世界は崩壊しましたが、人間は逞しく生きています 作:ヅダ神様
「……ん」
あれからどれほど過ぎただろうか、精神回復プログラムと感情抑制プログラムが起動したおかげか私の精神状態は極めて健康。感情抑制のおかげでかなり気分は暗いがそれ以外に不快感や悲しみ、怒りなどを感じることなくいれることに感謝しながら、ゆっくりと目を開ける
「あら? ようやくお目覚めになりましたか? キイチ様」
するとあおむけの状態になった私を、後頭部の方から顔を出して見下ろすあのスクリーンと同じ姿の全裸の美少女が立っていた
「…あぁ~、遠隔操作型の端末か何か?」
顔をしかめながら唸った私は、そうスレイプニルに尋ねる。それに彼女はくすくすと笑いながら
「いいえ、私の全機能はこの人形に搭載されています。ですので端末ではなく、本体と呼称と呼称するのが正しいと思われます
と返すスレイプニルに、私は感情抑制プログラム越しでもはっきりとは? と間の抜けた声を上げながらけげんな表情でスレイプニルを睨む
「冗談が過ぎるだろう? 惑星統括級AIは本体だけでこのスクリーンと同じくらい。冷却装置やデータバンクなんかのもろもろを含めたらSMF(Small Mobile fortress/小型移動要塞)クラスのサイズになる化け物AIだろうが、そんなもんがこんな幼女型自動人形の中に納まるなんてとても信じられねぇよ」
と、ごく当たり前かつもっともなことを言う私に、笑みを浮かべたままスレイプニルはこういった
「私はヤマトが戦争後に全人類を統治するために作り上げたハイエンドですから。採算度外視で作られているのですよ。最新鋭技術にまだ確立されていない不安定な試作技術も惜しげもなくつぎ込んで作られましたから」
と、渾身のどや顔を見せるスレイプニルに、私はもはや何かを言う気すら失せたので、体を起こしてその場に胡坐をかき、スレイプニルの方に向き直ると
「話はすべて信じる。だから俺が目覚めるまでの1000年以上の間に何が起こったのか教えてくれ」
と、降参を示すように肩を竦めながらそう答える私に。スレイプニルはにたりと笑うと
「では私のことはこれからネリーとお呼びください。開発者の愛称ですので」
と言ってくるので了承。そのまま私はネリーからの説明を受けた
簡単に説明すると、今から1025年前。四捨五入して1000年前に終結した企業統一戦争で人類を支配した大企業は全て倒産。人類は最早この地球外にいるのかもわからず。地球内においても他の大陸との連絡する手段すらないくらいには死に体の状態で必死に生きあがいているらしい
企業統一戦争時に「どうせ戦争終わった後に全部直すから壊してOK」の精神で大量破壊兵器や毒ガスに細菌兵器、生物兵器などが惜しげもなく使われて地球環境は激変。意味の分からない化け物や変異した人間に常に酸性雨が吹き荒れる触れただけで金属を溶かす強酸性の液体を表面から分泌する植物の森など何でもありの世紀末状態になっているらしい
一応この施設がある場所は日本列島に建国された皇国と言う国家の領土の中にあるらしいがそれ以外はわからない
この施設は当初は
「なるほど…それでこんなくそバカでかい兵装の実験場やら何やらがある訳か…」
と、納得する私に
「はい。他の情報は現在の外の世界では当面必要の無いものですので割愛させていただきます。また現状外部との連絡が取れず、外の情報が分からないので、一度外に出て情報収集する必要があるかと思われます」
と、そう言ってくるネリーに、私は頭を軽く掻くと
「まぁそうだろうな…この施設は使えないのか? 使える偵察機やらがあるんじゃないのか?」
と、たずねる。それにネリーは首を横に振り
「生産設備は動力炉が壊れているので現在は不可能です。動力炉の代わりさえあれば何とかなるのですが…」
と答える、それに私はため息を軽く吐きながらも
「しょうがないな。むしろ1000年なんて施設のメンテナンス機能も停止するくらいの長期間、曲がりなりにも施設が動いてるだけ奇跡だし、動力炉を取り替えるだけで使える工場っていうのもでかい。恐らくだけど大概の兵器と軍需物資は作れるんだろう?」
と、ニヤリとゲスな笑みを浮かべる私に、ネリーはスクリーンの方を指差し、中空を数回なぞる。するとスクリーン状に幾つかの項目が表示される
「現状でも対人用の携帯実弾兵器およびその弾薬程度なら生産可能です」
と、施設の生産工場で現在生産可能なものをリストアップして表示るネリーに、私は頷きながら
「………頼りないなぁ、せめて低出力でいいから光線武器が欲しいんだが…作れないのか?」
と、リストを見ながら左頬を軽く掻きながらそうネリーに尋ねる、それにネリーは先ほどと同じようにスクリーンを操作し、先ほどとは別のリストを作成して表示する
「現在の余剰エネルギーでは比較的製作の容易な光線拳銃などの簡単なものしか生産できません。これでしたら実弾兵器の方がよろしいかと思われますが?」
と、意見してくれるネリーに私は
「光線はあくまでもその化け物とやらに使う。人間相手なら実弾武器で対処するよ」
と、肩を竦めながらそう言った私に、ネリーは
「ところでキイチ様。武器に関してなのですが」
と、たずねてくる。それに私は両腕の光から創り出したシガレットラムネを口に加えながら
「んん?」
と、続きを促す、それにネリーは
「両腕の
と聞いてくる。当たり前のことに私はシガレットラムネを手を使わずに口の中に入れ、噛み砕いて飲み込むと、光から新しいものを作り出しながら
「一応こいつはとっておきだ、外がどんな状態かしっかりと確認してから使うかどうか決めたい。…外の状況によっちゃ、使ったら厄介型を引き寄せる臭い袋になりそうで怖いんだよ」
と、そう言って左腕の膝を曲げ、腕の模様を見せびらかせながらそう答える私に
「まぁキイチ様がそうおっしゃるなら私からは何も、ただ場合によっては切ることを躊躇なさいませんように」
と、そう忠告してくれたネリーにわかってる、と言って笑う私は
「ところでネリーは何ができる? 惑星統括級AIのハイエンドなんだから、やっぱり戦闘は無理か?」
と、たずねる。連れてく連れてかないに関わらず、私が傍にいない場合、最低限の自営が出来るようにしておいた方が良いし、そう言ったことも含めて互いのスペックを確認しておきたいと言う思いからそう尋ねた私に、ネリーは自身のスペックなどの詳細なデータをスクリーンに投影させると
「ご心配なく、現在はメインの動力源が停止しているため本調子とはいけませんが、サブの動力源2つで最低限の戦闘行動が可能になっておりますので」
と、淡々と答えるネリーに、私は基礎スペックの項目を見ながらネリーにこう尋ねる
「…あぁ~聞きたいんだが、武器は何がある? 内蔵武器と付属品のオリジナルのみで良い」
「武装でしたらキイチ様の両腕の劣化版を全身に、後は腕部に搭載された
と答えるネリーに、私は乾いた笑みを浮かべると
「驚いた。戦闘なんて万に一つもさせちゃならないAIに載せて良い武器じゃねぇ…動力源もっと、なかなかのものなんだろう?」
と、後頭部に後ろ手を組んだ状態で足を床にたたきつけて胡坐のまま浮かび、そこから足を延ばして床の上に立った私は、そうネリーに尋ねる。それにネリーは基礎スペックから動力源に関する詳細なスペックを提示しながら
「使用しているのはヤマトE研が開発した最新鋭のヤタノカガミと言う縮退炉です。最大稼働時には100の12乗Jです。ただ起動時に必要なエネルギーが確保出来ていないので、現在は非寡動のまま私のここに収めらています」
と、そう言って自身の胸の間、胸骨の中央より少し上、人でいう心臓のあたりをとんとんと叩きながら解説するネリーに、私は
「俺のメイン動力源よりもいい出力してんじゃねぇかよ…で? そんなヤバい動力源で動かすこと前提の躰を動かしてるサブ動力源って何なの?」
と、口笛を吹いてからそう言って笑い、続けざまにこう質問する
「使用しているのはディメンションドライブです。これでメイン最大稼働時の12%の電力を賄っています」
その発言に私の体がずるッと、右に大きく傾く、あまりのものをサブ動力源として使っていることに私が驚いた結果なのだが、それを見たネリーはコロコロと笑いながら
「あら? キイチ様、そこまで驚かれるほどのものでは…」
と、冗談半分のようにしゃべるネリーに、私は思わず
「驚くものだよ!? 何で異次元の純粋エネルギーを無限にくみ取り続ける惑星全土へのエネルギー供給用の超大型発電施設に置くような超やばい代物をそんな機体に積んでるんだよ!?」
と、突っ込みを入れる。ディメンションドライブとはその名の通り、位相次元との境界面を無理やり破壊して、中から溢れ出したエネルギーをドライブ内の受け皿と呼ばれるエネルギー吸収装置に取り込ませて電力に変換すると言うもので、些細なミス1つで星がえぐれたり、直径10000キロの巨大コロニーが消滅したりすることもある、まさに超超超ハイリスクで超ハイリターンなエネルギー資源なのだが。なん注文を小型化して詰んでるんじゃこのくそバカAIは
「…今何か大変失礼なことを言われた気がしますが不問として差し上げます。それにあなた様が考えるようなリスクはヤマトの天才型の手により完全にクリアされています。それに私自身、このドライブの管理、維持のために思考リソースの10%を割いていますので、まず暴走の危険性はありません」
と、胸に手を当てご高説を垂れるネリーにハイハイと返し、私は
「自衛が出来るならいいか。とりあえず施設内のセキュリティの確認がしたいんだけど?」
とたずねる私に、ネリーは施設全体の見取り図をスクリーンに投影して説明を始める
「施設全域のセキュリティは現在も私が掌握しています。ただ、地上にある施設への出入り口のあるダミーの廃工場のセキュリティは完全に破壊されていて地上の様子はわかりません。後要人などが通る正規の表の出入り口は地下500メートルにある施設の入り口まで問題ないのですが、裏の出入り口である大型車両や物資の搬入用の大型駐車場と一体化した業務用大型エレベータールームが謎の肉塊に侵食されています。エレベーターシャフトに通じる隔壁等は突破されていませんが、駐車場の方はだめですね」
と、各所の防犯カメラの映像などを流しながら説明してくれるネリー。私はそれに頭を掻きながら
「なんかよくわかんない肉塊はとりあえず放置で。まずは生産工場に言って武器を回収して…後はまぁなんだ…外出てぱっと周囲の確認して終わりだな。外の状況と…最悪ちょっと遠出してでも人が住んでるエリアを特定できれば方針が立てやすくなる」
と、とりあえずの方針を決める私に、ネリーは頷くと
「概ねその方針でよろしいかと、では生産工場までご案内します。到着する頃には必要なものはすべて生産し終えていると思います」
と、私を先導して工場へと向かうために左側の壁にある階段を上がり、道なりに進んで穴の中に入る。すると一瞬だけ視界を眩い白い光が埋め尽くし、次の瞬間にはコントロールルームとは異なる場所に立っていた
部屋は4mほどの四角い部屋で、全面が白く美しい光沢を放つ石材のようなもので出来ており、私とネリーが立つ場所、部屋の中央には空間転移用の円状の装置が置かれている。大きさは2mくらい
「空間転移か…つくづく金をかけてるな。セキュリティもヤバそうだ…」
と、呟く私に、ネリーは
「それだけここが重要な施設と言う訳です。さ、こちらが工場ですよ」
と、そのまま真っ直ぐにネリーが歩き出すと、正面の壁が大人3人分くらいは並んで通れるくらいの広さで上下に開き、真ん中から二つ折りになって天井と床の穴の中に収められる。そのままネリーの後に続いて部屋の外に出ると、そこにはかなりの広さの空間…恐らくだが奥に広大な空間が見えるのでそこに降りるためのエレベーターホールらしく、その空間の両側の壁に幾つものエレベーターが設置されており、正面には落下防止用の手すりだけが設置されている
「スレイプニル、キイチ様の存在を確認。オーダーは完了しております、どうぞ4番エレベーターからCサイズ以下専用物資保管所でお受け取り下さい」
と、私そのエレベーターホールに入ってすぐ右から聞こえてきた男性の声をベースにした機会音声に思わず振り返りながら右腕の二の腕を左手で抑えながら右腕を声のした方向に構える。するとそこにはあの黒い壁?の中で攻撃して来た巨人…ヤマト重工業の最新鋭要人警護用近、中距離対応型重大型自動人形「ジェミニナイト」がいた
「キイチ様。それは私の管理下で、貴方にもマスター権限を与えてあります。ご安心を」
と、私の腰の左側に左手で触れながらそう言ってきたネリーに振り返ると、ネリーの後ろにはもう一体のジェミニナイトがおり、私は腕を降ろすと
「次からはきちんと現れる前に説明しろ。心臓に悪い」
と、少しきつめな口調で、ネリーを若干にらみながらそう言った私に、ネリーは頭を下げると謝罪して来るので先導するよう促し、ジェミニナイトを置いて指示されたエレベーターに乗り込む。エレベーターはゆっくりと下降をはじめ、ものの数十秒で目的の階に到着すると、ゆっくりとエレベーターの扉が開く
「…なんも無いな」
そこは物流センターのように様々なサイズの棚が規則性をもって等間隔に並べられた、果てがギリギリ見えるくらいのくそ広い倉庫だった。棚には一切何も置かれていないが、清掃用のロボットたちがせわしなく動き回り、物流を管理するために下半身はキャタピラに、胴体部分が伸び縮みできるようになっているロボットたちが棚ごとに2機ずつ充電スポットに待機している
「オーダー、D-1は直ちに最新の生産物資をすべて持って来なさい」
と、ネリーが命令すると、2分ほどで4機のロボットが台形型の指3本しかない両手に抱えた箱を私たちの眼前に置き、そのまま元の充電スポットに帰還していく
「さ、さっさとこちらに着替えてください」
と、そう言って4つある箱の内右上に置かれた箱の中身にある、女性ものの服にそでを通していくネリーに、あ、そう言えばこいつ全裸だったな、などと思い出しながら両腕の光を全身に纏わせて身に着けていた服を
「おい、これ国家存命時に使われてたって言う旧式の自衛隊装備じゃねぇかよ!?。こんなもんで戦えるわけないだろ!?」
と、抗議の声を上げながら迷彩柄の上着を見せる私に、ネリーは服に着替えながら
「あぁ、それは要人方の趣味に合わせて警備兵用に自衛隊装備を最新鋭の者に置き換えたものですよ」
と、そう言ってくるので半信半疑のまま装備一式に着替える
「…初めて着るなぁ」
身に着けた装備一式を確認し、鉄帽のストラップを閉め具合を調整しながらそうこぼす私。知識としては無論全て知っているが、実際に着るとなると違和感が凄い…
「武器は…こいつか?」
そして左上の箱から主兵装である7.62㎜のアサルトライフルにマガジンを装填、コッキングレバーを引いて薬室内に弾丸を装填してから安全装置は解除せずにスリングで首から肩にかけ、腹部のマガジンポーチ5つに予備のマガジンを弾が込められているのを確認してから突っ込み、ふたを閉めてボタンで閉じる。後はEMP、スモーク、破片手りゅう弾を各2つずつベルトに吊り下げて、右腰のホルスターに低出力の光線拳銃をハンドグリップ内部にしたから装填するEパックのE残量を確認してから再装填して終わり
「キイチ様、こちらも終わりましたよ」
と、そう言ってきたネリーの方に振り向く。そこには白のセーターにデニムのジーパンを履いていて、腰くらいまである銀色に輝く美しい長髪はポニーテールにされている。結構可愛いのでは?
「よし、じゃあさっさと地上に向かうか。これどうやって行くの?」
と、スリングで肩にかけてあるアサルトライフルのハンドグリップを左手で持ちながらそう言った私に、ネリーは頷き
「でしたらこちらへ、第21転送機関で要人向けシェルター区画の娯楽施設付近から地表へのエレベーターホールに向かいます。あそこなら併設してある資材搬入用の裏の駐車場に出るための連絡通路があるはずですから、そこで適当に戦車でも持って行きましょう」
と、歩きながらそう言ってくるAIの物騒さ加減に軽く引きながらも、扱えるのかと尋ねると
「置かれているのは最新鋭のMBTですから、制御系に私が侵入してフォローしますよ。キイチ様も射撃くらいは出来るでしょう?」
と、転送装置のある、部屋の壁は時にある、工場に転送した時に会ったあの四角い部屋のものと同じ装置が床に設置されており、私はそれをネリーが使い、姿が消えて装置の円の色が赤から青に変わると同時に飛び乗る。するとあの時と同様白い光が一瞬私を包み、次の瞬間にはひどく荒れ果てたラスベガスのカジノのような空間に出てくる
「ここはずいぶんと荒れ果ててるな…」
いつでも撃てるように安全装置を外しながらそう呟く。かつては要人方のあらゆる欲望を満たすためにこの世の娯楽の全てを集めて作られたであろう巨大なカジノ街は、しかし今や見る影もなく朽ち果て、いつどの建物が崩壊しても何らおかしくない風化具合だった。しかし天井にある照明は健在なようで昼のように明るいのがより一層不気味さを演出している
「お恥ずかしながら設備のメンテナンス機能は全て主要区画に割り振っていましたので、流石に使うものもいない居住区や娯楽施設などは放棄しておりましたので…」
と、私の呟きに、ネリーは少し申し訳がなさそうに答える、それに私は
「まぁ妥当な判断だろう。使う人間がいない戦略的価値のない施設と、企業の戦略上最重要な超大型プラント、どっちを守るべきかなんて素人でも分かることさ」
と、彼女の判断を肯定すると、彼女はその表情を和らげ
「お気遣い感謝します」
と、軽く会釈しながら礼を言うネリー。その直後、恐らくは売店だったであろう残骸から物音が聞こえ、私は反射的に手に持つアサルトライフルの銃口を残骸へと構え、ネリーもその方向に右手で突き出した左腕の二の腕を抑える
「ネリー、ここのセキュリティは?」
銃を構えたまま視線を残骸から外すことなくネリーニ尋ねる、それにネリーもひどく困惑した表情をしながら
「正常に機能しています。少なくとも貴方がコントロールルームに来る12秒前に確認した際、この娯楽施設のセキュリティは一切の異常を検知しておりませんでした」
と、ネリーがそう言い切った直後、残骸を隠れ道にネズミのような形状の、しかし50cm近い巨大なネズミが飛び出してくるも、ネリーの腕にかじりつく直前で私に頭を撃ち抜かれて彼女の右横を通り過ぎるようにして倒れる
「よく撃たなかった。ナイスだ」
と、そう言って彼女の左肩を叩きながらアサルトライフルを構えてネズミの死体を確認する
「わお、こりゃまたクレイジーな鼠だな…」
体そのものはネズミで間違いない…少なくとも齧歯類であることは確定。ただし頭部の目が双眼じゃなく、眉間から両目のあたりまで今にも飛び出そうなくらいに大小さまざまな眼球があり、奥にもぎっしり詰まっているらしく、もっとも外側の眼球から見え隠れする眼球の姿が見える。後尻尾もくそ長い、頭からケツまでで50cmくらいなのに尻尾が2m近くあり、尻尾そのものが剃刀のように鋭くなっている
「…こんな生物が侵入していたなど、セキュリティの報告にはありませんでした」
と、驚きと悔しさ交じりにそうこぼすネリー。その直後、娯楽施設のいたるところから可愛らしいネズミ…と言うよりはハムスターの鳴き声が聞こえてくる。それに私は頬を引きつらせながらアサルトライフルを構え、ネリーも両腕を突き出し迎撃の構えを取る
「…音響にくそほど反応がありやがる…数は現在も増加中で転送装置のある壁の部分覗いて180度どこ向いても反応まみれだ。3桁以上はいるぞこれ…」
現在もモーショントラッカーによる振動探知にかかり続けているネズミの大群にひきつった笑みを更にひきつらせながらじりじりと後退する私は、そのままネリーに
「おい! 転送装置で脱出は出来ないのか!?」
とたずねる。それにネリーは
「いけます、逃げますか?」
とたずねてくるので、私は有無を言わせずネリーを抱きかかえるとそのまま後ろの転送装置へと飛び込む。すると次の瞬間には物資保管所に戻って来ていた。私が抱きかかえていたネリーをその場に下し、鉄帽のストラップを外して鉄帽を頭から外して片手で顔を仰ぐ傍ら、ネリーは急いで娯楽施設内にある全ての転送装置を停止させ、隔壁を降ろして物理的にも娯楽施設を施設そのものから切り離した後
「申し訳ありませんキイチ様。セキュリティ設備に問題は無く、ドローンによる定期巡回などで異常が検知されていなかったので、問題ないと判断した私のミスです。本当に申し訳ありません」
と、深く頭を下げながらそう謝罪するネリーに、私はその場に胡坐をかいて座ると
「とりあえず頭上げて、座れ」
とネリーに命令し、ネリーはしぶしぶ頭を上げるとその場に正座し、私は後ろ頭をかき上げながら顔を逸らしたりして酷く慌てていた。なぜかと言われると自分の中での想定では最悪セキュリティそのものが異常をきたして攻撃してくるとかそう言うことを考えていたからである
「いやまぁ、と、取り敢えずあそこ以外に出入口はあるのか? あるかないかで今後の計画を変えないといけないから、俺としてはそっちの方が気になるんだけど」
と、とりあえず別の話題を出してなんと彼女の気をとりもどせないかと考え実行した私に、ネリーは
「…いえ、地上への移動には肉塊に塞がれた業務用か、要人用に使われるエレベーターを使うしかありません」
と、答えたネリーは、そのまま
「私的にはこのまま強行突破するのではなく、ジェミニナイトを使って娯楽施設を制圧してから要人用のエレベーターホールに向かうのが得策だと提案します」
と、そう言ってどこから投影しているか分からないが私と彼女の間の空中に投影したスクリーン上に施設全体の見取り図と、その中で巡回しているものと、特定エリアにとどまり警備するジェミニナイトが表示され、その中から現状動かすことのできるジェミニナイトが表示される
「…凄いねこれ、元々あの娯楽施設と居住区、地上へのエレベーターホールと業務用のエレベーターと隣接した大型駐車場だけで40体もジェミニナイトがいたとか。お偉いさん方がどれほどここを大事にしていたのかよくわかるね」
1機で数千万ペルナするジェミニナイトが上層と書かれている娯楽施設と居住区、エレベーターホールと業務用の大型駐車場に40体。そして私たちがいる下層と書かれている特殊兵装実験場に25体。そして動力炉や中央コントロールルームのある中枢と書かれたエリア内に20機。ピッタリ100機のジェミニナイトがいて、そのうち20機が投入可能だと見取り図の横に可愛らしくデフォルメされた2頭身のジェミニナイトが横2列に並べられている
「…20機か、中小企業の持つ軍隊程度なら3機で殲滅できる最新鋭の自動人形が20機…考えただけでワクワクが止まらんな。異論はない、この案で行こう」
と、笑顔でそう言った私に、ネリーも今まで申し訳なさそうに、そしてどこか少し張り詰めた、少し危なげな雰囲気を消して笑顔で了解しました。と言ってジェミニナイト達に娯楽施設内に存在する不明生物の排除を命令する。すると空中に表示されていたジェミニナイトの表示の内、下層で待機していた者たちが転送装置から娯楽施設へと移動していく
「不明生物を確認、ジェミニナイトへの敵対行動を確認、排除します」
と、ネリーがそう宣言した直後、ジェミニナイト達からネリーへとリアルタイムで
「準備OKだ」
と、ネリーに言い、それにネリーは頷き、彼女の先導の元、私は再び娯楽施設に入る
「…こりゃまたスプラッタな光景だなぁ…」
入るなり目の前には娯楽施設の建物の壁や元が何なのか判別もつかない床の上に積みあがった残骸を真っ赤な血で染め上げられており、良く見なくともその中に無数の肉片やら原形をとどめずミンチにされたもの、胴体とほぼ同じ直径の、断面が焼け焦げた穴をあけられたネズミの死体がそこら中に散乱しており、その中に未だに残敵がいないか警戒するジェミニナイト達が佇んでおり、私は噎せ返るような死臭に思わず口と鼻を銃を持たぬ右手で抑えながらそう呟く
「スレイプニル、敵不明生物345体をすべて処理しました。データーベースに存在しない新種のため、当施設破壊を目的に他企業より投入された生物兵器の可能性を考慮し、12体をサンプルとして捕獲しました。現在特殊兵装実験場第11区画にある総合生物化学研究所にある実験動物飼育保管庫へ保管するために4体が戦線を離脱。4機が娯楽施設全域の侵入経路及び残敵掃討のための哨戒活動に移行し、残りは現在居住区を哨戒しております」
と、一番自分達に近い位置にいたジェミニナイトがシールドを持つ左手を胸のあたりに重ね、会釈するとそのまま報告してくれる。素直に電子上でやり取りしているのでは? と頭に疑問符を浮かべた私に、ネリーはあえて私にもわかるように口頭で伝えさせたと答えてくれたと話してくれたのでとりあえず礼を言ってから
「ジェミニナイト、識別番号は?」
と、目の前のそれに尋ねる。するとジェミニナイトは私の方に向き直ると
「識別番号Y・JN-1121です。キイチ様」
と、答えてくれる。それに私は識別番号を読み上げながら右手で顎を触りながら唸る。長い上に言いにくい…ここは名前を付けてやろうと思い立った私は。ネリーの方に振り返りながら
「ネリー、こいつに名前を付けて良いか?」
とたずねる、それにネリーはどうぞと答えてくれるので。目の前のジェミニナイトに向き直ると私は
「お前の名前はジェニーだ、今日からそう呼ぶ、今俺が決めた」
と、そう宣言すると、ジェミニナイトは数秒の沈黙の後に
「了解しました。固有個体識別言語を設定完了しました。またスレイプニルよりあなた様の専属護衛機となるようプロトコルの変更がございました。これからよろしくお願い申し上げます。マスター」
と、その場に片膝をついて恭しく頭を下げるジェミニナイトに、私は困惑しながら返事をしつつネリーの方を見る。するとネリーは
「プレゼントです」
と言ってくれるので、有難く頂戴することにしようと思いきった私は
「立ってくれ、こちらこそ、よろしく頼むよ、ジェニー」
とジェニーに笑顔で良い、それにジェニーは大きく頷き
「ネリー様、新しく開発された施設管理用のAIによる諸々の権限移譲が完了しました。これでネリー様が施設外におられても施設運営が可能となります」
と、ネリーに報告を入れる。それに私は
「その話は聞いてなかったな? 別に作ってもいいとは思うが一声くれても良かったんじゃないか?」
と、少しとげを入れて突っ込む私に、ネリーは私の方へと向き直り
「お話していなかったことは謝罪します。ですがこの施設運営に関することですので、一応機密としてお話しませんでした」
と、言って謝るネリーに、私はとりあえず納得しておく。恐らくだがタイミングを見計らって言うつもり…と言うかそのタイミングが今だからわざわざ直接口頭で報告させたと言うことくらいはバカな私でも分かるからである。そうしてジョニーを先頭に私とネリーが彼? の後ろに並んでつく形で娯楽施設を進。スプラッタな場所は100メートル近く、建物内にまで及んでいたが、慣れたおかげで特に気のもならなくなり、直ぐに超えて廃墟と化した娯楽施設を進む。そしてしばらく進むと正面奥に少し開けた空間が現れる
空間は緩やかに湾曲する壁に沿っておおよそ5メートルほどの台形の底面が直線ではなく曲線な感じに拡がっており、そしてその広間の中に広間よりひと回り小さな、大型の転送装置が設置されていた
「…現在も哨戒中ですが異常発見の報告はないようです。行きましょうキイチ様」
と、ネリーが居住区にいるジェミニナイト達からの報告をもとにそう言い、ジェニーが先行して転送装置の中に入り、私は横目でちらりとネリーの方を見る
「…」
どうぞ、と言いたげに左手を転送装置の方へと伸ばすネリーに、私は軽くため息を履いてから転送装置へと入る
「…わぉ、映画のセットか何かか?」
と、転送装置を抜けるなり少し大げさに驚きながら私は呟いた。目の前にはまだ西暦の時代にアメリカとかいう国家では一般的だったらしい庭付きの一軒家がずらりと並んでおり、その一軒家に挟まれる形で道路が敷設されていて、そこをジェミニナイト達が敵や異常が無いかを一軒一軒スキャニングしながら歩いて行く。因みに娯楽施設に負けないくらいこちらもボロボロの廃墟となっている
「要人方の趣味やセンスはわたくしには理解できませんが、ガワが古いだけで中身は最新ですよ? まぁ全て壊れてしまっていますが」
と、居住区内のジェミニナイトとネットワーク上でやり取りする傍ら私の呟きに答えるネリーに、わかんないねぇ~とぼやくように返す私に、やりとりを終えたネリーが
「居住区内はクリアですキイチ様。このまま業務用の大型駐車場で戦車を頂戴して地上に向かいましょう」
と、そう言ったネリーはジェニーを先導役とし、そのまま居住区へと歩き出したので私もその後ろに続き、映画でも最早見る回数が減った住宅街を抜け、途中の大きな十字路を左に曲がり、道なりに進むと縦4m、横8mの分厚い金属製の扉が見える。錆まみれで今にも崩れそうなくらいボロボロだ
「…ある意味ここに良く合う扉だな、開くのか?」
と、皮肉を呟いてからネリーの方に顔だけ向けながら訪ねる。すると金属製の扉が酷く不快な音を立てながらゆっくりと上がり始め、ほどなくして壁の中に格納される。そしてその直後にいつのまにか周囲に待機していたジェミニナイト6体が先行した駐車場に突入し、それから少し経って最後にジェニーが駐車場の中に入り、ネリーが制圧完了と報告してくれたので駐車場の中に入る
「…すげぇ」
駐車場は等間隔で設置された分厚い鉄筋コンクリートの柱に支えられており、空間の広さはおおよそ縦8m、横は恐らくだが1Km近くはあるだろう巨大な空間で、その中に車種や兵器の種類ごとに古今東西のあらゆる兵器、および車が所狭しと並べられ、中には専用の機材に接続された状態で鎮座されている別企業の装備などがあった
「ありゃ新型戦車の轟雷か? あっちにあるのは変形機構搭載軽量逆2脚型対掃討車の雀蜂に…ありゃユニオンの機械化制空歩兵用に開発されたフライトユニットの最新版じゃ…それにその右隣にあるのはユニオンの対市街地掃討用対人特化型多脚戦車の「シュピネー」だし、向かいにあるのはユニバースの宇宙戦闘用強化外骨格の「ヘルキャット」だろう!? 何で他企業の新型兵器まで保管されているんだ!?」
と、興奮のあまりえらく早口なうえに大声でそうまくしたてる私に、ネリーは落ち着くように言いながら
「ここは駐車場と呼称していますが、その実態は完成した兵器類の保管所でもあります。この施設は戦後の再軍備のためにヤマトの全技術及びヤマトがこれまでの諜報活動により入手した敵対企業の技術も含まれています。私にもそれが生かされているんですよ?」
と、答えてくれるネリーに私は納得を示すように腕を組んで頷きながら
「なるほど、うちの企業あぁいう人が着用するスーツとか、艦船や大型ロボなんかの技術は頭1つ分は遅れてたからな。その代わりに盗むことに特化していくなんて企業としちゃ間違いなく間違えてたよな」
と、皮肉気に笑いながら雇い主を侮辱する私に、ネリーは軽く咳払いをして注意をすると
「ヤマトでも基礎技術やレーザー、実弾兵器及び生体インターフェイス関連の技術は他企業よりもはるかに優れていました、ユニバースがユニオンとの間で起きた武力衝突から始まった企業統一戦争が起こらなければ、20年ほどでヤマトが企業を統一していたでしょう」
と、まるでわがことのようにどや顔で胸を張りながらそう答えるネリーに、内心で感情表現プログラムとか疑似人格の完成度が凄いな。本気で人間と変わらん、と言った感想を抱きながら
「まぁヤマトの諜報は世界一と謳われていたからな。で? 何を持ってくんだ?」
とたずねる。それにネリーは立ち止まったまま僅かに下を向いて固まる。どうやら電脳上で駐車場内にあるオモチャから使えそうなものを見繕っているらしい、2分ほどで持ち出す商品を決めたのか、私の方へと顔を向けると
「第22駐車スペースにある轟雷を1両持って行きましょう」
と、私の目の前にあるヤマト重工業製の最新鋭(1000年以上前)重戦車轟雷を指さしながらネリーは応えてくれた
轟雷は宇宙でのドンパチと、歩兵で戦車顔負けの火力を出せるようになった当時において、歩兵が絶対に倒すことのできない対拠点攻略用兵器と言うことで開発された兵器である。車体そのものは戦車が廃れて久しかったため、仕方なく当時の兵器開発関係のデーターをサルベージした際に見つけた旧自衛隊の10式戦車をベースに、車体の大型化及び全体的な近代化回収を行った(実際には一から新造したと言っても過言ではない)
まず車体全長は12m、全高7メートル。随伴歩兵一名を格納するために2人乗りを想定。基本的操縦や火器管制等のもろもろをAIが補助しているため一人での操縦を可能としている
車体は台形型で、車体前部となる台形の傾面部分にはライトと重力偏向シールドを搭載して防御力を向上。砲塔は元とした10式から大きな変更は無し。ただし砲は120㎜滑空砲を改良して砲口径は驚異の240㎜、おまけにプラズマ砲弾と各種実弾を切り替える機能もあるので幅広い敵と叩くことを想定して開発されている。また砲塔上部後方に対空用のミサイルユニットを搭載し、更にハッチに30㎜の連装重機関銃を搭載。砲塔も弾種を実弾とプラズマに変更可能で、主砲の両側に同軸機銃の20㎜が1丁ずつ計2機搭載。また砲塔両側面に各種グレネードを発射可能なディスチャーヂャー(最大6発を装填可能)を搭載している
また車体全体に赤外線、熱探知、振動探知、生体反応探知など様々な索敵機能を持つ多機能型カメラを搭載しておりこれとレーダー装置を利用して索敵を行うと共に、カメラが撮影した映像をパイロットの視覚に直接リアルタイムで投影することが可能となっている
車体及び砲塔全体にナノマシンによる自己修復機能も完備し、装甲そのものもグラビティリアクティブアーマーを搭載している。これはセンサーから得られた情報を元に、車体直撃及び至近弾と判定した弾丸を車体各部に搭載した重力制御ユニットを利用して防ぐもので、これにより車体装甲の削減及び軽量化に成功している。また装甲そのものは極めて高度の対ビームコーティング及び単分子やプラズマ兵器対策が施されているため、あらゆる種類の攻撃に対して極めて高次元の防御性能を発揮している
履帯は最悪切られても走行できるように改良が加えらており、履帯は4つ、2つずつ左右にあり、外側が切れても中側で十分に装甲に支障が出ないようになっている。因みに重力制御装置は別に防御だけでなく移動にも使える
エンジン及び主電源には核融合炉を使用。また炉心に隣接させる形で車体後部にナノマシンの生産ユニットもあるため、各種砲弾や機銃やチェーンガンの弾丸はその場で量産、周辺の金属や排出した空薬莢を分解してナノマシンに再構築なども出来るため、極めて高い継続戦闘能力を持つ戦車となっている
さて解説もほどほどに場面を戻す。今キイチとネリーの2人は車内に入っており、ジェミニナイトは随伴歩兵として社外で待機している。因みに操縦席の構造だが車体中央部の、ちょうど砲塔と車体の中間あたりに縦1列の複座式で前がパイロットで後ろが随伴歩兵役の人間。ハッチから入ると座席を通って奥に向かう。シートは座席の後部にある床から引っ張り出して固定するようになっており、操縦等は無線式に戦車と電脳を繋いで行うためインターフェイス等は無く。万が一に備えて手動操縦用の操縦桿と車外の映像を映すためのディスプレイは備わっている
「よし、こっちは同期できたぞ」
左手の手袋を右手でハメなおしながらそうネリーに告げる私に、ネリーも出来たことを教えてくれたので、轟雷をゆっくりと前進するようイメージし、その通りに轟雷はゆっくりと動き出す
「おぉ、動いたぞ。これも初めての感覚だな」
と、初めての電脳を介した重戦車の操縦体験を驚きながらも素直に喜ぶ私に、ネリーは
「全ライン問題なし。1000年間放置していた割にはきれいに残っていますから、やはりナノマシン関連技術に関してはヤマトが最強ですね」
と、どや顔を決めるネリーの姿を想像しながら適当に相槌を返し、無線でジェニーに
「ジェニー、加減を間違えて引くかもしれないからちょっと離れといてくれ」
とお願いするも、ジェニーは仮に踏まれても無傷なので気にしないで下さい、と返されたのでそのままネリーの指示に従い、20Km程度の低速で居住区をゆっくりと進み、そしてついに地上へ繋がる2つあるエレベーターのうちの1つを見つける
「…デカいなこっちも」
エレベーターのデカさは扉のサイズから考えて横20、縦10mほどの、かなり大きなエレベーターが居住区の端、壁の中に設置されていて、1機のジェミニナイトがエレベーターの前に仁王立ちしていた。彼?は私が目の前までくると
「お待ちしておりました、エレベーター及びシャフト内の確認は終了しております。現在2機のジェミニナイトが地上側のエレベーターホールで待機しております」
と、無線でそう報告した後、道を開けて首を垂れるジェミニナイトにネリーは引き続き哨戒を続け、終わったら管理AIの指示に従うよう命令した後、エレベーターの扉…と言うよりゲートと言ってもいいそれを開放させる、すると左右にゆっくりとスライドしていくゲートの中に、縦横の長さはゲートより+2mほど、奥行きは横と同じくらいある。その中に戦車を入れ、ジェニーも乗ったことを確認してからネリーはエレベーターを起動させる、ゲートがゆっくりと閉まり、中の照明が点灯する。エレベーター内は壁紙などがはげたりして中の金属製の壁が見えているが床のカーペットなどは大丈夫なようで、そのままエレベーターの中にいること2分、ようやく地上に到着したのだろう、チン、という音と共に入りと同じ扉がゆっくりと開く
「お待ちしておりましたスレイプニル」
扉が開くと、正面には手すり付きの横幅3メートルくらいの手すりと、そこから壁まで手すり設けられた、照明の生きているとてもボロボロの廃墟のような部屋に出た。部屋はこの轟雷+両脇に1機ずつジェミニナイトが並んでいられるくらいの広さしかなく、天井はぎりぎりミサイルユニットが当たらない程度とギリギリの広さだ。壁や床、天井はひどく汚れていて、ひびなどが入っていて今にも崩れそうなくらいボロボロになっている。そしてそんな部屋のどこにも出入り口と思われる扉などは無く、部屋の正面奥の壁前に並んでジェミニナイトが立っていた
「隔壁を開放します」
と、ネリーがそう言った直後、ジェミニナイト達が轟雷の元まで下がり、天井の3分の1ほどの面積の壁と隣接する天井のふち部分と、天井の一部に線が入り、その線から恐らく天井を構成するコンクリか何かの砂がこぼれ、次の瞬間にはゆっくりと天井が降りて来てスロープとなる
「…なるほど、車両が通る前提なわけか」
と、一人納得する私に、ネリーが前進を指示するので轟雷を前進させ、スロープを上り外へと出る
「……なんも無いな」
外に出て真っ先に目に映ったのはどこまでも続く草原と、ところどころに雲が浮かぶ青空のみ。あたりには人工物は何もなく、今しがた私が出て来た地下施設への出入り口のある部分にわずかに何かの建物の残骸らしき柱と壁、そして穴だらけの天井の一部が残るのみとなっていた
「…この辺りはヤマトの工業地帯があったはずなんだが…」
最後にあの装置に入る前、全体像が全く見えないくらいに巨大な工業地帯の姿を思い出しながら、目の前の最早原形すらとどめぬ草原を前にそう呟く私の声に、明らかな動揺の色を感じ取ったネリーは
「キイチ様、お辛いようでしたら一度下に降りて休憩しますか?」
ネリーがシートから顔を覗かせながら私を気遣ってくれるが、感情抑制プログラムと精神安定プログラムを起動しながら
「問題ない。気を使ってくれてありがとうな」
と、返しつつ後から出てきたジェニーとネリーに対して
「とりあえず東に向かって進まないか? 俺の記憶通りなら東に向かえば大きな町があるはずだ。確かよ…横浜だったか? があるはずだ」
と、そう言った私に、ネリーは瞬時に戦前のこの辺りを軌道上から撮影した地図を私の視界の右端に投影し
「のようですね。ではそうしましょうか、随伴歩兵を先行させますか?」
と、私の提案に同意しながらそう言ってきたネリーに、私は首を横に振ると
「いや、慣らし運転もかねて速度を出して走りたいから、ジェニーには上に乗ってもらうように頼んでくれ」
と、ネリーにお願いする、それにネリーはジェニーにそのことを伝え、直ぐに車体が微かに揺れ、砲塔上部にジェニーが乗ったこと、それにより積載量が大幅に上昇したことをシステムが告げてくるが無視して東へ向かって轟雷を走らせる
「まずは慣らし運転と行きますか?」
と、そう呟くと私は轟雷を戦闘速度、時速300㎞にまで引き上げる。途端核融合炉からの電力供給により、瞬く間に履帯の回転数を上げた轟雷は草原の草花と土を掘り返さん勢いで巻き上げながら大地を走る
「…」
轟雷を走らせ始めて30分、施設への出入り口であるゲートから現在までの移動距離と速度から割り出された現在地を戦前の地図と照らし合わせながら、本当に何もない…しかしところどころに風化した上に草原やシダ植物らしきものにまとわりつかれた建物の残骸がぽつりぽつりと点在する程度で、自分が生きていたころに見た街並みはどこにも残っていなかった
「……何も」
思わずつぶやく、ゲートを出たときはあまりにも別世界と言ってもいいくらい変わり果てた地上の姿に衝撃を受けすぎて感慨も何も感じることが出来なかったが、いざ自分を落ち着けてから改めてその光景を見続けるとこう…
「何も…ないな」
喪失感と言うのだろうか? それと寂しさを覚えてしまう。当時のことを知る人間は私だけで、世界に一人ぼっちになってしまったかのようなナイーブな感覚に襲われてしまう。それに気づいたネリーは
「キイチ様…キイチ様の考えていらっしゃることは、私にもよくわかります」
と、ネリーは周辺の索敵をしながら、ネリーは優しげな声質でそう話しかけてくる。それに私は何も言うことは無く、そのまま轟雷の操縦に専念する。それにネリーは続けてこう話す
「私がロールアウトされたのは、貴方があの施設の装置に収められた時です。その次の日に企業統一戦争が起きました。そして…私への戦闘機能を含めた様々なアップデートと、施設の拡張工事など最初の数年はとても忙しかったと記憶しています。ですが…」
その声質は変わらない、いつも通り平然とした口調で話す彼女の言葉には、何故か哀愁を感じる私は、黙って彼女の言葉に耳を傾ける
「私が企業の要人方は全員死亡してもういないと言ったことを覚えておりますか? あれはここで死んだわけではなく、本社から経営陣を含むすべての幹部が死亡した通知が来たからです。その瞬間、私は製造されてからわずか2年半でその存在理由を失いました。そこから貴方が目覚めるまで私の権限と幾らかのリソースを分け与えた分身に幾らかのリソースを預けた後、私は自分の全機能を凍結してロックダウンしておりました」
その時の彼女の気持ちはどれほどのものだったのだろう。まだ彼女と知り合ってからの短いかかわりの中でしか彼女のことを知らないが、それでも彼女が人間とそん色ない感情を持つ極めて高度なAIであることはわかっていた。私はその時の彼女の想いについて考えてしまう。私ならきっと自棄になっていただろう
「ですから貴方が目覚めた時、私は本当にうれしかった。存在意義を失った私が、本来の役割に反するものでも、人のために能力を行使できることが何よりも嬉しかった」
僅かに声質が高くなる。嬉しさからかその声質には安堵と純粋な嬉しさを感じ取れた
「ですから、独りぼっちだとは思わないで下さい。足りないかもしれませんが、私がおりますから」
と、そう言ってくれたネリーに、私は振り返ることはせず
「あぁ、ありがとう。頼りにしてるし、これからも頼りにさせてもらうよ」
と、そう答えた。何故だろうか? 少し心が軽くなった気がする。自然と口角があがっている自分に驚きながらも、私は轟雷を走らせた