杏奈がプロデューサーといちゃつくだけのPドルものです。

※この作品はpixivにも投稿しています

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杏奈――!誕生日おめでと――!誕生日全然関係ない話でごめんね――!


望月杏奈と手相占い

「もう夏に入ってるんだよな……?」

 

 季節を疑ってしまうほどに、今日は朝から肌寒い一日だった。

 キーボードをたたく手を止めてパソコンの隅に小さく表示されている時刻に目をやると、そこには『15:34』と出ている。

 まだ日が出ている時間だというのにここまで空気が冷え込むのは、空を覆うあのぶ厚い雲のせいに違いない。あと地球温暖化。

 

「あの、プロデューサーさん……今、忙しい……ですか?」

 

 椅子の背もたれに体重を預けながら強張った身体を伸ばしていると、背後から杏奈の声が聞こえた。

 

「杏奈か。どうしたんだ?」

「……あの、これ……」

 

 椅子をくるりと回転させて振り向くと、ピンクのパーカーに丈の短いデニムスカートといういつものスタイルの杏奈が、一冊の本を両手でこちらに差し出していた。

 紫と黄色の表紙。何らかの加工をしてあるのか、蛍光灯の光を受けてキラキラと光っている。受け取るのに若干の抵抗を感じるほどにゴテゴテしいその本を、杏奈はどこか緊張した面持ちで俺に見せていた。

 派手なだけあって、タイトルも目立って書かれているため読みやすい。俺は手に取ることはせずにタイトルだけ読み上げることにした。

 

「『エグいほど当たる手相占い』?」

 

 うわあ頭悪そう。杏奈もこういうことに興味があるんだな。この本は自分で買ったのだろうか。

 俺が脳内で思考と感情の玉突き事故を起こしていると、杏奈が相変わらず緊張した様子で、どこか言い訳するように口を開いた。

 

「学校で流行ってて……友達に、貸してもらった……」

「へえ……。なるほど、それで杏奈もやってみたくなったんだな」

「うん……。ダメ、ですか……?」

「いや、今はそこまで忙しくないから大丈夫。せっかくだし見てもらおうかな」

「ん……♪」

 

 幸いにも俺は、身体を思考から切り離して動かす技術を営業で身に着けていた。

 未だに杏奈と占いの本のギャップが処理しきれてはいないが、それは一度脇に置くことにする。普段はゲームばかりの杏奈が手相占いをしてみたいと言ったのだ。答えてやるのが大人というものだろう。うむ。

 杏奈は俺の右手を両手で持って、じっと見つめている。杏奈の体温は高いらしく、触られている部分がポカポカと温かい。

 ……こうもまじまじと見つめられると少し気恥ずかしいが、これは握手会のファンサービスとして使えるかもしれないな。後で律子や亜利沙に聞いてみよう。

 右手を杏奈に預けてから手持ち無沙汰になった俺がぼんやりとそんなことを考えていると、不意に俺の手のひらをさわさわにぎにぎとした感覚が襲った。

 我に返ってみれば、杏奈は占い本を脇に置いて俺の手をマッサージするかのように揉んでいるではないか。

 

「杏奈?」

「……プロデューサーさんの手、冷たい……」

「あぁ……。それ、昔からよく言われるんだよな。お前は冷血だーなんてからかわれたりもしたなぁ……」

「プロデューサーさんは、優しい……です」

「ははは、別に気にしちゃいないさ。でも、ありがとうな」

「ん……」

 

 笑う俺を見て何を思ったのか、杏奈は俺の手を両手で包むように握った。サイズ的には俺の手の方が大きいため、包むというよりは挟むと言った方が正しいかもしれないが、それでも杏奈のぬくもりはまさしく俺の冷たい手を包み込むようで。

 俺の手を見つめる杏奈は、どこまでも真剣な表情を浮かべていた。

 

「プロデューサーさん、温かい……?」

「あぁ。……手が温かい人は心が温かいなんてよく言うけど、本当だったんだな」

 

 本当かわからない、いい加減な決めつけ事。誰もが本気で信じないからこそ都合よく囁かれる迷信。ちょっとした雑談のつもりで放った言葉だったが、どうやら杏奈はそれを真正面から受け止めてしまったらしい。杏奈の小ぶりな耳たぶはみるみるうちに赤く染まり、ほっそりとした指が抗議の意を示すように俺の手を押してきた。

 

「……ぷ、プロデューサーさんも……そう、です」

「え、俺?」

「手が冷たい人は、いろんな人に手を差し伸べてるから……。プロデューサーさんらしい、手……」

「……そ、そうか?」

 

 きゅっ、と手を握る杏奈は照れたように頬を赤くしていたが、ちらりと俺の目を見やる翡翠の瞳からは、今の言葉が照れ隠しではなく、本心で言っていることが伝わってくる。俺は事務室の暑さに胸元を仰いだ。

 

「……プロデューサーさん。杏奈をスカウトした時のこと……覚えて、ますか……?」

「うん? もちろん覚えてるよ。杏奈、学校の体育館裏でアイドルの真似をしてたんだよな」

 

 右手はもう十分だと思ったのか、今度は左手を両手で掴んでむにむにと揉み始める杏奈。俺はすっかり温かくなった右手を閉じたり開いたりしながら、杏奈をスカウトした当時を思い出した。

 

 ……あれは、39プロジェクトのアイドルを探しに中学校の文化祭に行った時のことだった。

 バンドのステージを見てもピンとくる子がいなくて、今回はハズレかと肩を落としながら体育館を出た時に、体育館の裏から明るい声が聞こえたのだ。

 ゲーム部で大人しくゲームをしていた子が元気よくポーズをとっていた時の衝撃は、この先ずっと忘れることはないだろう。

 

「杏奈ね、ずっとアイドルに憧れてて……キラキラしててかわいいアイドルになりたくて……」

「……うん」

「でも……杏奈になれるわけないって、思ってて……結局、真似ばっかりしてた……」

 

 俺は口を開こうとして、止めた。まだ杏奈の話は終わっていない。

 杏奈は俺の顔を見て、微かに微笑んだ。

 

「多分、寂しかったんだと思う……。杏奈、ずっとひとりだったから……たくさんの人に応援して(見て)もらえるアイドルが、羨ましかった……」

 

 杏奈の家は共働き家庭で、学校から帰っても親が帰ってくるまではずっと家にひとりだったという。親の都合で転校することも多く、決まった友達もできなかったらしい。

 そんな状態が14年間続いてきたのだから、寂しさを覚えない方が嘘というものだ。

 

「だから……杏奈、あのときプロデューサーさんに、スカウトされた時……すごく、嬉しかった……です」

 

 杏奈の手に力が込められる。

 

「杏奈も……アイドルになれる、って……応援してもらえるんだ、って……」

「……杏奈……」

「……プロデューサーさんは……杏奈や、劇場のみんなに手を差し伸べてる……から……。だから、強くて、優しくて、冷たい手をしてるんだと、思う……」

「……そっか。今は、どうだ?」

「え……?」

「杏奈は、まだ寂しいと感じるときはあるか?」

 

 俺の手を握る杏奈の手を、今度は俺が両手で包み返す。決して手放さないように力強く、痛い思いはさせないよう力加減は慎重に。

 多分、会話的に俺は手の温度について返事をするべきだったのだろう。ただ、これだけは聞いておかなくてはならない、確認しておかねばならないと、半ば直観のような不安が俺を動かした。

 杏奈はまだ孤独感に苛まれているのではないか。そんな俺の不安が杞憂だったことが分かったのは、杏奈は僅かに驚いたように瞬きを3回ほど繰り返し、ふわりと微笑んでからである。

 

「……ううん。今は、劇場のみんなと、プロデューサーさんがいるから大丈夫……です」

「それはよかった。……もしまた寂しくなることがあったら、いつでも呼んでくれていいからな」

「……でも、プロデューサーさん……迷惑じゃ、ない……?」

「迷惑なもんか。杏奈と話すと元気がもらえるからな、その日の仕事の効率が上がるまであるぞ」

「ん……わかりました……。じゃあ……そのときは、救援要請……飛ばします……♪」

 

 冗談めかして胸を張る俺に、杏奈は嬉しそうに苦笑した。

 ……これからも、杏奈に寂しい思いをさせないように頑張らなきゃな。今後はユニットの仕事を多めに入れても良いかもしれない。

 互いの手をにぎにぎしながらそこまで考えて、気が付いた。

 

「……ところで、手相はどうだったんだ?」

「……あっ」

 

 この後、滅茶苦茶運命線見られた。




タイトル詐欺? ちゃんと手相見てるからセーフセーフ(土下座

杏奈はゲーム好きってところばっかりフォーカスされるけどシフォンケーキ作ったり綺麗な花びらを押し花にするような普通に女子やってる子ですからね。占いにもしっかり興味を持つと思うんです。
これは言わば杏奈にゲーミングマウスばっかりプレゼントする公式へのお気持ち怪文書と言っても過言ですねすいませんでした。


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