「ここが、試験会場……!?」
そう呟くのも無理はない。一見すれば、ただの市街地。人気が無いことさえ除けば、何処かにありそうな、どこかで見たことがある建造物の数々、舗装された道路。事前の説明でも言っていた仮想ヴィランだろうか。あちらこちらから機械の駆動音が鳴り響く。
「………………」
生徒達がぶつぶつと話し合う声が聞こえる。中には、倍率300倍を超えるこの受験生の群れから偶然出会ったのであろうか、同じ中学出身の生徒同士だと推測できる会話が聞こえる。互いに互いを激励し、この日のためにという誓い合う声が聞こえる。なんとも素晴らしい友情、だからこそ悲惨である。この後の惨状が。
そうした会話の群れの中、ただ一人口を噤んで、何もすることなく腕を組んで仁王立ちの姿勢を取るエネル。何か近寄り難い雰囲気を醸し出し、周りの生徒達がコソコソと噂をしている。と、唐突に組んでいた腕を解いて左手を開き正面に掲げる。そして、静止。
少し滑稽にも映るエネルの様子に、笑いを漏らしてしまう他の受験生。そんな彼らに目も暮れず、ただただ、ある瞬間を待ち続けた。
「にしても、おっそいな。てか、いつ始まんだよ」
「ほんそれ。てか、監督官も何にも言わ『はいスタート』
―――――――初めに動き出したのは、白髪の男子。
彼の個性だろうか、足元から衝撃波が起こり、彼を前方へと吹き飛ばしていく。中々に個性の扱い方の上手い、そして何より迅速に動ける優秀な生徒であった。
その次は長い黒髪が特徴的な女子。途端、彼女の髪が舞い上がる、地面から吹き上がるように突風が起こり、空を飛ぶように空中で加速していく。やはり強力な個性の模様。
その後も、二人を皮切りにして他の生徒もドンドンと走り出す。出遅れた、ヤバい、そんなことを連呼しながら、しかしまだ始まったばかり、遅れを取り戻すために足を動かす。ドカドカと、足音だけでなく個性を使って移動する生徒達も混じり、様々な移動音が鳴り響く中――
「………………」
動かない。一人、動かない。風に煽られ、彼の長い耳たぶだけが揺れている。試験監督官が訝しげに見つめるも、反応無し。興味がなさそうにジッと前を見つめている。業を煮やした監督官が声をかけるが、
「……君、聞こえなかったのかい?もうはじまっ「終わったぞ」……は?」
「試験、終わったぞ」
◎
「(――――よしッッ、よしッッ!!俺が一番ッッ、とりあえず、俺が一番に出たッッ!!リードだッッ、圧倒的リードッッ!!!)」
受験番号1301A、名前、
「(――――あり得ない、ヒーロー科以外はあり得ないッッ!!俺が、俺がヒーロー科でやっていけないわけがないッッ!!見てろよ、先生ッッ!!見てろよ、父さん、母さんッッ!!俺が直ぐに、合格通知、持って帰ってやっからッッ!!)」
心の中でお世話になった担任の先生への感謝の念を送り、今まで支えてくれた親の顔を思い浮かべる。証明してやる。俺が今まで努力してきた証を、結果として持ち帰ってやるッッ!!
そう意気込む彼の目の前に、前方、建物の角から一体の仮想ヴィランが現れる。瞬間、彼の顔つきが変わる。獲物を見つけたかのように鋭い目つきになって、個性を発動させる。グォングォンと音を上げて、何かを溜め込むように拳周りの時空が歪む。何か一瞬
「―――――――まずは、一点ッッ!!!」
彼の目の前にヴィランが迫る、相手も武器を構えているが、そんなことお構い無し。回避など考えない。今日だけは、正面から打ち破る。時間は無駄にはできない。ヴィランの振り下ろす拳と、自身の正面右ストレートが段々と近づいていき―――
「―――――あ?」
そして、互いの拳はぶつかり合うことなく空振りとなる。突然、目の前の仮想ヴィランが火花をあげて故障したように、ガクンと倒れる。なんだ、何が起きたんだと困惑して足を止めるも、ハッとして顔を上げる。こんなことをしている場合では無い。雄英側の設計ミスだろうがなんだろうが、こんな所で足を止めていてはダメだ。慢心、油断はしない。何か、それがたとえ雄英高校のミスで発生したことだとしても、それに泣きつくやうな真似はしない。ダメだったら別の仮想ヴィランを探すだけ。
そう考えて再び足を動かそうとして――――足を止める。
「な、なんだ………!?何が起こってんだ!!?」
周りを見渡してみる。自分だけじゃ無い、他の生徒も同じような現象に襲われ、というか少なくとも、視界に入っている全ての仮想ヴィランが唐突に地に倒れ伏している。今まで、例えどんな状況だろうと焦らず対応してきた彼であったが、流石にこの事態には動揺が隠せなかった。まさか、死んだふりかと思ってガラクタを見下ろすも、どうやらそんな様子でも無い。すると次の瞬間、
「――――――うぉぉおおッッ!!!?」
何か、ここよりも遠方で大きな音がしたかと思えば、それと同時に地面を揺るがすほどの大地震が発生する。ただ、地震と違うのは段々と大きくなっていくわけではなく、地震というよりも地響き。何か、想像もできないほど重たいものが地面に叩きつけられる。そんな感覚。
先ほどからの立て続けの出来事に、いったいどうしたことだと遥か後方、試験監督官の方へと視線を向けてみれば、試験開始前から一際目立っていた長身の受験生と何やら会話をしている。すると彼の顔が青ざめ、何か端末を取り出した後、悩んだような表情を見せたのちに、口元へアナウンス用のマイクを持ってくる。
―――――――うそだ、そんなわけないだろう。なんの証拠があって、そんな。
聡明な彼だからこそ、試験監督官の行動の意味が理解できた。間違いであってくれと願いながらも、祈り虚しく、試験監督官の男が現実を告げる。
◎
―――――――終わったぞ。
その一言に、最初は、頭でもおかしくなったかと生徒の言葉を疑う。まだ試験は始まったばかり、時間も十二分に残っている。いったいこの男は何を言っているんだと困惑したような表情を見せていると―――仮想ヴィランとの戦闘ではないざわめきが生徒の群れの中から響いていた。なんだと様子を伺ってみれば、なんということはない、倒れ伏す仮想ヴィラン達。生徒達が倒したのだろう、何もおかしい点は無いはずなのに、生徒達は何をざわついているんだ。
―――――――そこで気づく。不審な点に。すなわち、仮想ヴィランに外傷が見当たらない。硬い装甲を撃ち貫いた形跡がない。倒れ伏すヴィランが火花をあげていること以外は至って新品のピカピカの状態。これが一体だけならば問題無かった。そういう個性持ちがいたというだけの話。しかし、困惑する生徒達の目の前に転がる仮想ヴィランのいずれもが同じ様子。
「な、何をしたんだ!!君はッッ!!?」
焦って目の前の生徒を問いただす。十中八九、間違いなくコイツがやったと疑いをかけて質問するも、当の本人は何でもないかのようにこの惨状についての説明を行なった。
「…個性、雷。平たくいうと、電気を操る。会場全体に、人体に影響の及ばない程度で静電気を爆散させた。精密機械の塊である仮想ヴィランはこれで片が付く」
試験終了のアナウンスはせんでいいのかとエネルが逆に問いかける。そんな、まさか、と信じられないような顔をしていると、
「―――――ッッ!!な、なんだ!今の揺れはッッ!?」
「…あぁ、0点のヴィランではないか?音の規模的にアイツしかおらんだろう」
頭がフリーズしかけて、ハッと気づき咄嗟にポケットから端末を開く。会場全体の図がデジタル表示で浮かび上がり、本来ならば活動中の仮想ヴィランの現在地を知らせる赤い点が―――――全て、消滅していた。
「で?俺はただルールに従って試験を乗り越えただけだが、雄英側が把握できないから俺は不合格とはならんだろうな?」
エネルがジッと睨みつける。威圧するかのように問いただす。ゴクリと唾を飲み込み、しかし、そうでもないと説明がつかない現状。観念して、アナウンスを行うのだった。
『『『……試験会場D、実技試験、終了ッッ!!!』』』
「……このあとは、何かあるのか?」
「…いや、何もない。忘れずに荷物を持ち帰り、帰宅してもらって結構だ、お疲れ様」
少し、額に汗を垂らしてエネルを見上げる。本人が、特にこれくらい何でもないという顔をしているのが一番驚きである。
「ふむ、それでは「待てぇッッ!!!」………なんだ?」
試験監督官の視線の先、自身の後方を振り返って見つめるエネル。一人の生徒が声を荒げてこちらに近づいていた。
「ふざけんなッッ!!こんなの認めるわけねぇだろッッ!!!どうしてそいつの言うこと信じて試験終了になるんだ!!おかしいだろッッ!!?」
無理はない。そう思うのも、無理はない。一人の受験生の悲痛な叫びに理解を示しながらも、しかしルールはルール。元々このテストの構造自体が、数限りある仮想ヴィラン達を奪い合う、言わば蹴落とし合い。流石に一人で全て破壊すると言うのは想定外だったが、それでも規定に何の違反もない。あくまで試験監督官として、非情に、そして正しい対応を行う。
「あぁ、君の言う通りだ。だから君達には、大変申し訳ないが別室で待機してもらう。雄英の職員達が仮想ヴィランの破損原因を調べる。これで彼の言う通り静電破壊で無ければ彼は失格、君達には再試験を課そう。もちろん、公平性を保って試験会場は変更する。しかし、そうでない場合。彼の説明通りであれば―――――
―――――この会場の生徒達への再試験は、無しだ。その場合は速やかに雄英から出ていってもらうこととなる」
生徒達が、膝から崩れ落ちる。あるものは涙を流して泣き叫び、あるものは現実が受け入れられず、瞬きを繰り返して表情が固まっていた。そして―――――あるものは、一人の男に怒りの刃を向ける。
「…ざけんな、ふざけんなッッ!!なんだッッ!!こんな、何のやる気も無さそうな奴が、なんでッッ!!」
「ひどい言われようだな。まぁ個性に関しては天より授けられたものではあるために俺の力の及ぶところではない、が。こと肉体と…
そう言って、頭に人差し指を当てて、煽るようにトントンと指先で突く。そんな、彼の仕草に―――――堪忍袋の緒が切れた。
「―――――ざけんなあァァァアアアッッ!!!!」
「や、やめなさい!!!他の受験生への攻撃は―――――」
試験監督官が何かを言い終える前に、拳に個性を纏って殴りつける、それを避けようともしないエネル。周りから見ても明らかに、他人へぶつけていい規模の攻撃でないことは明白。監督官の静止なぞ耳に入るわけもなく、彼の拳がエネルの顔に触れた、瞬間、
―――――パァンッッ―――――
「―――――――――あ―――――」
やってしまったあとに気付く。愚かな行為の代償。先ほどまで頭に上っていた血が一気に引いていき、熱のこもっていた身体に、冷たいものが背筋にゾワっと走る。攻撃を受けたわけでも無し、いや、逆に攻撃を仕掛けた側であるのに、腰を抜かして地面にへたれこむ。目の前の光景に。すなわち―――――首から上が存在しない、受験生の姿に。
「―――――なん、て、こと……を……………え?」
え?という疑問の声。もう、彼の個性を知っている者には言わずもがな、血が出ていない。そして、身体が動いている。立て続けの疑問に回答する隙を与えないまま、エネルが彼の個性を遺憾無く発揮する。
「……良かったな貴様。その個性を放った相手が俺で。……まぁ、どちらにせよ終わりだな、お前は」
吹き飛んだ頭部が、瞬時に再生した。殺していなかったという安堵と、しかし目の前で起こった不可解な現象。相反する二つの感情が入り混じり、その名の通り髪色だけでなく、頭の中まで白く染めていたところ、彼の肩に手が置かれる。
「―――――受験番号1301A、院白闘哉。……今し方の個性発動を、意図的な他の受験生に対する殺傷能力を伴う攻撃と見なします」
「――――――――――え?」
「―――――失格です。直ちに試験会場から退場し、荷物を忘れずにお持ち帰りいただくようお願いします」
今度こそ、頭の中が白一色になった。失格。すなわち、この瞬間、彼に、雄英の道は閉ざされた。実技の再試験を受ける資格が無くなったわけではない。筆記も含めて、全ての点数が無効となる。すなわち―――――普通科に編入すら、不可能となった。
「……私と同じ会場となった、お前自身の不幸を恨め」
それだけ言い残して、個性は使わずに、ずっしりとした足取りで試験会場出入り口へと歩いていくエネル。背後から何か、叫び声が聞こえてきたが、それには目もくれず、膝をつき現実を受け入れることができていない生徒の群れを、ただ一人、この現実を生み出した張本人が歩いていく。
心底面白くなさそうに、阿鼻叫喚の地獄の創造者は口を閉ざして足を進めるのであった。
◎
「はいこれ、合格通知」
「うむ、確かに」
受験後、自宅に篭って数日間。自主的にトレーニングは行っていたがやはり退屈な日常に、一つの吉報。朝方目を覚ますと、親から手渡される一つの封筒。まだ中身も開いていないのに合格通知と表現するあたり、よっぽど自身の息子を信頼していることが見て取れる。
「…………ん?」
その場で封筒の口を破って開くと、一つの小型円盤状の機械が現れる。何これ、とエネルの母親が手に取りクルクルと色んな方向から眺めていると、彼女が円盤機の小さな点を自身の顔に向けた瞬間、ピカッと光が漏れ、うお眩し、と言って咄嗟に手を離す。上手いことテーブルの上に落っこちた小さな機械からは、空中に近未来的なSFチックのホログラムが投影された。どうやら映像の投影器であったらしい。
『ハァーーッハッハッハッハッハーーーッ!!!ワァータァーシィーガァーー!!投影サレタアーーーーッッ!!!』
「あ、オールマイトだ」
母親も、エネルほどではないがNo.1ヒーローを見たにしては淡白な反応。というのも、こと実力における彼の凄さが、いまいち把握できていなかった。身近に化け物クラスが一人いるために、ただの脳筋としか見れていなかったのだ。うちの息子の方が強いじゃん。彼女の夫であり、大のプロヒーローファン、そしてオールマイト最押しのエネルの父へ向けた言葉がそれである。
『さぁて!!お待たせしました!合格発表ッッ!!受験番号1251B、
普通ならもう少し緊張感を持って聞き届ける者であるのだが、エネルの母はテーブルに肩肘をつき、手に顎を置いてまぶた半開きでそれを眺め、エネルに至ってはあくびをする始末。
『―――――おめでとうッッ!!いや、本当にすごいな君!?筆記は100点満点!!実技に至っては雄英史上初、300点!!!私もう最初聞いたときビックリしちゃってさぁ!!こんな歴史的な瞬間に立ち会えた、わけじゃないけど、そんな優秀な生徒が私の赴任する年にやってくるなんて、やりがいがあるぜ!!』
「へぇーすごい、雄英史上初だって。マウント取れるわよこれから、俺は雄英史上一位なんだーって」
「アホか。そんなことするわけないだろうが。というよりも、そんなことしたら怒るのは母だろう?」
よく分かってんじゃんと、視線を再度オールマイトへ戻す。もはやこの様子では自身の息子の合格は確定であり、聞く意味もなかったのだが、まぁ今はやることもないし暇つぶし程度にはとホログラムを眺めていた。
『んで、まあ合格発表なんだけれども、もう言っちゃったようなもんだね、うん。ハイ!!エネル少年、主席合格おめでとうッッ!!!当日は入学式で、主席合格ってことで少し話してもらうこととかもあるけど、そのときはお願いね!!
―――――さぁ!!来いよ、エネル少年!!ここが君の新たな舞台、雄英高校―――君のヒーローアカデミアだッッ!!!』
それだけ言い残し、機械がその仕事を終えて投影を終了する。まぁ知っていたことだという表情の二人。ただ、母親の方は少し嬉しそうな顔で口角を上げていた。
「まぁ、お疲れ……かは分からないけど、お疲れ様。一先ずは羽を伸ばして落ち着けるってとこかしら?」
「それではまるで、俺が今まで受験の圧力でガチガチであったみたいな言い方ではないか」
「それもそっか」
それだけ言うと椅子から立ち上がり、朝食の準備を始める。対するエネルはジッと、テーブルの上に置かれたままである一つの投影器を眺める。他の会場に、もう少しまともな奴がいたならばいいのだがな。そんなことを考えながら、腹を鳴らして朝食を待つのであった。
どちらにしましょう。
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続行。
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リメイク。