「な、何でよおおおおおおっ!?」
ギルドへ帰還した俺たちはクエストの完了報告を受けた。しかし、ミツルギが壊したオリの修理費が今回の俺たちの報酬から差し引かれるとのこと。
「だから、借りたオリは私が壊したんじゃないって言ってるでしょ!? ミツルギって人がオリを捻じ曲げたんだってば! それを、何で私が弁償しなきゃいけないのよ!」
しばらく粘っていたアクアだったが、やがて諦めたのか、少ない報酬を貰って泣きべそをかきながら俺たちのテーブルに戻ってきた。
「……今回の報酬、壊したオリのお金を引いて、十万エリスだって……。あのオリ、特別な金属と製法で作られているから、二十万もするんだってさ……」
しょんぼりとしているアクアに、俺たちは同情する。
今回湖の浄化を頑張ったのは他でもないアクアだ。それなのに何故こんな仕打ちを受けなければならないのか。
とても見ていられなくなって、自分の財布からお金を取り出す。
「ねえ、アクア。今回俺が倒したブルータルアリゲータのお金、結構な額になったんだ。だから今回の弁償は俺がするよ?」
「え、ほんと!? 流石はレツさん。やっぱり持つべきものは仲間ね! すみませーん、シュワシュワとカエル肉の唐揚げ下さーい!」
今回のクエストで五十万円エリスを稼ぐ事のできた俺は、アクアに二十万エリスを差し出してやった。
うんうん、やっぱりアクアはこのくらいが丁度いい。
……それにしても。
「なあカズマ、アクアってまさか本物の女神だったの? 今回俺半信半疑だったせいで、話にあんまりついて行けなかったんだけど」
「あぁ、アクアは俺が転生特典として連れてきたぞ。っていうか話について行けてなかったんなら、なんでさっきブチ切れたんだよ?」
「ああ、それは……」
「ここにいたのかっ! 探したぞ、佐藤和真!」
声のあった、ギルドの入り口を見ると、さっきカズマに倒されたはずのミツルギが、取り巻きのメス共を連れて立っていた。
はあ、またか。
「佐藤和真! 君の事は、ある盗賊の女の子かに聞いたらすぐに教えてくれたよ。ぱんつ脱がせ魔だってね。他にも、女の子を粘液まみれにするのが趣味な男だとか、色々な人の噂になっていたよ。鬼畜のカズマだってね」
「……ねえカズマ、俺のいない所で一体何やってるんだよ? そこ座れ、指導してやる」
「おい待て、盗賊には心当たりあるが、その他について誰がそんな噂を広めたのか詳しく!」
必死にカズマが弁解する横で、アクアがミツルギの前にゆらりと立ち塞がる。
その目は怒りに燃えていて…………
「……アクア様。僕はこの男から魔剣を取り返し、必ず魔王を倒すと誓います。ですから……。ですからこの僕と、同じパーティー「ゴッドブロオオーッ!!」ぐぶえっ!?」
「「ああっ!? キョウヤ!」」
……やっぱり。
アクアに全力でぶん殴られて、ぶっ飛んだミツルギの胸ぐらを更にアクアが掴む。
「ちょっとあんたオリ壊したお金払いなさいよ! おかげで私が弁償する事になったんだからね! 三十万よ三十万、あのオリ特別な金属と製法で出来てるから高いんだってさ! ほら、さっさと払いなさいよっ!」
ミツルギは殴られたところを抑え、尻餅をついた体制で、アクアに気圧されながら素直に財布からお金を出す。
ミツルギからお金を受け取り、アクアは俺の前へやってくる。
「やっぱり、借りたお金は返すわね。ありがとね、貸してくれて」
そう言うとアクアはホクホクした顔で、運ばれてきたシュワシュワを片手にカエル肉の唐揚げを食べ始めた。
そんなアクアを気にしながら、カズマに悔しそうに言う。
「……あんなやり方でも、僕の負けは負けだ。そして何でも言う事を聞くと言った手前、こんな事を頼むのは虫がいいのも理解している。……だが、頼む! 魔剣を返してはくれないか? あれは君が持っていても役に立たない物だ。君が使っても、そこらの剣よりは斬れる、その程度の威力でしか出ない。……どうだろう? 剣が欲しいのなら、店で一番良い剣を買ってあげてもいい。……返してはくれないか?」
本人も言っているが本当に無視の良い話だなこれは。
自分の言った事にも責任が取れないとは……。
ミツルギに、めぐみんがクイクイとミツルギの袖を引く。
「……? なにかな、お嬢ちゃん……、ん?」
ミツルギの注意を引いためぐみんは、そのままカズマを指で差し、その後今度は俺を指差した。
「……まず、この男が既に魔剣を持っていないのと、隣にいる彼が魔剣を持っている件について」
「!?」
言われてようやく気づいたミツルギはカズマに視線を戻す。
するとカズマは先ほど俺から受け取った、俺の一週間分のバイト代が入った袋を掲げて
「売った」
「買った」
俺もさっきカズマから買った魔剣を掲げて言うと、ミツルギは今度は俺の前に立つ。
「……一応言っとくけど、俺個人としてはこの魔剣が普通に斬れるならばそれで十分だから、返す気はないよ? というか、カズマから買った時点でこれはもう俺の物だし」
「何故だ! 君はあの男のやる事が許せないとは思わないのか!? あろう事か女神様をオリに閉じ込めて湖につけたり、女の子を粘液まみれにしたり……!」
俺は無言で立ち上がり、ミツルギを睨む。
それで怯むミツルギを前に口を開く。
「アクアをオリで運んだ事でお前に誤解をさせてしまった件については俺たちが悪い、謝罪しよう。だが、さっきから聞いていればお前やそこにいるお前のハーレム要因は随分と好き勝手言ってくれるな? 魔剣で今まで楽していたお前が好き勝手言える立場なのか?」
俺の眼力に気圧されたミツルギは押し黙る。だが俺はそんな事も気にせず続ける。
「それにアクセルの街では冒険者は馬小屋で寝泊りするのが常識だ。宿に泊まっているのだって、高収入の冒険者や俺やお前みたいに特典を貰った人だけだ。だが、そこにいるカズマは違う。アクアを連れてきた代わりに自分には何の能力もつかないからな」
「だが、女神様を連れて来たのならば、それ相応の待遇というものが……」
「ならばお前はこの剣無しででもアクアにこの世界に来た初日から、優遇してやる事が出来るんだな?」
俺の問いにミツルギは押し黙る。
それはそうだろう。こいつがこんな豪華そうな装備に身を包めているのだって、元はと言えばこの剣の力だからな。まあ、それは俺にも言える事なんだが……。
「それに挙げ句の果てには、カズマには明らかに不利な勝負で勝ったらアクアを譲れだと? 明らかに自分にとって出来レースじゃねえか。そこのメス二人もだ。カズマが褒められない勝ち方をしただけで卑怯者と罵りやがって」
そう、俺が一番許せないのはここだ。
明らかに不利になる勝負をしてカズマの転生特典であるアクアを強奪しようとした。俺はそんな不平等な勝負はしてはいけないと思う。命がかかっている時以外は正々堂々と勝負するべきだ。
「ねえ、レツが怖いんですけど。まだ怒ってるのかしら?」
「レツは仲間を大切にするので、アクアを連れて行こうとしたあの男のことが余程許せなかったのでしょう」
「だが、そろそろ止めた方が良いんじゃないか? 見ろ、あの二人はもう涙目だぞ?」
後ろで不安そうにヒソヒソと囁き合う三人を軽く一瞥して、再びミツルギに向き直る。
「だけど、それでもまだ納得が行かないなら俺とタイマンで勝負しようじゃねえか?」
ギルドから少し移動した場所にある広場にて俺とミツルギは相対していた。
カズマ達や冒険者の人達も俺達の勝負が気になるのかついて来た様だ。
「ルールは各々が持ってる武器はなんでも使ってよし。ただし周りの迷惑になるので魔法とスキルの使用は禁止だ。この勝負で俺が勝ったらこのままこの魔剣は貰っていく。逆にお前が勝ったら魔剣を返還、そして俺の転生特典をお前にやる。売り飛ばすなり使うなり好きにしろ」
俺はデュランダル刀モードを取り出し、ミツルギに見せる。
それと同時に冒険者達から歓声が上がる。
まぁ、この剣は俺か貸した相手しか使えないから、売り飛ばすしかないだろうけど。
「待ってくれ、僕は武器を持っていない!」
ミツルギが焦ったように言う。
安心しろ、俺だって武器なしで戦わせるほどの鬼畜じゃない。
「ダクネス、両手剣貸してくれ」
「……なぁレツ。やっぱり止めないか? いくらなんでもこれはやり過ぎ「はよ」ひ、ひゃい……」
キッと睨みつけられて高揚したような顔をしているダクネスから剣を貸してもらい、ミツルギに渡す。
「これで武器の心配はないな。いつでもかかってきな」
「グラムは返してもらうぞ、はぁ!」
かなりの速さで振られてきた剣を後ろに飛んで避ける。
……やっぱり武器に頼りすぎてたか。速さはあるけどただの大振りで技術が見られない。
だが、ミツルギはそんな事も気にせずに剣を振り続ける。
「やぁ! せぇい! ごぶぇ!?」
「隙だらけだ」
剣を避ける中で見つけた隙をつき、ミツルギの眉間を杖で殴りつける。
そして怯んだ一瞬でトッキー直伝の一本背負いをかけてやった。
「がは! で、でも…………え?」
「俺の勝ちだな」
背中を強打した痛みに顔を歪めながらもなんとか立ち上がろうとしたミツルギの首に、カズマから借りていたダガーを突きつけた。
それと同時に様子を見ていた冒険者達が歓声を上げる。
ミツルギは何が起こったか理解出来てなかったが、首に突きつけられたダガーを見て顔を青くしていた。
「お前のレベルは確か37だったか? 俺のレベルは15だ。どう言う意味か分かるな?」
「そ、そんな」
「キョウヤが……負けるなんて」
首に突き付けていたダガーを離して、静かにドスの篭った声で言ってやる。
「今回俺は特典を使わずにお前に勝った。20以上のレベル差があるのにだ。どれだけこの魔剣に頼ってたか丸わかりだな?」
「こ、ここ、こんなことをして楽しいのか! 一方的に勝負を持ちかけて、特典を奪うのが楽しいのか!!」
「お前がカズマにした事をしただけですがなにか?」
俺の言葉に先程やった事の重大さにようやく気づいたミツルギは顔を真っ青にする。
俺はこれ見よがしに大きな声で言ってやる。
「なるほどなるほど! 女神様から頂いた特典を奪うのはお前だけの特権なんですね!! いやー、魔剣の勇者様は言うことが違いますな!! でも俺にはそんなこと知らないんで、この剣は貰って行きますね。それじゃあね、二度と俺の目の前に現れないでね!!」
『こいつ……鬼だ』
ミツルギのハーレムどもやカズマ達、挙げ句の果てには様子を見てた冒険者達の声が辺りに響いていた。
「レツ。今日はやり過ぎだぞ。お前ならベルディアの時のように話し合いで解決できたんじゃないか?」
その夜、カエル肉の唐揚げを頬張っていた俺に、ダクネスが呆れたように言ってきた。
「そうですよ。流石にさっきのにはあのミツなんとかさんに同情しました」
「俺もスカッとしたけど流石にあれはない」
カズマとめぐみんもダクネスと同意見らしい。アクアは……酔い潰れて寝てる。
俺は静かに口に入ってたものを果汁水で流し込み言う。
「ベルディアの時はどう考えても俺たちが悪かったし、きちんと許す機会を与えてくれてたから穏便に話し合いで済ませられたよ。でもあいつはどうだった? 話を聞かずに勝てもしない勝負をカズマに挑んで、アクアを連れて行こうとした」
「勝ったけどな」
「なるほど。レツにとって仲間を連れて行かれるのが許せなかったんだな」
「うん。お前と同じだよ、ダクネス」
あの時勝負を挑まずにただ、カズマを責めているだけならば話し合いで解決させていただろうな。
「それにあいつにぴったりの言葉がある。高校の先輩の名言なんだけど」
「ぴったりの言葉がですか」
「あぁ。桜才学園、生徒会会則……その二十! 二兎追う者は……」
「一兎も得ずだろ?」
俺の言葉の先を読んだカズマが得意そうに言うが、俺はニヤリと笑って続ける。
「バニーガールさん達に嫌がられるぞピョン!」
一瞬の沈黙が走ったあと、カズマ達は笑い出した。
「なんだよそれ! 真面目に答えた俺が馬鹿みたいにじゃねえか」
「真面目なトーンのあとにボケないで下さい」
「バニーガールとはなんだ?」
重くなってた空気が一気に軽くなったのを見て、俺も自然と笑った。
嫌な事ばかりじゃないよな。
まぁそれよりも……。
「明日、筋肉痛酷くなるやつだ」
「いや、バイトを休んでゆっくりすれば済む話だろう?」