それは昼下がりのこと。
いつも通り朝食の準備、洗濯物、それから昼食の準備と仕事を済ませ、ダダンさんたちもこの日二度目の仕事に出かけた後のこと。家を離れて森の少し奥の方まで来ていた。
「えっと…確か、この葉っぱがヨモギで、煎じると傷薬に使えて、で、こっちが虫刺されに効くアカザ。はぁ…、この森、結構草木が多いと思ってたけど、ほとんどが薬効無しか毒草ね。結局二種類しか見つからなかった」
今日はちょっと前から興味を持ち始めた植物の効能について、知識の確認がてら森の調査に来ていた。
と、言うのも、たまたまダダンさんの部屋で眠っていた植物図鑑を見たのがきっかけだったんだけど。聞いてみたら使ってないから好きにしていいって言われて、こうして実物と確認するために使っている。
この本、薄いから持ち運びには便利だけど、その分情報量が少ないのが難点なんだよね。
「ねえちゃん、ねえちゃん!よもぎみつけた!!」
少し離れた所から声をかけてくるのは、一緒にいることが当たり前になってるエース。本当は留守番していてほしかったんだけど、手伝う、ついて行く、と手を付けられなかったので、絶対に一人でどこか行ったりしないことを条件に連れてくることになった。まあ、いつもは修行ばかりだからこういった息抜きのようなことも必要でしょう。エースは私が見てない所でも色々やってるみたいだし。
「お、どこどこ……、ってそれはウルシ!!エース、絶対に触らないで!!」
呼びかけに応じて指さす方を見てみればそこにあったのは灰白色の木に青々とした葉のついた植物。耐性が無ければほぼ間違いなくかぶれてしまうアレ。
「エースぅ、ヨモギはこういう葉っぱで木についてる葉っぱじゃないの。エースの見つけたあれはウルシって言って、触ると赤くなって痒くなるやつね」
先にいくつか採っていたヨモギと比べさせて説明してみるけど、どうやらあまり興味がない様子。まあ、確かにエースは“座ってお勉強”よりも“強くなるために鍛える”の方が好きそうだもんね。修行つけてって率先して言うくらいだし。
けど、ヨモギとウルシの葉を間違うのはさすがにどうかと思うよ?ヨモギってあれだよ、特徴的な形をした葉だよ?ウルシみたいな細長だけど絵に描くような弧を二つ合わせたような分かりやすい形の葉と間違うのはちょっと…。姉ちゃん、エースの将来が少し心配だ。
「はぁ…、まあ無理に覚えろなんて言わないけどさ、せめて道端の草とか食べたりしないようにね」
「そんなことしねぇよ!」
含み笑いでちょっと茶化していってみたけど、実際やらかさないか心配になる。こう、大きくなった時とかどこかで遭難して、食料が底をついてしまって、どうしようもなくなった時とか。いや、そんなこと起きないに越したことはないけど。
これがまだ、形の似たものと間違えたんだったらまだ望みがあるかもだけど…。例えば…トリカブトとか…、ってそれはそれで危ないね!
「ともかく、今日はそろそろ帰ろうか。夕食の準備しなきゃいけないし」
少し早い気がしたけど、これ以上手伝わせて取り返しのつかないことになったら大変だし、そんな気持ちを込めて手を差し出せば、まださっきの言葉で拗ねてたみたいだけど握り返してくれた。こういう素直なところを考えると、耳にタコができるほど言い聞かせればどうにかなるかな?
そういえばこの森の植物、持ってきた図鑑に載ってないものが結構あったな。それに毒草は毒草でも、狩りとかに使えそうな痺れ薬とか、そういったものの材料になりそうなものもあったし…。うーん、もっと別な本も欲しいかもなぁ…。
「――ん、おいし。料理はこれでオーケーだから、後はダダンさんたちが帰ってくるのを待つだけ…っ!?」
エースと一緒に植物調査に行ってから数日。午前の仕事を終わらせて、昼食も作り終わったちょうどその時、肌が泡立つような、ゾクリとした寒気が背中を走った。いやな予感がする。
「ねえちゃん、どうかしたのか?」
反射的に玄関の方を見てしまったからエースが不審な顔を向けてきた。同時に壁掛けのカレンダーが目に入って…、
そういえばもう、そんな時期だったか。
思わず深いため息をついてしまった。
「ねえちゃん?」
「エースは家の中にいて。興味があるなら見ていいけど、絶対に外には出ないように」
困惑するエースを横目に笑って見せて直ぐに外に出た。
陽は頂点。そこにはいつも通りの庭と森とが広がっていて、いつもと違うところと言えば、普段干してある洗濯物がもうしまわれているところと、森の動物たちが少し騒がしいことくらい。
今日は天気が特に良くて空気も乾いていたから午前中の内に洗濯物が乾いてくれたんだよね。けど、まあ、後者の理由はこれから来るであろう人物のせいだろうけど。
ジリッ、と視線を感じた。それを合図に全身の力を抜いてゆるく構える。
ドタドタ、と大型の肉食獣が闊歩するような音が聞こえた。同時に拳を握り足に力を入れる。
ドンッ、と視線の先の茂みから黒い足が見えた。瞬間地面をけり出して跳躍、出てきた足に繋がっている胴体めがけて思いっきり蹴りかかった。
「先手必勝!!」
「――――甘いわっ!!!」
少ししゃがれた声が聞こえてきたと思ったら時には足を掴まれていた。え、と思う暇もなく身体は宙を舞って視界が回った。
嘘でしょ!?完全に不意を突いたと思ったのに!!それも渾身の蹴りを片手でっ!!?
ぐらついた重心をどうにか捉えて体勢を立て直し、難なく着地したけど、思い通りにいかなかったこと、正直かなり悔しく思った。表には全く出てないと思うけど。やっぱりまだ筋力が足りないのかな。理想のイメージに体が追い付いてない感じがする。
「はっはっはっはっ!!良い蹴りじゃったぞ、ノア!」
「その“良い蹴り”を完璧に防いだ人に言われたくないね、
まったく、嫌みにしか聞こえないね!そんな気が全くないことは知ってるけど!
森から現れたのは白髪交じりの黒髪にひげ面の、体格のいい初老の男、モンキー・D・ガープさん。私たち姉弟を“山賊”なんていう非常識な場所に預けた張本人(もちろん、ダダンさんたちは山賊の中ではいい人たちだけど)。
膝をついたせいで汚れてしまった服を払い、軽くジャンプした後もう一度駆け出した。
それが戦闘開始の合図となる。
「――はぁ、はぁ、っは、はあぁぁぁぁあぁ…。疲れたぁ!!」
「これくらいでへばるなんぞ、まだまだじゃなあ!」
年端もいかない少女に何を求めてるんだ、この人は!!!
かれこれ一時間ほど経っただろうか。ずっと全力疾走かつ本気で戦ってたから息が限界まで上がって、呼吸することすら辛くなった。全身の筋肉が悲鳴を上げているのが感じられる。普段から結構動かしているつもりだけど、明日は筋肉痛になるかもなぁ。
それにしても、
「じゃが、前回戦った時よりも確実に強くなっておる。この調子で鍛えて立派な海兵になるんじゃぞ!!」
同じ時間動いてたっていうのになんでガープさんは息切れ一つ落としてないかなぁ。年齢差、体格差、体力差に経験の違いなんか含めて私の方が弱いことくらい分かってるけど、それでもお互いかなりの運動量になってると思うんだけど、疲れた様子が全くないっておかしくない?あ、よく見れば汗もかいてない…。
私って本当に強くなってるのかな?…ああ、もうこのままふて寝でもして…
「よし、次はエースじゃ!ほれ、さっさと出て――」
「エースに何させようとしてんじゃ、ゴルァ゛!!!」
「ぐふっ!!」
不穏な言葉が聞こえてきて脊髄反射で出た足は見事にガープさんの鳩尾に入った。威力こそなかったものの、今度こそ完全な不意打ちだったおかげで結構猛絶してる。ハッ!ざまぁww
…はっ、私は一体何を。
なんだかすごく口が悪くなった気がする。
「ようやく終わったか…」
「あ、ダダンさん」
いつの間にか帰ってきたらしいダダンさんが声をかけてきた。そこで昼食の前にガープさんが襲来したことを思い出して、思い出したら急激にお腹がすいてきた。
今までの流れ的に会ったら即戦闘、ってことが多かったから、早く終わらせてご飯を食べよう、と思い至って奇襲攻撃をしたはずなのに、戦闘でいっぱいいっぱいで完全に忘れてた。そりゃ昼食完成から一時間もたてばダダンさんたちも返ってくるよね。
「ったく、いつまで続くのかと思ったよ。さっさと昼飯食っちまおうよ」
「あはははは…。それもそうですね、お昼早く食べちゃいましょう!」
「ねえちゃん!」
「エース!ちゃんと部屋の中にいた?」
「ああ!はじめてたたかってるとこみたけど、ねえちゃんすごくかっこよかった!」
「え、ほんと?」
「かっこよかったしきれいだった!!かみのけがこう、キラキラーってしてさ!」
跳びかかってきたエースを抱きとめてやれば嬉しいことを言ってくれる。髪の毛がキラキラって言うのは多分、この金髪が陽を反射して輝いて見えったってことだろうけど…、女子である以上、綺麗って言われるのはかなり嬉しい。
ひとまず昼食をとるため、私たちはそろって家の中に入った。一時間も経ってるわけだし、料理温めなおさなくちゃ。
「わしのことは無視かい……」
未だ痛みが残っているのか、お腹あたりを抑えたままのガープさんが後ろで何か言ってたけど、そんなの知らないデス、はい。
というわけで(ちょっと扱いがひどいですが)ガープさん登場です。
前回の後書きでも書きましたが、ノアはブラコンです。本人もそれを自覚しています。
そのため、最後にエースを巻き込もうとしたガープにブチ切れて口調が一瞬、思いっきり悪くなりました。一応言っておきますが完全な無意識です。そのあと置いて行ったのはわざとですが。
呼び方の違いについては、まあ、察してください。
あと、前半の植物は普通に現実の植物から引用してきました。ワンピース独自の植物ってほとんどなかったのでこれくらい言かなと思いまして…。知識としてはかじった程度なので間違ったことを書くかもしれません。指摘してくれると嬉しいです。
それでは、今回も少し長くなりましたが、読んでいただきありがとうございました。