて声を上げる。彼の言葉を受けて、サッと冷や汗をかきながらも、戦闘訓練のときの記憶を掘り返して峰田の個性について知っている限りのことを上鳴に教え、耳郎も、他二人のことについて、断片的ながらも自分なりに理解できていることを話す。その間も上鳴はジッと、ヴィランたちを目で捉えたまま視線を外さない。もしかしたら、俺自身もバレているのではないだろうか。そうした不安もあったが、何よりクラスメイトの命に危険が迫っていることを理解できておりながら、逃げ出せるほど精神が幼くはなかった。

 彼が双眼鏡で眺めていると、自分たちをバラバラに分断させたヴィランが、黒い衣服を着たヴィランの親玉らしき人間と何か会話をしている。時間が生まれた、この機を流せば次はない。両耳から入ってくる情報を頭の中で組み立てながら、この場を解決する最善策を瞬時に考え出す。こういうことは八百万の得意分野だろうが、いかんせんパニクっていて、こういっちゃあ悪いけど、頼りない。だったら、自分がやるしかない。そんなに頭の回転が速い方ではないと思いながらも、フルに回転させて、クラスメイトを救うために汗を垂らして何かないか、何かないかと方法を考える。そして、賭けにも近い道筋を、今、思いついた。

 

 「………二人とも、ちょっといいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずい、非常にまずい。目の前の光景を眺めながら、そう頭の中で何度も反復する蛙吹。予想していた最悪の状況。イレイザーヘッドの敗北。それが現実のものとなってしまった。もはや自分たちに出来ることは何もない、気づかれない内にこのまま撤収するのが最善。しかし―――

 

 「(………まずいわね。緑谷ちゃんが、そんな雰囲気じゃない)」

 

 今にも逃げ出したそうに震えが止まらない峰田は置いておいて、最初の約束を忘れたのか、どうにかこの状況を打開しようと、出来るわけもないのに後退しようともしない緑谷。そんな彼を放っておいて自分たちだけ逃げ出せるはずもなく、完全に詰んでいた。無理やりにでも、緑谷を説得してあのまま撤退すべきだったと後悔する蛙吹。

 

 「……すみません、死柄木弔。一人、この施設内から逃してしまいました」

 

 「は?…………ハァ、黒霧、てめぇ…ッ!!……ふぅ、ワープゲートじゃなかったら粉々にしてるとこだったぞ……ッ!!」

 

 目の前のヴィランの数が一人増える。正面入り口前で自分たちを襲った黒いモヤが突如として現れ、ヴィランの頭目と言葉を交わすと、まるで癇癪を抑えきれない子供のように、黒い衣服のヴィランが首回りを引っ掻きまくる。痛々しく首に赤い筋を残して一言。

 

 「……流石にプロヒーロー何十人も相手はキツい。ゲームオーバーだ。……帰ろっか」

 

 帰る。その一言に安心して、ジワッと目から涙を流す峰田。ヴィランと戦わずに済む、その事実だけで体から緊張が抜けてしまっていた。蛙吹と緑谷は未だ警戒を怠ることはなかった。警戒したところで、何の意味もないのではあるが。

 

 「奇妙ね、緑谷ちゃん…」

 

 「うん、このまま、何も起こらずに終わるとは思えない」

 

 なんなんだ、あいつら。ゲームオーバー?オールマイトを殺害するって言っておきながら、あっけなく引き下がる。思考回路が分からない。緑谷が頭の中でぶつぶつと呟きながら、あり得ないだろうが、このまま帰ってくれることに一筋の希望を持って、様子を伺っていると、ヴィランが何か思い立ったように言葉を発する。

 

 「……あぁ、でも、帰る前に、平和の象徴の矜持を一つでも――――

 

 

――――折ってから、帰るとしようかぁ!」

 

――――――――え。

 気づいたときには、既に遅かった。かたや緑谷、正面を向いている自分の、視界の隅に写る人の腕。かたや蛙吹、瞬きをする前はヴィラン達を捕らえていた自分の視界が、何者かの掌に、いつのまにか包まれていた。反応するとかしないとか、そういう次元の速さでなく、体が条件反射を行うよりも速く、ヴィランの手が自分の顔に覆いかぶさっていく。

 遅かった、間に合わない、理解できていつつも、悪あがきのように腕を振り上げて、蛙吹を救おうと個性を発動するが――――無理。どうあがいても不可能。体は全く反応できていない癖をして、後悔ばかりが頭の中を高速で駆け巡る。僕が言い出さなければ、僕が無理にここへ来なければ、二人の言う通り従っていれば、自身の感情で押しつぶされそうになりながら、それでも、腕を止めない。そして、同様にヴィランの腕も止まらない。

 そしてついに、ヴィランの腕が蛙吹に被さろうとした――――瞬間。

 

 「――――――――ッッ!!!――――なんだ?うるせ「オラァァァアッッ!!!」――――ゴァッ!!?」

 

 その場にいる者全員を巻き込む爆音が鳴り響く。鼓膜をつんざくような音の衝撃波に一瞬怯み、その場の全員が顔をそちらに向けた――――その一瞬。全員の視線が一点に集中したその一瞬の隙をついて、何かが、視界の端から豪速球で飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『いいか?合図は俺が出す。そしたら言った通りの手順でやってくれ。必要がなさそうだったら直ぐに取りやめるからよ、まぁ念のための準備だ』

 

 山岳ゾーンにて輪を囲んで向かい合う三人。上鳴は何でもないかのように各々の役割を話すが、二人はなんだか納得していない様子。

 

 『……なんだよ。しゃーねえだろ、俺そんなに地頭良い方じゃねえんだから、これ以上の策思いつきやしねえよ。何か他にあるなら聞くけどよ』

 

 『あぁ、いや。ウチも、てかウチは別に問題ないんだけど、その…』

 

 『上鳴さん、大丈夫、ですの?』

 

 

――――上鳴が二人に指示した内容。それは、上鳴が相手に特攻するための陽動と、その準備。

 

 まず、帯電用の極板を八百万に作ってもらい、それを山の壁に立てかけるようにして、上鳴の背後に設置。その後、上鳴の腹側に長めのゴムを引っ掛け、ゴムの両端を杭で、極板を立てかけている背面の山に打ち付ける。

 その後上鳴の個性を発動。背中の極板に電流を流し帯電させる。そして自身には逆の電荷を付加させることにより斥力を働かせて自分を押し出す。背中には反発力、腹にはゴムの弾性力。内臓が押しつぶされるのではないかと思うレベルの圧力に耐えて、瞬間的な爆発力を実現。タイミングを見計らい、自身で左の杭を、八百万に右の杭を外させて、パチンコ玉のように己を弾丸としてヴィラン達に突っ込み、その一瞬の隙をついて電流を流して感電させる。

 

 だが、これでもまだ足りない。たしかに、速い。自身でも制御できるか怪しいレベルの速度。それでも、まだ完全では無い。上鳴が今から行おうとしていることは、せいぜいが()()()()()()()()()()程度の速度。

 

――――知っている。常人では捉えられない速度を捉える人間がいることは、知っている。普段の訓練でも、そして先日の戦闘訓練でも目にしている。常人を超越した化物がいるのは、何もヴィランに限った話では無い。その逆も然り。ならば――――ヴィランだってそうだ、常人では捉えられない速度を捉えてくる、可能性がある。だから、ダメ押しに、仕上げの耳郎の、イヤホンジャック。

 彼女の個性、心臓の鼓動を爆音で衝撃波として飛ばすことができる。この能力に関しては、現段階では完全にプレゼントマイクの下位互換であるし、この距離では大したダメージは期待できない。せいぜいが、ちょっとうるさい程度。だが、それでいい。届くのならば、それでいい。

 

 

 『まぁそりゃあ、大丈夫か大丈夫じゃ無いかで言ったら大丈夫じゃ無いだろ。成功率、良くて五割ってところだろ』

 

 『じゃあ…ッ!!』

 

 『でもやるしかねぇ、他に手立てがない、違うか?』

 

 上鳴の言葉に口を閉ざす八百万。彼女も理解はできている、リスク無しでこの状況を打破できるわけがないと。エネルとの訓練でも言われていた、自分の万能性がいざというときに役立たない。なんとも言えない歯痒さを感じていた。

 二人のやり取りを見ていた耳郎。ふと考える。こいつ、こんなに頼りになるやつだったろうかと。別に、同じクラスになって数週間であるし、何もまだ知らないことは事実であるのだが、どこか、自分よりも一段階上のステージに立っているような感覚。この作戦が危険だとは分かっていても、従う他なかった。

 

 『それによ、何も悪い賭けじゃねえよ、五割で失敗するって言ったらヤバいように聞こえるが、考えてもみろよ?――――五割でクラスメイトと担任の命、救えるんだぜ?やるしかねえだろ』

 

 そう言って、曲げていた膝を伸ばして後ろをチラッと振り返る。まだ、大丈夫、まだ襲いかかっていない。まだ間に合う。と言っても猶予はあまりない。手をパンパンと叩いて、さぁ!速くしようぜ!っと二人を急かす。観念したようにハァと息を吐き準備に取り掛かろうと配置につくため歩き出そうとする耳郎。しかし、

 

 『………………』

 

 やはりどこかまだ、踏ん切りをついていない様子の八百万。時間がないと言うのに何をしているんだと、流石に堪忍袋の尾が切れそうになって、上鳴が八百万に詰め寄ろうとすると、彼女の肩に手が置かれる。

 

 『…しゃーないよ、任せよう。これ以上は無いって。それにさ、緑谷たちも、相澤先生も、そんで上鳴も助けたいんならさ、手を抜かずに全力でサポートする。これしか無いでしょ?』

 

 ね?っと、耳郎が、下を向いて俯くクラスメイトに声をかける。耳郎さん…と、声を漏らし、正面を向くと、もはや覚悟は決めた様子の上鳴。怖いのだろう。恐怖が無いわけがない。彼の身体が若干震えている。当然だ。でも自分とは一つだけ違う点、覚悟がある。恐怖を押し殺して、友を救うために単身で突っ込む勇気がある。情けない、自分が情けない。だから、

 

 『……任せても、よろしいでしょうか?上鳴さん』

 

 『おう!任せとけ!()()()ほどじゃねえけど、俺も中々に強個性だし、それなりにできるって自負はあるぜ、やってやるよ、こんくらい!』

 

 サポートに徹する。自分ができないことをやろうとする、やってくれる人間がいるのならば、せめて自分もできる範囲で、足を引っ張らないように補助をする。それが、彼女にできる今最大限の努力。覚悟を決めたように立ち上がる、彼女の勇ましい顔つきを見て、ほっと息を漏らす二人。

 そこからは早かった。耳郎が岩山を乗り越えて、気を引くための位置取りを上鳴の指示のもと行う。その間八百万は必要な機材を用意してセッティングを行い、人間砲台の準備を行う。耳郎が位置についたのを見て、即座に自分も、壁に立てかけられた極板に背中をつけ、八百万にゴムを引っ掛けてもらう。あとは壁に杭を打ち付け、準備は完了。あとはタイミングを見計らって合図を出すだけ。瞬き一つせず、ジッと、セントラル広場付近を睨みつける上鳴。彼の額から、一筋の汗が流れる。

 

 

 

 

 

――――今か?いや、まだだ。焦るな。アイツらが油断したときだ。勝利を確信したとき、必ず訪れる、あるかないかレベルの、瞬く間の隙を狙う。失敗はできない。焦ってタイミングを外したら無駄死にするために行くようなものだ。何より、緑谷たちを救えない。

 

 「まだだ、まだ、時間じゃない。……まだ、まだだ、動くなよ、動くな……まだいける、まだ――――――――撃てッッ!!」

 

 ヴィランが緑谷たちに振り返った瞬間に、耳郎にハンドサインと怒号を飛ばして合図を送る。耳郎から返答はない。わざわざそんなことをする時間すらもったいない。

 このタイミングなのかは、分からない。ヴィランに攻撃を仕掛けるタイミングすらも一つの賭け。故に、正解かはわからない。だがやるしかない。既に賽は投げられた。このまま断行するしかない。

 

 「いくぞ!八百万!!」

 

 「はい!……上鳴さん!託しましたわッ!!」

 

 「おう!任せとけ!!じゃあ、手筈通り、――――3、2、1 ――

 

 

――――0、そう上鳴が呟いた瞬間、一瞬のズレもなく、二人が同時に片方ずつ杭を壁から引っこ抜く。直後、上鳴の身体を襲う解放感。ゴムの締め付けがなくなり、ジワジワと背中から押し出される感覚、そして―――

 

 

 

―――――――バコオォォオオンッッ!!――――

 

 

 

 

 「――――く、おぉ――――は、っっや――――!!――――」

 

 上鳴の身体が高速で射出される。反作用で極板が陥没し、支えを失ったゴムがあらぬ方向へと飛んでいく。金属が物理的に折れ曲がる音と、何かが空中を飛んで風を切る音が周囲に鳴り響く。

 

 「(速えッ!!速ぇ、けど、狙いは完璧だッ!!間に合え、間に合えッッ!!)」

 

 彼の飛んでいく直線上には、今にも蛙吹に襲いかからんとするヴィランの親玉?の姿。距離に換算すれば、こちらは数百メートル、あちらは数十センチ、普通に考えれば上鳴がヴィランにたどり着くよりも、ヴィランが蛙吹に触れる方が速いに決まっているが、そこは速度と、そしてもう一つ――――今、時間差で放たれた、耳郎の個性による陽動でカバーする。

 

 「(――――よしッ!!陽動成功ッ!!間に合え!!間に合えッッ!!!)」

 

 耳郎の陽動が成功し、一瞬の隙が生まれる。こちらには、緑谷たちを含めて一切視線を向けていない。それでいい、誰か一人でもこちらを向いて、感づかれたら困る。このまま、このまま――――そして、

 

 「オラァァァアッッ!!」「――――ゴァッ!!?」

 

 間に合ったッ!!間に合ったッッ!!と、心に油断が生じそうになる。ヴィランの身体にタックルをかましたまま、視線を緑谷たちに向けてみれば呆気にとられた顔をしている。そうだ、それでいい。それがいい。何も気づいていないってこと、それが一番大事。

 だが、油断はしない。油断なんてできるはずもない。寧ろここから、上手いことこのまま緑谷たちがいる水難ゾーンから、ヴィラン達を遠ざける。とりあえず、こいつはこのまま押し出して――――

 

 「――――――――ッッ、脳無ッッ!!!」

 

 上鳴が頭の中で、そんなことを考えていると、自分と接触して鈍い音を響かせたヴィランが、自分と一体となって吹き飛んでいく最中、何かを叫ぶ――――すると、次の瞬間、唐突に二人の動きが減速する。

 

 「―――――――――――!!」

 

 彼らの中で一際目立つ巨躯のヴィランが、二人をまるごと受け止める。しかし、唐突に止めたら上鳴に押し出されているヴィランが圧力で潰されてしまうために、ゆっくりと減速させながら二人を受け止める。つまり今、彼らは密着して、三人団子状態。油断ではない、油断ではないが、上鳴、この予期せぬ幸運に、思わず笑みが溢れる。そして―――

 

 「――――感謝する、あんがとよ」

 

 「あッ!!?んだクソガ――――――――カッ――――ハッ――――」

 

 「――――ッッ――――ッ――――!!!」

 

 ゼロ距離放電。彼の体内に残るなけなしの電気を放出する。上鳴の至近距離にいる二人のヴィランから、声無き声が上がる。巨躯のヴィランも、やはり肉体の強度が凄まじいだけなのか、電気に耐性を持っているわけではなさそうであった。先ほどまで上鳴を支えていたストッパーが突如として消えて、空中に放り出される。

 

 「(――――――――よしッッ!!ここまでは完璧だ!!)」

 

 ヴィランたちから弾かれて空中に放り出される際も、きちんと身体を捻って水難ゾーンの中へと飛び込むことを忘れない。やはり速度が残っている分仮に水面だとしても、肉体には馬鹿にならないくらいの衝撃はあるものの、コンクリートよりは幾分マシ。水中から顔を出す間にも、事前に八百万に頼んで作ってもらっていた武器の準備を怠らない。

 

 「――――ぷはッッ!!緑谷ッ!!個性使えるかッ!!?」

 

 水面から顔を出した上鳴から、"助けに来た"だとか"大丈夫か"ではなく、途端に緑谷へ質問が飛んでくる。正直な話、頭がこんがらがりそうではあった。先ほどからの怒涛の展開、一体何が起こっているのか。ただ一つ言えることは、もはや自分の判断が何の当てにもならない。この危機を招いてしまったという事実。――――いったい、上鳴が何をするのかは全くわからない。ただ、この危機を打開する策がある。そんな雰囲気、答えないわけにはいかない。ボロボロになった左手の中指と親指を見つめて、グッと握り左手を下げて、力強く握った右の拳を上げながら答える。

 

 「――――いける!!一発なら、どでかいの、撃てるよッッ!!!」

 

――――第二の賭け、成功。それは、この場からの脱出の鍵である緑谷の個性。もしかすると、既に緑谷が戦闘で個性を使用して腕が使えない状態である可能性もないわけではなかった。ただ、この賭けに関してはあんまり心配してなかったことも事実。緑谷のことだ。助かる、助けるためなら例え自分の肉体が許容量を超えて、これ以上の個性の使用はまずいと分かっておきながらも、無理をして、個性は使えると高確率で言うに決まってる。酷い話にも聞こえるが、助かるためなら緑谷にも、少しの無茶はしてもらう必要があった。

 何はともあれ、ここも無事乗り越えた。ならば――――

 

 「蛙吹ッ、相澤先生回収ッ!!峰田ッ、俺たちを個性でくっつけろッ!!――――緑谷の個性で、飛ぶぞッッ!!!」

 

 「お、オッシャアァァァアアアアッッ!!!!」

 

 ここまで言ってようやく上鳴の意図を理解して各々が動き出す。ケロっと、ヴィランの手から離れた相澤を素早く蛙吹が回収して、緑谷が腕をまくり、自分の個性を推進力として飛ぶために、自身の前方斜め下を狙って個性を構える。峰田は早くこの場から離れたい一心でもぎってはくっつけ、もぎってはくっつけて、過剰ではないかと思えるほど緑谷と蛙吹に紫色のボールをくっつけた後、自分はギュッと蛙吹にしがみつく。

 

 よし!よし!っと心の中でガッツポーズを決める。全てが完璧、予想以上の動きができている。朦朧とする意識の中、この一部始終を観察していた相澤も太鼓判を押せるほどに、非の打ち所のない動きであった。言葉には出さないが、よくやったと視線を送る。教員として、プロヒーローとして、生徒を守る立場の者として生徒に頼るなど言語道断であったが、今は生徒たちに身を委ねるしかなかった。

 

 「突然何かと思えばッ、させませんよッッ!!!」

 

 来た、やはり当然だが妨害してくる。三人同時に感電させるのは不可能だと元々予測はできていた。二人同時にダウンさせられただけでも十分な成果、ここで、第三の賭けに出る。

 

 「てめぇもッ――――痺れてろッッ!!!」

 

 「クォッ――――なんだ、これはッッ、み、水?なぜ、水――――しまっ」

 

 気づいた時には、既に遅かった。未だ水面に浸かる上鳴が隠すように下げていた右手。ザバッと水しぶきを上げながら、何かを握ってヴィランに腕を伸ばす。なんだ!?何を持っていると、一瞬身構えたヴィラン。次の瞬間――――少々強めの水圧。と言っても、ダメージになるはずもない、市販の水鉄砲よりも少し強いくらい。いったい何をする気だ、と、頭の中で言い終える前に、ハッと気づく。自分の、ほったらかしの肉体の方に。すなわち、一人の生徒から未だ自分の身体の方へと伸び続ける一本の水の道に。

 

 「―――――――――――ガカッ――――クォッ――――」

 

 不定形の身体に走る電流の確かな感覚。意識を失うことは免れたものの、視界が点滅して、地面に倒れ込む。最悪だと、悪態をつくも体は回復しない。今日二度目の失態。生徒を、それも今度は複数人まとめて逃してしまう体たらく。挽回したくても身体が動かない。言うことを聞いてくれない。苦しそうに眼光で睨みつけるだけしかできない。

 

 「(――――やった、やったやった!!成功だッ!!油断はしねえけど、もうこれ終わったじゃんッ!!あとは、あとは俺が、緑谷たちに合流すればオッケーじゃん!!!)」

 

 思わず笑みが溢れる。彼だって、怖かった。恐ろしかった。ここまでの過程を説明すれば、正しく一瞬の出来事であるが、要約するとイレイザーヘッドを倒して、オールマイトを殺せるかもしれないヴィランの集団を彼一人で解決する。字面にすれば何という無理ゲー。立ち向かう方がおかしい。しかし成し遂げた。危機を脱した。少なくとも、今は安全。逃げ出した後に、追手が来るかもしれないが、今は安全。

 

 だから、仕方なかったのだ。周りに少々注意を怠っていたとしても、これだけの偉業を成し遂げたのだ、油断するなという方が難しい。そもそも、さっき彼の目の前で倒れたのを彼自身が見届けているし、何よりも、油断を怠らずに気づけたからと言って、回避できる攻撃でもないのだから。これは仕方のなかったことなのだろう。必然というべきなのだろう。

 

 

 

 

 

 

――――なんだ?緑谷たち、なんで、そんな顔してるんだ?あれ?俺まさかヴィラン見逃した?三人以外に誰かいたのか?いやいや、今表情が切り替わったんだから、元々三人なのに変わりはないよな。てか、なんでこのタイミングで、そんな恐ろしいもの見るような顔するんだよ。誰もいねーだろ。俺以外。あとは、地面に倒れ伏している――――そう、倒れ伏しているヴィラン以外。誰も。

 

 

 

――――ところで、なんで、ちょっと暗いんだ?くもり?いや、室内だよなここ。なんで――――

 

 

 

――――理解できなかった。何か、自分の背後に立つ何かが、自分を覆い尽くすほどの影を作って、自身を見下ろしている。おそらく。いったい何が、そう言い終わる前に――――正面にいた緑谷が、視界の左端へと、垂直に、高速で平行移動する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「――――あ―――――――ら――――?」

 

―――――――え、なに。くそ、いてぇんだけど。なに、これ。てか、なんか、視界が、赤い。あ?

 

 朦朧とする意識で、いつのまにか地面に倒れ伏していた上鳴。困惑した頭で、必死に自分がすべきことを考えて、そうだ、緑谷んとこ、戻らねえと、と。両腕を地面に当てて、立ち上がろうとするも、立ち上がろうとするだけ。身体が動かない。本当に何が起こっているんだと、顔だけ、ジリジリと、床に擦りつけながら、正面を向く。遠くに小さく、何かが写る。左から順に、黒い服を着た、顔面に手の模型を装備するヴィラン。黒いモヤ。そして拳を振り抜く巨躯のヴィラン。そして、自分を見つめて何か叫んでいるクラスメイト。あぁ、なるほど、つまり、

 

 

 

――――しっぱい、したのね――――おれ」

 

 

 

 やけに頭がさっぱりとしている、自分がいったいどのタイミングで、どこを殴られ、どういう風に壁に叩きつけられたのか、全く分からない。頭から流れてきた血が上鳴の目にかぶさり、視界を赤く染める。血を流しすぎたら意識が消えるかと思ったけど、案外冴えるモンだなと、呑気なことを考えていた。スーッと、あぁ、この感覚やばいな、と頭の中が妙に冷たく感じる。

 

 「よ、くも、やって、くれたなぁ…ッッ!!クソガキが、よぉ…ッッッ!!」

 

 他のヴィラン達も万全では無いにしても身体を動かせる程度に回復したようであった。俺の努力パーじゃん、と心の中で呟きながら、さっさと逃げろと緑谷に視線を送るも、一向に個性を使おうとしない。クラスメイトを残して逃げ出せる彼ではなかった。

 

 「まったくッッ、恥ずかしいぜ、ほんとにッ。たかだか生徒一人にッ、ヴィランが三人も集まって、まんまと策にハマって、よぉッッ。いや、流石だな、雄英生徒は」

 

 一見冷静にも思える彼の態度、しかし、隠し切れていない。言葉の雰囲気から漏れる憤怒の如き怒りが。自分を殴り飛ばしたヴィランが興味を無くしたかのように、本来の標的であったのだろう、相澤を抱えている蛙吹の方へと歩き出す、が

 

 「脳無、そいつは後回しだ。先に――――あのガキをやれ」

 

 「な!?や、やめろッッ!!!」

 

 緑谷へと向かっていた、脳無と呼ばれるヴィランが踵を返して上鳴の方へと歩いていく。緑谷の静止の言葉など聞く由もない、地に倒れ伏す上鳴に、ヴィランの重々しい足音が、絶望となって襲いかかる。

 

――――チャンスじゃん。逃げろよ。俺狙ってる今しかないだろ。俺一人やられるか、全員やられるかしかねーじゃん。だったら前者だろ。無理じゃん。お前じゃ無理だろ、勝てねーだろコイツ。早く、個性使えよ。蛙吹も峰田も、こっち見てないで緑谷説得しろよ。あいざわせんせーも、がんばってみどりやのやつ、せっとく、してくれよ。たのむよ。

 

 ガチガチと歯が震える。頭の中では死への恐怖など考えてすらいないのに、身体が本能で恐怖を感じとる。上鳴の思考回路の片隅に、恐怖など一片もないというのに、恐ろしくて身体の震えが止まらない。でも、まぁ、俺が死ねば、あいつらも、流石に飛ぶだろ。助けなくちゃいけない人間いなくなるし。

 

 そんな、どうして死ぬ寸前にそんなことが考えられるのか、自分でも分からないくらいに頭の中をごちゃごちゃにしながら、ぼーっと目の前を見つめる。でけぇ。コイツ、デケェな。オールマイトくらいあるんじゃね?心底、自分自身でもどうでもいいと思えることを考えながら、力を失った目蓋が閉じていく。視界が狭まっていく中、目の前のヴィランが、拳を振り上げるのが見えた。

 

 「(……ま、()()()よりは小せえか)」

 

 最後に思い描いたのは、一人のクラスメイト。別に知り合って数週間だし、親友でもないのだけど、今日、ここまで俺が勇気振り絞って行動できたのは、アイツの激励のおかげかな、っと、そんなことを考えながら

 

 

 

 

 

 

 

 

迫ってくる巨腕を視界にとらえ

 

 

 

 

 

 

 

 

自身の死の予感を感じながら

 

 

 

 

 

 

 

 

両目の目蓋を閉じながら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が黒く染まっていき

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、次の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――白い閃光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………よくぞ、耐えた」

 

 

 

 

 

――――なぜだろう、エネル(かれ)の背中に

 

 

 

 

 

「あとは任せろ」

 

 

 

 

 

 

――――平和の象徴(オールマイト)を幻視したのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 




壮大な雰囲気出すの難しいわ
というわけで次回、脳無vsエネル、尾白くんのときとは違って個性バリバリ使ってもらいます
それではまた次回

どちらにしましょう。

  • 続行。
  • リメイク。

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