ヒーロー名"神(ゴッド)・エネル "   作:玉箒

23 / 34
今回エネルにやらせすぎたかもしれない
ここまで戦闘描写しちゃうと後々自分で自分の首を絞めることになるかもしれんけど、まぁそんときはそんときや
それでは本編どうぞ

※冒頭の挿絵に流血描写があります、苦手な方は、もし閲覧する際はお気をつけください


19話:絶望(きぼう)

 「………おせえよ……バカ……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 上鳴に迫る巨腕を止めた、それを更に上回る巨腕。知っている、彼の強さを。もう大丈夫。もう、大丈夫。コイツでダメなら、もういない。コイツならなんとかできる。

 まだ、エネル一人挟んで、自分を死の淵へと追いやったヴィランがいるというのに、何故だろうという疑問を挟む余地もなく、安心感が身体を包み込む。敵わないなぁと、首だけ動かし、クラスメイトの背中を見つめる。未だ雷光が身体の輪郭をなぞるようにほとばしり、青白く輝いていた。

 

 「あぁ、本当に遅くなった。雷の名折れだな、これでは。取り返さねばなるまい、この失態。とりあえずは――――」

 

 背面を見つめる上鳴からは見えないが、汚物を睨みつけるような視線で脳無を見下ろすエネル。左手で脳無の拳を抑えながら、スッと右の手のひらを脳無の顔の正面に持ってくる。そして――――

 

 

 「――――――ッ――――――――――ッッ――――!!」

 

 

 あたり一帯に、上鳴のそれとは比較にならない量の電流による爆音が響き、雷が空気を切り裂く音が支配する。至近距離での破裂音に思わず残りのヴィランや緑谷たちも耳を手で抑え、目蓋を閉じて眩い閃光から目を守る。数秒後、音が鳴り止み、あたりから光が消える。そっと目を開けてみると、そこには――

 

 

――――炭の塊があった。

 

 ヴィランと緑谷たち、この場の全員が驚愕に包まれる。明らかに、一生徒の有する個性の強さじゃない。ランキングに載るようなトップヒーローですら、こんな火力の攻撃を見たことがない。顔に貼り付けた手の、指と指の隙間から覗く目を見張るヴィラン。そんな彼のことなど気にも止めず、炭の塊となった、"ヴィランだったもの"を、癇癪を起こした子供のように、乱雑に蹴り上げる。蹴った衝撃で一部がボロボロと崩れて、空中で黒い粒を撒き散らしながら、ヴィラン達の足元に"それ"が転がる。まるで、次はお前達がこうなる番だと言うように。

 

 「――――とりあえずは、コイツらを迅速に処理する。それで取り戻すとするか」

 

 怒りの体現者。雄英生徒たちの受けた傷が、絶望が、ヴィランへと暴力となって返ってくる。齢15とは思えない、圧を持った眼光で、眉間に皺を寄せてヴィランたちを睨みつける。許さんぞ、殺してやる。もはや、ヒーローとしての思考ではない。一個人として、恨みの感情を持って相手をなぶり殺す。

 

 

――――聞いてねぇッッ!!なんだよコイツッッ!!?いきなり現れたと思ったら、なんだよコイツの個性ッッ!!!こんなのがいるなんて、聞いてねぇッッ!!聞いてねぇぞ、先生ッッ!!! 

 

 「……死柄木弔、先ほど、私が出会った生徒の発言ですが、今日一人欠席者がいたようです。それも、オールマイトと匹敵するレベルの」

 

 おそらくその生徒かと、っと、緊張した声色で、コソッと黒霧が死柄木に耳打ちをする。――――聞き捨てならないことを聞いた。

 

 「…生徒?アイツがッ!!?あんな、強個性を持ってるやつがプロヒーローでもなんでもないただのガキっつうのかッッ!!?!?」

 

 普通なら、コケにされたことに怒り狂うのであろうが、そんな余裕はなかった。先ほどまで命の主導権を握っていた側が、今度は命の危険にさらされている。頭の中がパニックになり、混乱に陥る。早く解決策をと考えるも、絶望が歩き出す。

 

 

 

 

 「…少々、悩んでいた」

 

 

――――ダンッ。

 

 

 「ヒーローの目指すところ、すなわち、平和の象徴」

 

 

――――ダンッ。

 

 

 「なるほど、正しく平和の象徴だな。人を安心させる、快活な男だ、そして実力もある。少し、俺とは別種の人間」

 

 

――――ダンッ。

 

 

 「であれば、俺が平和の象徴になるのは厳しい。どうあがいても、ああいう風体でヒーロー活動は無理だな。俺には」

 

 

――――ダンッ。

 ヴィランたちの前方で立ち止まり、彼らを見下すエネル。彼らの顔に焦りが張り付き、目が見開かれ、恐怖を隠すことができていなかった。

 

 

 「だから、決めた。俺は――――恐怖の象徴になってやる。別に、絶望はお前たちヴィランだけの特権ではないのだろう?ならばそちらの方が俺には似合っている。平和の象徴とはまた別の抑止力となってやる。ひとまずはこれが私の目標というべきか」

 

 なんだ!?なんで攻撃を仕掛けねぇッ!!?と、先ほどから困惑続きのヴィラン達。彼らに言い聞かせるようにエネルが喋り続ける。

 

 「――――そして、恐怖の象徴、実験体第一号は貴様らだ。どうだ?怖いか?恐ろしいか?――――絶望しろ。あいつらが、ヒーローを求める者達が感じた恐怖を、お前達にも味合わせてやる、最も――――

 

 

 

――――お前達に救いの手は差し伸べられんがね。

 

 

 

 

 

 「――――ッッ!!!の、脳無ッ!!さっさと起きろッッ!!!」

 

 身体が、条件反射でその名を呼び起こす。勝つためではない、守るための盾を用意するため。その名を呼ばれた瞬間、地面にころがる黒塊が、炭化した表面をパキパキと鳴らしながら、脱皮のように新たな肉体がその内部から現れる。蹴った衝撃で分離していた身体のパーツが再生し、五体満足の状態へと復活する。

 

 「…?なんだ?再生…無効化?脱皮?なんだ、コイツ」

 

 目の前で元の形を形成していくヴィランを眺めながら、ぶつぶつと呟く。聞いてもいないのに相手のヴィランが答え合わせを勝手に行ってくれる。

 

 「脳無の個性は超再生だッッ!!てめぇの個性なんか何度食らおうが再生できるんだよッ!!!」

 

 虚勢を張っているようにしか見えないヴィランの叫び声。はぁはぁと、息を切らして、動揺を隠そうともしない。まだ一撃も攻撃を加えていないというのに、精神的ダメージが目に見えていた。

 

 「……なるほど、超再生、超再生か。ならば都合がいい、少し―――

 

 

 

 

――――遊んでもらうとしようか」

 

 今度は直接電流を流すのでなく、右手に握る金色(こんじき)の棒へと電流を流す。即座に合金が融解し、三又槍へと変形する。なんともなさそうにそれを軽々しく手で回しながら右足と右手を下げて構えを取り、挑発するように左手を正面に出しくいくいと手のひらを煽る。

 

 「――――さぁ、かかってこい。肉弾戦だ。その筋肉ダルマのような肉体、お前の得意分野だろう?ほら、チャンスだぞ?俺をやれるやもしれんぞ?」

 

 「やれッッ!!脳無ッッ!!!」

 

 舐められている、完全に。ヴィランとしてのプライドに、エネルの挑発が重なり合わさってヴィランが逆上する。

 指示を受けた脳無が地を駆け、目にも止まらぬ速度でエネルに突進を仕掛ける。生徒たち、金の卵には目視で視認することができない速度、ただ一人、エネルを除いては

 

 「ハアッッ!!!」

 

 重さが優に100を超える金属の塊を、事も無げに片腕でクルクルと振り回し、迫ってくるヴィランの拳に合わせて叩きつける。あたり一帯にガキィンっと、金属に拳のぶつかる音が鳴り響く。攻撃を受け止めたエネルの足元の床が陥没し、放射状に地割れが起こる。

 

 「ふむ、中々のパワーだ。これほどの手合いとやれるのも稀だな、嬉しいぞ、ヴィランよ」

 

 口元に笑みを浮かべて、思考回路が存在するのか怪しい目の前のヴィランを見つめる。表情の存在しないヴィランが、ただ指示に従ってエネルを叩きつぶすために拳を振るう。

 ジリジリとエネルは両手で三又槍を縦に構え、ヴィランの攻撃を受け止める。対するヴィランはそれごと打ち破るために、力を前方へ加え続ける。互いに一歩も引かない力の押し合い、いったいこの後どうするのか、周りが見守る中、その力の均衡が破られた。

 

 「――――ふむ、流石にパワー系の個性持ちと生身ではやりあえんか」

 

 エネルがふっと両腕から力を抜き、衝撃を和らげるように空中へと自ら吹き飛んでいく。しなやかな身のこなしで空中で一回転し、後方に膝を曲げて降り立つと、間髪入れずにヴィランが突進を仕掛ける。それをじっと見つめながら、ゆっくりと膝を立てて、右腕に握る三又槍をくるっと一回転させて地面に突き刺す。先ほどとは違い迎撃の姿勢を取らず、仁王立ちのままヴィランの攻撃を待ち構えるエネル。

 何をする気かは知らないが、そのまま死んでくれ、と、後方に控えるヴィランが叶うはずも無い祈りを行う。実際、叶わなかったのだが。

 

 ヴィランの拳がエネルの顔面に迫る。と言っても、その場にいたほとんどのものが迫る瞬間を捉えることができていなかったし、気づいた時にはヴィランは拳を振り抜き終えていた。

 豪腕が徐々に徐々に、自身の顔面を斜め下から撃ち抜くように伸びてくる。あと数十センチ、あと数センチ、もう、目と鼻の先。この距離までヴィランの拳が近づいて、やっとエネルに動きが現れる。

 

 「――――なるほど、中々に速いな、貴様」

 

 エネルの鼻先にヴィランの拳が触れ、拳を振り抜いた瞬間。エネルが地面に突き立っている金属棒を握って自身の全体重を支え、右腕の腕力だけで自身を上空へと瞬時に持ち上げる。ぐるんと円弧を描いて右手を支点とした回転運動を行い、地上から二メートルを高さの基準として、逆立ちのようにピンっと身体を持ち上げて回避する。

 目の前から突然標的が消えたヴィラン。攻撃の勢いで前のめりになった体に急ブレーキをかけ、後ろを振り向いた瞬間――――脳天へ、重たい一撃がお見舞いされる。

 

 金属棒に掴まったまま、地面に立っているヴィランを見下ろすエネル。彼の長い耳たぶだけが重力に従ってぶらんぶらんと、ふりこ運動を行っていた。ヴィランが異変に気付いて後ろを振り返ろうとするタイミングで、エネルも身体を支える筋肉を緩めて、同様に円弧を描きながらヴィランの方へと足を伸ばす。そして、彼の重力に従い落ちていく右足から電流がほとばしり――――

 

 「――――ヌンッッ!!!」

 

 ちょうど振り向いたヴィランの頭にかかとが触れた瞬間――――超加速。頭がもぎ取れるのでは無いかという速度で地面に叩きつける。エネル自身も、加速の影響で、空中でクルクルと回転して残像を描きながら、ダンッ、と重たい音を響かせて地面に着地する。顔を上げてみれば、自分が地面に叩きつけた反動で、地面から一メートルほどの高さに頭部を半壊させたヴィランが浮かんでいた。そんなヴィランへ追い討ちをかけるように、

 

 「――――ハアッッ!!!」

 

 同様に、雷速での蹴りを放つ。マッハを超えたときに鳴ると言われる、音の壁を突き破る音、そんな生優しいものでは無い音と衝撃波があたり一体に鳴り響き、その蹴りの威力を物語る。瞬きをする間よりも早く、ヴィランが壁に打ち付けられ、現代アートのように壁にめり込んでいた。

 

 「グローム……ッッ、パドリングゥッッ!!!!」

 

 そんなヴィランに、ダメ押しの一撃。地面から金属棒を引き抜き、腕を雷に変化させて槍投げの要領で投擲を行う。投げる瞬間、大電流を金属棒に流し、融解。空中で分散した金属の粒が無数の弾丸となり、雷と化したエネルの腕の速度に乗って、ヴィランの身体に深々と突き刺さる。身体全身に杭が打ち付けられたように、身動きが取れなくなっていた。

 

 「そのまま大人しくしていろ、雑魚が。――――さて」

 

 絶望が、こちらに目を向ける。どうして、どうしてだ。誤算なんてレベルじゃ無い。オールマイトだぞ。オールマイトを殺せるやつを連れてきたんだ。こっちは。なんなんだ、どうしてこんな奴が、今まで表舞台にも顔を出さずにこんなところで一生徒をやってたんだ。

 死柄木の脳内が疑問で埋め尽くされる。理不尽をぶつけにきたのに、理不尽をぶつけられた。殺しにきたのに、殺されかけている。いつもなら、逆上。怒り。癇癪。しかし違う、今回は。命が危ない、というか、助かる見込みが見つからない。

 

 「どうだ?私は君たちに、恐怖の対象として映っているのかね?であれば、取り敢えずは成功であるのだが……返事の一つも返して欲しいものだな」

 

 身体の輪郭を青白い光でなぞりながら、こちらにゆっくり、ゆっくりと歩を進める。個性は、おそらく、雷、身体の一部を雷に変化させて攻撃を行い、雷を飛ばす。そして、おまけに個性抜きにしても高すぎるステータスと、天才的な戦闘技術。プロヒーローにでも通用するのでは無いかという領域。誤算だった。いや、誤算では無い。こんなの、たとえプロヒーローにいたとしても、対策なぞ立てられるわけがない。

 

 「(引きましょうッッ!!死柄木弔!!奴はまだ、私の個性は目にしていない!!私のワープゲートで攻撃を仕掛けると見せかけ、身構えた瞬間に飛び込むのですッッ!!)」

 

 疑いようもなく、正しい選択。誰がどう見ても、牙を剥いてはいけない相手。少なくとも、今この場の状況においては誰でもそうだとわかる。彼だって、そんなことが分からないほど馬鹿では無い。馬鹿ではないのだが、ガキではあった。

 

 「引く…?引くっていうのか…ッッ!!?黒霧ィ……ッ!!こんな、脳無まで連れてきて、雄英のガキ一人になす術なくやられて、帰れっていうのかよッッ!!黒霧、てめぇッッ!!!」

 

 ここで、最悪のパターンを引いてしまった黒霧。言葉の選択を間違えてしまった。すなわち、死柄木の激昂。プライドというよりも、子供の負けん気に近い。抑えが利かない。どうするべきか、どうするべきか。頭の中で考える。すなわち、一つしかない、後で何か言われるかもしれないが、無理矢理にでもワープゲートに放り投げる。それしかないッッ!!

 考え出した作戦を実行に移すため、タイミングを見計らっていると、またしても、最悪の出来事が起こる。

 

 「……引くだと?俺の個性を見ておいてよくそんなことが言えるな、逃げられるとでも………

 

 

―――緑谷ッ!!奴らの個性はなんだッ!!」

 

 

 

――――しまった!!と、全身から汗を吹き出したような感覚に襲われる。なんてことだ、まずい。まずいまずいッッ!!逃げ出せる手段が、本当に無くなってしまう!!急いで緑谷たちを始末するために霧を放つも、間に合うわけもなかった。

 

 「――――手だらけの奴は分からないッッ!!でも、黒いモヤモヤは、ワープの個性持ってるッッ!!そいつがヴィランたちを連れてきたッッ!!!」

 

 

 

 「……なるほど、ならば――――

 

 

――――出口から潰すのが鉄則だな」

 

 

――――終わった、もう、何も打つ手立てがない。緑谷たちに伸びていく自身の体。チラッと右を見てみれば、自分たちを窮地に追いやった彼が、指先を発光させてこちらに人差し指を立てている。すみません、死柄木弔、と、心の中で謝罪を行い、甘んじてその攻撃を受け入れる――――はずであった。

 

 

 エネルの視界の端、もう一人のヴィランの表情が歓喜に包まれていることに気づく。なんだ、絶望的な状況には変わらんだろうが――――突然、身体がドクンと揺れる。

 

 「――――は、ハハッッ!!ハハハハハハッッッ!!!!よくやった、よくやったぞッッ!!のう、む…… ――――は?」

 

 完全に油断しているエネルに向けて、壁に打ち付けられた己の肉体を無理やり引き抜き、突進を仕掛けた脳無。全く気付いていない様子、そのまま背を向ける長身の男に―――右のストレート。決まった、完全に決まった。なにせ、()()()()()()()()()()()。取り敢えず、強かったが、一人仕留めた。そう、思った。

 

 

――――血が、流れない。それが最初の異変。脳無の腕がめり込むエネルの肉体。一滴も赤く染まらないのだ。撃ち抜いた輪っか部分を雷がなぞるように、バチバチと青く光っている。

 

――――そして第二異変。それが、今度は視覚ではなく。聴覚で襲ってくる。

 

 「……これが、絶望だ」

 

 まさしく、その通りであった。内臓を潰されたはずの状態で、目の前の生徒が後ろを振り返る。長身の自分が、さらに長身の男に見下される、久方ぶりの感覚。

 

――――おおよそ脳無に、戦闘時のAIとしての思考回路以外、明確な意識は存在しない。自分が誰であったのか、それすらも記憶にない。そもそも、いったい自分は何なのか、などと言う疑問すら抱く余地もない。なぜならオレハ――――セイブツヘイキ、ナノダカラ。

 

 

 「…俺は、手を出していない。大人しくしていれば痛い目に遭わずに済んだものを……だからこれは、自業自得なのだろうな」

 

 何か、理解できない言語を呟いた。どうでもいい。腹がダメなら、心臓を狙わなくては――――何か、ピリッとした。次の瞬間。

 

 

 「―――――ガ―――ギャ、ッッ――――ゴッッ――――」

 

 先ほどよりは弱めの、かと言って馬鹿にできるわけがない、全身の細胞を破壊し尽くす天罰が全身にくだった。今度は原型を留めているものの、ぷすぷすと未だ全身をほとばしる電流と黒煙が上がり、地面に倒れ伏す。すぐさま再生を行い、腕を地面に押し当て上体を上げて上を見上げてみると―――――何かが、こちらを見下ろしている。

 

 「脳無ッッ!!頭だッ、頭を潰せッッッ!!!」

 

 ビクッと、指示を受け取り身体を動かす。そうだ、頭だ。何を考えているんだ。頭を潰せばいいんだ。頭を潰されて生きている奴なんているわけがない。そうだ、アタマヲツブセバオワルンダ。

 なぜか、先ほどよりも俊敏に動くヴィランの腕、一刻も早くこの戦いを終わらせるためにエネルの頭部に腕を伸ばし―――握りしめた。そのまま、

 

 

「オアアァァァァアア゛ア゛ア゛ア゛ッッッ!!!!!」

 

 どうしてか、雄叫びをあげる。脳無の初めての様子に、驚きの表情を見せる死柄木。だが、なんでもいい。アイツを殺せるならなんだっていいッッ!!

 視線の先の雷を纏う一人の生徒を見つめる。特に頭を握られても抵抗を見せない彼の姿に、嫌な予感がして、頼む、頼むと神にも祈る思いで、(エネル)を打ち砕こうとする。そして―――潰れた。そして―――絶望した。

 

 

 「…人の忠告は一回で聞くものだ。その馬鹿でかい剥き出しの脳みそは何のためにあるのだ?…まぁ、名前は脳無らしいがな」

 

 

 

 ナンデ、シナナインダ、コイツ。何のためにあると言われた脳みそで必死に考える。コイツを殺す方法を。焼け焦げて地面に倒れ伏したまま、頭をフルに回転させる。

 

 

 「……そんなに俺とやりたいか?ならばかかってこい。さぁ」

 

 目の前の敵がこちらに振り向く。どうする、どうすればいい。何をすればコイツは死ぬんだ。脳みそを握りつぶしても死なない奴をどうしたら殺せるんだ。俺はまた、あの痛みに耐えなくてはいけないのか、何の意味もなく。

 

 指示が来ない、どこを攻撃しろという指示が。なぜだ、なぜ指示をよこさない。自分で考えろというのか、無理だ。もう思いつく手立てがない。勘弁してくれ。もう、俺では勝てない、コンナノイヤダ。

 

―――突然、ヴィランの身体が震え始める。?いったいなんだ?この震えは何だ?本人も理解ができていなかった。自分の体は超再生で即座に回復するはずだ。麻痺なら直ぐに止まるはず。困惑気味に自身の震える手を見つめていると、おいっ、と正面から声がかかる。

 

 

 

 「――――――俺が、怖いか?」

 

 

 

 

 

 より一層、手の震えが止まらなくなる。自分が脳無になったときから、こんな感情は初めてだった。怖いというのは知らない言葉だが、何故か、もうコイツとやりたくないと思った。無駄に痛みを感じたくないと考えた。どうせやり合ってもなぶり殺しにされるだけだと気づいた。意識すればするほど、歯までガチガチとなり始める。表情は一切変わらない。彼の脳内に一片として恐怖についての思考回路なぞ存在しなかったが、肉体が本能で危険を感じとる。

 

―――ナルホド、コレガ、キョウフカ。

 

 「アァァアア゛アア゛ア゛ア゛アア゛ッッッ!!!」

 

 脳無がおらびながらエネルに襲いかかる。どこを狙うだとか、どうやって殺すとか考えない、思考を放棄した動き。

 

 「………眠ってろ」

 

 感電することすら厭わず、身体が焼け焦げながら何度も何度もエネルの身体に拳を突き刺す。エネルの身体が再生する度に電流が流れ、身体が朽ち果てていく。痛ましい彼の姿に、エネルがトドメを刺す。

 

 

 

「―――二千万ボルト、"放電(ヴァーリー)"」

 

 

 

 あたりに光が満ちる。青黒い身体を白く染めるほどの雷光が脳無を襲った。自分の再生が追いつかない速度で細胞が破壊され尽くすのを感じる。自分が敗北したというのに、どこか安心感があった。それはおそらく、エネルと、化け物と戦う必要がなくなるから。

 フッと、唐突に光が消えてヴィランが姿を表す。プスプスと、黒煙を上げ、ピクリとも動かない。エネルがジッと見つめた後、踵を返して死柄木の方へ歩いていく。脳無に背を向けるエネル。数秒後―――――ドスンという何か重たい物が地に倒れ伏す音が鳴り響いた。

 

 

 

「―――――動くな、投降しろ、であれば、命は奪わん」

 

 

 

 恐怖が、絶望が、天罰が、歩いてくる。死刑宣告を告げにくる。重たい地響きが満ち満ちる。白旗勧告を行いながら、こちらに一歩、また一歩と近づいてくる。もう、なす術が無かった。自身の正面に立っている長身の男。プロヒーローでも、ましてやオールマイトでもない、ただの一般生徒。なんだよコイツ。理不尽すぎる、怒りが湧いてくる。

 

 「――――ふざけんなああァァァアアアッッ!!!」

 

 虚勢を張って大声で襲いかかってくる。物理攻撃が効かないなら、もしかすれば、自身の個性ならと、エネルを崩壊させるために手のひらをエネルに向ける。すると―――

 

 「――――やつの――――手に――――ふれる、なッッ――――」

 

 息も絶え絶えの相澤が、エネルにアドバイスを送る。相澤先生と、緑谷たちが声を発する。自身の担任の助言を聞いたエネルがそうか、と一言言って正面を見据え―――

 

 

 「――――ところで貴様、()()()()?」

 

 「――――グアッ!!?」

 

 自分へ向かって走ってくる死柄木の背後に移動して、背中を蹴り地面へ這いつくばらせる。それと同時に両手の手首を握りしめ、背中を右足で抑えつけて身動きを取れなくする。そして、相澤の助言を受けて相手の個性を封じ込めるため、

 

 「…念には念だ、外しておくか」

 

 「あ゛ぁ゛ッッ!!?何言って―――――――グアアアァァァアアアッッ!!!!」

 

 本来なら、肩関節を外すためにはそれなりの技術を用いるが、そんなもの知ったこっちゃないエネルが、両腕を無理やり引っ張りガコンと鈍い音を立てて強引に両腕の自由を奪う。壊れたオモチャを取り扱うように、力を失った死柄木の腕を手放すと、何の抵抗も見せずに地面へと自由落下を行う。エネルの足元で未だうめき続ける。彼の苦しみなど知ったことではない。背中に乗せていた右足を外して後ろから死柄木の首根っこを掴んで持ち上げると、苦悶の声をあげて苦しみもがく。

 

 「はッッ――――な、せッッ――――ッッ―――」

 

 「案ずるな、すぐに離してやる。俺も黒炭を握り続ける趣味は無い」

 

 そう言って、右腕をバチバチと光らせる。――――"動くな"と言ったのに動いた。だから殺す。有言実行。脅しではなく本気の警告。どう考えても高校一年生の肝の据わり方じゃ無い、何なんだコイツと、身体をジタバタと動かして脱出を図るも、腕が動かない。もがき苦しみ身体をゆすればその影響で少し腕が動くが、本人の意思通りには全く動いてくれない。

 

――――お前たちにも、絶望を味合わせてやる。

 

 最初にエネルが言った言葉が頭の中で反復する。もはや隠す気もない。恐ろしい、助けてくれ。先生。俺は、こんなところで死にたくない。計画と全然違う。こんな理不尽な殺され方なんてないだろ。

 

 心の中で先生、先生と叫んでも助けは来ない。聞こえてくるのは救いの鐘の音ではなく、雷のほとばしるバチバチという音。自分の首が、確かな熱を感じ始める。やめろ、やめてくれ。祈っても止まらない。トドメを刺すべく、今、エネルが――――

 

 

 

 「――――――――アッ――――ガッッ――――」

 

 

 

――――放電を、行った。人間に向けていいレベルのそれではない光が、黒い衣服を着た死柄木を発光させる。時間にしてみれば一瞬の出来事。光が破裂し、眩い閃光が一瞬にして満ちる。少し時間が経ってから身を開けてみれば、感電したヴィランがビクッと身体を動かしながら、エネルの右手に垂れ下がっていた。

 

 

 「――――絶望は味わったようだな。安心しろ、命までは取らん」

 

 

 一仕事終えたように右手からヴィランを手放そうとする。最初は本気で殺すつもりであったが、よくよく冷静になって考えてみれば、ヴィランと言えど殺すのはまずいかと、気を失ったヴィランを床に下ろそうとするが、

 

 

 「………せ……は………せ、は、な…………せ………」

 

 「…タフなやつだな、まだ雷が足りんかったか」

 

 もう一撃だけ加えとくか、そう呟き、手放そうとした右手を強く握り直し、再度右腕を発光させる。次こそはと、先ほどよりも少し出力を上げて電流を放とうとした――――次の瞬間。

 

 「そこまでですッッ!!それ以上動かないでいただきたいッッッ!!!」

 

 焦った一人のヴィランの怒号が後ろから聞こえる。何だと、後ろを振り返ってみると、舌を押さえつける蛙吹、そして何やら黒い渦から上半身だけを覗かせる相澤の姿があった。

 

 「――――つぅ…ッッ!!ご、ごめん、なさい、エネル、ちゃん。捕られ、ちゃった……ッッ!!」

 

 「喋るな蛙吹、舌をやられたな。大方把握した」

 

 先ほどまで舌で巻きつけて抱え込まれていた相澤の姿が、蛙吹の位置から数メートル離れた位置にある。緑谷と峰田が心配そうに、口から血を流す蛙吹を見つめている中、右手でヴィランの首を掴みながら振り返り、別のヴィランの方へと顔を向ける。

 

 「私の個性はワープゲートッ!!今イレイザーヘッドが入っているように別の場所と別の場所を繋げて長距離の移動を可能としますッ、そして、この状態で私がワープゲートを閉じれば…言わんとすることは分かりますね?分かったならば、大人しく、彼を引き渡していただきたいッッ!!!」

 

 イレイザーヘッドと聞いて何の話だと思うも、そう言えば個性把握テストのときに緑谷がそんなことを言っていたような言っていなかったような気がする、と、そんな呑気なことを考えていたエネル。対する黒霧は頼む、離してくれと、しかし表面上は下手に出ず、エネルをジッと睨みつける。すると、

 

 「…ひとつ、分からんことがある」

 

 「………何がです?」

 

 よし、乗った!と、一安心する黒霧、しかしまだ気を抜いてはいけない、ここからだ。一瞬の隙を突かれて自分も死柄木も共倒れということは十分にあり得る。身構えて、次の相手の言葉を待つ黒霧。

 

 「……人質を取るのはいいが、貴様――――なぜ、生徒ではなくプロヒーローを選んだのだ?」

 

 それが何だというのだ、というのが黒霧の率直な感想。どちらにせよ、命の手綱を握っているのに違いは無いだろう。エネルの感想に答えあぐねていると、ため息をついたエネルが口を開く。

 

 「……分かっていないようだな。ならば本人に聞くとしよう。相澤、コイツらはどうする?」

 

 そこまで言われてハッと気づく。まさか、いやしかし、お前は雄英生徒なのだろう?こいつは、お前たちの教員じゃ無いのか?お前たちの先生じゃ無いのか?そんな選択をするのか?そもそも、人質を何だと思ってるんだ!?と、頭の中でいくつもの考えが錯綜する。素早くイレイザーヘッドの方へ顔を向けると、彼が息も絶え絶えに、ゆっくりと口を開く。

 

 「…俺にッッ、かま、うな…ッッ!!ぜってぇに、逃すんじゃ、ねぇ……ッッ!!!」

 

 その言葉を聞いて、ニヤっと口角を上げる。

 

 「そういうことだ、プロヒーローの覚悟を侮った貴様の敗北だ。そして俺は、その意思を尊重する」

 

 「なッッ!!?!?ま、待ちなさいッッ!!待てェッッッ!!!!」

 

 紳士口調の彼の言葉が崩れる。大声で叫び、相澤をワープゲートに捕らえたまま身体をエネルの方へと伸ばし、静止を呼びかける。その言葉を意にも返さず、いや、そもそも聞いていないかのように、右腕を再度バチバチと発光させる。ダメだッ!!間に合わないッッ!!クソオオオオオオオオッッ!!!っと、彼に似合わない激情を心の中で叫びながら、そんな彼の心中など知る由もなく、今、電流を――――流そうとして、取りやめる。仲間から、制止の声がかかったために。

 

 「………なんだ、緑谷」

 

 「待ってッッ!!待って、エネルくんッッ!!お願いだから、そのヴィランを引き渡してッッ!!!」

 

 「み、どり、や…ッッ、てめ、えッッ、自分の、言ってる、こと、が……ッッ!!分かってんのか……ッッ!!!」

 

 ワープゲートから上半身を出して地面に倒れ伏す相澤が、緑谷を睨みつけて、苦しそうに怒りの声を上げる。ここでコイツらを逃したら、取り返しのつかないことになるかもしれない。エネルの存在がバレたとなれば、今度はエネル対策の、さらに強化されたヴィランを引き連れて雄英を襲うかもしれない。自分の命が大事でプロヒーローなんてやっていない。ここで、自分が捕まったせいで雄英が前代未聞の危機に晒される、なんてことがあったら笑い事では無い。

 

 「…なぁ、え、ねる。俺からも、頼むよ…相澤、先生、助けてやって、くれよ……お前に、助けてもらって、さぁ、わがままッッ、なのはッ、わかってる…ッッ。けど、頼むよ…そいつら、逃しても、取り返しがつかない、かもしれない、ってだけッッ。……でも、相澤、先生の命、は……取り返しが、つかねぇ………ッッ!!」

 

 「かみ、なり……ッッ!!てめぇ、まで……ッッ!!!」

 

 後方から、上鳴が地べたを這いつくばってこちらに近づき、懇願する。緑谷に加えて上鳴まで、お前たち血迷ったかと、相澤が充血した目で二人を睨みつける。その一部始終を眺めていたヴィランも、意図は異なるものの頼む、これが最後だ、聞き入れてくれと気が気で無かった。相澤、緑谷、そして上鳴の三人をぐるっと一瞥したあと、エネルがゆっくりと口を開く。

 

 「……緑谷、上鳴。お前たちは多分、真っ当なヒーローなんだろうな。大のために小を切り捨てるのでは無い。大も小も救う。まさにヒーローの鑑と言った人間なのだろう」

 

 エネルくん…と、緑谷が言葉を漏らす。分からない、彼が、自分たちの言葉を聞いてどちらに判決をしたのか、彼が心中を語るが未だその答えは聞こえてこない。

 

 「なるほどな、ここで敵を逃したら取り返しがつかない()()()()()()。しかし、相澤は死んでしまえば取り返しが()()()()、か。なるほど、一理ある」

 

 彼が納得の色を示す。緑谷、上鳴、そしてヴィランの顔が綻ぶ。よし、よし!と、黒霧が心の中でガッツポーズを決める。そうだ、そのまま従うのです。クラスメイトの意見に耳を傾けなさい、金の卵……いや、ヒーローよ。

 そんな、ヴィランの希望も虚しく次のエネルの言葉で儚く崩壊する。

 

 「だが、俺は違う」

 

 そう言った瞬間、一度個性の発動を取りやめていた右手から、再び雷の走る特有の音が鳴る。なっ!!?っと、相澤の生存、もしくは死柄木の身の引き渡しを望んでいた三人が声を上げる。

 

 「最初に言ったはずだ、私はかの偉大なNo.1ヒーローのようにはなれないとな、根本的に考え方がお前たちとは違うのだよ、緑谷、上鳴。お前たちは立派なヒーローだ。実力が未だ足りないのは今後の成長次第で何とかなる。それよりも大切なヒーローとしての精神の下地はすでに出来上がっている。それに対して私は違う。全てを救うわけでは無い、私の全力を以て可能な範囲で手を伸ばす、言ってしまえば、私はヒーローの出来損ないだ、ならば――」

 

 そうだ、それでいい。ヴィランを握る、自身の生徒の右手に電流が流れる特有の音を聞きながら、相澤がスッと目を閉じる。上出来だ。色々アクシデントはあったが、あとはコイツに任せとけば問題ねぇ。高校一年生にして、合理性と非情さがうまく混同している。コイツなら判断を間違えない。あとのヴィランの対処もコイツなら大丈夫だ。

 もうじき訪れるであろう自身の絶命。俺の下半身はいったいどこに繋がっているんだと考えながら、それでもなお生徒の身を案じる。緑谷の個性による損傷はリカバリーガールの回復で間に合うとして、上鳴は大丈夫なのか。全く、プロヒーロー管理下の元でこれほどの失態、雄英は外部にどう説明するんだろうなと。

 

 「待ってッッ!!待って、エネルくんッッ!!!」

 「や、めろぉッ!!やめて、くれッッ、エネルッッ!!!」

 

 「………………」

 

 緑谷、上鳴。お前たちは、何も間違ってはいない。お前たちも正しい。エネルの覚悟が、年齢不相応なくらいに決まっているだけだ。お前たちも、この後の展開に負い目を感じることはねぇ。ここに突っ込んで来たのは失敗だったが、その精神は立派なもんだ。

 

……もうそろそろか。

 

 そう呟いて、閉じていた目蓋を開いてみる。エネルの右腕は、すでに全体が青白く光り、元の肌の色が一片たりとも見えなくなっていた。甲高い音が辺りに鳴り響き、緑谷と上鳴の静止の声すらかき消していく。下半身と上半身が別たれるって、どんな感覚なんだろうなと、流石にプロヒーローと言えど少々の恐怖を感じて、ゴクンと唾を飲み込み、しかし、周りを不安にさせまいと、真顔のまま目を閉じて、その時を待つ。

 

――――そして、直後、何かがドスンと地面に叩きつけられる音がした。

 

 

 「ガハッッ!!ゴホッ、ゴホゴホッッ!!ふぅッふぅッ!!!」

 

 「無事ですかッ!!?死柄木弔ッッ!!」

 

 腕を横に振るったままの姿勢でエネルが口を開く。

 

 「―――ならば、真っ当なヒーローの指示に従うとしよう、取り敢えずはな」

 

 何か言いたげな目で相澤がエネルを見つめるが、そんなことなどお構いなし、自身の担任へと声をかける。

 

 「説教なら後にしろ、貴様も馬鹿にならないダメージを負っておるのだろう。今は口を閉じて回復に専念することだな。…さて、ヴィランよ、相澤を解放してもらおうか」

 

 「……えぇ、言われなくとも。約束を違えてあなたの怒りを買うほど私も愚かではありませんので」

 

 言葉通りに、相澤の腰回りを囲っていた黒い渦が消え去り、相澤の隠されていた下半身が露になる。それと同時に相澤を囲っていたものと同様の黒いモヤが、地に倒れ伏す死柄木の身体の周りを囲い始める。

 

 「ゆる、さねぇッッ!!ゆるさねぇぞッッ!!テメェッッ!!!ぶっ殺すッッ!!次は、必ず、テメェを殺すッッ!!!!」

 

 血眼で、息を吹き返したように、ヴィランが大声でエネルに怒号を飛ばす。ヴィランからの本気の殺意、自身に向けられたわけでも無いのに、周りの生徒が恐怖で慄く。その殺意を受けた当の本人はと言うと心底どうでもよさそうな顔つきでそれを受け流すだけであったのだが。

 完全にヴィランがワープゲートに消えた後、ワープゲートを形成していたヴィラン自身も身体を消していく。

 

 「…誤算でした、これほどの方がいらっしゃるとは。手痛い反撃を受けましたが、情報は得られた。それではまた、お会いできる日を」

 

 そう言って、今度こそ完全にヴィランの姿が消える。辺りを静寂が支配して、先ほどまでの攻防が嘘のように静まり返る。本当に、本当にこれで終わったのかと、しばらくは呆気にとられた様子であったが数秒後

 

 「…生きてる、オイラ、生きてる。生き残ったああァァァアアアッッ!!!やった、やったやったやったああァァァアアアッッ!!!」

 

 この中で一切のダメージを受けていない峰田が、緊張が解けたようにバッと涙を流して大声で泣き始める。他の生徒達もほっと息を漏らして肩の力を抜く。相澤はと言うと、こんな愚かな選択をしたことに言いたいことがないわけでも無かったが、元を正せば自身の失態、何も言うことができず、今はただ、地面に倒れ伏して息を整えるだけであった。

 

 「…上鳴、動け………そうにも無いな、それは。下手に触れない方がいいか」

 

 「あぁ、そうして、くれ…なんか、体の感覚が、おかしいんだけども、俺の体、変な方向に曲がって、たり、してない?」

 

 「それは大丈夫だが……」

 

 あ、そう。なら、まぁいいやと、全然良くは無い状態で、眠るように目を閉じる。目蓋を開けておくことすらしんどいのだろう、そんな上鳴の様子を見て、眉間に皺を寄せるエネル。――――――死んでいた。俺が、あと数秒遅れていたら、間違いなく死んでいた。緑谷と爆豪のときとは異なり、疑いようも無いくらい決定的に死んでいた。俺のせいで、死んでいた。俺がわけの分からない悩みを抱えたせいで、死んでいた。自己嫌悪に陥り、強ばった顔をするも、不安を与えてはいけないと直ぐに表情を和らげて後ろを振り向く。

 

 「……お前たち、無事か」

 

 水面に浸かる三人の近くは歩み寄り、問いかける。先ほど蛙吹がヴィランから受けた攻撃以外、目立った外傷は無さそうだが、念の為に聞いておく。

 

 「無事だけど無事じゃねえよぉぉおおおおッッ!!!このバカやろおおぉぉおおッ!!なんでこういうときに限って最初からいねえんだよおぉぉおおッッ!!!!」

 

 「ヤッハハハハハッッ!!それはすまんかったな!!まぁ、怖い思いはしたんだろうが、元気そうで何よりだ。―――――蛙吹」

 

 顔を横に移し、蛙吹に声をかける。エネルに話しかけられた彼女はと言うと、返事も返さずジッと目を見つめるだけであった。

 

 「……すまなかったな、昨日は。どうやら、俺はヒーローらしい。今のところは、ヒーローを目指そうと思う。不安を煽るようなことを言ってすまなかったな」

 

 「……………………」

 

 返事が、返ってこない。どういうことだ、母よ。恨み深く無いと言ったでは無いか、未だ昨日のことを根に持って言葉一つ発さないぞ、コイツ。エネルと蛙吹を除く二人はいったい何のことだと二人へと交互に顔を向ける。

 

 「…梅雨ちゃん」

 

 「――む?」

 

 

 

 

 「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 …なるほどな。と、心の中で納得する。そう言えば、昨日も去り際にそんなことを言っていたな、と、ため息をついて、今度は無視することなく、しっかりと願いを聞き入れる。

 

 「…すまなかったな、梅雨ちゃんよ」

 

 「…いいわ、許してあげる。助けてもらったし、あと、やっぱりエネルちゃんには似合わないわよ、ヴィラン。やっぱりエネルちゃんはヒーローよ」

 

 安心したかのように微笑んでエネルの方に顔を向ける。エネルも、気が晴れたような蛙吹の表情に安堵の息を漏らす。理由は分からないが、強ばっていた蛙吹の顔がほぐれて和らいだことにほっと息を漏らしながら、中指を立てている隣の峰田の頭をチョップする緑谷。とりあえずは、一旦落ち着けるようであった。

 

 「おぉーーい!!!無事か――って、エネルじゃん!!なんでここいるの?」

 

 四人がそんなやりとりをしていると、どこかで合流したのか切島、爆豪、轟がこちらに走ってくる。エネルの姿に加えて、ボロボロの相澤と上鳴の姿に驚いている様子であった。

 

 「体調が回復したから学校に来た次第だ。ここに来る途中飯田と出会ってな、だいたいは把握している」

 

 「あ、そうなの……あれ?てか、飯田と出会った?どこで?」

 

 「外でだ。ここから…どのくらいの距離かは忘れたが、学校にプロヒーローの応援を求めに行っていたな。俺が少し話し込んで足止めしてしまったから、少し到着が遅れるかもしれんが」

 

 飯田が応援を呼びにいったと聞いて安心する切島。プロヒーローの増援が来るとなればもはや時間の問題。あとは自分たちがプロヒーローの到着までヴィランたちの猛攻を耐え抜けばいいだけなのだが

 

 「……おい、あのデカぶつ以外はどこ行った?」

 

 たしか、中央付近に親玉みてぇのがいたはずだが、と切島の後ろから轟が声をかける。

 

 「そいつらなら私が処理した。まんまと逃してしまったがな、まぁそれはあとだ。プロヒーローが到着するまで私は私で残党狩りに勤しむとする。お前たち、私が離れる間コイツらを頼む」

 

 コイツら?と言って、エネルがくいっと首を動かす方向へ顔を向けて見れば、顔に涙の跡が残る峰田、個性の使用跡が青あざとして左手に残る緑谷、口元が少し血で滲んでいる蛙吹。そして、

 

 「え!?相澤先生、どうしたんすかッ!!?てか生きてんすか!!?」

 

 「…生きてはいる、少ししくじった……勝手に殺すんじゃねぇ…」

 

 頭から血を流して倒れる自身の担任の姿を見て驚く切島。いつもより覇気は無いが、命に別状はないことが確認でき、安心して息を漏らす。

 

 「そいつらもだが、あっちの方がヤバい。下手に触れるなよ、身体がとんでもないことになってるからな」

 

 「あっち?………上鳴、って上鳴ッッ!!?お前、どうしたんだ、それッ!!?!?」

 

 急いで近くまで駆け寄って、屈んで上鳴の様子を伺う。コスチュームがボロボロに擦り切れ、血の痕が付いていた。上鳴が力の無い声で、大丈夫だと返事をするも目蓋が開いておらず、ただただクラスメイトの安否が気になって気が気じゃなくなる切島。

 

 「下手に触れるなよ、リカバリーガールが来るまで上鳴はそのままにしておけ。直接目にしたわけでは無いが、おそらく、さっき轟が言っていたデカブツに重たいのを一発食らっている。命が残っているだけでも貰い物のようなものだ、酷いことを言うようだがな」

 

 エネルのその言葉にゾッとする切島。自分たちの知らないところで、他のクラスメイトはそんな奴らを相手に戦っていたのかと、自責の念が強まる。さきほど自分たちはヴィランの個性によってバラバラにされた。13号の前に勝手に飛び出て攻撃を仕掛けた自分たちにもその一因があると考えていたためである。もっとも、他のクラスメイトはそんなことを全く考えていないのであるが。

 

 「俺は今から各施設内を見てくる、飯田の話通りであれば、全員バラバラに散らばっているようだからな。基本クラスメイトの救出優先で、ついでに見つけたヴィラン共にはお灸を据えてくるとしよう。怪我人だらけのコイツらが狙われるとも限らん。その間、お前たちはコイツらを見てやってくれ」

 

 「…おう!!分かった!!お前も、まぁ、大丈夫だと思うけど、気をつ「なんで俺がテメェの指示に従わなきゃなんねえんだッッ!!」……だー、もうッッ!!お前はちょっとは人の言うこと聞けよ、爆豪ッ!!」

 

 案の定、やはりこうなるかとエネルが隠そうともせず、はぁと息を吐き出す。今はこんな言い争いをしている場合では無いだろうと、さっさと爆豪の抗議を止めるために爆豪へ足を進める。

 

 「……理由が必要か?」

 

 「あったりめぇだッッ!!なんで俺がここで防衛やって、お前が殴り込み「俺の方が速いから」……」

 

 「………貴様、雷より速く動けるつもりか?」

 

 「………………」

 

 「……火力は申し分ない。だが、今必要なのは時間だ。時は一刻を争う、かもしれない。俺が最適だろう?ここを戦力ゼロのまま放置するわけにもいかん。これが最適だと考えるのだが、どうだ?」

 

 「………………さっさと行けえッッ!!!」

 

 「うむ、行ってくる」

 

 それだけ言って、バチィっと、一人の人間が雷と化し、一筋の雷光となって火災ゾーンへと消えていく。後に残った爆豪、ぎりぎりと歯を鳴らして、しかしエネルが言ったことはど正論、怒りのやり場も無く心底不機嫌そうな表情を浮かべてあぐらをかいて、地べたに座り込むのだった。

 

 「(爆豪が、人の意見聞いたッッ!!?すげぇッッ!!!)」

 

 などと、切島がそんなことを考えている間にもUSJ内でエネルの個人救出活動が遂行される。あるものは自力で、あるものは彼の助力の元正面扉入り口付近へと集まり、飯田が応援を率いてUSJに戻ってくる頃にはあらかたの生徒が既に扉前に集合しており、施設内に残った大量のヴィラン達はその数にものを言わせてヤケクソになって襲いかかるも、プロヒーロー達に手も足も出ず、大人しくお縄に頂戴されるのであった。

 

 

 何はともあれ、マスコミ騒動から始まった今回のヴィラン連合の大襲撃。無事ではなかったものの、誰一人として命を落とすことなく、その幕を下ろす。数時間後、警察も駆けつけ生徒達に事情聴取が行われるが、その翌日、学校が臨時休校となり、翌々日には何事もなかったかのように授業が再開されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっとこさ、と言っても計4話ですが、USJ編終了です
戦闘において初めて無双しましたね
正直この脳無って作中でもかなり強い部類だろうし、こんなに圧倒的に勝たせちゃって大丈夫かと思う部分もあるんですけど、困ったらまたその時はその時で何か考えますわ
それでは、また次の話で

どちらにしましょう。

  • 続行。
  • リメイク。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。