REASON OUT   作:劇団兄弟船

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「悲壮」「歪曲」4

 息を飲みそうになりつつも、努めて平静を装う。

 母親にとってみれば、無傷のなるの訪問はかなり刺激的な話だろう。主導権は、こっちが握る。

 

 

「本来なら無事じゃ済まないでしょうけど、私も彼女のように特別なんですよ

知ってる事、洗いざらい吐いてもらえます?」

 

「吐いてもらうって……貴女本当に厚子の友人なんですか? そんな言い方をして、何のために娘を探っているの」

 

「友人として、少しでも彼女の負担を減らすためですよ

それにお行儀よく話しても、そちらとしては核心に触れることは話しづらいだろうという配慮です 例えば……声、とか」

 

 

 なるはその"声"で覚醒したけど、重要なのはそこじゃない。

 多分、推測なんだけども……あの声は元から精神を病んでる人間にしか聞こえない。

 なら能力が生まれる前から奏鵺は苦しんでいたという事になる。

 例に漏れず……この人も毒親ってことだ。強硬な態度にもなる。

 

 

「声……ですか? 声って、まさか……!」

 

「私は少女の声をきっかけに不思議な力を得たんですけどね

他にも同じ境遇の仲間がいるんです その人たちと協力すれば、少なくとも孤立は防げるかと」

 

「…………」

 

「……奏鵺夫人?」

 

 

 いきなり顔を青くした……。え、なに?

 まさか声の主に心当たりでもあんの!?

 

 

「娘が"反転"した後に……うわごとのように呟いていたんです

声が、声が、って」

 

 

 反転? なに反転って。

 ま、まさか。

 ひょっとして奏鵺は……深口と同じ……!!

 

 

「娘は、どんなに周りが注意しても、どれだけ危険なものを遠ざけても、いつも怪我が絶えず

その所為でずっと何もない部屋で幽閉同然に育ててきて……不憫という言葉さえ足りない子でした」

 

「幽閉……ですか」

 

 

 なんつーか……まずいぞ。なるたちが手に入れた"声由来の力"と、奏鵺に元からあった"不幸の力"。

 これは別の体系だ。二つの異なる力が融合しちゃってる。

 

 

「それが十七歳の誕生日を境に、他人に不幸の矛先が向くようになってしまったんです

夫はその日死にかけました」

 

 

 片方だけでも突き止められていないのに、もう一つ原因不明の能力を持ってたなんて。

 しかも、よりによって不幸、不運。なるの虚像のように自己制御できない、不幸に襲われる条件付けなどないランダムな能力。

 あの声は……確か、今起きている苦しみを取り除いてあげるとか言っていた。

 確かになるはそうなった。けど奏鵺は……それによってまた別の苦しみに襲われてる。

 

 

「手を尽くしてない訳ないから聞くのも野暮なんですけど、不幸の原因て分からないんですか?」

 

 

 問題が目の前に転がっていて、それが今日まで解決に至っていない理由は怠慢じゃない。

 現場ではすでに手を尽くした結果なんだ。それを覆すには環境か、あるいは慣習を外的要因で変えるしかない。

 

 

「実は……心当たりは、あるんです 玉本さんは鵺塚(ぬえづか)というものを知っていますか?」

 

「いえ、生憎と浅学なもので」

 

「この地域では有名な話です

大昔、川から流れついた化け物の遺体を埋葬した塚らしいのですが、それが当家の管理する土地にございます」

 

「それを知らずに土地を開発し、うっかり破壊してしまった、とかですか?」

 

「いいえ 夫の先祖は鵺塚を大変(おそ)れ、代々欠かさずにお参りをするくらい大切にはしていました

ですが厚子が生まれる際、忙しさのあまり(しばら)くの間お参りを(おろそ)かにしてしまっていたんです

厚子のソレに気付いてからすぐにお参りをしたのですが、帰りに大事故に巻き込まれたり、とまるで効果はありませんでした」

 

 

 ……だんだんなるの苦手な分野になってきたな。

 

 

「場所に案内してもらえますか? 仲間が多いと言っても、声に関する集まりでして

その鵺の呪いの方は詳しく対応できるかどうか」

 

「はあ、まさか専門家の方々がいるとは思いませんでした 厚子をどうかよろしくお願いします

車を出しますので、どうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 死体を見たショックはなんとなく回復したものの、奏鵺さんへの心配は拭えないまま俺は木陰荘に帰宅した。

 横目で奏鵺さんの部屋を見るが妙に悪寒を覚えた。訪ねようかとも思ったが……どう言葉をかけていいか、まだわからない。

 

 ともあれ近いうちにフォローしなきゃな、と思いつつ自宅に入り椅子に腰かけた時、ランプが点滅する携帯が目に入った。

 充電が心もとなかったので今日は持って行かなかったが悪い事したな。成美さんかな?

 慌てて確認すると、エルアさんからすぐに事務所に来るように、とのお達しがあったため飛ぶように走った。

 メッセージに気づいた直後、それに道中でも電話したが『いいからすぐ来い』の一点張りだった。

 

 

「情成、ちょっとこっちに来てくれ」

 

 

 大急ぎで事務所に降りてくると、なんだか普段と違って慌ただしい雰囲気に包まれていた。

 エルアさんがいつにも増して険しい顔つきで俺を呼んでいる。

 

 

「どうしたんですか? この騒ぎは」

 

「朝久遠から電話があってな

木陰荘の住人の、奏鵺厚子に関する書類を渡してほしいと」

 

「久遠さんから? ぐ、偶然なのか

俺も奏鵺さんに関して話したい事があったんですよ」

 

「今朝の事故の事だろう 実は事故現場にもう一人立ち会っていた者が居る 玉本成美だ」

 

 

 成美さんが……? 一体なぜ? 何が起きている!?

 

 

「玉本の推測だと、奏鵺厚子は自分の意思にかかわらず、周りの人間を死に至らしめる能力がある」

 

「ま、まだそうと決まったわけじゃないですよ だいぶ参ってましたけど」

 

「玉本が彼女の母親から話を聞いた結論だ」

 

 

 は? 母親に聞いたぁ!!? いつ!? 今朝の出来事だぞ?

 いや待て落ち着け。そもそもそのアグレッシブな人本当に成美さんなのか?

 

 

「えっと……流れを教えてもらえますか」

 

「奏鵺厚子の両親の所在を玉本に伝えた後、玉本が奏鵺の実家に行き情報を掴んできたんだ

それに依ると奏鵺厚子は……鵺という妖怪に祟られていた少女らしい」

 

 

 鵺……確か猿の頭に虎の四肢を持った怪物だよな。それの祟りってこと?

 

 

「俺自身都市伝説とか大好きですけど、それってマジモンの妖怪じゃないですか!

ここに来てから多少の驚きにはビクともしませんが、それはさすがに驚愕ですよ」

 

「妖怪なんてものは元来珍しいものじゃあない 自然現象、錯乱症状や難病、希少生物、奇人変人とあらゆるものを妖怪と呼んできたんだからな

中には本物の神通力を有するものもいるが、鵺が実在したならそれに当たるだろう」

 

「……まあ昔の時代なら妖怪は便利な言葉ですしね」

 

「情成もそれこそ時代が違えば、本当の意味で鬼と呼ばれて居ただろうな」

 

 

 で、適当な坊主やお侍に討伐されてローカルな伝承になりました、ってか?

 いやー力を隠し続けてきてよかった~……。こう考えると現代でもどんな扱い受けるか分からないし。

 

 

「だんぴ他、うちのヨウカイたちが現在除霊方法と安全対策を協議中だ 話がまとまり次第木陰荘に出向く

このゴタゴタはそういう訳だ」

 

「ん……?」

 

「どうした?」

 

「俺に先行かせてもらっていいですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏の長い陽が影も形も息を潜ませたころ、彼女が幼少期お世話になった思い出深い病院……今は廃病院の敷地に奏鵺厚子が現れた。

 手には包丁。狙いは自らの喉元。顔には……諦観。

 その想い全てが殺意となって、喉を食い破る。

 刹那――。得体の知れないモノが包丁を捻じ曲げる様に、放たれた殺意が包丁に乗り移るように。

 手元から飛びぬけた包丁が、奏鵺厚子の死の結果を玉本成美に上書きした。

 

 

「ウ……!!」

 

 

 自殺に失敗したことに奏鵺が気づき、悲痛な表情を浮かべる。

 またやってしまった、とでも言いたげだ。

 おっと。

 奏鵺の表情を眺めていたはずなのに視界がブラックアウトした。

 もうちょっと粘るかと思ったけど、脳に血がいかなくなるとすぐ死ぬんだね。

 

 

「え!? き、消え……」

 

「こっちだよ」

 

 

 さっきまで"なるの虚像"が倒れていた場所から奏鵺がこちらへ視線を移した。

 ほんと、ちっちゃい子供みたいに純粋な驚き方で面白い。

 

 

「今死んだのはなるの能力で生み出されたコピーだよ いやコピーと呼べるほど凄いもんじゃないか

とにかく自己意識を持たないラジコンだから気にする必要はないよ

今こうしてくっちゃべってるなるも同じ」

 

「えっ コピーって……」

 

 

 まだ結構錯乱してるな……。さすがに説明不足だったか。

 つってもどう説明したもんかな?

 

 

「奏鵺以外にも特別な選ばれし人間ってのはいるんだよ

あんたに目をかけてる深口もそう……! だから死ぬのはやめなさいよ!!」

 

「そ、そんなこと言われても……どっちみち、私はもう死ねないんです」

 

「そうかもね 自殺すら反転して周りの人間に襲い掛かるようだし

要はその不運の元凶を取り除けばいいんでしょ

なるに考えがあるんだ、例の鵺塚に一緒に来てよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 木陰荘にとんぼ返りした俺は焦燥の極みにあった。

 奏鵺さんの部屋の鍵は、開いていた。

 もう会えません―――あの言葉の意味を軽んじていた事に今更危機感を強くし歯噛みする。

 可能性としては、すぐに行方を晦ますのは十分に考えられた。

 もう遅いかも知れない。今日は学校を休み、会いたくないと言われようが強引にアフターケアに取り組むべきだったのだ。

 電気を点けて辺りを確認すると、やはり突然蒸発したように見えた。

 生活感が丸々置き去りにされている。

 

 

「……ッ」

 

 

 何か、何かないのか? 置手紙とか!

 部屋の奥に突き進むと、視線が自然とそっちに向いた。

 ご飯に招待された時も見ていない、部屋。もしかしてこの部屋にいたり?

 一瞬首を吊っている等の最悪を幻視したが、変な臭いは漂ってこない。きっと大丈夫だ。

 俺は意を決すると思い切ってその部屋に飛び込んだ。ゆっくりと深呼吸しながら、電気を点ける。

 

 目の前に飛び込んできたのは、死体、死体、死体。無数の奏鵺さんの死体。

 

 

「え」

 

 

 ……と見間違うほどの、リアルな絵画。

 圧死、焼死、溺死、銃殺、轢殺。

 そのどれもが悪魔の筆に踊らされたように、鮮烈で濃密で、覆いかぶさった理性を引きはがし、脚色などない、命に対する死の無謬性(むびゅうせい)を存分に吟味(ぎんみ)したような完成度だった。

 特に奏鵺さんの表情は直視に堪えない。生への執着と未練を煮詰め、雑念を濾過(ろか)したかのような濃度の醜悪さと焦燥は、息を深く吸い込む動作すら忘れてしまう。

 

 奏鵺さんの眩いばかりの極彩色の美貌が、こんな歪み方をするなんて嫌だ。

 ……待てよ。轢殺の絵の構図には既視感があったぞ。俺は恐る恐る薄眼でその絵を見た。

 そしてピンときた、今朝だ。あの轢き殺された人がそっくりそのまま奏鵺さんに差し替わっている。

 俺はわけも分からないまま、絵画の部屋からよろよろと這い出て、うずくまった。

 脂汗を袖で拭いながら、目を閉じ時間が過ぎるのを待つ。しばらくは……心的外傷でまともに動けそうもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 奏鵺家宅から少し離れた場所にある古びた塚がある敷地。人っ子一人いない静寂の夜。

 そこに再びなるは奏鵺を伴ってやってきた。一回しか来てないのに道を覚えていたのだから、これでまた地頭に自信がついたな。

 

 

「今更ここに来て何をしようというんですか

何度お参りしても効果はなかったのに……」

 

「それはさ、ただの不運だった時の話でしょ?

不運不幸が鵺塚の呪いなのだとしたら、それが他人に反転するようになったのは、なぜ?」

 

「それは……」

 

「声だよ 鵺とは別の体系によってもたらされた異種の力」

 

 

 奏鵺の表情が、なぜ声の事を知っているのかという疑問に満ちる。

 まあそう思うのも無理はないよね。なるって一見、男の事しか考えていないような見た目だし。

 

 

「なるもさ、こう見えて地獄のような苦しみを味わってきたんだよ

かといって自殺するほど逃げ場がなかったり責任感があった訳でもなくてね

……ずっと幽閉されてきて辛かったよね よしよし」

 

「玉本さんのその不思議な力は、あの子からいただいたものなんですね

心の底から切望して……夢を見た時、囁いてくれた声……」

 

 

 若干くすぐったそうにしながらも、なるにいいように撫でられる奏鵺の声色は、慈しみと同情に溢れていた。

 ああ、やっぱあれだな。学校に通うから人間って性根が腐っていくんだな。

 両親も真剣に奏鵺を愛していたようだったし、最期に廃病院を訪れたのも、そこの医者たちに随分よくしてもらったんだろう。

 だから他者を(おもんぱか)れる。なるが深口に敬愛され、少しだけ(ほだ)されたように。

 現実で周りから全肯定される事が、濁り切った人の心を唯一蘇らせる特効薬だ。

 

 

「あんたが自殺しようとしたのはさ、周りへの責任感なんだろうけど

忘れちゃいな 少しくらい無責任になって、責任転嫁してもいいよ」

 

「そ、そんな事言われても……」

 

「まあまあ、いいからここでさっきと同じこと、腹にやってみて

きっと素敵なことが起こるから」

 

 

 そう言ってなるは虚像を消去し、離れたマンションの屋上から望遠鏡で奏鵺を観察する。

 近づく人影もないし、車の通行もないね。本当に奏鵺一人きり。

 いきなりなるが消えておろおろする奏鵺が可愛い。

 けれどなるの言葉を信じてくれていたようで、前向きな決意の表情で包丁を両の逆手に持ち。

 

 

「んっ!」

 

 

 迷いなく一気に腹に突き込んだ。

 そして手の動きとは裏腹に、包丁は見事に奏鵺の手を離れ、狙い(あやま)たず小さな石の塚に深々と突き刺さった。

 

 間もなくして大地震かと思うほどの地響きが起こった。感嘆にも聴こえる轟音はおどろおどろしく、まるでなるのざわついた心臓を最期の最後まで引きちぎろうとしているような執念深さだ。

 地響きが止み、落ち着きを取り戻しもう一度塚を見ると、ヒビの入った節々からおびただしい血が溢れ出ていた。

 どう? 安全圏から高みの見物を決め込んでいた所に思いもよらぬ奇襲を受けた気分は。

 妖怪変化に人権はねえ。そのまませいぜい人間様に詫びを入れながら死ね。


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