ヒーロー名"神(ゴッド)・エネル "   作:玉箒

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体育祭、その直前の話です
コメント欄読んでたらみんな先生応援してるんだよなぁ
まぁ仕方ないけども
それでは本編どうぞ


雄英体育祭編
20話:宣戦布告


 「さぁ!!席に着くんだみんな!HRが始まるぞ!!」

 

 チャイムの音とともにクラス委員長の声が教室中に少しうるさいくらいに鳴り響く。ロボットのように手をブンブンと振りながら皆に着席を促す彼の姿も、もはや見慣れたものであった。

 

 「…上鳴、お前大丈夫なの?」

 

 「大丈…夫か大丈夫でないかっていったら後者だろうけど、んまぁ戦闘訓練とか激しく体動かす授業はちっとばかし無理かな。それでも動けるくらいには回復すんだから、すげぇもんだぜ?リカバリーガール」

 

 そう言って、多少無理して元気そうに肩を回す上鳴。目の下に絆創膏を貼ったまま、笑顔を浮かべる彼の顔、その頭上から中々に重たいチョップがお見舞いされる。

 

 「あーッッてぇッ!!何すんだよエネルッ!?」

 

 「こっちのセリフだ馬鹿者、無理して振る舞うな。変に身体を動かして悪化したらどうする、大丈夫じゃないなら大丈夫じゃないと言え。健康状態は0か100だ。勝手にお前自身で折り合いをつけて70くらいだから大丈夫とかいうわけのわからん妥協案を出すな」

 

 「…う、うっす」

 

 先日のUSJでのヴィランの奇襲から、なんだか妙に、気持ち悪いくらいにこちらの身を案じてくる。別にそれ以外のときは普通の、ちょっと偉そうな態度の気のいいやつってことに変わりはないが、何があったのだろうかと、エネルの注意におずおずと引き下がる。切島はそれを見ても特に不自然に思うところはなく、なんだかんだ上鳴が元気そうで安心するのであった。

 廊下から歩いてくる音がする。USJでのヴィラン襲撃から数日間、上鳴と相澤は流石に授業、もしくは教職に復帰できていなかった。リカバリーガールの個性で回復はしたものの、上鳴は昨日まで学校を休んでおり、相澤も同様に仕事から離れて安静にしていたのだが。

 

 

 「……おはよう」

 

 扉をガラガラっと開けてミイラ姿の男が現れる。いや、服装や髪型、特徴的な気だるそうな声から誰かは分かるのだが、全員がギョッとしたような表情で、おはようの挨拶の代わりに驚愕の言葉を述べる。

 

 「復帰はぇぇええええッ!!?」

 

 「無事だったんですか!?相澤先生!!」

 

 上鳴の全身打撲、それもバカにならないほどの規模の攻撃であるが、実際には彼の方が肉体への損傷が大きかった。脳無との直接戦闘、下手に抗ったために全身を破壊され、とどめと言わんばかりに頭部を掴まれ地面へ叩きつけられた。それでもなお、あの時意識を手放さなかったのは、やはりプロヒーローとしての矜持というべきか。

 

 「そんなことはどうでもいい、それよりもお前たち、まだ戦いは終わってねぇ…」

 

 "そんなこと"で終わらせていいレベルの傷かどうかはさておき、相澤の慎重そうな声――――と言っても普段からこんな喋り方であるから違いは分からないのだが――――に唾を飲み込む。もしや、あのヴィランの襲撃の延長で、何か事件が起きたのかと身構える生徒一同。全員を一瞥した後に相澤が、包帯に包まれた口を開く。

 

 「…雄英体育祭が迫っている」

 

 「「「クソ学校っぽいの、キターーーッッ!!!」」」

 

 教室中から歓声が鳴り響く。先日の事件もあって、少々落ち込み気味だったクラスに朗報、なのかは分からないが新たな風が舞い込む。雄英に来て初の学校行事にテンションが上がる生徒達。にしても、そんなに舞い上がるほどかと少し変なものを見るような視線に上鳴が気づいて少し解説を行う。

 

 「エネルお前、体育祭がただの学校行事だと思ってねぇか?」

 

 「…?学校行事は学校行事だろ。違うのか?」

 

 「あいや、学校行事ってことには変わりねぇんだけどよ。スカウトだよ!スカウト!」

 

 それだけ言ってもやはりピンと来てない様子で、こいつ雄英のこと全く知らねえんじゃねえかと思い始める上鳴。案の定その通りであるのだが。

 

 「雄英体育祭ってテレビで見たことねぇのか?名前くらいは聞いたことあるだろ?オリンピックに代わるスポーツの祭典!!当然プロヒーローも見にくるし、そこで活躍すりゃあ有名なプロヒーロー事務所に目星つけて貰えんだぜ?」

 

 「いらん、俺はヒーローになるとすれば最初から独立する。どこかの事務所に所属なぞするわけないだろうが」

 

 「あ、そう…いやまぁ、でもそれは厳しいんじゃねえか?やっぱりヒーローつっても仕事だしよ、強いだけじゃ務まんねぇぜ?独立するのもいいけどよ、やっぱどっか一度はサイドキックとして入って、仕事の最低限のノウハウはつけとくべきだと思うぞ?てか、みんな基本的には一度サイドキックを経験してから独立すっからな?」

 

 「……まぁ、それはアリかもしれんな…」「だろ?」

 

 なんとかエネルの説得に成功する上鳴。教員の前でよくもまぁあんなに堂々とコソコソ話ができるもんだと相澤がそのやり取りを眺めながら、雄英体育祭について説明を続けるのであった。

 

 

 

 ◎

 

 

 

 「み゛ん゛な゛ッ!!体育祭、がんばろうねッッ!!!」

 

 相澤が過ぎ去った後、クラスの中で各々が談笑を始める。当然、誰もが雄英体育祭についての話題で持ちきりであったのだが、一人、その名とは正反対の危機迫る様子で熱気を上げながら、クラスメイトに語りかける生徒が一人。

 

 「ど、どうしたの麗日さん!?なんか……」

 

 「全然麗日って感じじゃないよ?麗日〜」

 

 そんな言葉には耳も貸さず、今度は後ろを振り返りまたも同じ言葉を連呼する。その気迫に圧倒された男子達が片腕を上げて、お、おう。と返事を返すも、やはり同じ言葉を繰り返す麗日。そう言えば、っと、麗日の背後で緑谷が声を上げる。

 

 「麗日さんって、どうしてヒーローを目指してるの?」

 

 「え!?あ、あぁ〜それは〜……」

 

 さっきまでの気迫はどこへ行ったのか、いつもの表情に戻ったかと思えば、不意を突かれたかのようにバツが悪そうな顔をして少し言い淀む。すかさず緑谷が、聞いてはいけないことだったかと言って謝罪をするも、観念したように麗日がその理由を口にする。驚きの声を発する周りのギャラリー達。

 

 「麗日さんって、お金目当てだったの!?」

 

 「う、うん。なんか、ごめんね!飯田くんとかすっごく立派な理由があるのに、私、なんか俗物的な理由でさ…」

 

 「い、いやいや!全然そんなことはないけど、でも、どうして?」

 

 なんだか麗日さんらしく無いと思いながらも彼女を見つめていると、その理由を吐露する。と言っても、何ということはなかった。幼い頃は個性を活かして親の仕事の手伝いをする予定だったが、親に推されて結局は元々の夢であったヒーローへと道をシフトチェンジ。プロヒーローになることで、決して裕福とは言えない実家に仕送りをして親を支えると言った、一つの人助けのあり方。それが麗日お茶子の目指す、取り敢えずの目標。少々大袈裟とも思えるリアクションで、飯田のブラボー!と叫ぶ声が教室の中だけでなく、外にも漏れ出す。

 

 「…どう思うよ、お前は」

 

 「……なぜ俺に振る」

 

 一連のやり取りを眺めていた上鳴とエネル。別に聞く気は無かったのだが妙に教室内が静まり返り、彼らのやり取りが耳へ入ってきたのであった。

 

 「別に?何となくだよ、何となく。思いつくことがないなら言わなくてもいいけど」

 

 「……まぁ、麗日のそれに限らず、裏もなく純粋に"お金が欲しい"という理由だけでヒーローを目指す輩もおらんだろう。雄英に入れるくらいの頭を持っているなら、良いところの仕事にはつけるしな。大金がもらえるからといって、先日のような事件と隣り合わせの日常を生きたいか?」

 

 そう言いながら上鳴を睨みつける。苦笑いしながら、それはヤダなと答える上鳴。USJでの出来事を思い出して、今でも鮮明に浮かび上がるヴィランの巨腕に、ゾッと肝が冷えわたる。

 

 「ヒーロー科に入ってヒーローを目指してる時点で、無意識かもしれんが、何か崇高な理由があるんだろうな。たまに私のようなイレギュラーもいるのかもしれんが」

 

 「お前は違うのか?」

 

 「ないな、というか模索中だ。取り敢えずはヒーローを目指しているが」

 

 ほーん、と、興味があるのか無いのかはっきりしない返事を返す上鳴。プロからのスカウトか、何か得られるものもあるやもしれんな、と、腕を組んで天井を見上げるエネル。その後は特に取り立てて会話をすることもなく、時間は過ぎ去っていくのであった。

 

 

 

 ◎

 

 

 「な、な、何事ぉ!?」

 

 時刻は16:30。本日最後の授業が終わり、担当教員が教室から出て行く。その後はいつも通りにクラスメイト達が互いに談笑した後、今日は麗日が最初に教室の出入り口を開けて帰宅しようとしたのだが、扉を開けてみると、生徒で廊下を歩くことすら困難なほどの人だかりができていた。何か見物するかのようにこちらを観察している。

 

 「き、君たち!A組に何のようだろうか!」

 

 その人混みの数にも臆することなく飯田がハキハキと喋りかけるのだが、ガヤガヤと何人もの声やカバンの擦れる音、足踏みが重なり言葉となって聞こえてこない。どうしたものかと立ち往生していると、爆豪が口を開いて扉の前まで歩いていく。

 

 「敵情視察だろ、そりゃあヴィランの襲撃に耐え抜いたクラスだからな、本戦の前に把握しておきたいって寸法だろ………どけッッ!!!モブ共ッッ!!!!」

 

 少数精鋭のヒーロー科と異なり、十分に優秀な生徒たちの集団であることに変わりはないのだが、複数のクラスから成る普通科の生徒達が、爆豪の怒声にビクつき少し身を引く。後ろから飯田の咎める声が聞こえてくるが、お構い無し。そのまま扉の前に立ち塞がって睨みを利かせていた。

 

 「…ヒーロー科っていうのは全員こんななのか?ちょっと幻滅しちゃうな」

 

 爆豪が生徒達を睨んでいると、生徒の群れの中から人の波をかき分けるように一人の生徒が姿を表す。彼もまた普通科在籍の生徒の一人であった。"全員こんななのか、幻滅してしまう"。彼の言葉に声を荒げて威嚇する爆豪と、全力で首を横に振る緑谷達。こんなことで自分たちが他クラスの生徒に誤解を招かれたらたまったものではない。

 

 「普通科に入った奴らには、ヒーロー科に落ちて仕方なくあぶれた奴もいるって、知ってた?」

 

 普通科生徒の言葉に、何が言いたい、と言いたげな爆豪の視線がつきささる。その視線に答えるように、彼、心操人使が続きを話す。

 

 「…そんな人たちにも、雄英はチャンスを残してくれている。今回の体育祭、そこで活躍することができれば、普通科からヒーロー科への編入も考えてくれるんだって。その逆も然り」

 

 ヒーロー科への編入、そして、その"逆"も存在することにゴクリと喉元を鳴らす緑谷たち。ヒーロー科に入っても、まだ試練が立ち並ぶのかと流石の雄英の姿勢に戦慄を覚える。そんな彼らを一瞥して、心操が煽るように口を開く。

 

 「敵情視察?…少なくとも俺は、いくらヒーロー科だからって余裕ぶっこいてると足元すくわれるっつー宣戦布こ『『星々の怒りを受けy……』』

 

 

 

 「すまん」「あ、悪ぃ、めんごめんご」

 

 そう言って、何事も無かったかのようにイヤホンのプラグをエネルのスマートホンに刺して、エネルの机を前後に囲み、イヤホンを片耳ずつ挿して、何やら画面をタップしながらぶつぶつと話すヒーロー科の二人。上鳴が後ろを向いて、自身の椅子にまたがって、背もたれに首をかけてエネルのスマートホンを覗いていた。

 

 「コストが溜まったぞ、もう出して良いのか?」

 

 「えー、あー、うーんどうなんだろう。相手まだ温存してんのかなぁバハムート」

 

 「ええぃ、よく分からん、出されたら出されたでその時は負けだ」

 

 「うん、それでいいと思う」

 

 何やら、よく分からないがおそらく、ソーシャルカードゲームをやっている。先ほどは、エネルが身をよじったせいでスマホからイヤホンが抜けて音が漏れてしまったようであった。静寂に訪れる突然の爆音、そしてまたしても静寂。先ほどまで心操と爆豪に向いていた視線が、今度はまた別の二人組へと向かう。先ほどまでの話、全く聞いてませんよというのを態度で示す二人に、少し頭に来る心操。しかも二人とも、わざとでなく素でこれをやっているから心底腹が立つ。

 

 「ふん、余裕そうだな。やっぱ、ヒーロー科ともなると、普通科生徒のことなんか鼻にもかけないってか?」

 

 先ほどよりも声を張り、少し大きめの声で話す心操。やっとこさ二人が異変に気付いたらしく身体をのけぞらせて画面から顔を離してイヤホンを外し、心操の質問に答える―――

 

 「くそ、あと1ターン待つべきだった。冷静に考えたらライフで受けても死ぬことはなかったな…」

 

 「結果論で言ってもしゃーねえよ、俺もあの判断で納得したし。いやでも初戦にしてはいい筋いってたぜ?それに、案外こうやって頭使うもんだろ?たかだかゲームだけど」

 

 「…あぁ、これほど敗北が心に燻るのは初めてだ。俺はただ、戦いから逃げ出していただけかもしれんな」

 

 

―――――ことはなかった。何ということはない、ただゲームで試合に負けただけ、だというのに、なんだか凄い壮大なセリフを放つエネル。お前の初敗北それでいいのかと言いたくなるが、本人は心底悔しそうな表情で顔を顰める。

 

 「ちょ、ちょっと…!エネルくん……!!」

 

 「む?……そう言えば、なんだ?あいつらは」

 

 エネルと上鳴の態度にブチ切れ寸前といった一人の普通科生徒の様子を見て、いやでも、このまま喋らせない方がいいのではないかと考えたものの、結局エネルに声をかける緑谷。頼むから、変に敵を挑発しないでくれと願って、エネルに周りの様子を気付かせる。

 

 「雄英体育祭って、分かるよな?」

 

 エネルが少しマヌケ面で辺りを見回していると心操から声がかかる。特にどこかと言うことも無く、フラフラと生徒達の群れを眺めていた視線の焦点が一人の生徒へと向かう。

 

 「あぁ、何か、そう言ったものがあるらしいな。それがどうかしたか?」

 

 「……体育祭の活躍次第では、普通科からヒーロー科への編入、もしくは…その逆もあり得るって話。宣戦布告に来たんだよ」

 

 「そうか、励めよ。上鳴、今日はグラウンドγだ、八百万も支度が出来たら直ぐに来い」

 

 あら?意外に普通だ、と、エネルの様子を伺っていた周りのA組生徒達が不思議に思う。取り敢えず、グラウンドγで何をするのかはさておき、彼のことだから普通科生徒のことを落ちこぼれだとかなんだとか言って貶して終わるのかと思ったが。そんなことを考えながらエネルの顔を見てみると納得する。別に、普通科を認めているわけではなくて、この話自体が"どうでもいい"と言った感じ。まぁ、話が荒れずに済んだから良しとしよう、と、考えていたが、当然エネルの表情は普通科生徒達にも見てとれたわけで、案の定またしても挑発が飛んでくる。

 

 「……余裕か?俺たちも、入試の時個性の相性が悪かったってだけで、強個性の奴らも普通にいるんだがな。やっぱり、ヴィランとやり合った奴は一味違うんだな」

 

 その言葉に少し思うところがあったのか、先ほどまで興味なさそうに顔を背けていたエネルが、頭をぽりぽりとかきながら振り向いて、椅子に座ったまま視線を合わしてため息をひとつ、そして―――

 

 

 「―――余裕だろ、あれに敗れる雑魚程度」

 

 

 

―――――唐突に、背後から声が聞こえる。目を瞬くその、一瞬前まで視線の先にいた、目につく長身の男が消えていた。理解できるからこそ理解不能、視覚と聴覚から入ってくる情報を察するに、背後を振り返ると―――彼がいた。

 

 「相性か、相性。なるほど、確かにな、あるかもしれんな、相性」

 

 「……ふん、瞬間移動か、いい個性持ってるな」

 

 何か勘違いをしているものの、臆せず話しかけてくる普通科生徒に、取り敢えず妥協点を与える。額に少し、汗を垂らしているのは仕方ないというべきか。周りの生徒達はびっくりしてドッと後ろへ下がり、二人を囲むように同心円状に広がっていた。

 

 「…相性が悪かった、事実なのだろう。それは否定せんでいい、だが貴様―――それを理由に、私達へ当て付けるのは違うのではないか?」

 

 「……言いたいことを測りかねるが?」

 

 威圧感を持ったエネルの視線に、少し体を引いてしまう心操。図体ではなくその瞳に力を感じる。幻滅したと言っても、やはりこれがヒーロー科かと少し慄いていた。

 

 「……それでは、分かりやすく言ってやろう。"言い訳がましいにもほどがある"」

 

 「………………あ?」

 

 少し怒気をはらんだ心操の言葉。つい先ほど、お前自身が相性の良し悪しを否定する必要は無いと言ったばかりではないかと、睨みつける。

 

 「相性が悪いと言ったか。ならば貴様、自分で言ったな?私の個性が瞬間移動だと。ならば今から十秒以内に、瞬間移動を用いてあの入試のときの仮想ヴィランを破壊する術を考え出してみろ、さぁ」

 

 「………ッッ!!……使い慣れてねぇと個性の汎用方なんて分からねぇだろうが」

 

 至極真っ当な返答をする心操、それはそうだ。どんな個性でも使い手が長年愛用してきて、その使い道をある程度把握していなければ用途など分かるはずもない。

 

 「その通りだ。ならばおかしな話だ。()()()()()()()。個性の相性云々ではなく。お前の論、破綻しているぞ。そもそも、ヒーロー科だから強個性を持っている前提で話しているようだな、たしかにその通りだ。強い、私たちは強い、おおよそ平均的な個性と比べたら各々が尖った性能を持っている。ところでお前は、私たち全員があの仮想ヴィランを破壊しうるほどの攻撃型の強力な個性持ちと言いたいのかね?」

 

 エネルの言葉から察するに、違うのだろう。それはそうだ、前線に出ているプロヒーローだって災害救助や捜索救難、戦闘以外の面でその活動は多岐にわたる。当然その中にはヒーロー科から排出されたプロヒーロー達も少なくない。

 

 「はっきり言おう、お前は単に実力が足りなかった。個性を磨き上げていなかった。負けるべくして負けたんだよ、お前は。例え試験の形式を変更して百回、いや万回繰り返したとしても結果は変わらん、お前が変わろうとしていないのだからな。自分がヒーロー科に落ちた原因を、雄英の試験構造の所為にするだと?バカバカしい、笑わせるな」

 

 歯軋りをして、何も言い返す言葉が無いように下を俯く。握り拳をつくって、爪をグッと手に食い込ませるが、口は一向に開こうとしない。そんな彼に追い討ちをかけるようにとどめを刺す。

 

 「ところで、貴様はこのあとどうするんだ?私はクラスメイトと共に個性の訓練に勤しむ予定ではあるが、お前はどうやら違うみたいだな。カバンを背負って今にも帰りますよといった装い。ヒーロー科と自身の差を感じていながら、まさか家に帰って課題を済ませた後に、それなりにグータラして、それなりに家族との談笑を楽しみ、それなりに睡眠を取るために、それなりの時間に寝るつもりではあるまいな?まさか、自主訓練も行わずに床に就くつもりではないだろう?…そんな輩に負けるほど怠けてはいないつもりなんだがな、まぁお前の目にはそう映ったのか、俺もまだまだ修練が足りんな」

 

 もはや公開処刑であった。エネルから向けられる失望の眼差し、それに反論するでもなく、かと言ってこの場から逃げ出すこともできずに、拳を握って震えるだけの心操。余計な時間を過ごしたと言って後ろを振り返り、心操に背を向けて一言。

 

 「……瞬間移動、そんな雑魚と同じにするな」

 

 そう言って、辺りに眩い光が炸裂したあと、雷の走る音が鳴り響き、彼の姿が消えていた。あとに残ったのは、ヒーロー科に宣戦布告に来た一人の生徒が、尊厳を失って惨めにどうすることもできず立ち尽くす姿であった。それを横目に、フンッと、鼻を鳴らしてズカズカと歩いていく爆豪。轟も、言わんとすることは同じだったのか、固まっている生徒達の中から一人歩きだし扉から出ていくのであった。

 

 「……まぁよ、あんなにキツイことは言わねえけどさ、俺たちもそれなりによ、頑張ってんだわ」

 

 少々、可哀想な姿を哀れんだ上鳴が、椅子から立ち上がり廊下まで歩いて行き、心操とすれ違う瞬間、彼の肩に手を置いて話しかける。

 

 「んまぁ、あいつの性格もあると思うぜ?要は、"時間があるならこんなことせずに訓練しろ"ってだけだよ、アイツが言いたいことは。お互い、頑張ろうや。じゃあな」

 

 それだけ残して、グラウンドγに向けて歩いていく上鳴。なにやら背後でB組の生徒が騒いでいたが、お構いなしにエネルの元へと歩いていくのであった。

 あとに残された心操人使。暫くの間はその場に立ち尽くすだけであったが、唐突に踵を返して人混みを掻き分けて引き下がっていく。肩を落とす彼の様子に、誰も声をかけられず。ただただ彼がその場から去るのを見守るだけであった。だから、誰も見ていなかった。彼の、少々覚悟を決めたような顔付きを。

 

 

 

 

 ◎

 

 

 

 

 「もうちょっとッッ、言葉違いをッッ、何とかならねえのかよッ、お前はッッ―――――ふぅ、あ゛あ゛ーー、個性使うだけでも疲れんだよなぁ」

 

 現在、先のエネルの言葉通り、グラウンドγにて訓練を行う上鳴。身体を動かす激しい運動はできないために、ただ電気を放出して、空になったらエネルから供給してもらうといった単調作業を繰り返していた。一定間隔でグラウンドの一角が白く染まる。

 

 「俺のあの言葉を受け取って挫折するならそこまでだ……そもそも、意図が分からん、あの行動のな。A組の人間にプレッシャーをかけて本調子出させないための姑息な手立てというわけか?無駄なことだ」

 

 そんな、白く明滅する彼から少し離れて、まるで仙人かのように目を閉じて座禅を組み、両の手を膝に置き、目を閉じ神経を尖らせるエネル。唐突に、少し瞑想をしてみると言い出したエネルに困惑する二人であったが、妙に様になっていた。目を閉じたまま八百万に話しかける。

 

 「どうだ?八百万。少しはタイムが早まったか?」

 

 「………作るものにもよりますしバラツキはありますけれど、コンマ数秒、平均的なタイムは明らかに縮んでいますわ。できればもうあとコンマ3秒は早めないと、実戦に使えないのですけれど…」

 

 八百万はというと、実戦で使えそうな武器や道具の数々、それを素早く構築するために何度も何度も生成、反復練習していた。ただ闇雲に作るのではなく頭の中で作成する道具の骨組みを想像する際の過程を大切にして、最初は無理に時間をかけすぎてもいい、自分がどういった経路で組み立てを行なっているかの分析をして最効率化を目指せと言われ、その指示通りに個性を発動させる八百万。彼女の周りには小道具のようなものがゴロゴロと落ちていた。

 

 「そうか……まぁ、俺も少し思い付きで口にしただけだ。お前にあった方法があるならそれで最適化を目指せ、思い浮かばないなら取り敢えずその方法を続けろ」

 

 「了解ですわ。……ところで、その、エネルさんは何を?」

 

 それに答えることはなく、口を紡いだままジッと姿勢をキープし続けるエネル。言っちゃあ悪いが、こんな漫画でしか見ないような精神統一をやって何か意味があるのだろうかと上鳴が疑っていたところ、彼らの近くの木に雀の群れが飛んでくる。彼らの羽ばたく音が幾重にも重なりバサバサと小さな音が鳴ったあと、木の枝に行儀よく並んでいた。すると、エネルがこの行動の意味を理解させるかのように、唐突に言葉を発する。

 

 「………7…………いや、8羽か」

 

 「?…8?何が……………うっそ………」

 「ほんとですの…………?」

 

 まさかと思って木の枝に目を見やると、たしかにいる。八匹、小さな雀の姿が。エネルが座禅を解いて膝に手を当て立ち上がると、バッといっせいに飛び去っていく。後ろに目でも付いているんじゃないかと思って疑うような視線で問いかける。

 

 「…なんで分かったの?」

 

 「聞き取った。羽ばたくタイミングは別々だが、羽を振る周期は一緒だろう?羽を振る際の音は全部同じに聞こえるかもしれんが、8羽それぞれ俺との距離感覚が違う。それと、音の大きさからどれか一つの個体に絞り込み、ジッと耳を澄ませる。そうすれば聞こえてくる、アイツらが羽を羽ばたかせる一定の小気味良いリズムがな。そこからは、その周期を一単位として、いったいいくつ音の中にその周期が混在するのかを神経を集中させて聞き取るだけだ。思いの外早く羽ばたくのをやめてしまったために、少々迷ったがな」

 

 バケモンか、と、畏敬混じりの声でエネルを見上げる。コイツを超えろと言われたものの、実際改めて考え直すと勝てるヴィジョンが思い浮かばない。まぁ、あんな、自信を喪失した情けないことはもう言わないが。上鳴達の反応をよそに、少し考え込むエネル。

 

 「(……精神統一ではダメか。そもそも見聞色とはどう鍛えるんだ?武装色は無理にしても、私がエネルならば心綱(マントラ)は使えてもいいはずだが…というか、私の個性は"個性"なのか?個性ならば俺の能力も使い過ぎれば限界が訪れるはず………まだまだ検証が必要だな)………上鳴」

 

 「んぁ?何?」

 

 少し、真面目そうな顔で、と言ってもいつもの仏頂面なのだが上鳴の目を見つめるエネル。気の抜けた返事をした上鳴だったが、少し様子の違うエネルに何だろうと、腰に手を当てて身構える。

 

 「…他の奴らに聞いた、貴様がUSJ内にてどうしてあんなことになっていたのかをな。最初は、単純に緑谷達と行動していてお前が狙われただけだと思っていた」

 

 「……それが、どうかしたのか?」

 

 彼らしくない、踏ん切りのつかないような、迷った表情を見せながら、しかし聞かないわけにもいかないかと、口を開く。

 

 「…お前の意思か?」

 

 「は?」

 

 「いや、私の自惚れならそれで構わんのだが。私が変に、お前を焚き付けた故の行動だったりはしないか?普段の訓練で、実力をつけて"俺ならできる"と勘違いしてしまった、それ故の行動であったりはしないか?」

 

 ……なるほど、先日から、妙に俺を気遣うのはこういうわけかと納得する上鳴。つまりエネルは、俺に罪悪感を感じていたわけか。

 

 「…んまぁ、お前の影響がゼロかどうかって言われたら、そりゃそんなことないけどよ」

 

 「………………」

 

 「でも、後悔はしてないぜ。それに、勘違いじゃねえよ。()()()()()()()()。そんなことは分かってた。でも俺がやるしか無かった。そして可能性はあった。だからやった。そして、現にお前が到着するまでの時間稼ぎはできた。……結果論は結果論だけどよ、俺の努力が勝ち取った結果だ。()()()()()。これ以上ない結果じゃん?なんか、自分でも何言ってっか分かんねえけどさ、まぁ気ィ落とすなって、感謝はしても恨んだりなんかしねぇよ。あんがとさん」

 

 そう言って、こういうときは胸元をトンと突くのかもしれないが、身長が高すぎる故に腹あたりを肘でつく。彼の硬すぎる腹筋にガツンと垂直に直撃して、痛そうに肘をさする上鳴。彼の様子を見下ろしながら見つめるエネル、杞憂だったかと口元を緩める。そんな二人の、緊張した空気がほぐれる様子に安堵の息を漏らす八百万であった。

 

 「………で?盗み見は感心せんな、()()()()

 

 「……お前たち?」

 

 そう言って、エネルの視線の先を追う。何にも無さそうな、木々の木陰、草むらの中から、ガサガサと音が鳴って数名のA組生徒達が現れる。

 

 「な、何やってるんですの?みなさん……」

 

 「あ、いやー。なんか、ボソッとエネルが言ってたじゃん?グラウンドγって」

 

 「んで、まぁ気になったから、でも秘密っぽかったし悩んだんだけどねー、やっぱ我慢できなくって、見に来ちゃった!!」

 

 芦戸の言葉に続いて、へへ、すまんすまんと、後頭部に右手を当てて左手を立てて謝罪を行う瀬呂。後ろにも何人か、興味本位で着いてきたギャラリーが並んでいた。その中の一人に目をつけてエネルが話しかける。

 

 「……お前は、そういう人種とは思えんが、どうしてここに来たんだ?緑谷」

 

 「え!?あ、いや、僕もただ気になっただけでぇぇ……はい、それだけです」

 

 ジーっと周りの視線が集まる。演技がド下手クソなのは師匠譲りと言ったところか。明らかに何か、一人だけ別の理由で来ていることは明白だった。

 

 「ならこのまま帰るか?見るものは見た、もう用は済んだんだろう?」

 

 「え!?それは、その、嫌でも、まぁ、その通りなんだけど…」

 

 チラッと上鳴の方を見る。エッ、と言葉を漏らす上鳴。エネルじゃなくて俺なの?と声に出すと、肯定の言葉が返ってくる。

 

 「んーーーー、なんか今日はめっちゃ質問されるなぁ。んまぁ、何?緑谷」

 

 「……ごめんね、上鳴くん、先に謝っとく」「へ?」

 

 何故か理由もわからず謝罪を受ける上鳴。エネルのときもそうだが、俺は無意識的に他人に罪悪感を抱かせる能力でも持っているんだろうかと、困惑しながらも緑谷の言葉を待つ。

 

 「……USJのとき、本当に、尊敬したんだ。凄いって。僕みたいな行き当たりばったりじゃない。ちゃんと、ヒットアンドアウェイ、作戦立てをして、最適解を持って、救援に来た。僕みたいな足手まといとは違う、本当に、あのときは上鳴くんだけが希望だった」

 

 「いやまぁ、なんかこそばゆいんだけど、そんなベタ褒めされると」

 

 照れくさいように、若干顔を赤らめて、頬をぽりぽりと指で掻く。にしても、緑谷はいったい何を俺に言いに来たのだろうか?誉め殺しに来ただけ?

 

 「………それで、ほんっっっっとうに、失礼なんだけど。……何かあるんじゃないかって、後で考えたんだ」

 

 「何かある?…………あー、まぁ、そういやバスで話したっけ。コイツとの秘密について」

 

 「俺との秘密?なんだそれは」

 

 「いやだから、こうして秘密裏に特訓してることだよ。妙に仲良いから追求されたんだけど、勿論言ってないぜ?俺も八百万も」

 

 まぁ、俺たちに口止めした張本人がバラしちまったんだけどなーっと、揚げ足をとるようにエネルに語りかけると、それには返答せずそっぽを向くエネル。

 

 「で?あれか?俺が……まぁあんな行動に出られたことに何か、原因があるって考えたわけか」

 

 「うん……あ、いや、でも本当にもしかしたらってだけで。普通に上鳴くんは昔から優秀だったんだって考え方の方が、可能性としては大きかったんだよ?

ただ、もしかしたら、やっぱり……特訓とか?って考えただけで」

 

 「………それで?貴様も、俺の指導にあやかりに来たわけか?」

 

 「…まぁ、指導というか、アドバイス貰えたらなぁと」

 

 こうなるから嫌だったんだと、声には出さないが心底めんどくさそうにため息をついて態度で示すエネル。そんな彼を見て申し訳なさそうに緑谷が下を俯く。

 

 「…………教えろ」「え?」

 

 「教えろ、貴様の個性。詳しく。でなければ指導なぞできるはずも無し。……指導の対価はお前の個性の情報だ。これから戦うかもしれない相手に己の個性の内情をバラす。それでもいいなら俺の出来うる範囲で考えてやる」

 

 「え!?いいの!!?」

 

 そこまで言っても引き下がらない緑谷に、コイツも私と引けを取らず強さに貪欲だな、と考える。もっとも、その力を求める所以のベクトルは私と違うのだろうが。

 

 

 ◎

 

 

 

 

 「―――――って感じで、自分なりには、電子レンジでチンしたときに、卵の殻が爆発しない程度の感覚でやってるんだけど……」

 

 ふむ。と、顎に手を当てる。まぁ、他人の個性のことだし、緑谷には緑谷にしか分からん感覚があるのだろうが、なんとも独特な考え方をするやつだと、彼の話に耳を傾けるエネル。そこまで聞いて、緑谷が一旦言葉を切る。

 

 「…どうかな?」

 

 「…いや、どうかなと言われてもな。それで?上手くいっているならいいではないか、そのまま続ければ。俺に何を聞きたい」

 

 「えーっと、なんか、良い方法ないかなーって……」

 

 「……そういうことは普通雄英のプロヒーローにでも聞けばいいだろうが。純粋な格闘タイプの、それも最高峰がいるのだからな、オールマイトという」

 

 ギクッと、誰にも気付かれることなく心の中で動揺する緑谷。そ、そうだねっと、少し言葉に詰まりながらも返答する。エネルも、緑谷の様子に疑問を抱かなかったわけではないが、特段気にすることでもないかと話を続ける。

 

 「まぁ、私がお前の話を聞いた感覚としては、チキっている。そう思った」

 

 「ち、ちきってる?」

 

 「あぁ、……分かりやすく説明するか。頭の中にビーカーと蛇口を思い浮かべろ。もちろん、蛇口の下にはビーカーが置いてある前提でな」

 

 う、うん。と、エネルの言葉通り、頭の中に漠然と映像を投射する。蛇口、蛇口…ビーカー、ビーカー…と、ぶつぶつ呟きながら考え込む緑谷。周りの傍観者達も興味本位で話に耳を傾ける。

 

 「お前の個性は言わばチャージショットだ。それも、個性の準備から発動に至るまでに、限界値ギリギリまで、その値を超えないように、自身の体を壊さないように。そのラインを見極めて打つ必要がある。そうだな?」

 

 「そう、だね。それで、毎回失敗しているんだけど。焦っちゃうと」

 

 「あぁ、そうだ。話をさっきのビーカーに戻すぞ。敵が目の前に現れた。お前は個性を発動する。蛇口を全開まで捻って、水が滝のようにビーカーに流れ込む。本来ならば、お前はこの水を容器の容量満帆まで貯め込む必要がある。それこそ、表面張力により水面がビーカーの縁より少し膨れ上がるくらいな……でも、それができない。まだビーカーの縁まで全く水が達していないのに、確実に身体が壊れない、これなら絶対に溢れないだろうっていうラインで蛇口を捻り水の流入を止める。もしくは、身体が壊れても構うことはない、水が溢れても構うことはない、全力を出すことが最善なんだと信じて蛇口を止めることなく水をドバドバと出し続けるか、その二択」

 

 「…おっしゃる通りです、はい」

 

 「普段、爆発させないというイメージをしながらも、最悪本番では自傷すれば発動はできるという考えがあるから、そもそも無意識的に個性の調整を怠ってしまうのではないか?」

 

 そう言われて、少し考え込む緑谷。たしかに、それはあるかもしれない。個性を使うとき、結局、"今の自分では調整できないから"身体が壊れること前提で、指一本ずつ使うとか、まだ壊れていない体の箇所は、とか考えてしまっている。図星だったようで、落ち込む緑谷。

 

 「やっぱり、そんな考え方捨てていつもギリギリを狙ってやるべきなのかな…?」

 

 「それは分からん。本当に、今のお前では絶対に調整が不可能なのかもしれん。ならば自傷覚悟で撃つことも必要だ。ただ、お前はよく分からんのだろうな。人間を個性で殴る感覚がないために。空中に撃ってるだけではコツを掴むのに時間がかかりすぎる」

 

 「まあ、それはそうだけど、だからと言って人に撃てるわけ「いるだろうが、()()()」……え?」

 

 そう言って、緑谷を見下ろすエネル。即座に彼の言わんとすることを察するが、それでも気が引ける。

 

 「え、いやでも、いいの?嫌じゃない?」

 

 「そんな心配せんでいい。一定量のダメージを超えた時点で俺の身体は物理攻撃に対する抵抗力を失いバラバラに砕け散る。俺に拳をぶつけて、肉体を破壊する感覚を身につけろ。少しは効果があるやもしれん」

 

 遠慮することはない、早くしろと。その場に立ち上がり上を脱いで自身の胸をバンとたたき緑谷の前に構える。そ、それじゃあお言葉に甘えて、と、身を捻って右腕に個性発動の合図である赤い煌めいた筋が走る。彼の個性の威力を知っているA組の面々は、正面からそれを喰らう絵面を想像してみて、自分が攻撃を受けるわけでもないのにゾッとして息を飲む。

 

 「ワン、フォー………ッッ」

 

 「まだだ、まだ撃つな、時間をかけていい、完璧だと思うタイミングで放て。俺の肉体は中々に硬いぞ。中途半端な一撃だと反作用でお前の肉体にダメージが返っていく。俺を本気で打ち崩せ」

 

 エネルが緑谷に静止を呼びかける。ベストタイミングを見計らう緑谷。自分の個性が、今彼の出せる全力、そのラインの付近で右往左往しているのが感覚でわかる。腕に走る今にも個性が爆発せんとするざわめき、そして今、

 

 

 

 

―――――ッッ、オールッッ! !! 」

 

 大地を揺るがす爆音が辺りに鳴り響く。緑谷の腕を起点として、彼の正面を、突風なんて生易しい規模ではない衝撃波が吹き荒れ、グラウンドの砂が巻き上がり、施設の一部をガリガリと削っていく。木々の葉っぱが余波で吹き飛び、数秒後、緑谷の正面には――――上半身が吹き飛んだエネルの姿があった。

 

 「あ……え、は…へ「うむ、中々の威力だ」うわぁッッ!!?」

 

 分かっていたことではあるが、目の前で直に見ると心臓に悪いエネルの再生に、思わず腰を抜かす緑谷。欠損した身体のパーツが、青白い光とともにバチバチと音を鳴らせて再生していく。何事もなかったかのように元の形状に戻るエネルの姿を見て、少し苦笑いの他の面々。

 

 「それで?コツは掴めたか?」

 

 「あ、うん………なんだか、最初は、硬い壁にぶつかって硬直していた自分の拳が、その壁を壊すためにギアを上げる感覚が、なんとなくだけど掴めた、気がする」

 

 「そうか、で?続けるのか?」「え?」

 

 「続けるのかと言っている、私は私でやりたいことがあるが、一度引き受けたからにはお前がどうしてもというなら時間を割いてやる。それで?まだ俺は、お前の拳を受ける必要があるか?」

 

 「……できれば、あと、何回か」

 

 隠そうともせずため息を吐く。仕方ないかと心の中でぼやきながら、緑谷の拳を受け止めるために人間サンドバックの準備を行おうとすると。

 

 「………何やってんだお前ら、今日はギャラリーが多いようだが」

 

 「あ、相澤先生?何してるんですか?こんなところで」

 

 芦戸が後ろから聞こえてくる足音に気付いて振り返ると、今朝見たばかりの包帯ぐるぐる巻きの自分達の担任が通路を抜けて歩いてきた。マジで来たのかという風な顔をしてエネルが声をかける。

 

 「傍観するだけと言っても、よく引き受けてくれたな。今日くらいは拒否されるものかと思ったぞ」

 

 「拒否したら拒否したでまたセメントス先生とかに頼むだろお前ら。俺の失態で他人に迷惑はかけられねぇ。どうせ見てるだけだし問題ねぇよ」

 

 よっこいしょと言って入り口付近の段差に腰掛ける。周囲のA組の生徒達は言葉の意味が理解できていない様子。

 

 「あ、あの。エネルくん。なんで相澤先生が?」

 

 「この自主訓練の監督官だ。入学したばかりのペーペーがどこか雄英の施設を借りて訓練する際は、大事に至らないように先生の監視の元でないと訓練はできないらしい」

 

 「あ、なるほど」

 

 「…ふふ、それよりも、だ。緑谷、お前は運がいいな、相澤が来る前に俺に力添えを頼んだのだから」「へ?」

 

 邪悪な笑みをエネルが浮かべる。彼の目の下と口元に暗い影がうつり、何か悪巧みでもしてそうなその顔に少し引く緑谷。どういうことか意味がわからず、様子を見守っているとエネルが口を開く。

 

 「相澤……先生よ」

 

 「なんだ?」

 

 

 

 

 

 「そいつらも、しごいてほしいらしいぞ」

 「「「「え」」」」

 

 

 「―――――――――ほぅ?」

 

 包帯の上からだというのに、彼の口角が上がるのが分かる。にやりと擬音が聞こえてきそうなほどに楽しそうな自分達の担任の顔。危機を察知して逃げ出そうとするも、彼がそれを許さない。

 

 「お前たち、見上げた根性だ。まさか自主訓練申し出とはな」

 

 「え、いや別にそんなことは「おそらく、生徒のために用意されているこの放課後の自主訓練の時間、施設内に一度入れば少なくとも一時間は訓練に勤しまなければならないという雄英の暗黙の了解も、きちんと理解したうえで来ているんだろうな。そんな熱心な奴らを生徒に持って、俺も鼻が高い」…………えぇぇぇえええええ!!!!!!」

 

 周りの生徒たちも一緒になって瀬呂と同様に叫ぶ。そんな暗黙の了解など存在するはずも無いのにまんまと信じ切ってしまう同じクラスメイト達に、少し残念そうな視線を飛ばす八百万。

 

 「心配するな、お前ら。俺もただ傍観だけではつまらんと思っていた所だ……ちょうどいい、お前ら個人個人に適したカリキュラムを今、考えてやる。放課後マックなんかよりも充実した時間を堪能させてやる」

 

 そう言って相澤が立ち上がり、すぐ後ろに控える通路入り口、そのゲートに設置されているスイッチを勢いよくバンと後ろ手に叩くと、緊急時の外部遮断用の通路シャッターがガコンッ、ガコンッと音を立てて何重にも閉じていく。包帯の隙間から彼が鋭い眼光を覗かせて、生徒たちを睨みつけると、ゾワッと鳥肌が立ち、興味本位で付いてくるんじゃ無かったと後悔し始める。

 

 「覚悟しとけ………俺は熱血教師では無いが、合理性は好みだ。お前たちにこの一時間で、休む暇なく、徹底的に、最効率でしごいてやる」

 

 彼らから離れて後方エネル、上鳴、八百万、そして緑谷の視線の先でビリーズブートキャンプならぬ、アイザワーズブートキャンプが始まった。初っ端から見ているだけで嫌になりそうな彼らのトレーニングに、これをあと一時間も続けるのか……と、ドン引きするエネル以外の三人。彼はというと心底楽しそうにその光景を眺めていた。

 

 「だから言ったろ?お前は俺に頼んで良かったとな」

 

 「うん………いやちょっと、あれえげつないな……」

 

 「…さて、だからと言って俺たちも怠けてはいられん。何もせずに傍観していたら俺たちもあちらのグループへぶち込まれるぞ、緑谷。個性を構えろ、壊れない程度の最上限を目指して、休憩も挟みながらお前の個性を鍛えるぞ」

 

 あんな地獄へなんか行きたくないという思いが、緑谷の動きに拍車をかける。すぐさま個性を放つモーションに移行して、腕を振るい、先ほどと同様にエネルの体を吹き飛ばし、その感覚を身体に覚えさせる緑谷。彼も中々にしんどいことをやっていたのだが、数分経って後ろを振り返ってみれば、既に死にそうなクラスメイト達に、なぜか奮起される。

 

 

 その後も、そこそこの訓練をする四人と、今生の地獄を味わう複数名。翌日、魂の抜けたような生徒達の様子に、飯田が慌てふためき肩を揺らして名前を連呼したことは言うまでもないことであった。

 

 

 




別に、今回の話は強化回とかではなく、単純に日常を描いただけなので、今回の相澤先生の指導や緑谷の訓練によって急成長するということは特に無いです
あと、心操くんにはキツい言葉を言っちゃったけど、そんなことでやられるほどメンタル弱い子では無いはず
それでは次回から、いよいよ体育祭編、スタートです

どちらにしましょう。

  • 続行。
  • リメイク。

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