白雲朧の妹がヒーローになるまで。   作:セバスチャン

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※作中に暴力表現・残酷な表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。


No.50 急襲、混戦

 午前4時。死穢八斎會の本拠地、地上で行われている宴の喧騒も届かない――奥深くに秘められた一室にて。治崎は塵一つない黒張りのソファに浅く身を沈め、テーブル上の薄型ディスプレイを覗き込んだ。大きな電子画面は、ここから程近い場所に設置された監視カメラの情報を傍受している。雨風が吹き荒れているために画質は良くないが、三つの人影が身を寄せ合うようにして進んでいる光景が映し出されていた。

 

 治崎の後方には側近の玄野が影のように控えており、ソファの肘掛けには小さな人形(パペット)に擬態した入中がちょこんと腰掛けていた。そして治崎の足元には――嘘田が(ひざまず)き、卑屈な笑みを浮かべている。治崎は白い手袋で覆われた手を顎に添えると、三つの中でも一際小さな人影をじっと眺め、目を細めた。

 

「……雄英生もここまで堕ちたか」

 

 

 

 

 時は()()()()に遡る。本拠地に帰り着いた嘘田は、雨でびしょ濡れになった体を拭いもせず、治崎の傍に這い寄ると、猫撫で声を繰り出した。

 

(治崎、良い話があるんだ。健康そうなガキ、欲しがってたろ?ちょうど良いのが釣れたんだ)

(……よく知っているな)

(もちろんだ。お前の困ってることなら何でも知ってる)

 

 薬の実験台を求め、治崎は度々部下に命じて、素行の悪い若者――つまり行方不明になってもさほど問題にはならなさそうな者を調べさせ、攫わせていた。だが、総じてそういう人間は酒や煙草、薬に溺れ、思うような臨床結果は出ず、また長持ちしない。健康で優れた個性の素体を、治崎はずっと探し求めていた。

 

 だが、治崎がただの掃除夫である嘘田にその事を言うはずもない。恐らく自身の周辺を犬のように嗅ぎ回ったのだろう。もう嘘田のその顔に、かつて”組の鉄砲玉”と恐れられた――()()()()()はなかった。治崎自身が消しておいて、なんとも身勝手な話ではあるが。治崎が向ける侮蔑の視線を気にも留めず、嘘田はますます卑屈な笑みを浮かべた。

 

(あの夢路って奴がサツに垂れ込む前に、(そそのか)せてよかったよ。なぁ、治崎。いくらお前でもガキの夢までは()()()()()もんな)

 

 嘘田は恩着せがましい声でそう言うと、治崎にいそいそと近づいた。嘘田の纏っている衣服は垢に塗れて穴だらけで、汚れた雑巾のような悪臭が漂っていた。治崎の目の色が侮蔑から汚物を見るようなものへ変わる。シャツに隠された皮膚には大量の蕁麻疹が浮き出ていた。

 

(俺は組を守った。だから、解放してくれよ。俺はもう年だし、これ以上犬小屋で暮らすのはうんざりだ。楽になりたい)

 

 治崎は了承する前に玄野を呼び寄せた。公的な監視システムをハッキングし、街灯に取り付けられた監視カメラの映像を傍受させる。嘘田の告発した場所近辺を調べると、(くだん)の少女は当然のように見つかった。屋敷のある方角へ向かい、暴風雨の中を歩いている。

 

 だが、()()()雄英生が敵の本拠地へのこのこ来るものか?疑り深い治崎はさらなる確信を得るため――()()を呼び寄せ、個性を使わせた。音本の個性は”真実吐き”、問い掛けた相手に強制的に本心を語らせる事ができる。音本はマスクの奥にある目を光らせると、嘘田を睨んだ。

 

(お前が言った事に嘘偽りはないな?)

(ないよ。本当のことさ)

 

 しばらくの沈黙の後、音本は治崎に向け、(しっか)りと頷いた。そうして、嘘田の潔白は証明された。

 

―――――――――

 

――――――

 

―――

 

 そして、()()。玄野が盗んできた雄英高校の学生データをざっと速読しながら、末期の病人だと治崎は思った。ヒーロー志望の学生にドラァグクイーン、ゴロツキ――()()()()()で奇襲をかけるなど、常軌を逸している。玄野は矢印型になった髪を一房耳に掛け、治崎を見た。

 

「……で、どうしやす?」

「連れて来い。生憎、待ってやれるほど暇じゃないんでな。大仕事が控えてる」

 

 玄野はスマートフォンを取り出すと、活瓶と宝生に舎弟を数人連れて攫って来るようにと命じた。――腐っても、相手は()()()()()の雄英生だ。戦闘の心得はある。ゴロツキの素性、個性も不明だ。もし戦闘が長引いて、()()()()()に目を付けられでもしたら事だ。

 

 治崎は金色の瞳を細め、杳の写真を眺めた。紫煙を集めて創ったような髪と瞳に、愛嬌のある顔立ちをしている。”白雲杳”、不思議と聞き覚えのある名前だ。――ああ、神野事件の被害者かと治崎は思い出し、指の関節を鳴らした。精神を病んで引き篭もっていると聞いていたが、ここまで病んでしまったとは。だが、このまま素直に家に帰らせるのは勿体ない。健康そうな素体、しかも雄英生だ。さぞかし長持ちする実験体になるだろう。大仕事が控えている自身にとっては、まさに()()()()だった。

 

 それにしても、胡蝶夢路の個性は少々厄介だ。治崎の酷薄な眼差しが、今度は杳から夢路へ移った。夢路は殺そう。そして壊理にはもう二度と夢を見ないよう、強い睡眠薬を与えておかなければならない。彼女は組の要なのだ。不意に湧き上がった嘘田の下品な笑い声が、治崎の思考の邪魔をする。

 

「なぁ、治崎。言う通りだったろ?金をくれ。それで俺はここを出て行く。足を洗う」

「……ああ。そうだったな」

 

 治崎は全く感情の籠もっていない声で、そう呟いた。――もう治崎に、嘘田を慕う気持ちはなかった。今まで嘘田を生かしていたのは、謀反を企てる者に対しての見せしめと、そしてほんの少しだけ嘘田に対する情があったからだ。だが、もうあの嫌らしい笑顔を見た瞬間、そのわずかに残った情も消え去った。治崎は未知の生物を見るような目で、自身の足元に這いつくばる嘘田を眺めた。

 

()()()()にしてやる」

「……ッ、やめろ!離せ!」

 

 治崎の目配せを受け取った音本が、嘘田を素早く羽交い絞めにした。恐怖の感情を露わにして、口角泡を吹きながら暴れ出す嘘田を尻目に、治崎は白い手袋を脱いだ。

 

 ――元から金など渡すつもりはなかった。たとえ一円足りとも、治崎のものではない。組を拡大させる為の大切な資金だ。組の矜持を破り――堅気の命さえ差し出すような――堕ちた人間に渡す金など有りはしなかった。我が身可愛さに人を裏切る者は、たとえ望み通り逃がしたとして、ほとぼりが冷めれば同じ事を繰り返す。

 

 まだ自身が幼かった頃、侠客としての心得を口を酸っぱくして言い含めていた、在りし日の嘘田の姿を、治崎はふと思い出した。()()()()()()が治崎を襲う。それは彼の心の片鱗だった。数えきれないほど多くの仲間や人々を殺し、その返り血で真っ赤に染まった心の――まだ染まり切っていない部分が鈍い輝きを放っている。あの頃によく感じていたむず痒さの片鱗が頭をもたげ、治崎は素早くそれを叩き潰した。

 

「失望したよ。あんたが堅気に手を出すなんてな。仲間を裏切るような奴はいらん」

「やめろおおおっ!死にたくない!!」

 

 嘘田は骨の髄まで震え上がりながらも絶叫し、無茶苦茶に暴れ回った。やがて抵抗も空しく、治崎の指先が嘘田の頬に触れる。

 

 ――しかし、()()()()()()()()()()

 

「……?」

 

 治崎は怪訝そうに目を細めた。――治崎は完璧主義者だ。だが、同時に彼はまだ若かった。決して一枚岩ではない”ならず者集団”をまとめ上げ、いくつもの事業を立ち上げ、敵対する組織と渡り合う――という多忙な日々を送る間に、()()()()()が生じるのも仕方のない事と言えた。多忙になればなるほど、人は作業効率を重視し、立ち止まって思考する事を厭う。

 

 どこからともなく陰湿な笑い声が聴こえてきた。嘘田の口からだ。ぽっかりと落ち窪んだ穴のような目に――思わず怖気を震うような――()()()()がぎっしりと詰まっている。感情の機微に疎いはずの治崎ですら、思わず全身が総毛立った。

 

 刹那、ディスプレイに表示された映像が水面のように揺れ、斜めに線がいくつも入ったかと思うと、杳達の姿が()()()()()()。誰もいなくなった道の上に宝生達が雪崩れ込み、不思議そうにキョロキョロと周囲を見渡している。宝生が耳に触れるような仕草をしたと同時に、玄野のスマートフォンが鳴った。活瓶が狂ったように周囲を駆け回り、今にも泣きそうな声で叫ぶ。

 

『カワイコちゃんどこぉ?!』

『どこにもいません!』

「今すぐ戻れッ!」

 

 玄野がスマートフォン越しにがなり立てた。だが、宝生は返事をする間もなく、慌しく通話を切った。数瞬後、映像に巡回中らしきヒーローが映った。――ムカデのような外見を持つ、ナイトアイの相棒(サイドキック)”センチピーダー”だ。

 

 死穢八斎會は()()()だ。この台風の最中、群れているだけで疑いの目を向けられる。センチピーダーは活瓶が持っていた()()()を見咎め、たくましいその腕を掴んだ。宝生が止める前に血気盛んな活瓶は振り払い、激しい口論になる。センチピーダーは強靭な自身の体を使って活瓶の体を拘束しつつ、耳元のインカムで応援を呼んだ。

 

 痛々しい沈黙が、室内を包み込む。この場で一番焦っているのは、()()だった。彼は治崎への忠誠を尽くす事に命を賭けている。この不測の事態は、治崎の信頼が大いに揺らぐ事を意味していた。

 

 ――個性が効いていた時、嘘田は嘘を吐いていなかったはずだ。音本は血走った目で、嘘田を睨みつけた。個性もとっくの昔に奪われている。”私は間違っていない”、”失敗していない”、狂ったように何度も自身に言い聞かせながら、音本は嘘田の胸倉を掴み上げ、感情任せに怒鳴り散らした。

 

「何故だ!お前は嘘を吐いていなかった!」

 

 嘘田は抵抗する素振りを見せなかった。ただ地獄の釜底のような目を音本に向け、虚ろに笑う。音本の全身を戦慄が駆け抜け、彼は思わず手を離した。

 

 

 

 

 今から()()()()、夢路のアパートにて。作戦会議中に休憩を取っていた杳は、嘘田の提案を聞くや否や、飲んでいた麦茶を盛大に吹き出した。びしゃびしゃになった口元を拭う事すら忘れ、杳は灰色の瞳をまん丸に見開いて、嘘田を見上げる。

 

()()()()()()……って、なんで?)

(治崎は必ず俺を疑う。今から帰ったんじゃ()()()()からな)

 

 嘘田はキッチンから布巾を取って来て、杳の汚したテーブル周りを拭き取りながら言葉を続けた。

 

(その時に敢えてばらす。”俺の話に(たぶら)かされた学生が、壊理を救いに行ってる”とな。作戦の全てや敵連合(おまえたち)の事は伏せる。治崎は恐らく人員を一部、割くだろう。それで少しは楽に戦えるはずだ)

(私がヒーローの巡回ルートに近い場所に、ダミー映像を流すわ)

 

 嘘田の意図を理解したラブラバは、そう言うが早いか、目にも留まらぬ速さでキーボードを叩き始めた。――だが、杳の心は不安で一杯だった。治崎の実行部隊だと言う”鉄砲衆”には()()()()()()()個性を持つ者もいると聞いた。戦力が減るのは非常に有難いが、この賭けは(いささ)か危険すぎる。杳の気持ちを代弁するように、マグネはリップクリームを塗る手を止め、咎めるような口調で言い放った。

 

(隠し通せるの?ウソ発見器みたいな奴もいるんでしょ?)

(……嘘吐くのに個性なんざいらねえよ)

 

―――――――――

 

――――――

 

―――

 

 個性と性癖は、時として密接に関係しあうケースがある。嘘田という魂の器に”嘘吐き”という個性が染みついていたのか、音本の個性を捻じ伏せるほどに怨嗟と執念が強かったのか――詳細は分からない。だが、兎にも角にも、彼は()()()()()()()のだ。入中が感情の昂るあまり、人型に戻った。激しい怒りで全身を滾らせながら、嘘田に掴み掛かる。

 

「てめぇ嘘田ァ!裏切りやがったな!」

「入中。お前なら分かってくれるだろ?」

 

 元々組長・佐伯の舎弟であった入中と嘘田は、治崎の謀反を皮切りに、正反対の道を歩き始めた。最初は二人共同じ道を進んでいたはずなのに、今やその行く末は悲しいほどに異なっていた。嘘田は薄ら笑いを浮かべ、かつての兄弟を見上げる。お前が外道に堕ちてでも、治崎の野望を果たそうとしているように――

 

「堅気に手ェ出しても、どんな姿に成り果てても……成し遂げたい事があったんだ」

 

 その一方、治崎は冷静な思考能力を取り戻していた。無個性弾を撃たれていない――という事は恐らく、この事態を引き起こしたのは()()()()だ。効果が強すぎるために抗体が創れず、やむなく廃棄処分にした事を覚えている。

 

 犬畜生にも劣ると見くびっていた存在から、まさかこんな仕打ちを受けるとは。激しい憎悪に満ちた目で、治崎は嘘田を睨んだ。だが、嘘田はそれを平然と受け止めた。自分達は最早外道に堕ち、引き返す道は無い。ならばもうこれ以上、罪を冒さぬように、共に地獄へ落ちる算段だった。

 

「積年の恨み、思い知れ」

「廻。私がやる」

 

 入中も治崎も、嘘田の狂気に呑まれている。二人と深い縁がある代わりに、個性も力も持たない嘘田(こいつ)はただの()である可能性が高い。一刻も早く拷問し、口を割らせなければ。玄野はそう結論を出し、袖口に仕込んだホルスターからナイフを引き抜いた――瞬間、周囲は()()()()()()()

 

 ――雷獣と化した杳が、送電線に電流を放ち、瞬間的に電圧を低下させ停電させたのだ。

 

 刹那、天井の排気ダクトを換気扇ごと踏み抜いて、ジェントルと爪牙が降ってきた。二人共、暗視機能付きの多機能マスクを付けているため、視界は良好だ。爪牙は入中に急接近すると、その首元に狙いすました手刀を浴びせた。

 

「……ッ!」

 

 爪牙は意識を失った入中の手首に銃口を押し当てて、無個性弾を撃ち込んだ。弾は特殊な構造になっており、通常の弾丸のように貫通はせず、内部に仕込まれた針が飛び出して刺さり、体内に薬を注入するという仕組みになっている。爪牙は弾を抜き取ると耳元で軽く振り、中が空っぽになっている事を確認した。マスクに内臓された通信機器に触れ、ラブラバに報告する。

 

「入中、着弾確認」

『了解。まもなく本隊突入。瞬停回復まで残り50秒。ガス有効時間は残り29分』

 

 ラブラバの冷静な声が、ソーガの昂った精神を冷ましていく。――その頃、ジェントルは嘘田に暗視ゴーグルを投げ渡し、治崎と玄野、そして音本と対峙していた。暗闇に乗じて治崎を攻撃したが、彼はまるで夜目の効く猫のようにしなやかに動いて、ジェントルの拳を避けた。ジェントルは反射的に距離を取り、攻撃のタイミングを見計らう事とした。

 

 電子処理された粒子の荒い視界の中で、治崎の金色の瞳だけが不気味に光っている。暗闇の中、敵から攻撃を受けているというのに、治崎達は取り乱す素振りすら見せていなかった。影のように気配を潜め、こちらの出方を伺っている。ジェントルはごくりと唾を飲んだ。見たところ、二十代前半の若者だというのに――彼らの放つ、この()()はなんだ?元より覚悟はしていたが、やはり一筋縄ではいかないようだ。ジェントルは迎撃の構えを取りつつ、ラブラバと交信した。

 

「失敗。交戦開始」

 

 

 

 

「了解」

 

 マンホールの穴を通り抜け、霧状から人型に戻ると、杳は下水道をひた走りながら応えた。――”失敗”というのは、治崎を無個性弾で狙撃する事に失敗したという意味だ。下水道はトンネルのような構造になっていて、中央には濁った水でできた川が流れていた。多機能マスクを付けていなければ、下水の発する悪臭や有毒ガスを吸っているところだ。

 

 数百メートルの距離を一気に駆け抜け、杳はマグネと夢路に合流した。嘘田の教えてくれた秘密の抜け道は、手掘りのトンネルだった。随分と昔に、構成員が創ったらしい。歪に曲がりくねった道の先は土塗りの壁になっていて、その先は本拠地の物置の床に繋がっているとの事。マグネは手鏡をしまうと、多機能マスクを被って立ち上がった。

 

「ま、()()()()って事よね。んじゃ行くわよおおおっ!」

 

 刹那、マグネは拳を振り上げると、土壁に凄まじいパンチを浴びせた。物置の床ごと壁を破壊し、マグネは屋敷内に躍り出る。杳と夢路も彼女に続いて、素早く床に降り立った。

 

 ――今や屋敷の中は、男達の怒号や慌しく走り回る足音でひしめいていた。一寸先も見えない闇の中に放り出され、おまけに個性を使えない事が判明し、皆混乱している様子だった。酔っている事もあり、その動きは緩慢だ。

 

 次の瞬間、()()()()()()()()が杳達の鼓膜を揺るがし、屋敷全体がビリビリと震えた。

 

「おいやべえ!武器庫か?!」

 

 勘の良い構成員が、引き攣った声で叫んだ。――スピナーの放ったロケットランチャーが蔵を装った武器庫を貫き、内部の爆薬を誘爆させたのだ。死人が出なかったのは、外が台風模様だったのと、人々が皆、蔵から離れた屋内の宴会場にいたためだった。

 

 茫然とする男達を待っている暇はない。マグネは拳を振り回し、杳はアサルトライフルを連射し、屋敷の奥に続く道を切り開いていった。無個性の状態で大勢の敵を相手取るには、杳の身体能力はまだ力不足だった。

 

 非戦闘員である夢路を守りながら、防戦に徹する杳とは異なり――マグネは水を得た魚のように生き生きと動いていた。元から彼女は肉体派なのだ。腕っぷしの強そうな構成員を二人まとめて締め上げた直後、雄叫びを上げて突っ込んできた男の首をひょいと掴む。そのまま――いつものように――首の骨を折って殺しかけたその時、杳が鬼の形相で叫んだ。

 

()()()!」

「……はいはい」

 

 マグネは興冷めしたように溜息を吐くと、両手をパッと離して男を解放した。失神して崩れ落ちる構成員は、酒の入ったグラスを持っていた。床に叩きつけられた事でグラスが割れ、中に入っていた氷とウイスキーが床にぶちまけられる。何気なくそれを眺めていたマグネは、ふと()()()の出来事を思い出した。

 

 

 

 

 アパートを出る直前、杳はマグネとスピナーを呼び止め、真剣な眼差しを向けてこう言った。

 

(個性を使わない。殺さない。死なない。これを約束して欲しい)

(ハァ?なんでだよ)

 

 スピナーが憮然とした表情で尋ねると、杳はパーカーの裾を縋るように握り締めながら、二人との距離をさらに詰めた。

 

(無個性の状態なら、個性不正使用には当たらない。もし逮捕されても、罪を軽くできる)

(あんた、まだそんな事言ってんの?)

 

 マグネは思わず呆れた声を上げた。――今まで自分達がどれほど多くの人々を傷つけ、殺してきたか、知っているだろうに。もう自分達の全身は、血と怨嗟でくまなく塗れているのだ。それに敵の社会は殺すか殺されるかの二択、不殺なんて生温い考えが通用するのは、ヒーローが跋扈(ばっこ)する一部の社会だけだ。マグネは煩わしそうに手を振った後、腕を組んだ。

 

(イヤよ。あんた達はともかく……あたし達なんて今更、罪重ねたところで痛くも痒くもないわ)

(ダメだよ。お願い)

 

 スピナーは捨てられた子犬のように瞳を潤ませる杳を見て、露骨に頬を赤らめていた。相当ウブな性質らしい。だが、同性であるマグネはそんな事に心動かされたりはしない。ただ冷え切った眼差しで、杳を見下ろした。――レプリカのオールマイトパーカーを羽織って盗品の銃をぶら下げた、不均衡(アンバランス)な姿。まるで今にも破裂しそうなほど膨らんだ風船のように、()()()だった。谷底に落ちまいと、崖っぷちで必死に踏ん張っているような顔をしている。

 

 ――その様を見てマグネは理解した。彼女は()()()()()()()()のだと。

 

 

 

 

 時はさらに()()()()()。マグネとスピナーをワープゲートに載せて送り出す直前、弔はこう命じた。

 

(この戦いが終わったら、連れて帰ってこい)

 

 ――()()連れ帰るのか、訊かずともマグネには分かった。だからこそ、納得がいかなかった。いくらヒーロー科とは言っても、彼らの行う戦闘訓練など()()()()同然、実際の戦闘はもっと卑怯で残酷だ。そこでぬくぬくと育った子供の作戦など、最初から上手くいかないに決まっている。

 

 無論、マグネ達は命を賭してまで彼女を助ける義理はない。いよいよ雲行きが怪しくなってきたら、彼女を連れて撤退する。そうしたら、彼女はもう二度と立ち直れなくなってしまうだろう。全てを犠牲にしても救いたかった者すら救えず、帰る場所も失った子供の行き着く先は、(ヴィラン)しかない。

 

(デビュー戦ってわけ?随分と大仰な舞台ね)

(そんなちゃちなものじゃない)

 

 マグネが肩を竦めながら嫌味を言うと、弔はグラスを揺らして中の氷をからりと鳴らし、小さく笑った。

 

()()()()()()だよ)

 

 優しく掠れたその声は、あの不気味な金属面の声と良く似ていた。――やっぱり同じ穴の貉だわとマグネは鼻白んだ。トガやトゥワイスのように、彼女に対して特別な思い入れがあるわけではない。だが、彼女の行く末を何とも思わないほどに無関心でもなかった。ワープゲートに全身が呑まれる寸前、マグネはサングラス越しに鋭い目で弔を睨む。

 

(あんたって……ひどい男よね)

 

―――――――――

 

――――――

 

―――

 

 そして、時は()()()()()。マグネは軽く首を振って感傷の残滓を振り払うと、杳に掴み掛かろうとした構成員の襟首を掴んだ。背後に回り込もうとしていた男達に向け、勢い良く投げつける。

 

 ――雷が送電線に落ち、瞬時電圧低下が発生した場合、電力会社は電気を正常に送るために落雷した送電線を一旦切り離し、約1分後に再度送電を行う。電力会社の再送電の信号を感知したラブラバは、鋭い声で叫んだ。

 

『あと15秒で電力回復!皆、マスクを外して!』

 

 そして世界は再び、()()()()()()()。宴会場から転がり出てきた構成員達が――角砂糖に群がる蟻の群れのように――杳達をざっと取り囲む。皆、酒を飲んでいたのか、顔は赤らんで足取りは若干ふらついていた。

 

 杳は素早く周囲を見回し、八斎衆の証である――ペストマスクを付けた者がいない事を確認する。だが、如何せん数が多すぎる。このまま包囲されたら、押し負けてしまう。消耗戦に持ち込まれたらこちらの負けだ。杳は迷わず先陣を切り、鮮やかなサマーソルトキックを放って一番体格の大きな男を昏倒させると、腹の底から叫んだ。

 

「退くな!囲まれるぞ!押し返せ!」

「わーかったから落ち着きなさい」

 

 狂犬のように誰彼構わず威嚇する杳を、マグネが呆れたように笑いながら宥め、小さな頭をわしわしと撫でた。――数多の死線を超えてきたマグネは、肩の力の抜き方を心得ているが、杳は最初からフルスロットル状態だった。壊理を救うためにも、負けるわけにはいかないのだ。無理にでも押し通る。十代半ばの少女が発したものとは思えない()()に押され、構成員達は思わずたじろいだ。

 

 そして男達は少し冷静になり、気付いた。――今、自分達の前にいるのは()()()の一味だと。

 

「敵連合だ!何しに来た?国盗り合戦か?」

 

 構成員の誰かが発したその声は、恐怖と()()が入り混じった奇妙なものだった。彼らは一様に浮足立ち、好き勝手にざわめいている。杳は身を捩ってマグネの手から逃れると、毅然とした声で応えた。

 

「壊理ちゃんを救けに来ました!」

 

 ――その時、構成員達の脳裏に()()()()が浮かんだ。

 

 現在、組内部は組長派と若頭派の二つの派閥に分かれている。しかし、二つに分かれているとは言っても、後者の数はごくわずかだ。組長の方針から外れた若頭の治崎の人望は乏しく、彼は人柄の代わりに()()で配下を支配している。つまりは皆、治崎に不満を持っているという事だ。

 

 そして、敵連合は今を時めく大物敵(ネームドヴィラン)だ。首魁である死柄木はあの伝説の巨悪の後継者だと囁かれている。彼らはいつも破天荒な作戦と圧倒的な力で、立ち塞がる敵を捻じ伏せてきた。その連中が喧嘩を仕掛けてきたという事は、もしかしたら治崎の命運はここまでかもしれない。敵連合は――その分、敵も多いが――自由な生き方に基づく組織だ。重箱の隅を突くように陰湿な性格の治崎が治める現状よりは、ずっとマシなはず。

 

 仁義と打算の間で構成員達は激しく惑い、やがて――()()()()()()()

 

「俺はお前らにつくぜ、敵連合!あいつにはうんざりしてたんだ!」

「んだテメー!治崎さん裏切るつもりかよ!」

「……え?」

 

 突然、目の前で始まった構成員同士の戦いに、杳は思わず呆気に取られて立ち竦んだ。意図したつもりは全くないが、虎の威を借る狐になった気分だった。治崎という男はよほど人望に欠けているらしい。ともあれ、劣勢だった戦況はこれで一気に持ち直した。互いに戦い合う男達の間を擦り抜け、杳達が屋敷の奥に向かって駆けていると――

 

「ッ?!」

 

 ――左側の壁が()()()()。瓦礫を煩わしそうに振り払いながら出てきたのは、屈強な体躯を持った男だった。丸太と見紛うほどの逞しい剛腕、嘘田から事前に聞いた情報と合致する。杳は彼が八斎衆の一人、()()であると確信した。シャチに似たデザインのマスクを付けており、その表情は分からない。ついさっき見かけた構成員達とは比べ物にならないほどに、異様な気迫を漂わせている。

 

 乱波は無造作に周囲を見渡した。そして目の前にいる三人のうち、杳と夢路を攻撃対象から外すと、マグネに掴み掛かった。マグネは難なく乱波の拳を受け止め、牽制する。二人が激しくぶつかり合った事で小さな衝撃波が生じ、杳と夢路の体勢はグラリと揺らいだ。

 

「強そうだなお前!俺と殺し合おう!」

「……なぁにあんた」

「おい乱波!一人で先走るな!」

 

 マグネがすこぶる鬱陶しそうな目線を乱波に注いでいると、乱波の空けた風穴をくぐって一人の男が現れた。落ち着いた雰囲気を纏った男で、和服に似合わぬ大きなペストマスクを付けている。恐らく八斎衆の一人、()()だろう。――天蓋は杳達を見逃してくれそうになかった。迷わず二人の前に立ち塞がると、拳を構えて腰を落とし、武術の構えを取る。杳は夢路を自らの後ろに隠し、リュックのサイドチャックを開けてスタングレネードを取り出した。

 

「ここから先は通さん。オーバーホール様のご下知だ」

「俺はステインの意志に沿う者だ」

 

 今にも杳がスタングレネードのピンを引き抜こうとした、その時――()()()()の声が後方から飛んできた。――組全体が瓦解しつつある今、人々の心をかく乱するのが目的の破壊工作は意味を成さない。手持ち無沙汰になったスピナーが応援に来てくれたのだ。スピナーと天蓋は何か通じるものがあったのか、ちょっと感じ入った目でお互いを見つめ合った。しばらくして視線を外すと、スピナーは杳に目配せした。

 

「先に行け」

「分かった。二人共、頑張って!」

「!」

 

 杳が何気なく発したその言葉に、マグネとスピナーは――自分でも戸惑うほどの――()()()()を示した。厳しい闇の世界では、日々生き残るために頑張り続ける事が当たり前だ。素直に応援されたのは、本当に久しぶりだった。知らず知らずのうちに吊り上がっていた口角をそのままに、二人は戦闘を開始する。

 

 

 

 

 一方、杳は夢路の手を引いて、誰もいない廊下をひた走っていた。だが、十メートルも行かないうちに、ガクンと腕が引っ張られてつんのめる。――敵襲か?急いで振り返ると、夢路が床にへたり込んでいた。

 

「ご、ごめんなさい。足が……動かないの」

 

 夢路の顔色は真っ青を通り越して、今や死人のようだった。極寒の地に放り込まれたかのように、全身がブルブルと震えている。戦闘で高揚していた杳の心は、罪悪感一色に塗りつぶされた。――夢路の反応は当然だ。杳達は戦闘経験がある。だが、彼女だけは争いとは無縁の()()()なのだ。その事を失念していたと、杳は血の味のする唇を噛んだ。ここを歩くだけでも怖かったに違いない。それでも彼女は勇気を振り絞り、付いて来てくれたのだ。

 

 杳は素早く周囲を見回し、敵がいない事を確認すると、夢路の前にしゃがみ込んだ。――正直言って、自分も怖い。だけど、あの子を救い出すと決めた。杳は人を安心するような力強い笑みを口元に浮かべてみせた。

 

「大丈夫だよ。夢路。必ず壊理ちゃんを救け出そう」

「杳……ッ?!」

 

 涙でぐしゃぐしゃになった夢路の顔が、杳を見上げるなり――()()()()()()

 

 刹那、ガシャンという耳障りな音が鼓膜一杯に鳴り響くと同時に、ガラスの破片が夢路の頭上に降り注ぐ。痺れるような激痛が後頭部を支配し、杳の視界がどろりとした赤色に染まった。血に混じってアルコール臭が鼻を突く。

 

 何が起きたのかを認識する前に、杳は行動を開始した。朦朧状態になった意識に活を入れ、夢路の上に覆い被さってガラス片から彼女を守る――と同時に首根っこを掴まれ、床に仰向けに引き倒された。金髪を長く伸ばした三白眼の男がニヤニヤと笑い、こちらを覗き込んでいる。

 

「へー。あんたが噂の雄英生?」

 

 男が片手に下げている()()()()()を見て、杳は”男が酒瓶で背後から自身を殴ったのだ”と理解した。――男はペストマスクを付けている。長く伸ばした金髪と鋭い目、八斎衆の一人、()()だろう。杳は素早く体勢を立て直すと、ハンドガンを引き抜いた。しかし、窃野はますます笑みを深めただけだった。その場から逃げる事もせず、動かない。逃げない事を杳は不気味に思ったものの、銃口と目は逸らさないまま、夢路に囁いた。

 

「夢路。先に行って」

「でも……」

「いいから!」

 

 夢路は涙を飲んで立ち上がり、転がるようにして走り出した。同時に、()()()()()()。おもむろに手を伸ばして銃口を掴むと、自身の頬に押し当て、もう片方の手を引き金に添える。――何をしているんだ?自殺行為とも思えるその奇行に、杳の全身を戦慄が駆け抜けた。

 

 この銃はあくまで()()だ。こんな至近距離で撃ってしまったら、たとえゴム弾でも重篤な怪我を負わせる可能性がある。窃野の指先に力が籠もった。このままでは本当に撃ってしまう。思わず銃から手を放した杳にずいと顔を近づけ、窃野は悪辣極まりない笑い声を上げた。

 

「なぁ。早く撃てよ雄英生。……撃てねーのか?」

 

 ――次の瞬間、杳のハンドガンは()()()()()()()()

 

「俺は撃てるぜ」

 

 そして窃野はためらいなく銃口を杳に向け、()()()()()()()。ゴム弾は至近距離になるほど、その威力を増す。凄まじい痛みが再び、杳の全身を襲った。一発目で嘔吐物をぶちまけ、二発目で全身が痙攣し、三発目で失神しかける。朦朧と仕掛ける意識を舌を強く噛む事で堪え、杳は必死に自身に言い聞かせた。

 

 ――まだ死ぬな!壊理ちゃんを救けてから死ね!杳は窃野が銃を撃った直後の反動に合わせて半身を捻り、左肘打ちを放った。窃野がハンドガンを取り落とした拍子に身を引いて起き上がり、彼のベルトに大振りのナイフが刺さっているのを視認して、夢中で引き抜く。そして立ち上がると同時に、その切っ先を向けた。

 

「ははは。刺してみろよ」

 

 だが、窃野は全く怯まない。むしろ両手を広げて、こちらに歩いてきた。――死ぬ事を恐れていない目、殺し合いを楽しんでいる目をしていた。何故そんな狂った目ができるのか、杳には理解出来なかった。戦闘において、無駄な思考は命取りだ。杳は一歩踏み込むと、ナイフの柄で窃野のこめかみを殴りつけた。窃野は唸り声を上げ、頭を押さえてよろめく。杳は今度は身を低く屈めると、ナイフを持った手を握り込んで、彼の鳩尾を打った。

 

 ――鳩尾は人間の急所だ。人体に効果的なダメージを与えられる反面、致命傷を与えてしまう危険性を秘めている。杳は雄英で学んだ通り、()()()()した。鳩尾にめり込んだ彼女の腕を、窃野がグッと掴む。

 

「ぜんっぜんダメだなァ!ヒーロー!」

 

 情けも容赦も全く入っていない、強烈な膝蹴りが杳の鳩尾にクリーンヒットした。内臓の形がひしゃげる感覚が、皮膚越しに分かった。――殺す戦いと殺さない戦いでは、戦闘時における危険性が全く異なっていた。激しい耳鳴りと朦朧とする意識のせいで、何も考えられない。胃液を吐いて崩れ落ちた杳の上に馬乗りになると、窃野は奪い取ったナイフを杳の心臓に突き立てようとした。杳は必死で窃野の両手首を掴み、それを止めようとした。

 

 個性を使う事ができれば、杳は窃野に勝てたかもしれなかった。無個性の状態では、個人の()()()()()()のみが浮き彫りとなる。約一ヶ月ほど戦闘訓練から身を退いていた杳と異なり、窃野は()()()()()だ。上背や体格も一回りほど違う。徐々にナイフの切っ先は、杳の体に近づいていった。パーカーを貫き、内部の皮膚と肉を裂いていく。――ナイフの先には、力強く脈打つ心臓があった。

 

 生命の危機に瀕した時、人はただ純粋に”生きたい”と願う。ヒーローの矜持すら忘れ、杳は泣き喚きながら夢中で暴れ回った。バタバタともがく足を押さえ付けると、窃野は頬を紅潮させ、舌なめずりをする。人を痛めつけて殺す事に()()()()()を感じているのだ。今や、完全に死の恐怖に呑まれてしまった杳の口から、不明瞭な叫びが迸った。

 

「ああああああっ!」

 

 ――刹那、何の前触れもなく()()()()()()。窃野は宙を舞うように一回転し、背中から床に叩きつけられた。

 

 すかさず黒いスーツに全身を包んだ男が窃野に馬乗りになり、固く握り締めた両の拳で執拗に殴り始める。杳は今、自分の見ている光景が信じられなかった。魂が抜けたように茫然とし、涙を拭って何度も瞬きして確認する。だが、間違いない。――()()()()()だ。あまりに激しい拳の応酬に気を失ったのか、窃野が動かなくなっても、トゥワイスは殴る手を止めなかった。

 

「テメー俺のダチになんつーことしやがる!死ね!生きろ!」

「ああ、もったいないのです!」

 

 チクリとした痛みを感じて思わず視線を下げると、至近距離に金髪の緩いお団子頭が見えた。()()だ。杳の胸元に口を付けて、溢れ出る血を旨そうに啜っている。――敵連合から送られた仲間はマグネとスピナーだけだったはず。何故、二人がここにいるのか、杳には皆目見当が付かなかった。疑問はそのまま言葉になり、口から零れ出ていった。

 

「な、んで……ここに、いるの?」

 

 するとトゥワイスは殴る手を止めて力強くサムズアップし、トガは血塗れの顔をにっこりと微笑ませて、元気な声をハミングさせた。

 

「ボランティアだ!」

「ボランティアです!」

 

 ”ボランティア”――杳は虚ろな声で繰り返した。ボランティアとは、個人の自発的意思に基づいた奉仕活動を指す。こんな命懸けで無謀過ぎる戦いに、()()()()()で来てくれたという事だ。二人の言葉や表情は()()からのものだと、杳の知覚能力は判断した。偽りを匂わせる不自然な感情は、欠片も見当たらない。

 

(世の中には色んな人がいるもんだねー)

 

 かつて航一が何気なく放った言葉が、摩耗した杳の心にじんわりと染み渡っていく。そして彼女は(ようや)く、()()()()

 

 ――この人達はただ人よりもかなり自由で、考え方が変わっているだけなのだ。多くの罪を犯した(ヴィラン)である事は変わらない。けれども同時に、命懸けで自分を救おうとしてくれるほど()()()()を持っている。

 

 兄を変えてしまったのはオール・フォー・ワンで、敵連合の人々じゃない。そんな簡単な事すら分からないほど、自分は憎しみに囚われていた。まだ気持ちの整理は完全にはつかないけれど、彼らに深く感謝もしている。好きと嫌い、憎しみと愛情が両立している。なんて滑稽な心の在り方なんだと、杳は自身に呆れた。やがて彼女の心に込み上げてきたのは――大粒の涙と、()()だった。

 

「……ぷふっ、あははははは!」

「オイオイ大丈夫か?ついにイカレちまったか?」

「杳ちゃん?」

 

 笑うと刺されたばかりの傷が激しく痛む。けれども、杳はけらけらと笑い続けた。そして心配そうにこちらへやって来たトゥワイスとトガを――両腕を伸ばしてギュッと抱き締めた。

 

「救けてくれてありがとう」

 

 ――それは、杳の心からの感謝の言葉だった。陽だまりの匂いと優しい温もりに包まれて、二人は束の間、言葉を失った。七色の輝きを放つ()()()()()で胸がいっぱいになり、彼らはただそっと杳の肩に手を回した。戦場のど真ん中で、三人がひしと抱き締め合っていると――インカム越しにラブラバの逼迫した声が飛んできた。

 

『急いで!隠し通路を使われた!壊理ちゃんが攫われるわ!』




全体的にわちゃわちゃしててすみません(;'∀')下記に現状をまとめました。

【チーム編成】
Aチーム(治崎奇襲)ジェントル・ソーガ・嘘田
Bチーム(壊理救出)…杳・夢路・マグネ
Cチーム(破壊工作)…スピナー
ボランティアチーム(杳を支援)…トガ・トゥワイス

【戦闘状況】
ジェントル・ソーガ・嘘田vs治崎・玄野・音本
マグネvs乱波
スピナーvs天蓋

【戦線離脱者】
宝生・活瓶・入中・窃野

あと2~3話くらいで終わらせる予定です。祈ろう、なにとぞ上手くいきますように。

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